【大阪地裁平成25年4月11日判決(平成22年(ワ)第7025号 不正競争行為差止等請求事件)】

【要約】
原告の元従業員が原告の顧客情報を持ち出し、別会社を設立して使用した。本判決は、被告らの行為の悪質性も考慮し、顧客情報の使用のみならず、顧客に対する契約の締結、その勧誘及び付随する営業行為の差止めを認容した。

【キーワード】
営業秘密、秘密管理性、差止め、顧客情報

1 事案

各種自動車の輸出入及び売買等を目的とする会社である原告が、原告の元従業員ら及び株式会社クインオート(以下「被告クインオート」という。)が設立した39ホールディングス株式会社(以下「被告39ホールディングス」という。)及びプレミアムオートトレーディングジャパン株式会社(以下「被告プレミアムオート」という。)に対し、顧客名簿の使用等の差止め等及び損害賠償等を請求した。自然人の被告はP1~P8がおり、そのうちP1、P2、P4、P8は原告の元従業員であった。なお、P6に対する訴えは途中で取り下げられた(各人に対する請求の詳細は割愛する。)。
原告、被告39ホールディングス及び被告プレミアムオートは、いずれも、日本国内で中古車を購入し、海外の顧客に輸出している。
原告は、概ね以下の主張をした。

① 被告P1及び被告P2が不正の手段により原告の営業秘密である顧客情報(以下「本件顧客情報」という。)を取得した。
② 被告39ホールディングスは当該不正取得行為及び不正開示行為を知って本件顧客情報を取得するなどした
③ 被告P5、被告クインオート及び被告P3は、被告39ホールディングスの上記行為を謀議するなどした
④ 被告プレミアムオートは被告39ホールディングスと同様の行為をした

争点は多岐にわたるが、本稿では、本件顧客情報が営業秘密であったかという点及び差止請求についての判断を中心に紹介する。

2 判決

⑴ 本件顧客情報が営業秘密であるかという点

本判決は、秘密管理性について、原告が顧客情報等を管理するために専用のアプリケーションソフト「トラッカー」を使用し、原告の従業員がこれを利用するためにはパスワードを入力する必要があったこと、従業員に署名させる「プログラム等使用許諾依頼書」において機密漏洩が禁止されていたこと等を挙げたほか、以下の点にも言及してアクセス制限を認定した。

「原告が管理業務等を委託した関連会社の従業員についてみると、証拠(甲16)によれば、原告は、業務委託先との間で、業務委託契約書を締結していたこと、業務委託先の従業員は、ID及びパスワードを付与されてトラッカーへのアクセス権限を付与されていたこと、受託業務等の処理手続以外の目的での利用は禁止されており、利用者が業務中に知り得た原告の情報及び個人情報(顧客情報を含む)を漏洩又は使用して、原告に損害を与えた場合には損害賠償の義務を負うとされていたことが認められる。」

 また、本判決は、従業員の認識可能性について、上記の本件顧客情報の管理状況から当然に認めることができるとした上で、就業規則の規定等についても以下のように認定した。

「そして、原告の就業規則(甲14)には、「業務上で知った機密などを、他に漏らすこと」について禁止事項として規定されていたこと、前記アのとおりトラッカーに関する「プログラム等使用許諾依頼書」には「②機密漏洩 ③A/Tに付帯する全てのデーターの譲渡・転売 ④IBC(株)への損害付与」を禁止する旨の記載があったことが認められるところ、本件顧客情報が、これらの禁止事項の対象となる「機密」あるいは「A/Tに付帯する全てのデーター」に含まれることも当然に認識することができたと認められる。」

 また、被告らは、本件顧客情報の一部は検索エンジンを用いて検索結果に表示されるものであるから公知であり有用性を欠くと主張したのに対し、本判決は、以下のように述べてこれを排斥した。

「しかしながら、関連するタームを用いて検索して検索結果に表示することができたからといって、上記顧客らが日本から中古車を輸入する業者であるか、実績があるかなどについては明らかとはならないのであって、これにより本件顧客情報が公知のものであるなどとはいえない。そもそも、複数の検索エンジンを用いて、ようやく検索できたというのであり、しかも、ケニアの顧客については8割以上(乙3)、ニュージーランドの顧客については6割以上(乙5)の者について検索が不可能であったというのであるから、上記被告の主張はおよそ採用しがたいものである。
なお、中古車のオークションに参加した場合、オークションで入札した者の一覧を入手することが可能であり、その中には、海外の顧客もいる(乙39)。しかし、日本のオークションに直接海外から入札する者は、もともと、原告や被告39ホールディングスの顧客として予定されず、原告の顧客となるべき者は、原告を通じて入札しているので、上記一覧からは、原告の顧客となるべき者の情報を知ることはできない。」

⑵ 差止請求について

被告39ホールディングスが、「現在、主に国内でのトラック販売事業を営んでおり、中古車の輸出販売業は一切行っていないし、本件顧客情報も使用していない」旨主張して差止請求の棄却を求めたのに対し、本判決は、被告プレミアムオートが被告39ホールディングスと同一のビルの同一の区画にあり、入り口の扉にも社名が併記されていること、被告39ホールディングスが一定の時期(口頭弁論終結の約11か月前)までインターネット上で中古車販売に関する広告宣伝をしていたことを認定し、「これらのことからすると、被告39ホールディングス及び被告プレミアムオートが本件顧客情報を用いる危険があるから、原告によるこれらの者らに対する本件顧客情報の使用差止め及び廃棄の請求には理由がある。」と判断した。
また、原告が、本件顧客情報の使用の差止めを求めるに当たり、使用自体の差止めだけでなく、本件顧客情報に記載された顧客らに対して営業行為を行うことの禁止を求めたのに対し、本判決は、以下のように述べてこれを認容した。

「前述したとおり、本件顧客情報が原告の営業秘密であって高い有用性が認められること、本件における被告らの不正競争の態様の悪質性、結果の重大性からすれば、被告らによる不正競争を差し止める必要性は高い。そして、本件顧客情報の取得経緯や、開示、使用の状況(前記1、3~5)に照らすと、本件顧客情報を記録した磁気媒体、紙媒体の使用のみを禁止したのでは、その差止めの目的を達することは困難である。したがって、上記顧客らが自ら日本国内において中古車の買付行為を行うなど、本件顧客情報に含まれる個々の顧客らに関する情報について営業秘密性が失われるまでは、差止めの必要性は存続すると解する。」

3 検討

営業秘密の要件である秘密管理性の認定において、単純にパスワードによるアクセス制限のみを認定するのではなく、就業規則及び従業員に署名させた書面において機密の漏洩が禁止されていたことも考慮してアクセス制限を認定したものである。秘密管理性の検討において、パスワード管理等の形式に注目が集まることが多いが、本判決は、会社において実質的にどのような管理がされていたのかを具体的な事実に基づき判断すべきものであることを示すものであるといえる。

また、認識可能性については、マル秘のような表示に注目が集まることが多いが、本判決は、本件顧客情報の管理状況や従業員に署名させた書面に基づき、認識可能性を認定したものであり、会社における実質的な管理を検討して認定したものであるといえる。

さらに、本判決は、差止請求の認容において、本件顧客情報の使用の差止めそのものを認めるにとどまらず、被告らの行為の悪質性も考慮し、本件顧客情報に含まれる顧客らに対する営業を行うこと自体についても差止めの必要があると判断したものであり、原告を救済するためには、具体的にいかなる差止めが必要であるかという内容に踏み込んだものであり、実効性のある不正競争防止法の適用例として参考になる。

以上

(筆者)弁護士 後藤直之