平成25年9月12日判決(東京地裁平成23年(ワ)第8085号、平成23年(ワ)第22692号)
【判旨】
洗濯機等に関する特許権を共有する原告らが,被告らによる洗濯機の製造,譲渡等が特許権を侵害するとして,被告らに対し,損害賠償を求めた事案であり、裁判所は,被告製品のうち,特許請求の範囲に記載された構成と均等であるものについて,請求を認容した事案。
【キーワード】
洗濯機、均等侵害、第1要件、水平器、本質的部分

【事案の概要】
 本件は,洗濯機等に関する特許権を共有する原告らが,被告らによる洗濯機の製造,譲渡又は譲渡等の申出がその特許権を侵害するとして,不法行為による損害賠償請求権又は不当利得による利得金返還請求権に基づき,損害金又は利得金と遅延損害金の連帯支払を求める事案である。

【争点】
 均等侵害が認められるか否か。

【問題となった製品及び特許権】
1 問題となった特許権
 本件で問題となった製品は、洗濯機である。そして、問題となった特許権は以下の特許権である。裁判例においては「本件特許権4」とされている。以下、判決に合わせて、本件特許権4、本件発明4等という。

      特許番号  第3388095号
      発明の名称  洗濯機用水準器
      出願日    平成8年6月18日
      登録日    平成15年1月10日

 本件特許権4を分説すると以下のとおりである。
  本件発明4
  4A  円筒状のケースと,
  4B  このケースに密に結合された蓋体と,
  4C  これらの内部に気泡と共に封入された液体と,
  4D  前記ケースに一体に形成された係合部を具え,
  4E  この係合部により洗濯機上面部の取付部に取付けられると共に,
  4F  ケースの外方に,ケース及び蓋体よりも下方へ突出する外部ケースを一体に有し,
  4G  この外部ケースの下端面を取付部の内底面に当接させて基準面とする
  4H  ことを特徴とする洗濯機用水準器。

 当該構成要件4A~4Hにおいて争点となったのは、4Gの要件である。本件特許権4においては以下の記載がある。

 図7及び図8は本発明の一実施例を示すもので,水準器30のケース31の外方に前述の外部ケース35に代えてケース31及び蓋体32よりも下方へ突出する外部ケース41を一体に形成し,この外部ケース41の下端面41aを,トップカバー24に前述の凹部38に代えてそれより深底に形成した取付部である凹部42の内底面42aに当接させて基準面とするようにしたものを示している。このものによれば,ケース31の下端面を基準面とした前記基本構成のものに比して,当接面に同様の凹凸があっても,外部ケース41がケース31より径大であるから,水準器30の傾きを少なくできて,取付けの水平度の精度を良くできる利点を有している。例えば,ケース31の直径が15[mm]で,外部ケース41の直径が25[mm]であるとすれば,その差から水準器30の水平度は40[%]良くできるのである。」。」(段落【0014】【0015】)

    また、本件特許権4の明細書には以下の図が添付されている。

 以上のように本件発明4においては、図7にあるように、一体となった水準器が42a内底面に接触することが示されている。

2 問題となった製品
 被告製品4における構成要件4Gに対する構造(4g)について以下のように認定している。

被告製品4が外部ケースの下端面の4点を取付部の底から立ち上がる4つのリブのそれぞれの上端部に当接させて位置決めを行った(4g)洗濯機用水準器を有することは,当事者間に争いがない。また,証拠(甲57)によれば,被告製品4において,上記各リブが,側壁と接続し一体に成形されているとともに,側壁から突出していること,上記洗濯機用水準器が上記各リブの各上端部が属する仮想面を基準面として位置決めを行っていることが認められる。

 ここで、リブとは、世界大百科事典 第2版によれば、「肋骨のことであるが,建築用語としては次の意味で使われる。(1)平らな薄い部材を強化するため,部材面に直角にとりつける補強材。(2)異形鉄筋の表面に作られた軸方向の細長い突起部。(3)ボールトの表面に突出して作られた部材。ボールトのリブは一般にアーチのように曲線だが,直線のものもある。リブは古代ローマのボールトですでに使われた。ペルシアでも3世紀からリブを用いたが,これはイスラム建築に受けつがれて発達し,トレムセンの大モスクやマラケシュのクッバ(墓廟)(いずれも12世紀前半)などにみられる美しい幻想的なリブ・ドームを生んだ」と解説されている。
 すなわち、被告製品は、上図31の水準器がリブによって、位置決めされていると認定した。

【判旨抜粋】
 裁判所は「4つのリブの各上端部が属する単一の仮想面が構成要件4Gの「取付部の内底面」に当たるとする余地はない」と文言該当性を否定した上で、均等侵害について以下のように述べた。本件では争点となった第1要件についての判断のみ取り上げる。

 証拠・・・によれば,本件発明4は,取付けに別部品を必要とせず,当接面に凹凸があっても,安価に精度良く取り付けることができ,視認性にも優れる洗濯機用水準器を提供するという従来技術では達成し得なかった技術的課題を解決するために,ケースと係合部を一体に形成するとともに,ケースの外方にケース及び蓋体よりも下方へ突出する外部ケースを一体に備えさせたものであり,これが本件発明4特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であると認められる。そうであるから,構成要件4Gの「取付部の内底面」という構成は,本件発明4の本質的部分でないというべきである。
 被告らは,本件発明4が外部ケースの下端面を取付部の内底面に当接させて基準面とすることによって取付けの水平度の精度を良くするという課題を解決したものであるから,本件発明4の実質的価値が「取付部の内底面」という構成にもあるとして,本件発明4の本質的部分であると主張する。しかしながら,前記のとおり,取付部の内底面は,凹凸があることによって取付けの精度が悪くなるという問題点があるために,技術的課題を生じさせていた構成であって,課題を解決した構成ではない。被告らの上記主張は,採用することができない。

【解説】
 裁判所は、均等の5要件について、最高裁判例に従い、以下の①~⑤の要件を定立した上で、上記のように判断した。すなわち、「①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,②当該部分を上記製品におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③そのように置き換えることに,当業者が上記製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④上記製品が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤上記製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記製品は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)」との要件である。
 本件において、最大の問題となったのは、「取付部の内底面」が実際の底面であることが必要なのか、リブによって形成される仮想面であっても、当該内底面といえるのかという文言侵害に関する部分及び「取付部の内底面」という構成が本質的部分であるかという点である。
 前者に関しては、裁判所は文言侵害性を否定した。そして、後者については、「取付部の内底面」という構成は、当該内底面に凸凹が生じていることから、取付け精度が悪くなっていたことから、技術的課題の原因となっていた構成であって、課題を解決した構成ではなく、本質的部分には該当しない旨判断した。
 なお、②~⑤要件についても該当せず、均等侵害を肯定した。
 実務的に、均等侵害を認めた珍しい事例であり、又、困難が伴うものの、特許発明の本質的部分に関しては、極めて慎重に判断する必要があることを示した事例であることから、ここに紹介する。

(文責)弁護士 宅間仁志