【平成25年1月30日(知財高裁平成24年(行ケ)第10233号)裁判所ウェブサイト】

【ポイント】
進歩性が否定された審決において,引用例1には硼珪酸塩系ガラスにかかる発明が開示されていると認定された。これについて,引用例1に開示されているのは,硼珪酸塩系ガラスではなく,燐酸塩系ガラスであるとして,引用発明1の発明認定に誤りがあるという違法があるとして,審決の取り消しが認められた事例
【キーワード】
引用発明の認定,進歩性

【事案の概要】
 発明の名称を「抗菌性ガラスおよび抗菌性ガラスの製造方法」とする発明について、特許出願されたが,拒絶査定がされたため,拒絶査定不服審判が請求された。
 審決は,主引用例である引用例1の特許請求の範囲の請求項1および実施例1には,「硼珪酸塩系の溶解性硝子からなるガラス水処理剤」に関する発明が記載されていると認定した上で,本願発明は容易相当であると判断して,請求不成立とした。本件は,上記審決の取消しを求めた事案である。

【争点】
 引用例1に,硼珪酸塩系ガラスにかかる発明が開示されているか。
 
【結論】
 引用例1に,硼珪酸塩系ガラスにかかる発明が開示されておらず,燐酸塩系ガラスが開示されているのみであり,審決の引用例1発明の認定には誤りがあり,その認定を前提とする一致点及び相違点の認定にも誤りがあり,同誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであもので,審決は,違法であるとして取り消すべきである。

【判旨抜粋】
「1 引用例1発明の認定の誤り(取消事由2)について
 (1)引用例1の記載
 引用例1には,以下の記載がある(甲9)。
 「【請求項1】Ag+,Cu+,Cu2+,Zn2+(判決注:甲9の請求項1には「Ag+,Cu-,Cu2-,Zn2+」と記載されているが,同記載は明白な誤記と認める。)の金属イオンの内少なくとも1成分を含有する溶解性硝子であり,直方体,立方体,平板状,或いは球状体等の3次元で表現される形状を有し,且つ,その最長径が10mm以上であり,又,その組成が,重量比で,(RO+R2O)/P2O5=0.4~1.2,R2O/(RO+R2O3)=0~10であり,しかも初期における溶解速度(A)・・・と末期における溶解速度(B)・・・との関係がB/A≧1/3であり,また,前記金属イオンの含有量が0.005~5重量%であることを特徴とする硝子水処理材。
【請求項2】直方体,立方体,或いは球状体等の3次元で表現される形状を有し,その構造が2層以上の組成の異なる層から成り,しかも,内層においては,R2O/(RO+R2O3)の値,或いは/及びAg+,Cu+,Cu2+,Zn2+の金属イオンの内少なくとも1成分の含有量の値が,外層より大きく設定されており,それぞれの層の硝子物に上層を覆うようにして形成し,その後,融着して作成したことを特徴とする硝子水処理材。」
 「【0004】【発明が解決しようとする課題】本発明は,前記したような問題点のない,即ち,溶解性硝子を水処理材として使用した時に,その効果が,初期の段階と末期の段階とにおいて,大幅に変化せず,溶解性硝子が,すべて溶けるまで持続する様にした硝子製の水処理材を提供しようとするものである。
【0005】【課題を解決するための手段】本発明者らは,前記課題を解決する為に,溶解性硝子の時間経過と成分溶解量との関係を調査して,成分溶解量を時間経過と共に大幅に変化させない方法を検討して,本発明を完成させたものである。」
 「【0006】本発明で使用する溶解性ガラスは,硼珪酸塩系及び燐酸塩系の内,少なくとも1種類であるが,好ましくは,燐酸塩系硝子である。ガラスは,一般に耐久性のよい材料であるが,その骨格となる網目構造を弱くすることによって,水に溶解し易くすることが出来る。網目構造を弱くするためには,ガラスの修飾酸化物の量を増加したり,硼酸,或いは燐酸を増加すれば,実施可能である。」
 「【0009】【実施例1】次の理論硝子組成に成る調合物を溶融し,20mm×20mm×5mmの硝子平板を作った。
理論硝子組成……P2O5 50mol%,CaO 17.5mol%,Na2O 32.5mol%,Ag2O 0.1wt%」
 「【0012】第1表に示す通り,使用硝子の形状を平板状にすること及び組成を厳選することによって,溶解性硝子からの溶出成分を,使用期間中の初期の段階と末期の段階とで,この例では,18/25或いは55/95という値であり大幅に変化させることがないのである。これに対し,従来の形状因子を考慮しない製品では,この値が1/45或いは1/190と大幅に変化しているのである。」
 「【0017】【発明の効果】以上説明した如く,本発明に係わる溶解性ガラスは,溶出してくる極微量の抗菌成分が安定しているので,次の通りの効果がある。〔1〕形状或いは構造因子を考慮していない従来品と比較して,本発明品の場合には,溶解する成分が,溶解する全期間において,平均化している為に,末期での効果もたかく,従来品であれば,新しく補充を要する段階にても,補充を必要としないので,無駄な使用を防止出来る。〔2〕溶解性ガラスの組成,及び抗菌成分を選択することによって,抗菌成分の種類及びその溶出量を自由にコントロールできるので,水処理材を必要とする多方面の用途に対応出来るものである。〔3〕従来使用の有機スズ系の化合物,或いは塩素系の化合物等と比較して安全性,効果の持続性において,優れている。従って,本発明は,水資源の有効活用,利用する水の水質向上によって,環境良化,健康増進に役立つ極めて有益な発明である。」
 (2)判断
 上記のとおり,引用例1には、溶解性ガラスが全て溶けるまで,水処理材としての効果を大幅に変化させずに持続させることを解決課題とした,Ag+を溶出する溶解性ガラスからなる硝子水処理材を提供する技術が開示されており,特許請求の範囲の請求項1及び実施例の記載によれば,溶解性ガラスとして「P2O5を含む燐酸塩系ガラス」のみが記載され,他の溶解性ガラスの記載はない。請求項1には,溶解性ガラスは,形状,最長径,金属イオンの含有量などと共に,P2O5の含有量が特定されており,発明の詳細な説明には,溶解性ガラスの形状及び組成を厳選した旨の記載がある(段落【0012】)。
 以上によると,引用例1の請求項1及び実施例1において,溶解性ガラスとして硼珪酸塩系ガラスを含んだ技術に関する開示はない。したがって,請求項1及び実施例1に基づいて,引用例1発明について「硼珪酸塩系の溶解性硝子からなる硝子水処理材」であるとした審決の認定には誤りがある。 
 (3)被告の主張に対して
 被告は,引用例1の発明の詳細な説明中に「本発明で使用する溶解性ガラスは,硼珪酸塩系及び燐酸塩系の内,少なくとも1種類である」(段落【0006】)との記載があることを根拠として,引用例1に硼珪酸塩系ガラスが開示されていると主張する。
 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり,採用できない。
 前記のとおり,引用例1の請求項1では,溶解性ガラスを燐酸塩系ガラスに限定している以上,上記記載から,硼珪酸塩系ガラスが示されていると認定することはできない(請求項2では「硝子物」の組成は限定されておらず,上記記載は,請求項2における「硝子物」に関する記載であると解することができる。)。
 次に,被告は,引用例1の発明の詳細な説明によると,引用例1発明の溶解性ガラスは,従来技術である乙1文献に記載された溶解性ガラスを前提とする発明であり,乙1文献には,実施例として,硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスが記載されているのであって,引用例1の実施例1の結果を踏まえれば,乙1文献に記載されている硼珪酸塩系ガラスにおいても,最大径を10mm以上とすることにより,銀イオンの溶出量を維持する効果が得られると理解することができると主張する。
 しかし,以下のとおり,被告の上記主張も失当である。
 引用例1には,引用例1に先立つ従来技術として,乙1文献が挙げられており(段落【0003】),同文献には,水溶性ガラスとして,硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスの両者が記載されているが,そのような文脈を根拠として,溶解性ガラスを燐酸塩系ガラスに限定した引用例1発明の「溶解性ガラス」について,硼珪酸塩系ガラスと燐酸塩系ガラスの両者を共に含むと理解することは無理があり,採用できない。」

 【解説】
 引用発明中にどのような発明が記載されているかは,当業者の技術水準を背景として,その記載内容の程度により判断されるものである。
 本件では,引用例1に硼珪酸塩系ガラスに関する開示があるかが問題とされた。
 引用例1中において,硼珪酸塩系ガラスの開示を伺わせる箇所は,「【0006】本発明で使用する溶解性ガラスは,硼珪酸塩系及び燐酸塩系の内,少なくとも1種類であるが,好ましくは,燐酸塩系硝子である。」の記載のみである。他の請求項や,実施例は全て燐酸塩系ガラスの開示である。
 本件は,このような発明の変形例の一行記載の箇所に「硼珪酸塩系」の記載があるのみでは,発明としての開示は無いと判断した。その背景には,硼珪酸塩系と燐酸塩系のガラスは,その主成分、用途、特性が全く異なり,今回の特許発明の特徴が硼珪酸塩系の各成分の含有比率に特徴がであった点が影響しているのであろう。かかる一行記載を当業者が接したとしても,「硼珪酸塩系」ではどのような技術になるのかまでは読みとれないとの判断であろう。
 したがって,本件は,発明の変形例の一行記載では,発明の開示までは無いと判断した点に意義を有する。

 以上

 (文責)弁護士 高橋正憲

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