平成25年11月27日判決(知財高裁 平成25年(行ネ)第10001号)
【キーワード】
技術的範囲、均等論、出願経過、意識的除外


【事件の概要】
 発明の名称を「使い捨ておむつ」とする特許権(特許第4198313号)を有する控訴人らが,被控訴人が製造・販売する紙おむつ は同特許の特許請求の範囲の請求項1及び3記載の各発明の技術的範囲に属しており,その紙おむつの製造・販売は上記特許権を侵害すると主張して,被控訴人 に対し,不法行為に基づき,損害賠償を請求した事案である。原審は,上記紙おむつは,上記各発明の技術的範囲に属しないとして,控訴人らの請求をいずれも 棄却したため,控訴人らが,均等論の主張を追加し,上記の裁判を求めて控訴した。

1 本件特許発明(請求項3については割愛する)
 【請求項1】
 【A】使用状態においてウエスト開口部及び左右のレッグ開口部が形成され、前記ウエスト開口縁を含むウエスト部と、該ウエスト部の下端から前記レッグ開口始端に至る腰下部とからなる胴周り部において、周方向に沿い、かつ縦方向に間隔をもって配置された多数の伸縮部材を有し、かつ縦方向に沿って前記腰下部まで延在する半剛性の吸収コアを有する使い捨て紙おむつであって、
 【B】前記伸縮部材は、前記胴回り部の60%以上の長さ範囲にわたって前記間隔を7.0mm以下とされた状態で配置され、 
 【C】前記腰下部の前記伸縮部材は、前記腰下部の中央部を除く左右脇部に配置され、 
 【D】前記腰下部に配置された前記伸縮部材の伸張応力及び断面外径は、前記ウエスト部に配置された前記伸縮部材の伸張応力及び断面外径よりも小さく、かつ太さが620dtex以下で、伸長率が150~350%ある、
 【E】ことを特徴とする使い捨て紙おむつ。
                     

                                

2 争点
 ⑴ 文言侵害について
 イ号が構成要件Cを充足するか、特に構成要件C中における「腰下部の中央部」の意義が問題となった。原告は、「腰下部の中央部」を、縦方向における中央部であり、中央部ではない吸収コア部に収縮部材があってもよいと主張したのに対し、被告は、「腰下部の中央部」とは「吸収コアが位置する中央部」という意味であると主張した。

⑵ 均等侵害について
 イ号が構成要件Cを充足しないとして、均等侵害にあたるかが問題となった。原告は、本件発明の本質的部分は、半剛性の吸収コアの上に伸縮部材を配置しないことによって、製品として目立つ中央部が変形したり皺を生じたりすることがないようにすることにあるから、イ号が吸収コアから外れた吸収主体状に周方向に伸縮部材を配置することは非本質的部分であると主張した(第1要件)。
 また、構成要件Cには、「腰下部の全領域において中央部を除く」と記載されているわけではなく、「左右脇部にのみ」とも記載されているわけではないから、意識的に「吸収コアが位置しない中央部にも伸縮部材を存在させない」との構成を記載したものではないと主張した(第5要件)。

3 判旨抜粋
 ⑴ 文言侵害について
 本件明細書及び図面の記載よれば,本件発明1における「腰下部の中央部」とは,製品の中央線を含む,側部を除く周方向の中間領域を意味するものと認められる(【0032】)。
 控訴人らは,「腰下部の中央部」との用語が周方向の中央を意味するとしても,縦方向において腰下部のうちどの部分を意味するのかは,本件明細書【0050】の説明によるべきであるとして,構成要件Cの「腰下部の中央部を除く」とは「吸収コア13が位置する中央部には存在せず」の意味であると主張する。控訴人らの主張は,「腰下部の中央部」とは,製品の中央線を含む,側部を除く周方向の中間領域のうち,吸収コアの存在する領域だけを意味するというものと解される。
 なるほど,本件明細書の【0050】には「ウエスト伸縮部材20F,20B,ならびに腰下部伸縮部材21F,21Bは,吸収主体10を横断して周方向に連続して配置固定する形態と,吸収コア13が位置する中央部には存在せず,製品の左右脇部のおいてのみ配置固定する形態とを選択的に採ることができる」との記載があり,また,【0056】には「製品の中央部(吸収コアのほぼ全体領域)に,図14に示すように,・・・キャラクターなどのデザインをたとえば印刷により施すことができる」との記載があって,「腰下部の中央部」に吸収コア13が位置すること及び「腰下部の中央部」が吸収コアのほぼ全体領域であることが記載されている。
 しかし,これらの記載は,吸収コア13が位置する部分のみ,あるいは吸収コアの全体領域のみが,「腰下部の中央部」であることを示すものではない。
 また,本件明細書の【0050】には,「ウエスト伸縮部材20F,20B,ならびに腰下部伸縮部材21F,21Bは,…吸収コア13が位置する中央部には存在せず,製品の左右脇部のおいてのみ配置固定する形態」,「ウエスト伸縮部材20F,20B,ならびに腰下部伸縮部材21F,21Bを,吸収コア13が位置する中央部には存在せず,製品の左右脇部においてのみ配置固定し」などの記載がある。これらの記載によれば,「腰下部の中央部」は,腰下部(すなわち胴周り部)の縦方向の範囲全体において,「左右脇部」と相対立する概念して位置付けられていることが認められる。
 さらに,後記2(2)のとおり,構成要件Cは,平成20年8月26日付けの本件補正によって付加された要件であり,控訴人らの同日付けの意見書において「請求項1発明の・・・構成Cは,段落0043に依拠し」と記載されているところ,本件補正における構成要件Cの根拠とされた出願当初明細書の【0043】(本件明細書の【0043】)において説明されている図4には,腰下部Uの吸収コアが存在する領域のみならず,吸収コアが存在しない吸収主体の領域を含めて,腰下部Uの全領域において,左右脇部にのみ腰下部伸縮部材21F,21Bが配設されている様子が図示されている。すなわち,「腰下部の中央部」が,製品の中央線を含む,側部を除く周方向の中間領域のうち,吸収コアの存在する領域だけを意味するという控訴人らの上記主張は,出願経過における控訴人ら自身の上記意見書における説明及び本件明細書の記載と上記図4とも矛盾するものである。
 以
上によれば,構成要件Cの「前記腰下部の前記伸縮部材は,前記腰下部の中央部を除く左右脇部に配置され」における「腰下部の中央部」を,吸収コアの位置する中央部のみに限定することはできず,控訴人らの上記主張を採用することはできない。

 ⑵ 均等侵害について
 本件発明1については,本件補正により,少なくとも構成要件Cの「前記腰下部の前記伸縮部材は,前記腰下部の中央部を除く左右脇部に配置され,」との要件が加えられたことが明らかである。
(中略)
 本件補正前の請求項1には,腰下部伸縮部材が吸収主体10を横断して周方向に連続して配置固定する実施形態と,腰下部伸縮部材が吸収コア13が位置する中央部には存在せず,製品の左右脇部においてのみ配置固定される実施形態が選択的に存在し,いずれも請求項1に包含されていたところ,本件補正後の請求項1においては,このうち,前者(腰下部伸縮部材が吸収主体10を横断して周方向に連続して配置固定する実施形態)が減縮により除外され,後者(腰下部収縮部材が中央部には存在せず,製品の左右脇部においてのみ配置固定される実施形態)が本件補正による減縮後も残ったことが認められる。
(中略)
 以上によれば,本件補正を客観的・外形的に見れば,控訴人らにおいて,腰下部における伸縮部材の配置について,構成要件Cの「前記腰下部の前記伸縮部材は,前記腰下部の中央部を除く左右脇部に配置され」との実施形態が包含されるものに減縮し,従前の請求項1に記載されていた,これと異なる実施形態,すなわち,腰下部伸縮部材の一部が吸収主体10を横断して周方向に連続して配置固定され,その余の腰下部伸縮部材が製品の左右脇部において配置固定されるという実施態様を,本件補正により,本件発明1の技術的範囲から意識的に除外したものと認められる。

【解説】
1 均等論について
 最判平成10年2月24日(民集52巻1号113頁「ボールスプライン事件」)は,
  「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、
(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき
は、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」とする。
2 裁判所の判断
 ⑴ 文言侵害について
 本判決は、「腰下部の中央部」の意義につき、明細書【0050】の記載によれば原告主張の意味に合致するような記載も見受けられるものの、補正で追加された文言であることを重視し、その際に依拠した【0043】の記載と原告の主張は矛盾するとして、原告主張を採用しなかった。
 「腰下部の中央部」の意義については、原告が本件において主張する「吸収コアの存在する領域のみ」という意味を、審査段階において明らかに除外していることから、裁判所の認定は妥当である。
 ⑵ 均等侵害について
 本判決は,主として第5要件を判断したものである。裁判所は、補正前においては異なる実施形態が選択的に存在し、いずれも請求項1に包含されていたが、補正によって実施形態が減縮されたと認定し、被告製品を意識的に除外したと判断した。これも、出願経過を判断すれば妥当な判断である。

3 考察
 本件は、審査段階において補正によって追加された「腰下部の中央部」の意義が問題となった事案であるが、補正によって追加された部分につき、均等論を主張するのは、当該構成要件が形式的な補正にすぎない場合などの事情がない限り、難しいと思われる。特に、拒絶理由を回避するために補正を行ったような場合、補正により追加された文言が均等の第1要件である本質的部分でないことを主張するのは相当の困難が伴うと思われる。本件では、当初の請求項1にはいくつかの実施形態が包含されていたものの、補正により実施形態を減縮したことは明らかである事案であった。裁判所も、その点を重視して意識的除外があったと認定している。
 本件は、審査経過からすれば、原告の権利行使には無理があったと思われる。請求項1の文言のみを見れば、被告製品が技術的範囲に属するように思えることから権利行使をしたのかもしれないが、代理人としては審査経過を詳細に検討し、クライアントに権利行使を見送るべきことを忠告すべき事案であっただろう。本件の場合、権利行使をすべき特段の事情があったのかもしれないが、原告としては、訴訟提起の前段階では、文言侵害が成立するか否かのみではなく、均等侵害の有無、無効資料の有無、サポート要件を満たしていることなど、あらゆる可能性を考慮して問題ないことを確認してから権利行使を行うべきである。

(文責)弁護士 幸谷泰造