【平成25年3月19日(知財高裁平成24(行ケ)第10296号)裁判所ウェブサイト】

【ポイント】
進歩性が否定された審決において,甲32公報には「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容し,スポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにする」技術思想が開示されていると認定された。これについて,本判決は上記技術思想の開示はないとして,引用発明1の発明認定に誤りがあるという違法があるとして,審決の取り消しが認められた事例
【キーワード】
引用発明の認定,進歩性


【事案の概要】
 本件は,被告の請求に基づき原告の特許を無効とした審決の取消訴訟である。
 なお,被告による無効審判請求については,(a)特許庁により無効不成立審決(第1次審決)がされたが,当該審決の取消訴訟において,第1次審決を取り消すとの判決(第1次判決)がされ,(b)次に,特許庁において無効審決(第2次審決)がされたが,訂正審判請求に伴い知財高裁において第2次審決を取り消す決定がされ,(c)さらに,特許庁において,無効審決(第3次審決)がされたという経過がある。本件は第3次審決の取消を求めたものである。
 本件の争点は,甲32号公報に,「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容し,スポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにする」技術思想が開示されているか否かである。
 審決では,明細書の段落0017の記載から上記思想が開示されていると認定し,本件特許が無効であると判断していた。

【争点】
 甲32号公報に,「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容し,スポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにする」技術思想が開示されているか。

【結論】
 甲32号公報に,「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容し,スポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにする」技術思想は開示されておらず,審決の引用例1発明の認定には誤りがあり,他に上記の技術的事項が当業者にとって周知であると認めるに足りる的確な証拠もないから,そのような技術的事項を甲5発明,甲7発明,甲12発明に適用することにより,相違点3,6,9に係る本件発明の構成が容易に想到し得るとした審決の判断は誤りであるとして,取消事由を認めた。

【判旨抜粋】
 「(2)上記(1)の記載によれば,甲32公報では,遺体の体液漏出防止処置用具に関し,段落【0012】~【0019】及び【図1】によって第1の実施形態が説明されており,段落【0020】,【0021】及び【図2】によって第2の実施形態が説明されているものと認められる。そして,これらの説明を総合すると,第1の実施形態の処置用具は,可撓性チューブ1の後端部より通気性の塊2を押し込み,このチューブ1の先端部から高吸水性ポリマーの粉末又は顆粒3を入れたのち,チューブ1の両端に防湿用キャップ5を被せたものであるから,【請求項3】の構成に対応するものと認められ,第2の実施形態の処置用具は,可撓性チューブ1の後端部より通気性の塊2を押し込み,このチューブ1の先端部から高吸水性のポリマーの粉末又は顆粒3を入れたのち,先端部を通気性のないスポンジの小片4で封じ,チューブ1の後端に防湿用キャップ5を被せたものであるから,「スポンジの小片」の構成を有する【請求項4】に対応するものと認められる。
 ところで,上記(1)の段落【0017】は,その内容や,前後の段落との整合性等の観点からして,第1の実施形態の処置用具の使用方法を説明する記載であると認められるところ,そこには,「…可撓性チューブ1の…先端部を遺体の口,耳,鼻などの孔に深く挿入して圧縮気体源を作動させると,先端部を軽く封じているスポンジの小片4を押し出したのち,高吸水性ポリマーの粉末または顆粒を注入することができる。」との記載がある。審決は,この記載を根拠にして,「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容し,スポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにすることも当業者に周知であるか,少なくとも公知の技術である。」と認定した。
 しかしながら,上記(1)の記載に照らすと,第1の実施形態の処置用具の構成及びその製造方法に関して説明している段落【0012】~【0016】には,「スポンジの小片4」に関する説明がないまま,使用方法を説明する段落【0017】だけに唐突に「スポンジの小片4」に関しての記載が登場している。また,第1の実施形態の処置用具に関するその他の記載箇所である段落【0018】,【0019】,【図1】にも,「スポンジの小片4」についての説明はなく,図示もない。「スポンジの小片4」が図示されているのは,第2の実施形態についての【図2】においてのみである。しかも,「スポンジの小片4」について明示する第2の実施形態において,このスポンジの小片4は,遺体の孔部に挿入する前に可撓性チューブ1の先端から抜き取られるものとして説明されている。
 このように,段落【0017】におけるスポンジの小片4に関する記載は,第1の実施形態の処置用具に関するその他の記載と整合せず,この段落にだけ浮き上がって触れられているものであり,しかも,第2の実施形態の処置用具において明示された「スポンジの小片4」の使用方法とも整合しないことになる。当業者が,甲32公報の記載に接し,その記載を整合的に理解しようとすれば,段落【0017】におけるスポンジの小片4の記載は,明細書の編集上のミスと認めざるを得ない。すなわち,第1の実施形態の処置用具は,スポンジの小片4を有していないと理解するのが自然である。少なくとも,このような他の記載と整合しない断片的な記載から,「可撓性チューブの一端開口部に(防湿用キャップ5に加えて)スポンジの小片4を有する第1の実施形態の処置用具であって,一端開口部を遺体の孔部に挿入した後にスポンジの小片4を押し出す」という構成が甲32公報に開示されていると認めることはできない。
 したがって,甲32公報の段落【0017】の記載を根拠に,「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容しスポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにすることも当業者に周知で
あるか,少なくとも公知の技術である。」とした審決の認定は誤りであり,また,他に上記の技術的事項が当業者にとって周知であると認めるに足りる的確な証拠もないから,そのような技術的事項を甲5発明,甲7発明,甲12発明に適用することにより,相違点3,6,9に係る本件発明の構成が容易に想到し得るとした審決の判断は誤りである。
 以上のとおり,取消事由2(3),4(4),5(2)はいずれも理由がある。」

【解説】
 引用発明中にどのような発明が記載されているかは,当業者の技術水準を背景として,その記載内容の程度により判断されるものである。
 本件では,明細書の段落0017の「…可撓性チューブ1の…先端部を遺体の口,耳,鼻などの孔に深く挿入して圧縮気体源を作動させると,先端部を軽く封じているスポンジの小片4を押し出したのち,高吸水性ポリマーの粉末または顆粒を注入することができる。」なる記載から「吸水剤である高吸水性ポリマー粉末を収容し,スポンジ部材により開口部を閉塞した遺体の体液漏出防止処置用具について,使用時にスポンジ部材を有する端部を遺体の孔部に挿入した後,押し出し操作を行い,当該スポンジ部材とともに吸水剤粉末を押し出すようにする」技術思想が記載されているかが問題とされた。
 確かに,段落0017の記載のみに着目すると,上記技術思想が開示されているとも思える事案である。しかし,明細書,及び図面を参酌して各実施例の趣旨を読み取ると,この記載が誤記であることが読み取れ,本判決も,かかる記載について,「当業者が,甲32公報の記載に接し,その記載を整合的に理解しようとすれば,段落【0017】におけるスポンジの小片4の記載は,明細書の編集上のミスと認めざるを得ない。」と判断した。
 具体的には,本件明細書には,2つの実施例しかないところ(実施例1に対応するのは図1,実施例2に対応するのは図2である),以下2点の不整合が読み取れる。1点目は,段落0017は実施例1の説明部分であるが,図1には,スポンジ部材の記載がないことである。2点目は,実施例2ではスポンジ4が記載されているものの,その使い方の記載には,このスポンジの小片4は,遺体の孔部に挿入する前に可撓性チューブ1の先端から抜き取られるものとして説明されていることである。
 このように,本件は,一見して発明の開示があるように思われる場合でも,前後の記載,図面の記載等を総合して判断し,当該記載が誤記であると判断した点で意義を有する。

 以上

(文責)弁護士 高橋正憲

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