≪機能的フレームの解釈について判示された、知財高裁の裁判例です。≫
【判旨】
 被告各製品は,少なくとも,本件特許発明1の構成要件B,D及びEを文言上充足せず,文言侵害は成立しない。
【キーワード】
 特許権侵害,機能的クレーム,特許法70条,知財高裁4部判決


【事案の概要】
 本件は,「パソコン等の器具の盗難防止用連結具」という名称の発明について本件特許権(特許第3559501号)を有する控訴人(一審原告)が,被告各製品を業として輸入し,販売している被控訴人(一審被告)に対し,被控訴人による当該販売等が本件特許権を侵害するものであると主張して,被告各製品の販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償として2278万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年8月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 原判決は,被告各製品が本件特許権に係る発明の技術的範囲に属するものとはいえないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人は,原判決を不服として控訴した。
 本件では,対象とされた特許発明は本件特許発明1,2,5であるが,本件特許発明1,2で争点となった構成要件はほぼ同様の内容であり,本件特許発明5は,本件特許発明1,2に充足する発明であるので,本稿では本件特許発明1についてのみ紹介する。
 また,一審では文言侵害のみが争われ,控訴審で控訴人より均等侵害の主張が追加されたため,本判決では均等侵害(第1要件,第3要件)が成立しないことも判示されているが,紙幅の関係でこの点は割愛する。

 本件特許発明1の内容は以下のとおりである。
A パソコン等の器具の本体ケーシングに開設された盗難防止用のスリットに挿入される盗難防止用連結具であって,
B 主プレートと補助プレートとを,スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され,
C 主プレートは,ベース板と,該ベース板の先端に突設した差込片と,該差込片の先端に側方へ向けて突設された抜止め片とを具え,
D 補助プレートは,主プレートに対して,前記主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え,
E 主プレートと補助プレートには,補助プレートを前進スライドさせ,差込片と回止め片とを重ねた状態で,互いに対応一致する位置に係止部が形成されていることを特徴とする
F パソコン等の器具の盗難防止用連結具。
(下線部は筆者が付した。)

【争点】
 被告各製品が,本件特許発明1の構成要件B,D,及びEを文言上充足するか。

 具体的には,本件特許発明1では,明細書の図4,6(下記参照)に示されるように,主プレートと補助プレートとが,スリットの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し(構成要件B),「補助プレートが前進スライド(構成要件E)」するようにされ,補助プレートは「主プレートの差込片の突出設方向に沿ってスライド可能に係合したスライド板と,該スライド板を差込片の突出方向にスライドさせたときに,差込片と重なり,逆向きにスライドさせたときに,差込片との重なりが外れるように突設された回止め片とを具え(構成要件D)」るようにされていた(スライド方向が前後の直線方向)ところ,

被告各製品は,以下の構成であって,ピン(60’)を中心に回動する方向でスライド(スライド方向は円弧となる)していた。

 このため,被告各製品の構成要件B,D,及びEの充足性が問題となった。

【判旨抜粋】
(2) 原告の主張について
 原告は,本件各特許発明の構成要件のうち,主プレートと補助プレートをスライドさせる構成について,公知技術等,当業者が適宜採用しうるあらゆる構成が含まれるとした上,被告各製品の構成(主プレートと補助部材とを,ピンによって一端を枢結し,回動自在に結合する構成)もこれに含まれる旨主張する。
 確かに,主プレートの差込片と補助部材の突起部が重なり合う状態で,差込片,突起部及びその周辺のプレートだけを見ると,主プレートと補助部材は,差込片が差し込まれる方向(差込片の形状(長方形。プレートの幅を考慮すると直方体。)に沿った方向)に相対的にスライドしているということも可能である。
     (中略)
(4) 機能的クレームの解釈
 仮に前記(2)の原告の主張を前提としても,本件各特許発明の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」とのクレームのうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」との機能的・抽象的な記載では,係合手段及び保持手段について,本件各特許発明の目的及び効果を達成するために必要な具体的な構成を明らかにするものということはできない。このように,特許請求の範囲に記載された構成が機能的,抽象的な表現で記載されている場合において,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが発明の技術的範囲に含まれることになりかねない。しかし,それでは当業者が特許請求の範囲及び明細書の記載から理解できる範囲を超えて,特許の技術的範囲を拡張することとなり,発明の公開の代償として特許権を付与するという特許制度の目的にも反することとなる。したがって,特許請求の範囲が上記のような表現で記載されている場合には,その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず,上記記載に加えて明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべきである。
 これを本件についてみると,「スライド可能に係合」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,従来技術及び実施例のいずれにおいても,差込片をスリットへ挿入する方向(ないし差込片の突出方向)に向かって,直線的に互いに前後移動(スライド)する構成のみであり,また,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームについて本件明細書で開示されている構成は,一方のプレートにスライド方向に延びた長孔を開設し,他方のプレートにピンを固定し,当該ピンが当該長孔にスライド可能に嵌められる構成しかなく,それ以外の構成について具体的な開示はないし,これを具体的に示唆する表現もない。したがって,本件各特許発明の「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」とのクレームについては,上記のとおり,本件明細書に開示された構成及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。
 これに対し,「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」とのクレームに対応する被告各製品の構成は,前記・・・のとおり,主プレートと補助部材とを一つのピンによって一端を枢結し,上記ピンを中心に,円を描くように回動する方向でスライド可能とする構成であって,これが本件明細書に開示された構成と異なることは明らかであって,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された主プレートと補助プレートの「スライド可能に係合」し,かつ「分離不能に保持」を実現する構成とは,その構造が全く異なるものであって,当業者が本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて容易に実施し得る構成であるということはできない。
 この点,控訴人は,複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨主張し,同主張に沿う書証として・・・を引用する。
 しかしながら,上記各書証の技術等の開示事項は,いずれも盗難防止用連結具という技術分野に関する発明である本件各特許発明とは技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,「スライド可能に係合」させ,「分離不能に保持」するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがないというべきである。

【解説】
 本判決では,本件特許発明1の「スリットへの挿入方向に沿って相対的にスライド可能に係合し且つ両プレートは分離不能に保持され」との記載のうち,「スライド可能に係合」及び「分離不能に保持」が機能的・抽象的な記載であるとされ,その解釈が問題となった。
 機能的なクレームの解釈についてのリーディングケースは,東京地裁平成10年12月22日判決(磁気媒体リーダー事件)である。この裁判例は,実用新案についての事案であったが,

「・・・実用新案登録請求の範囲に記載された考案の構成が機能的、抽象的な表現で記載されている場合において、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成であればすべてその技術的範囲に含まれるとすると、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までもが考案の技術的範囲に含まれ得ることとなり、出願人が考案した範囲を超えて実用新案権による保護を与える結果となりかねないが、このような結果が生ずることは、実用新案権に基づく考案者の独占権は当該考案を公衆に対して開示することの代償として与えられるという実用新案法の理念に反することになる。したがって、実用新案登録請求の範囲か右のような表現で記載されている場合には、その記載のみによって考案の技術的範囲を明らかにすることはできず、右記載に加えて明細書の考案の詳細な説明の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該考案の技術的範囲を確定すべきものと解するのが相当である。ただし、このことは、考案の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実体例に限定するものではなく、実施例としては記載されていなくても、明細書に開示された考案に関する記述の内容から当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が実施し得る構成であれは、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。
 これを本件についてみると、右に認定したところによれば、本件考案の構成要件Fの『回動規制手段』につき本件明細書で開示されている構成には・・・という構成しかなく、それ以外の構成についての具体的な開示はないし、これを示唆する表現もない。したがって、本件考案の『回動規制手段』は、右のとおり本件明細書に開示された構成及び本件明細書の考案の詳細な説明の記載から当業者が実施し得る構成に限定して解釈するのが相当である。」

と判示している。本判決は,この磁気媒体リーダー事件の規範をほぼそのまま踏襲している。
 訴訟代理人の立場に立って考えた場合,本判決の規範において判断が難しいのは

「ただし,このことは,発明の技術的範囲を明細書に記載された具体的な実施例に限定するものではなく,実施例としては記載されていなくても,明細書に開示された発明に関する記述の内容から当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が実施し得る構成であれば,その技術的範囲に含まれるというべき」

という点,特に「当業者が実施し得る構成」をどのように考えるかという点にある。
 控訴人(原告)は,多数の証拠(書証)を提出し

「複数の部材をピン等で枢結し,『スライド可能に係合』させ,『分離不能に保持』する構成を実現し,かつ,当該枢結点を中心に回転させた場合に,枢結点から離れた点においては,回転角度が小さい範囲では略直線の軌道を描くことを利用した構成は,技術分野を問わず汎用される慣用技術であり,かかる慣用技術を踏まえれば,被告各製品の構成は,本件明細書に当業者が容易に実施し得る程度に開示されている旨」
主張したが,知財高裁4部は,控訴人提出の各証拠は,

技術分野及び技術的課題が異なるものである上,仮に複数の部材をピン等で枢結し,『スライド可能に係合』させ,『分離不能に保持』するとの技術が技術分野を問わず汎用される慣用技術であるとしても,控訴人が慣用技術の根拠として引用する上記各書証に開示された技術等は,発明が解決しようとする課題,発明の目的,課題を解決するための手段,基本構成及び使用態様等が,いずれも本件各特許発明とは異なるものであって,本件明細書には当該慣用技術を採用する動機付けが何ら開示も示唆もされておらず,上記各書証にも,本件各特許発明の技術的課題について何らの開示も示唆もされていないのであるから,本件各特許発明に当該技術を適用して被告各製品の構成を採用する動機付けがない
と判示している。これは,特許発明の技術的範囲の解釈(充足論)に,無効論で用いられる進歩性の判断基準に類似する考え方を持ち込み,仮に「技術分野を問わず汎用される慣用技術」であったとしても,この慣用技術を本件特許発明に適用するという動機付けがなければ,「当業者が実施し得る構成」とはらない(技術的範囲に含まれない。)とする考え方である。
 この考え方に従うと,機能的クレームについては,明細書に記載されていない態様が技術的範囲に含まれると解釈される場合はあり得ても,そのような解釈が採用される場面は限定的(機能的クレームの広がりはほとんどないというイメージ)で,実務的には,機能的クレームは明細書(実施例)の記載のみを参酌して解釈すると考えた方がよさそうな印象を受ける。

 なお,紹介を割愛した均等侵害についてごく簡単に言及すると,知財高裁は,第1要件及び第3要件が充足されないとして均等侵害の成立を否定した。第1要件については,主プレートと補助プレートとが直線的に(前後に)スライドする点が本件特許発明1の本質的部分であるとし,被告各製品との相違点は本質的部分に係るものであるとした。また,第3要件については,機能的クレームの解釈における「慣用技術を採用する動機付けがない」との判示と平仄をとり,被告各製品の販売時点において,相違点を置き換えることは容易想到ではないとした。

 本判決は,新しい裁判例である上,機能的クレームについて踏み込んだ判断がされており,実務上参考になると考えられるので紹介する次第である。

2013.7.17 (文責)弁護士 柳下彰彦