平成25年12月19日判決(東京地裁 平成24年(ワ)第18353号)
【ポイント】
特許権侵害訴訟において,文言侵害・均等侵害が否定され,かつ,法人格濫用の法理を適用の上,被告に実施許諾がされ,当該実施許諾にかかる契約の解除の有効性を否定した事例。
【キーワード】
文言侵害,均等侵害,実施許諾,解除の有効性,法人格濫用の法理

【事案の概要】
X:特許権者
Y:Xの有する特許権を侵害するとして提訴された者 

 発明の名称を「雨水貯留浸透槽・軽量盛土用部材」とする特許権(本件特許権)の特許権者から専用実施権の設定を受けたXが,Yによる別紙Y製品目録記載のY各製品の製造,販売及び販売の申出が専用実施権の侵害に当たるとして,Yに対し,民法709条,特許法102条2項に基づく損害賠償として6600万円及び遅延損害金の支払を求めた。

【争点】
(1)Y各製品の本件発明の技術的範囲への属否
(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
(3)本件契約に基づきYが本件特許権の実施権を有するか
(4)本件解除の有効性
Y主張:本件契約により本件特許権の実施権を有する
X主張:[1]本件契約の当事者は,株式会社シンシンブロックであって,Xではないこと,[2]本件特許権は,本件契約による実施許諾の対象に含まれないこと,[3]本件契約が本件解除により終了したことを理由に,Yが実施権を有することはない。
(5)Xの損害

【結論】
(1) 文言侵害・均等侵害のいずれも認められず,Y製品は本件特許発明の技術的範囲に属しない。
(2) 判断せず
(3)(4) Y各製品が本件特許の技術的範囲に属するとしても,YによるY各製品の製造,販売等が本件特許権の侵害に当たるということはできない。

【判旨抜粋】
「2 争点(3)(本件契約による実施許諾の有無)及び(4)(本件解除の有効性)について
 さらに,念のため,争点(3)及び(4)についても判断する。被告が本件契約により本件特許権の実施権を有すると主張するのに対し,原告は,(1) 本件契約の当事者は,株式会社シンシンブロックであって,原告ではないこと,(2) 本件特許権は,本件契約による実施許諾の対象に含まれないこと,(3) 本件契約が本件解除により終了したことを理由に,被告が実施権を有することはない旨主張するので,以下,検討する。
(1)契約当事者について
ア 本件契約の当事者は株式会社シンシンブロックであり,原告(シンシンブロック株式会社)と異なることは明らかであるが,両社は,商号が酷似する上,現在又は過去の代表者(X3),本店所在地・・及び目的(雨水貯留浸透施設及び簡易耐震水槽の設計・施工・監理等)を共通にしている(甲1,乙12,13)。したがって,通常の注意力を持った取引関係者であっても,両社を同一の会社と誤解する可能性が高いということができる。
イ これに加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)被告と株式会社シンシンブロックは,かねてから本製品(雨水貯留浸透槽用の部材「シンシンブロック」)の取引を行っていたが,同社は被告に対し長期間にわたり多額の債務の弁済を怠っており,その額は平成21年3月末時点で約5億4000万円に達していた。また,株式会社シンシンブロックは他の取引先にも多額の債務を負っていた。被告と株式会社シンシンブロックは,同月31日,債権回収に関する合意をし,上記債務を10年間の分割により弁済することなどを約した。(乙6)
(イ)本件契約は,平成20年4月1日に株式会社シンシンブロックと被告の間で締結されたものであり,実施許諾の対象として列挙された別表1の各特許は,契約書上は,株式会社シンシンブロックが現に有するものとされている。しかし,実際には,かつては株式会社シンシンブロックが林物産から譲り受けるなどして特許権を有していた時期があったものの,いずれも本件契約の締結前に発明研究所に譲渡されていた。なお,株式会社シンシンブロックは,その後,これらの特許につき専用実施権の設定を受けているが,本件契約の締結当時は第三者に対抗し得る権利を有していなかった。(乙5,18~22)
(ウ)原告,株式会社シンシンブロック,林物産及び発明研究所の設立,商号変更等の経過は,次のとおりである。(甲1,乙12~17)
a 株式会社シンシンブロックは,平成8年8月8日に設立された。代表者は,平成18年6月30日までX3(ただし,退任の登記がされたのは平成22年3月18日である。),平成22年3月17日以降はX1である。
b 原告は,平成20年10月30日に「株式会社新シンシンブロック」との商号で設立され,平成22年3月9日に「シンシンブロック販売株式会社」に,平成24年4月2日に現商号「シンシンブロック株式会社」に,それぞれ商号を変更した。
c 林物産は,昭和51年5月24日に設立され,昭和52年9月12日に本店を本件本店所在地に移転した。平成16年6月30日以降の代表者はX1である。林物産は平成23年8月1日に東京都内に本店を移転したが,平成24年4月11日,これと商号を同じくし,本件本店所在地を本店,X3を代表者とする「株式会社林物産」が設立された。
d 発明研究所は,平成9年10月13日に「株式会社カンカンブロック」との商号で設立され,平成18年6月1日に商号を現在の「株式会社林物産発明研究所」に変更するとともに,本店を本件本店所在地に移転した。平成18年6月1日以降の代表者は,X2である。
e 上記のX1とX2は夫婦であり,X3はその長男である。また,これらの者の親族が株式会社シンシンブロック,林物産及び発明研究所の役員に多数就任している。
(エ)株式会社シンシンブロックは,平成22年3月16日,被告宛てに内容証明郵便を発出し,株式会社シンシンブロック及び林グループが被告の理不尽な行為等により受けた損害につき3億5000万円の支払等を請求した。(乙23)
(オ)本件特許は,平成23年11月18日に発明研究所を特許権者として登録され,原告(当時の商号はシンシンブロック販売株式会社)のために平成24年2月10日受付の専用実施権の設定登録がされた。株式会社シンシンブロックは,本件特許につき第三者に対抗し得る権利を有するものでないが,発明研究所と連名で,同年4月5日,被告に対し,被告製品1~3が本件特許権による損害賠償の対象になる旨の内容証明郵便を発出した。(甲3,9の1及び2)
(カ)本件の被告を原告とし,株式会社シンシンブロック及び発明研究所を被告とする別件訴訟(当庁平成24年(ワ)第14500号本登記手続等請求事件)において株式会社シンシンブロックらが提出した準備書面には,「同社らはグループ会社であり,同グループの知的財産権に係るライセンス料等の受取窓口は株式会社シンシンブロックであった」旨の記載がある。(乙24)
ウ 上記事実関係によれば,[1]株式会社シンシンブロック,原告,林物産及び発明研究所は,実質的な経営者を共通にし,互いに密接な関係のあるグループ会社であること,[2]上記各社は,本件特許権を含む知的財産権の対外的な行使に当たっては,特許登録上の権利の所在等にかかわらず,株式会社シンシンブロックを中心として行動していること,[3]原告は,株式会社シンシンブロックが多額の負債の弁済に窮しているという状況下で,同社の商号に「新」を付した商号で設立された後,その商号を同社と酷似する「シンシンブロック株式会社」に変更したことが明らかであり,さらに,株式会社シンシンブロックが保有していた特許権を他のグループ会社に譲渡した旨の登録をする,グループ内に同一商号の会社を設立するなど,債権者の追及を免れるために法人格を濫用していることがうかがわれる。これらの事情を総合すると,本件特許権の専用実施権者である原告が,グループ会社が有する特許権の通常実施権を許諾することを内容とする本件契約につき,契約当事者は株式会社シンシンブロックであって原告は本件契約と無関係である旨主張することは,法人格濫用の法理により許されず,原告は,本件契約において特許権者の側が負うべきものとされた義務の履行を免れないと解するのが相当である。
(2)契約の対象となる特許権について
 前記前提事実(4)のとおり,本件契約は,株式会社シンシンブロックが被告に対し,本製品に関して現に有する特許につき通常実施権を許諾するとともに,本製品に関わる産業財産権の使用を保証するものである。本件特許は,本件契約の文言に照らすと,ア 別表1の特許として列挙されていないこと,イ 権利の主体が発明研究所及び原告であること,ウ 契約締結の時点で「現に」存在するものでないことから,実施許諾の対象になるかどうかにつき疑義があるといえるが,これらの点に関しては次のとおりに解するのが相当である。
ア 本件契約は,許諾の対象には「別表1に記載のものを含む」旨規定しており,これが例示にとどまることはその記載から明らかである。
イ 権利の主体に関しては,上記で説示したところに照らせば,株式会社シンシンブロックだけでなく,発明研究所及び原告が有する権利を含むと解すべきである。
ウ 被告各製品は,本件契約にいう本製品(シンシンブロック)に該当するものであるので(甲6,8,9の1及び2,10参照),これが本件発明の技術的範囲に属するとすれば,本件特許権は「本製品に関わる産業財産権」に当たることになる。また,本件特許権は,登録がされたのは本件契約の締結後であるが,それより前に出願され,出願公開もされていたから(甲3,4),上記グループ各社は,本件契約の締結に当たり,これが登録されれば上記の「産業財産権」になることを当然に認識していたと解される。したがって,被告は,本件契約により,本製品の製造販売のために本件発明を実施することを保証されていたと認めることができる。
 したがって,本件特許権は本件契約の対象となり,被告は本件契約により本件特許権について実施許諾を受けたものと認められる。
(3)本件解除の有効性について
 本件契約は,相手方の契約違反を理由として解除することができる旨定めるとともに,「本契約を解除するにあたり,甲乙相互に債権,債務を精算しなければならない。」と定めている(甲は被告,乙は株式会社シンシンブロックを指す。乙5)。そして,契約が解除された場合,契約当事者の間にはその後も原状回復その他債権債務を精算すべき関係が残るのは当然であるから,上記の条項は,解除の効力を生じさせるためには解除の前に債権債務を精算することを要すると定めたものと解するのが合理的であり,「解除するにあたり」との文言もこのような解釈に沿うとみることができる。
 さらに,株式会社シンシンブロックが被告に対し多額の債務を負っており,被告がこれを回収する手段の一つとして本件契約を締結したと考えられること(本件契約により被告が株式会社シンシンブロックに支払うべき実施料と,同社が被告に対して負う債務を相殺する形になる。)に照らすと,被告においては,債権債務が回収される前に本件契約が解除され,本製品の製造販売ができないことにされると,多大な不利益を被ることになる。そうすると,上記条項は,そのような事態を避けるため,債権債務を精算しなければ本件契約を解除することができないと定めたものと解するのが相当である。
 そして,証拠(甲31,乙6)及び弁論の全趣旨によれば,被告と株式会社シンシンブロックの間の債権債務はいまだ精算されていないと認められるから,本件解除は効力を生じないというべきである。
(4)以上によれば,被告各製品が本件特許の技術的範囲に属するとしても,被告による被告各製品の製造,販売等が本件特許権の侵害に当たるということはできない。」

【解説】
 Yは,本件契約に基づきYが実施権を有するとの抗弁を主張したところ,Xは,Xが本件契約の当事者でない等を理由に,Yは実施権を有しないと反論した。
 裁判所は,Yは本件契約により本件特許権について実施許諾を受けたものと認定し,X主張を排斥した。その理由として,[1]Yと本件契約当事者であるSは,実質的な経営者を共通にし,互いに密接な関係のあるグループ会社であること,[2]対外的な知的財産権行使にはSを中心に行動していること,[3]Xは,Sが多額の負債の弁済に窮している状況下で,Sの商号に「新」を付した商号で設立され,その後Sと酷似する商号名に変更したこと,さらに,S保有の特許権を他のグループ会社に譲渡登録し,グループ内に同一商号の会社を設立するなど,債権者の追及を免れるため法人格濫用をしているものであることから,X主張は法人格濫用の法理により許されないとした。
 法人格否認の法理が適用される類型として,法人格が形骸に過ぎない場合と,法人格が法律の適用を回避するために濫用されている場合があるといわれ,本件は後者に該当する。当該濫用事例の要件として,[1]支配要件(背後者が会社を自己の意のままに「道具」として用いうる支配的地位にあって会社法人格を利用していること),[2]目的要件(違法な目的で法人格を利用していること)が挙げられるが,本件の場合,S,又はSを含むグループ会社全体を背後者として,[1]支配要件を認定し,Sが債権者からの債権回収を免れるため,別法人であるXに権利行使をさせ,Sの契約上の債務(実施許諾に基づく権利不行使等)の回避を図ったことに基づき,[2]目的要件を認定したものと思われる。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造