平成25年8月28日判決(知財高裁 平成25年(ネ)第10018号)
【キーワード】
先使用権、発明の知得の経路


【事案の概要】
 被控訴人ら(X1,X2)は,被控訴人らによる本件口紅の輸入,製造,販売又は使用につき,控訴人Y1が本件特許権に基づく差止請求権,損害賠償請求権及び不当利得返還請求権をいずれも有しないことの確認を求めた。なお、被控訴人は不正競争防止法2条1項14号に基づく差止・損害賠償請求等も同様に控訴人ら(Y1,Y2)に求めたが、ここでは省略する。
 原審は,控訴人X1に対する本件特許権に基づく差止請求権,損害賠償請求権及び不当利得返還請求権をいずれも有しないことの確認請求を認容した。
 控訴人ら(Y1,Y2)は,これを不服として,控訴人らの敗訴部分の取消し及び被控訴人らの請求をいずれも棄却することを求めて,本件控訴を提起した。
 なお、本件訴訟に至るまで、当事者間には以下のとおりの経緯があった。

【争点】
1 本件容器が本件特許訂正発明1及び同2の技術的範囲に属するか
2 本件訂正特許は,新規性欠如の無効理由を有しており,特許無効審判により無効とされるべきものか
3 先使用権の成否

【結論】
1 本件容器が本件特許訂正発明1及び同2の技術的範囲に属する。
2 判断せず
3 先使用権が成立する。

【判旨抜粋】
 以下に述べるとおり,本件容器は,本件特許の出願前に公知であった甲19考案の実施品と認められる。この点のみからしても,本件口紅の販売等が本件特許権を侵害するとの被告らの主張に疑問が生じるところであるが,本件では原告らの先使用権(特許法79条)が成立するため,この点についての判断を示すこととする。
(1) 本件容器は甲19考案の実施品といえるか
・・・
以上によれば,本件容器は,甲19考案の技術的範囲に属しており,その実施品といえる。
(2) 事実経過
・・・
(3) 発明の知得経路についての検討
ア 本件容器が,甲19考案の技術的範囲に属し,その実施品であるといえることに加え,蘇州シャ・シン社の代表取締役P2の息子であるP4が平成17年には既にその甲19考案を考案し,台湾シャ・シン社を出願人として日本や中華人民共和国などで特許又は実用新案登録の出願をしていたこと,そのため,蘇州シャ・シン社は,被告P1からの指示がなくても,本件容器の構成に至ることができる技術を,平成17年の段階で既に持ち合わせていたこと,現に蘇州シャ・シン社は,遅くとも平成18年2月までに,甲19考案の技術的範囲に属し,かつ,突片部の位置及び形状で本件容器と構成を同じくする本件図面(甲51)を作成していたこと,これに対し,被告P1が本件特許の出願をしたのは,それらから大幅に遅れる平成19年3月1日であること,被告P1から蘇州シャ・シン社に対して突状部の指示があったことを裏付ける客観的証拠はなく,被告らが当該指示のあった日とする平成18年2月8日より後に締結された口紅容器の製造に係るライセンス契約でも,本件特許発明への言及はないこと,そして,平成19年4月における被告P1と蘇州シャ・シン社との電子メールのやりとりは,本件容器と同一部位・同一形状の突状部につき,蘇州シャ・シン社が日本で特許権(正確には実用新案権であった。)を有していると説明し,被告P1もこれを受け入れていると理解され,被告P1の指示が過去にあったとは読み取れず,両者間で過去に話題になった様子さえうかがわれないことからすれば,本件容器の突状部は,蘇州シャ・シン社において,被告P1の指示を受けることなく,甲19考案の実施として備え付けた構成(「ランコム」用の容器にも備え付けられた構成である。)であると認めるのが相当である。
イ これに対し,被告らは,当該突状部の構成は,被告P1が,平成18年2月8日,蘇州シャ・シン社の代表取締役P2に対して,口頭及びバイク便で送った書面によって指示したものである旨主張する。
 しかし,その主張に沿う証拠は,被告P1の陳述書(乙27)及びその尋問結果を除けば,同日に被告P1からP2の秘書であるP3に何らかの配達物が届けられたことを示すもの(乙18)程度で,その内容物も証拠上明らかでないのであるから,客観的裏付けとして十分でないことは明らかである。
 この点,被告らは,本件容器が本件特許発明1及び同2の技術的範囲に属することを,被告P1からの指示があったことの客観的根拠にしていると考えられる。しかし,蘇州シャ・シン社は,かかる指示があったと主張される平成18年2月8日以前から,本件容器を技術的範囲に含む甲19考案を持ち合わせていたのであるから,その実施として突状部のある容器を製造したと見る方がはるかに合理的かつ自然である。特段の裏付けなしに,被告P1の指示に由来する構成と見ることはできない。
 加えて,被告らは,答弁書(53,62ページ)において,蘇州シャ・シン社に突状部の指示をしたのは,本件特許出願をした平成19年3月1日よりも後のことと主張していたにもかかわらず,蘇州シャ・シン社が同日よりも前に本件容器を製造していた旨の原告らの主張及び裏付け証拠(甲25,26の1~8)が提出されるや,指示があった日を,原告らの主張及び証拠とも矛盾のない平成18年2月8日と大きく変遷させた(被告第2準備書面)。しかも,被告らの主張によると,被告P1は,蘇州シャ・シン社から,平成19年2月7日,自身の指示に由来する突状部も備えた容器試作品を初めて見せられ,それを確認してから同年3月1日に本件特許の出願をしたとの経過があったというのであるから,本件特許の出願と蘇州シャ・シン社への指示の時間的前後関係を勘違いすることは起こりにくいはずである。
 被告P1は尋問でも同旨の供述をしているが,真に記憶に基づく主張,供述をしているか疑わしいと言わざるを得ない。
 さらに平成19年4月における被告P1と蘇州シャ・シン社との電子メールでのやりとりは,突状部について,被告P1からの指示があったという被告らの主張と到底整合せず,蘇州シャ・シン社側の甲19考案に由来する構成であることを強く示唆するものといえる。
 また,被告P1の供述によると,P2は,平成18年2月8日に被告P1から突状部の指示を受けた際,甲19考案に全く言及せず(被告P1調書25ページ),その後少なくとも平成19年2月ころまで被告P1の指示に従い続け,当該突状部を備えた容器試作品を製作したことになる。しかし,掲げる課題や作用効果こそ違うとはいえ,口紅容器内筒部の外壁に突片部を備えるという点で共通する技術を日本や中華人民共和国などで既に権利化している者(被告P1の供述によると,P2は技術に詳しく自社の保有特許も全て把握している。)の対応として考えにくく,やはり,被告らの主張,供述の信用性に疑問を投げかける。
 なお,被告らは,本件図面(甲51)及びその一部(甲45)が証拠提出される前から,その3つの特徴(突状部の配置,突状部の形状,ストッパーが取り外されていること)を,P2への指示内容として既に指摘できていた(被告第2準備書面)のは,被告P1の指示が実際にあったことの証左であると主張するが,それらの特徴は,蘇州シャ・シン社から被告P1に示されていた図面(乙9)や,本訴提起前に入手していた本件容器の実物(乙21)から把握できるものであるから,被告らの主張,供述の信用性を特段高めるものではない。
 以上より,本件容器の突状部につき,被告P1が,蘇州シャ・シン社の代表取締役P2に対して指示したことに由来する旨の被告らの主張は採用できない。
(4) 輸入日
 ・・・したがって,原告らは,本件特許が出願された平成19年3月1日の際,本件特許発明1及び同2の技術的範囲に属する本件容器を備えた本件口紅を輸入し,もって,「現に日本国内においてその発明の実施である事業」(特許法79条)をしていたものといえる。
(5) 知得
 本件容器と同部位に同形状の突状部を描いた本件図面は,平成18年2月14日には蘇州シャ・シン社によって作成されていたことからすれば,そのころ本件図面に係る「ランコム」の口紅の製造,販売を国際的に展開するフランスロレアル社に送付されたものと推認され,この推認を妨げるに足りる証拠はない。
 そうするとフランスロレアル社の子会社で,ロレアルグループの一員である原告らも,本件口紅の輸入時には,「本件特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者」であるP4から,本件容器の突状部に係る発明を「知得」していたと評価するのが相当である(この点,被告らは,原告らとフランス法人のロレアル社はあくまで別法人であるため,その知得を原告らの知得と同視すべきでない旨主張するが,先使用権の成否を判断するに当たり,発明の実施者が親会社であるか,あるいは,同社が支配する子会社であるかによって結論を左右させることは,特許法79条による利害調整の趣旨に沿う解釈とはいえず,採用できない。)。
(6) 小括
 以上のとおり,原告らは,本件特許発明につき,「特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」に当たるから,少なくとも本件容器の実施形式の範囲で先使用権を有するものである。
 したがって,原告らが本件口紅を販売等することは,被告P1の有する本件特許権の侵害にはあたらないというべきである。

【解説】
 本判決は、被疑侵害物件が本件特許発明の技術的範囲に属すると認定した上で、先使用権を認めた事例である。争点となったのは、X1、X2が「特許出願に係る発明を知らないでその発明をした者から知得して,特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者」に該当するか否かである。
 X1、X2に被疑侵害物件を供給する蘇州シャ・シン社ないし台湾シャ・シン社において、本件特許出願日である平成19年3月よりも前の平成17年8月には被疑侵害物件に係る考案をしていたこと、平成18年2月には、当該考案の技術的範囲に属する図面を作成していたことから、X1、X2が当該「者」に該当するものと判断した。
 Y1、Y2は、Y2から、X1、X2に被疑侵害物件を供給する蘇州シャ・シン社に対して、本件特許出願日である平成19年3月よりも前の平成18年2月に、当該物件の突状部に関する指示があったため、当該指示に基づき被疑侵害物件は考案されたものであり、知得の経路はY2を経由し、X1、X2は当該「者」に該当しないと主張したが、当該指示はないと認定された。

 本件は、被疑侵害物件が、特許出願前の被疑侵害者側でなされた実用新案出願に係る考案の技術的範囲内であったため、比較的先使用権の立証が容易であったものと思われる。

(文責)弁護士・弁理士 和田祐造