【ポイント】
被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属するが、進歩性欠如を理由に無効とされるべきものであるから特許権に基づく権利行使が否定された事例。
【キーワード】
無効の抗弁
 

【事案の概要】
X:特許権者
Y:Xの有する特許権を侵害するとして提訴された者
 
発明の名称を「ペットのトイレ仕付け用サークル」とする特許第4616162号の特許権(以下「本件特許権」という。)を有するXがYに対して、X特許権を侵害するとして、①特許法100条1,2項に基づき,被告物件の製造販売の差止め及び廃棄を求めると共に,②特許法65条1項に基づく補償金,③特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金・遅延損害金の支払を求めた事案。
 
 
【争点】
Yは、Y方法はX特許発明の技術的範囲に属しないこと、本件特許が進歩性欠如による無効事由を有すると争った。
 
【結論】
Y方法は、X特許権の技術的範囲に属する。
本件特許が進歩性欠如による無効事由を有するため、当該特許に基づく権利行使は認められない。
 
【本件特許発明】
A 複数のパネルが連結されたサークル本体の内部で,収容したペットのトイレの仕付けを行うペット用サークルにおいて,
B 前記サークル本体の内部空間が中仕切体によって仕切られることにより住居スペースとトイレスペースに区画されており,
C 前記中仕切体には,ペットが出入り可能な仕切出入口が開口されるとともに,
D この仕切出入口を開閉する仕切扉が設けられ,この仕切扉を介して住居スペースとトイレスペースとの間をペットが行き来できるように或いは行き来が規制されるように構成されていることを特徴とする
E ペットのトイレ仕付け用サークル
 
【判旨抜粋】
「当裁判所は,本件発明は,乙55文献に記載された発明に基づき,当業者にとって容易想到であることから,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきと判断する。」
 
「イ 乙55文献に記載された発明
乙55文献の上記記載内容を踏まえると,同文献には,以下の発明(「乙55発明」)が記載されていると認められる。
① 動物(主として犬,猫,小鳥,マウス,うさぎ等)の飼育籠(以下「飼育籠」という。)であって,
② 飼育籠内に仕切壁が設けられ,当該仕切壁によって飼育籠内のスペースが区画され,
③ 仕切壁には開口部が設けられ,
④ 開口部には当該開口部を開閉する扉が設けられた,
⑤ 動物の飼育や仕付けに適した飼育籠。
 
(3) 本件発明と乙55発明との対比
本件発明と乙55発明を比較すると,乙55発明の仕切壁,開口部,扉は,それぞれ本件発明の「中仕切体」,「仕切出入口」,「仕切扉」に相当する。本件発明と乙55発明の相違点は以下のとおりである。
相違点1本件発明は「複数のパネルが連結されたサークル」であるのに対し,乙55発明は「飼育籠」である点
相違点2本件発明は,区画されたスペースが「住居スペースとトイレスペース」であるのに対し,乙55発明は,区画されたスペースが,動物の飼育や仕付けに利用されるものの,住居スペースとトイレスペースであるかどうかが不明である点
 
(4) 検討
上記各相違点については,以下のとおり,いずれも当業者にとって,想到することが容易であったと認められる。
 
ア 相違点1について
平成17年11月29日発行の乙29文献には,「子犬の部屋はサークルを使って囲うとトイレのしつけがしやすく,大変便利です」と記載されている。また,創作工房は,遅くとも平成16年頃から,「ジョイント・サークル」という商品名で,犬の飼育用として,複数のパネルが連結されたサークルを販売したことが認められる(乙36,39,40,45)。
これらの記載を踏まえると,犬の飼育に当たって複数のパネルを連結したサークルを用いることは,本件特許出願時に周知技術であったと認められる。そして,乙55発明にこの周知技術を適用することについて困難となる事情も見当たらないことから,当業者は,相違点1に係る構成を想到することは容易であったといえる。
 
イ 相違点2について
(ア) 相違点2に係る本件発明の構成は,本件発明のペット用サークルにおいて,区画されたスペースが「住居スペースとトイレスペース」に使用可能な構成であることを意味するものであるところ,本件発明のペットサークルにおいて内部空間を仕切った場合,それが住居スペースとトイレスペースに使用可能な構成であることは,当業者にとって自明といえる。
(イ) また,区画したスペースを住居スペースとトイレスペースとして使用すること自体について当業者が容易に想到できるかを検討しても,以下のとおり,当該使用態様は本件特許出願前に開示されており,当業者は,乙55発明にこれを適用することによって,区画したスペースを「住居スペースとトイレスペース」に使用することを容易に想到できたといえる。
a 平成13年発行の乙27文献には,犬のトイレの仕付けに当たり,「人間の寝室のように,ベッドとトイレとの間を板で仕切って区別するのもよい方法です」と記載されている。
また,平成15年1月28日公開の乙37文献には,「犬のトイレのしつけを行うために,犬の反復学習(スリコミ)を利用して,居住部分とトイレ部分を明確に分け,トイレ以外で排泄をしないように習慣づけができるように,その境目に取り外し可能な仕切りを備え,トイレ部分にはトイレシーツが滑りにくく加工した引き出しトレーを備えたドッグサークル型トイレしつけ機」と記載されている(「乙37発明」)。
さらに,前記「ジョイント・サークル」については,平成16年7月20日頃,「ストレート枠を5枚,扉枠を1枚,仕切り棒2本セットを追加することで2ルーム仕様のサークルができあがります!…さらに,仕切りにアーチ枠を利用すればリビングとトイレに部屋を分けられます!」として販売されていたことが認められる(乙39,45添付資料④⑤。なお,原告は,乙45添付資料⑤の頒布年月日が不明であると主張するが,同添付資料⑤の作成日は同添付資料④によって明らかにされており,この頃に頒布されたものと認められる。)。
以上によれば,区画したスペースを,犬のトイレの仕付けのために住居スペース,トイレスペースとして使用することは,本件特許出願前に,上記各文献等において既に開示されていたといえる。
b そして,乙55文献には,「主として犬,猫,小鳥,マウス,うさぎ等動物飼育籠に於ける出入口,仕切壁,通路等に開閉自在に設けられて扉の規制装置に関するもの」であり,「動物等の飼育に最適であること,また飼育する動物の種類とか習性,しつけの程度等により随時使い分けることができ重宝する」ものとして,開口部に扉を設けた仕切壁を備える構成(乙55発明)が記載されており,当該構成を犬を含む動物の仕付けに使用することが記載されている。
このような乙55文献の記載内容に照らせば,乙55発明に上記aに開示された内容を適用して,区画したスペースを「住居スペースとトイレスペース」として使用することを想到するのも容易であったといえる。
 
ウ 原告の主張について
原告は,乙55文献には,「仕切壁」の具体的構成が一切記載も示唆もされていないと主張するところ,確かに,同文献では,図示した上でその構成が詳細に開示されているのは,飼育籠の一面に出入口を設けた場合ののみであり,飼育籠内に仕切り壁体を設けた場合については「図示せず」とされるなど,その具体的構成が詳細に開示されているとはいい難いが,飼育籠や飼育用サークルに仕切壁を設けること自体に技術的な困難があるともいえないことから(この点,前記「ジョイント・サークル」でも,内部の仕切りとしてアーチ枠という部材を利用するものとされており,本件特許出願前から実際に,飼育サークル内に仕切りを設ける構成が存在していたことが認められる。),この点は当業者が容易に理解し得るものであったといえる。したがって,乙55文献に,「仕切壁」について図面等の詳細な記載がないことをもって,「仕切壁」の構成が開示されていないということはできない。
また,原告は,乙55文献には「仕切壁」の目的が一切記載も示唆もされていないと主張するが,同文献には,犬のトイレの仕付けに使用することまでの具体的な記載はないものの,作用効果として「動物等の飼育に最適であること,また飼育する動物の種類とか習性,しつけの程度等により随時使い分けることができ重宝する」旨記載されており,「仕切壁」が動物の飼育,仕付けに利用されること自体は開示されているといえる。そして,前記イ(イ)の各文献等には,犬のトイレの仕付けのために,トイレスペースと住居スペースを区画することが開示されており,乙55発明にこれらを適用できることは上記イ(イ)のとおりであるから,原告の主張には理由がない。
なお,原告は,乙37発明について,同発明の仕切りは,仕付け以外の平常時には取り外されていることから,本件発明の「住居スペース」に該当するのは,サークル全体(被告が主張する居住エリアとトイレエリアの全体)であって,サークルの全体が,常時「住居スペース」と「トイレスペース」に分けられるわけではないと主張するが,少なくとも仕付け時において両スペースが区画されていることは明らかであり,同内容が開示されていないとはいえない。
 
(5) 小括
以上のとおり,本件発明は,その特許出願前に頒布された乙55文献に記載された発明に周知技術等を適用することによって,容易に想到することができたものと認められ,前記第3の2【被告の主張】(6)「進歩性の欠如⑤」には理由がある。したがって,本件発明は,特許法29条2項に違反し,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができない。
なお,原告は,本件発明の「ペット」を「犬」に減縮する訂正請求を行っているが,上記のとおり,乙55発明等は「犬」の場合も含んだものであることから,訂正後本件発明においても上記無効理由が解消しないことは明らかである。」
 
【解説】
本件特許は乙55を主引例として、これに周知技術等を適用することによって当業者が容易に想到し得るものとして進歩性なしと判断された。
本件特許発明のペットのトイレ仕付け用サークルとは、以下の左図(本件特許の【図1】)のように、特定のスペースを囲う「サークル」であって、上面等を囲うことは必須の構成でないのに対して、乙55の飼育籠は、以下の右図(乙55の第1図)に示すように、特定のスペースを4面から囲う「籠」であって、上面・仮面を囲うことが必須の構成である(相違点1)。

このように、「サークル」と「籠」のコンセプトは違うものであるが、乙55には、「仕切り壁」の記載は認められるものの、その具体的構成が図示されていない。したがって、特許時の(あるいは訂正により「ペット」が「犬」に限定された)本件特許発明と乙55との対比に基づく進歩性欠如との結論については妥当であるとしても、無効事由を解消し特許権者の権利行使を可能にするには、飼育籠の仕切り壁にない特徴として、「サークル」特有の「中仕切体」の構成を限定する等の訂正を行う等により、乙55に基づく本件特許発明に至る動機付けを否定する根拠が必要であったものと思われる。また、「中仕切体」が取り外し可能であることを前提とした特許請求の範囲としておけば、飼育籠との相違を主張しやすかったものと思われる。