【判旨】
特許無効審決において有効とされた特許について、当該審決の取消訴訟においても当該審決が維持された事案。
特許無効審決後に当該特許権が譲渡され、無効審決の名宛人と取消訴訟の当事者が異なったため、当該名宛人を提訴後、譲受人が訴訟参加し名宛人が脱退した事案。
【キーワード】
クレーム解釈、訴訟脱退、訴訟参加

【事案の概要】
 被告は,本件特許第4658218号(発明の名称「封水蒸発防止剤」,平成21年11月20日出願,平成23年1月7日特許登録,特許公報は甲14,請求項の数2)の特許権者であった。
 原告は,平成23年10月3日に,本件特許について無効審判請求をした(無効2011-800193号)。被告は,平成23年12月14日付けで,明細書の記載について,明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正請求を行ったところ,特許庁は,平成24年3月30日に,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成24年4月9日に原告に送達された。
 本件特許権については,平成24年3月1日を受付日とする,被告から参加人への移転登録がされたが,審決が被告を名宛人とするものであったことから,まず被告が本件訴訟の当事者となり,参加人の本件訴訟への参加を得て被告が脱退した。
 本件特許の請求項1及び2は次のとおり。

【請求項1】

B廃油を,乳化状態が少なくとも3ヵ月以上持続するようにエマルジョン化して,さらに,比重を(ρ)とすると,0.98≦ρ<1.0である水溶性液体を主成分としたことを特徴とする封水蒸発防止剤。

【請求項2】

乳化剤がアルカリ性洗剤である請求項1記載の封水蒸発防止剤。
 請求項1のB廃油がクレーム及び明細書の中で特定されているのかが問題となった。

【争点】

 本件における争点は複数あるが、最大の争点は本件特許の請求項1における「B廃油」が特定されているか否かである。

【無効審決における判断】

 無効審決においては以下のように述べ、「B廃油」との記載は不明確であるとまではいえないと判断した。
 本件明細書の記載からすると,本件発明1及び2を特定する事項であるB廃油は,食用油の廃油と認められるが,具体的にどのような廃油であるかは明記されていない。また,B廃油は,理化学辞典や科学大辞典に記載されておらず,法令で明確に定義された用語,あるいは学術用語として明確に定義された用語であるとはいえない。
 (中略)
 これらの記載によると「B廃油」の定義は統一されているとはいい難いが,産業廃棄物中間処理業者において,食用油の廃油を分類し,良質な再生油であるA廃油に次いで良質な廃油であって,概ね,ガードナー色(油の色調)が11以下,酸価が5以下,ヨウ素価が110~120程度のものが,「B廃油」として,市場で取引されていたものと認められる。
 そうすると,本件発明1及び2を特定する「B廃油」とは,廃油の成分又は化学的特性を定義したものではなく,産業廃棄物中間処理業者が廃食用油脂の不純物を取り除いて再生した廃油であって,市場で「B廃油」とランク付けされて取引されている廃食油を示すものと認められる。
したがって,本件発明1及び2を特定する「B廃油」が不明確であるとまではいえない。

【判旨抜粋】

(1) 「B廃油」について
ア 本件発明1の構成として,B廃油の語が使用されており,本件発明2は本件発明1の構成をすべて含むものであるところ,本件明細書(甲14,19)には,B廃油に関し,次の記載がある。
 
 「封水防止剤Eは,食廃油(すなわち食用油の廃油)がエマルジョン化されて,比重をρとすると,0.98≦ρ<1.0である水溶性液体が主成分である。比重ρ が,ρ<0.98 の場合,封水Wに流入した後の封水Wとの分離速度が早く,作業効率が悪くなる。また,比重ρ が, 1.0≦ρ の場合,封水Wの水面Mに分離せず,封水Wの底に沈殿したりする。食廃油は,例えばB廃油とするのが好ましい。」(段落【0010】)「また,食廃油をB廃油としたので,用途が狭いB廃油を有効活用することができる。また,低コストで封水蒸発防止剤Eを製造することができる。さらに,エマルジョン化すると黄色く見え,外観が良い。すなわち,着色しなくても自然に見えて違和感がなく,清潔感のある色なので,トイレに使用する場合にも適している。…」(段落【0021】)。
イ 弁論の全趣旨によれば,B廃油に関して,次の事実が認められる。・・・①植物油Aグレード,A植物油,A植,廃食油“植物A”等と称され,ヨウ素価が概ね120超で品質の高い植物廃油(以下,単に「植物油Aグレード」という。),②それに次ぐ品質で,植物油Bグレード,廃食油(B),再生植物油B,B植等と称される植物廃油(以下,単に「植物油Bグレード」という。),③動物廃油,④動物廃油と植物廃油の混合油が,市場で区別されて取引されていた。また,①の植物油Aグレードは,品質が良いことから,主に塗料・インキ等の原料として利用されており,②の植物油Bグレードは,品質が劣るため,単独では需要がなく,工業用脂肪酸や飼料用の増量剤的な使われ方が中心であり,植物油Aグレードよりかなり低い価格で取引されていた。
ウ 上記アの記載によれば,本件発明1及び2のB廃油は,食廃油の一部であって,用途が狭く,低コストという性質を有するものと認められるところ,上記イで認定したとおり,使用済みの食用油の再生油と同義の用語として,廃油,廃食油,廃食用油などの語を用いることがあり,このうち,植物油の再生油がA,Bのグレードに区分されて取引され,さらに,植物油Bグレードは,用途が限定され,価格が低いという事実に照らすと,本件発明1のB廃油は,上記イで認定した植物油Bグレードに相当するものと認められる。
 そうすると,当業者であれば,市場において区別して取引されているB廃油を明確に把握することが可能であり,これを用いた行為が本件発明1及び2を構成するかどうかについても判断可能であるから,本件発明1及び2のB廃油は明確であって,本件発明1及び2のB廃油が不明確であるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
 また,原告は,B廃油が不明確であるから,サポート要件も充足しない旨主張するが,上記説示のとおり,B廃油は明確であり,原告のサポート要件違反の主張も理由がない。

【解説】

 本件においては、無効審決において特許権が有効であることが判断された後に当該審決の名宛人から本件特許権が譲渡されてしまい、当該無効審決の取消訴訟においては無効審決の名宛人と譲受人とで当事者が異なってしまった。このため、まず、特許無効審決の名宛人を被告として当該無効審決取消訴訟を提起し、その後、譲受人が訴訟参加しそのご名宛人が訴訟を脱退したとうい特殊な事案である。無効審決後に特許権が譲渡された場合の手続の参考になると思われるため、ここに紹介する。
 つぎに、本件においては、クレームに記載の「廃油B」との文言が特許明細書中において十分に特定されていなかったために、当業者であればこれが特定できるということを外部の資料を用いて示すことになった。
 明細書中において、当業者ならば当然わかるであろうと判断したとしても、クレーム中に使用した文言については明細書中で明確になっているか極めて慎重に検討することが事後的な紛争を防止することを示す事例であり、実務上参考になると思われるためここに紹介する。

2013.6.13 (文責)弁護士 宅間仁志