【判旨】
代理人弁理士が代理人弁理士としての職務を遂行する能力及び特許拒絶査定の謄本の送達を受ける能力を失っていたとして、審決を取り消した事例
【キーワード】
民法111条1項2号、特許法50条、特許法121条1項

【事案の概要】
 本件は、まず、原告らはフランス出願に基づく優先権を主張して、日本を指定国に含めて、国際出願をおこなった。
 ついで、原告らは,平成15年9月8日,A弁理士(以下「A」という。)及びB弁理士(以下「B」という。)を代理人として,国内書面を特許庁に提出した(特願2002-570499。以下「本願」という。)。
 特許庁は,平成20年3月19日,「A(外1名)」に対して,電子情報処理組織を通じて,本願の拒絶理由通知を送付した。
特許庁は,平成21年8月26日,本願の特許を拒絶する旨の査定をし,その謄本は,同年9月3日,電子情報処理組織を通じて「A(外1名)」に送達された(以下「本件送達」という。)。
 その後、原告らは本件訴訟の訴訟代理人らを代理人として拒絶不服審判(以下、「本件拒絶査定不服審判という。)を請求した。
 特許庁は,平成24年3月6日,「本件審判の請求を却下する」との審決(以下「審決」という。)をし,同審決の謄本は,同月19日,原告らに送達された。

【審決の概要】
拒絶査定の謄本は,平成21年9月3日に,原告らの代理人である「A(外1名)」に電子情報処理組織により送達(本件送達)されたから,これに対する拒絶査定不服審判の請求は,特許法121条1項の定める4月以内である平成22年1月4日までにされなければならないところ,本件拒絶査定不服審判は,その期限を経過した後の不適法な請求であるから却下するとするものである。

【争点】
本件における争点は、A及びBに対してなされた本件送達が有効であるか否かという点である。

【判旨抜粋】
裁判所はBについては後見開始の審判を受けていたために、この点を確定し、Aについては、詳細に病状について認定した上で、以下のように判断した。取消事由1とは本件送達の有効性についてこれが誤認・判断の誤りであると主張するものである。
2 当裁判所の判断(取消事由1について)
(1) BについてBは,後見開始の審判を受け,同審判は,平成18年1月5日に確定した。本願に関するBの代理権は,民法111条1項2号の規定により,同審判により消滅した。したがって,Bに対する本件送達は無効である。
(2) Aについて
前記1で認定したとおりのAの状況からは,Aに対して本件送達がされた当時,Aは,本件送達を受領するに足りる意思能力を欠いていたと認めるのが相当である。すなわち,Aは,平成19年4月の段階で既に●●との診断を受けており,相当程度,意思能力が制限された状態にあり,さらに,本件送達がされる以前の平成21年4月には,思考内容の貧困化,意欲減退が顕著であり,身体機能も低下し,意思伝達はほとんど不可で,毎日の日課を理解すること,生年月日を言うこと,短期記憶,自分の名前を言うこと,今の季節を理解することはいずれもできない状況にあった。そして,Aの上記の状況は,加齢性変化に加えて,Aが患った●●による影響によるものであるから,不可逆的であり,本件送達がされるに至るまで漸次悪化していたと認められる。そうすると,本件送達がされた時点では,Aは,本件送達の意味を理解し適切な行動を行うに足りる意思能力はなかったと解される。受送達者が送達の意味を理解し適切な行動を取るに足りる意思能力を欠く場合には,同人に対する送達は無効であり,工業所有権に関する手続等の特則に関する法律5条1項の規定によるいわゆるオンライン送達の場合も同様に解すべきであるから,Aに対する本件送達は無効である。
 この点に関し,被告は,電子情報処理組織による拒絶査定の謄本の送達は,相手方が電子計算機を操作して,①識別番号並びに電子署名及び電子証明書を送信する,又は,②識別番号及び暗証番号を入力する,等の送達を受けるために必要な一連の操作を必要とするものであるから,Aは,①又は②の操作を自らの意思で行ったと考えられ,また,Aが本願の拒絶理由通知に対し,意見書及び手続補正書を提出するなど,代理人としての職務を遂行しているから,本件送達の時期に代理人として職務を遂行できる状態にあったと考えられると主張する。
 しかし,前記認定したとおりのAの意思能力の欠如の程度に照らすと,「A(外1名)」宛に電子情報処理組織による送達がされたなどの事実をもって,Aが代理人として職務を遂行できる状態にあったと判断することは到底できない。●●にはA及びB以外に,弁理士及び事務員等が所属していたことからすると,被告主張に係る①又は②の操作並びに拒絶理由通知に対する意見書及び手続補正書の提出は,同事務所内において,Aの意思に基づくことなく行われたものと推測されるから,本件送達の時点でAが送達を受領するに足りる意思能力を欠いていたとの前記認定・判断を左右しない。

【解説】
 本件は特許拒絶査定を電子情報処理組織[1]を通じて送達したものである。工業所有権に関する手続等の特例に関する法律によれば、審査官は、拒絶査定の謄本の送達を電子情報処理組織を使用して行うことができるが、送達の相手方が電子計算機に暗証番号の入力をして送達を受ける旨の表示をしなければ、この限りではなく(工業所有権に関する手続等の特例に関する法律5条1項、同法施行規則23条の6)、送達の相手方が当該表示をしなければ拒絶査定の謄本は、郵送による送達によって行われる。
 このため、本件では代理人Aは暗証番号等を入力し、自ら送達をうける意思表示をしていた。特許庁はこの点をとらえて、代理人Aには本件送達を受ける能力があったと主張している。
 しかしながら、裁判所は、一般的に送達を受けることができるか否かという点を、Aの身体状況を詳細に認定した上で、本件送達を否定したものである。
 一般に出願等を代理人に依頼した後、本人が手続に関与することは少ないが、本人も一定程度のチェックを行うことは必要である。実際に本件のように代理人がその能力を失うこともあり得ることであり、実務上参考になると考えられるため、ここに紹介する。

2013.6.26 (文責)弁護士 宅間仁志

 


[1] 工業所有権に関する手続等の特例に関する法律
(平成二年六月十三日法律第三十号)
第二条  この法律において「電子情報処理組織」とは、特許庁の使用に係る電子計算機(入出力装置を含む。以下同じ。)と、特許出願その他の工業所有権に関する手続(以下単に「手続」という。)をする者又はその者の代理人の使用に係る電子計算機とを電気通信回線で接続した電子情報処理組織をいう。ただし、第十三条第二項及び第三項においては、特許庁の使用に係る電子計算機と、同条第二項に規定する情報の提供を受けようとする者の使用に係る電子計算機とを電気通信回線で接続した電子情報処理組織をいう。