平成26年2月26日判決(知財高裁 平成25年(行ケ)第10206号 審決取消請求事件)
口頭弁論終結日 平成26年2月17日
【キーワード】
特許法134条の2第9項,126条5項,新規事項の追加,訂正の許否

【事案の概要】
 本件は,「回転角検出装置」とする発明についての訂正に関し,審決が訂正発明の「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」の意義を「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」に限定的に解釈したことは相当ではなく,そのように限定解釈した上で,新規事項の追加に当たらないとした審決の認定が誤りであるとして,審決を取り消した事例である。

【発明の概要】
1 従来の問題点
  自動車の電子スロットルシステムでは,下図に示すように,スロットルボディー1に,スロットルバルブ2の回転軸3を回動自在に支持し,スロッ トルボディー1の下側部に組み付けたモータ4によって減速機構5を介してスロットルバルブ2を回転駆動する。そして,スロットルバルブ2の回 転軸3を回転角検出装置6のロータコア7に連結して,ロータコア7の内周面に磁石8を固定している。一方,スロットルボディー1の開口部を覆 う樹脂製のカバー9にモールド成形されたステータコア10をロータコア7の内周側に同軸状に位置させ,磁石8の内周面をステータコア10の外 周面に対向させると共に,ステータコア10に直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部51にホールIC52を固定している。
  この構成では,磁石8の磁束がステータコア10を通って磁気検出ギャップ部51を通過し,その磁束密度に応じてホールIC52の出力が変化 する。磁気検出ギャップ部51を通過する磁束密度は,磁石8(ロータコア7)の回転角に応じて変化するため,ホールIC52の出力信号から磁  石8の回転角,ひいてはスロットルバルブ2の回転角(スロットル開度)を検出することができる。
  上記従来の回転角検出装置では,ホールIC52を固定するステータコア10をモールド成形した樹脂製のカバー9は,これを取り付ける金属製 のスロットルボディー1に比べて熱膨張率が大きい。しかも,このカバー9は,スロットルボディー1の下側部に配置されたモータ4や減速機構5 を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きくなる。
  ところが,従来構成では,図8(b)に示すように,ホールIC52の磁気検出方向(磁気検出ギャップ部51と直交する方向)とカバー9の長手方  向が平行になっていたため,カバー9の熱変形によって,磁気検出ギャップ部51のギャップやステータコア10と磁石8とのギャップが変化し  て,磁気検出ギャップ部51を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっている。このため,カバー9の熱変形によってホールIC52の出力が 変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった。

2 本発明の概要
  本発明の請求項1の回転角検出装置では,樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に,該磁気検出素子をその磁気検出方向とカ バーの長手方向が直交するように配置したものである。このようにすれば,磁気検出素子の磁気検出方向がカバーの短尺方向となり,カバー の熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくすることができ,磁気検出方向の磁束密度の変化を小さくすることができる。これにより,カ  バーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上できる。

【特許請求の範囲の記載】
1 訂正前(争点の請求項1のみを示す)
  【請求項1】
  本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と,
  前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー側に固定された磁気検出素子とを備え,
  前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において,
  前記磁気検出素子は,その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

2 本件訂正後
  【請求項1】
  本体ハウジングと,
  この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と,
  前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製で縦長形状のカバーと,
  このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え,
  前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され,
  前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において,
  前記磁気検出素子は,その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

【争点】
 本件訂正後の請求項1における「熱膨張率が異なる」が新規事項の追加に該当するか

【判旨抜粋】(下線部は筆者が付した)
1 本件発明の概要
  本件発明は,磁気検出素子と磁石を用いて被検出物の回転角を検出する回転角検出装置に関するものである(段落【0001】)。従来,自動 車の電子スロットルシステムでは,磁石とホールICからなる回転角検出装置により,スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出してい  たが(段落【0002】,【0003】),これによると,ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属 製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,また,このカバーは,スロットルボディーの下側部に配置されたモータや減速機構を一括し て覆うように縦長の形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きく(段落【0004】),しかも,ホールICの磁気検出方向(磁気検 出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,磁気検出ギャップ部のギャップやス  テータコアと磁石とのギャップが変化して,磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていることから,カバーの熱変 形によってホールICの出力が変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった(段落【0005】)。
  そのような欠点に鑑みて,本件発明1は,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向 上することができる回転角検出装置を提供すること目的として(段落【0006】),熱変形しやすい樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する 場合に,該磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するように配置したものである(段落【0007】)。
2 本件訂正に関しての新規事項の追加の有無について
  本件訂正は,訂正前の「前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー」なる事項を訂正し,訂正後の「前記本体ハウジングの開口部を 覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製で縦長形状のカバー」とするもので,減縮を目的として,カバーの構成をより具体的に  特定したものと認められる。そして,上記訂正後の記載を見れば,「熱膨張率が異なる」とは,本体ハウジングに対してカバーの「熱膨張率が大 きい」場合と「熱膨張率が小さい」場合が含まれることになることは,文言上明らかである。
  そこで,本体ハウジングに対して,「熱膨張率が大きい」カバーと「熱膨張率が小さい」カバーの双方が,本件明細書等に記載した範囲のもの といえるか否かについて検討する。
  本件明細書等には,…(中略)…樹脂製のカバーが金属製のスロットルボディーに比べて「熱膨張率が大きい」ことは明確に記載されていると 認められる。一方,樹脂製のカバーが(金属製の)スロットルボディーに比べて「熱膨張率が小さい」ことは明示的に記載されておらず,これを  示唆する記載もない。
  また,本件発明は,…従来の回転角検出装置においては,ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを  取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,また,縦長の形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大  きく,しかも,ホールICの磁気検出方向とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,磁気検出ギャップ部のギャッ プやステータコアと磁石とのギャップが変化して,回転角の検出精度が低下するという欠点があったことから,カバーの熱変形による磁気検出 素子の出力変動を小さく抑えて,回転角の検出精度を向上することを目的としている。すなわち,本件発明は,樹脂製のカバーが金属製のス  ロットルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が大きいことを前提とする課題を解決しようとするものであって,樹脂製のカバーがスロッ トルボディー(本体ハウジング)に比べて熱膨張率が小さいことは想定していない。そして,本件明細書等に記載されたスロットルバルブの回転 角検出装置は,自動車のスロットルバルブの回転角検出装置において,エンジンルームからスロットルバルブに到達する熱により,本体ハウジ ングに相当の熱量が加わることを前提としていることはその構造上自明であるから,そのような熱量の加わる本体ハウジングにカバーよりも熱 膨張率の大きい材質を用いることは技術的に想定し難い。
  (中略)
  そうすると,樹脂製のカバーの熱膨張率が本体ハウジングの熱膨張率よりも小さいことは,出願の当初から想定されていたものということはで きず,本件訂正により導かれる技術的事項が本件明細書等の記載を総合することにより導かれる技術的事項であると認めることはできない。

【解説】
1 新規事項の追加についての判断基準
  新規事項の追加については,新たな技術的事項を導入するものではない限り,明細書に対応する文言がなくとも,補正・訂正をすることは可 能である。(ソルダーレジスト事件大合議判決(平成18年(行ケ)第10563号審決取消請求事件,知財高裁平成20年5月20日判決))。
2 裁判所の判断
  知財高裁は,まず,訂正によって請求項1に加えられた「熱膨張率が異なる」という文言について,「熱膨張率が大きい」場合と「熱膨張率が小 さい」場合が含まれることになることを認定し,「熱膨張率が小さい」ことは明示的に記載されておらず,示唆もないとした。
  そのうえで,本件発明の解決しようとする課題は,カバーが本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことを前提とするものであって,熱膨  張率が小さいことは想定していないとした。
  よって,カバーの熱膨張率がハウジングの熱膨張率よりも小さいことは出願当初から想定されていたものということはできず,新たな技術的  事項を導入するものではないとはいえないとした。
3 考察
  請求項に記載された発明が,訂正によって明細書に明示的な記載のない事項まで含むことになる場合に,新規事項の追加といえるかについ ては,新たな技術的事項を導入するものであるか否かによって決せられることは実務上定着している。では,どのような場合に「新たな技術的  事項を導入する」ことなるかが問題となるが,これまでの裁判例を分析する限り,知財高裁は以下のような手法で判断していると考えられる。
  (1)訂正(補正)後の請求項について,どのような技術的事項が含まれることになるかを認定する
  (2)新たに請求項に含まれることとなった技術的事項(「新技術的事項」とする。)について,明細書に明示の記載または示唆があるかを認定   する
  (3)新技術的事項については明細書に明示の記載または示唆がない場合,発明の課題を明細書の記載から認定する
  (4)請求項に含まれる新技術的事項によっても,当該発明の課題を依然として解決するものであるときは,新たな技術的事項を導入するもの   ではない
    一方,新技術的事項によると,当該発明の課題を解決しないものが含まれる場合は,新たな技術的事項を導入するものである

 本件では,そもそも訂正によって含まれることとなった技術的事項が,発明が解決しようとする課題の前提として想定されていないから,新たな技術的事項を導入するものであるとした。上記の判断手法とは多少異なるとも思われるが,訂正によって想定されていない課題が含まれることとなるから,当初の発明の課題を解決することにはならなくなると考えれば,上記の判断手法におさまっていると考えることもできる。
 このように,知財高裁は,訂正(補正)によって新たに請求項に含まれることとなった技術的事項が,明細書に明示の記載または示唆がないからといって,ただちに新規事項の追加であるとはしていない点に注意されたい。新規事項の追加にあたるか否かは,発明の課題を考えることなしには判断できない。よって,企業の知財担当者や特許事務所としては,補正を行う際に,補正後の請求項について,発明の課題を解決しないものや,発明の課題の前提として想定されていないものが含まれることになるか否かに留意して補正を行う必要がある。

(文責)弁護士 幸谷泰造