レンズメーカとカメラメーカのレンズ特許紛争~課題の共通性~

第1 はじめに
 
平成23年5月25日、国内大手カメラメーカの株式会社ニコン(以下「ニコン」、「原告」又は「特許権者」という。)が国内屈指のレンズメーカである株式会社シグマ(以下「シグマ」、「被告」又は「請求人」という。)に対して特許権侵害訴訟を提起した。特許に関する実務家はもちろんのこと、多くのカメラファンの耳目を集めている事件である。また、当該侵害訴訟に付随して無効審判及び審決取消訴訟も係属している。
 本稿では、そのうちの1件の審決取消訴訟の判決について取り上げたい。
 近時の知財高裁及び地裁知財部での進歩性の判断における引例の組合せの場面において「課題の共通性」が重視されるのは周知であるが、どの程度抽象化ないしは具体化してとらえるのかという点が重要なポイントとなると考える。すなわち、課題を抽象化して捉えれば共通性が認められやすくなり、具体化し詳細に捉えれば認められにくくなるのは想像に難くない。他方で、課題を具体化すれば相違する場合もあると思料する。
 では、どの程度課題を抽象化ないしは具体化してもよいのか。その基準はどこにあるのか。
 筆者は、明細書の記載と技術常識、そして何よりも技術的な理解に尽きると考える。つまり、明細書の記載がベースとなるのは当然のことであるが、表面的に明細書の記載を捉えるのではなく、背景となる技術的理解に基づき踏み込んで明細書の記載を理解した上で、特許発明の課題を捉える必要があると考える。
 本件の審決取消訴訟においても、裁判所は主引例と副引例の課題の共通性につき判断しているが、明細書の記載及び技術常識に照らして検討の余地があり、本稿で取り上げたい。

第2 紛争の経緯
 紛争は、シグマの製造・販売に係る一眼レフ用ズームレンズ6製品につき、ニコン保有にかかる特許第3755609号(以下「第1特許」という。また、第1特許にかかる特許発明を「第1特許発明」、第1特許にかかる特許権を「第1特許権」などといい、脚注4記載の「第2特許」についても同様とする。)及び特許第3269223号(以下「第2特許」という。)の2件の特許を侵害しているとして(後に、特許1件ごとの審理に分離された。)、製造等の差止めと合計126億5360万円の損害賠償などを請求したことにより始まった。
 第1特許にかかる特許権の侵害訴訟について、平成25年1月30日付で第1審判決(平成23年(ワ)第16885号)がなされ、シグマの製品は第1特許の技術的範囲に属するものの、第1特許は特許無効審判により無効とされるべきと判断された。すなわち、充足するが無効とされたのである。
 他方で、シグマは、同侵害訴訟と並行して、第1特許及び第2特許について無効審判(第1特許につき無効2011-800167号事件、第2特許につき2011-800176号事件)を提起している。
 無効2011-800167号事件については、一部の請求項にかかる発明についての特許が無効と判断されたものの、残部については審判請求が成り立たなかったため(すなわち、一部有効、一部無効)、両者ともに審決の内容を不服として審決取消訴訟を提起した(平成24年(行ケ)第10213号、第10220号)。
 無効2011-800176号事件については、審判請求が成り立たないと判断されたため(すなわち、全部有効)、 シグマが審決取消訴訟を提起した。
 本稿で取り上げるのは、第1特許にかかる審決取消訴訟(以下「本件訴訟」という。)の判決(事件番号等は表題を参照)である。結論としては、全部無効1と判断された。
 なお、平成25年6月11日付で第2特許にかかる審決取消訴訟につき判決がなされ、シグマ側が敗訴している。すなわち、第2特許は有効のまま維持されている。
 ウェブ上ではニコンが完全敗訴したなどの情報が散見されるが、シグマは、第2特許につき無効にできなかったのであるから、充足論の問題が残り予断を許さない状況にあるといえる。

 参考までに、提訴から平成25年6月13日までの経緯を下表に示す。なお、網掛け部分は第1特許についての経緯である。


第3 事案の概要と本項で取り上げる事項
 第1特許についての無効審判段階では、請求項1、3に係る発明については有効と判断され、請求項2、4ないし6に係る発明については無効と判断された。
 これに対して、ニコンは、請求項4ないし6に係る発明について訂正審判(訂正2012-390108号)により訂正し、請求項2について審決の取り消しを求めた。他方で、シグマは、請求項1、3について審決の取消しを求めた。
 したがって、本件訴訟で判断されるのは、請求項1ないし3に係る発明についてである。
 もっとも、第1特許についての侵害訴訟の判決で判断されている請求項は、請求項1のみであり、本件訴訟の判決でも、主として請求項1について判断されていることから、本稿でも請求項1についての判断を中心に取り上げる。また、本件訴訟の争点は専ら請求項1に係る発明の進歩性なので、本稿では当該発明(第1特許の請求項1に係る発明を「本件発明」という。)の進歩性に焦点を当てる。

1 争点
 本件発明は、特開平6-130330号公報に記載された発明(判決文中では、「甲3発明」と表記されている。)、及び、特開昭63-133119号公報に記載された発明(「甲4発明」)、並びにその他の周知技術に基づいて、容易想到であるといえるか。

2 本件発明と引用発明の説明3

本件発明

A ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズにおいて、
B 前記レンズ群GB中に、あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設けられ、
C 前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行い、
D 変倍時に、前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変化し、
E 前記開口絞りSは、変倍時に、前記レンズ群GBと一体的に移動する
F ことを特徴とするズームレンズ。

甲3発明(特開平6-130330号公報記載の発明)

物体側より順に、物体側に凸面を向けた負メニスカスレンズと両凸正レンズとの貼合わせレンズと、両凸正レンズとからなる正の第1レンズ群G1と、物体側に凸面を向けた負メニスカスレンズと物体側に凸面を向けた正メニスカスレンズとの貼合わせレンズとからなる負の第2レンズ群G2と、両凹負レンズと両凸正レンズとの貼合わせレンズからなる負の第3レンズ群G3と、絞りSと、両凸正レンズと物体側に凹面を向けた負メニスカスレンズとの貼合わせレンズと、両凸正レンズと物体側に凹面を向けた負メニスカスレンズとの貼合わせレンズとからなる正の第4レンズ群G4と、両凸正レンズと両凹面レンズとの貼合わせレンズからなる負の第5レンズ群G5とから構成し、
 変倍時に、第1レンズ群G1と第2レンズ群G2との間隔が増大し、第2レンズ群G2と第3レンズ群G3との間隔が非線形に変化し、第4レンズ群G4と第5レンズ群G5との間隔が減少するようにレンズ群が移動するとともに、第1レンズ群G1と第4レンズ群G4との光軸上の間隔が変化し、
 第4レンズ群G4を光軸とほぼ直交する方向に移動させて防振を行い、
 前記第4レンズ群G4に絞りがおかれ、
 前記第4レンズ群G4及び前記絞りは、変倍時に移動し、
 前記第1レンズ群G1の望遠端における無限遠物体に対する結像倍率が実質的に0である、
 写真用ズームレンズ。

甲4発明(特開昭63-133119号公報記載の発明)

複数のレンズ群を有し、そのうち物体側の第1レンズ群より後方にある少なくとも1つのレンズ群Fを光軸方向に移動させることによりフォーカスを行うと共に該レンズ群Fよりも像面側に配置したレンズ群Cを偏芯させることにより撮像画像のブレを補正するようにしたことを特徴とする防振機能を有した撮影レンズ。

本件発明1と甲3発明との一致点
 「ズームレンズを構成する1つのレンズ群GBの全体あるいは一部を光軸にほぼ垂直な方向に移動させて像をシフトすることが可能なズームレンズにおいて、
 前記レンズ群GB中に、あるいは前記レンズ群GBに隣接して開口絞りSが設けられ、
 前記開口絞りSは、変倍時に、移動するズームレンズ。」
 である点

本件発明1と甲3発明との相違点
 (相違点1)
 本件発明では、「前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行」うものであり、かつ、「変倍時に、前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変化」するのに対し、甲3発明では、いずれのレンズ群を移動させて近距離物体への合焦を行うものであるのか特定されておらず、それに関連して、変倍時のレンズ群GFとレンズ群GBとの光軸上の間隔が変化するのか不明な点。

 (相違点2)
 省略(紙面の関係上、相違点1についての判断のみ取り上げる。)

第4 判決文の抜粋

第7 当裁判所の判断
(…中略…)
2 請求人の取消事由3(進歩性の判断の誤り)について
(…中略…)
⑸ 相違点1について
 レンズ設計において、近距離物体への合焦に際して光軸に沿って移動させるレンズ群(合焦レンズ群)をどのレンズ群とするかについては、所定の自由度があるといえる(甲9の段落【0031】、【0032】、乙1の段落【0020】)。

 甲3発明は、上記(2)で認定したとおり、(光軸とほぼ直交する方向に移動させて防振する)防振機能を備えた35mm判写真用レンズ、特に望遠ズームレンズの技術に関するものであり、また、甲4発明は、上記(3)で認定したとおり、補正レンズ群を偏芯させる(すなわち、光軸に垂直な方向に移動させる)ことにより振動による撮影画像のブレを補正する機能、所謂防振機能を有した撮影レンズの技術に関するものであるから、甲3発明と甲4発明は、本件発明の属する一部のレンズ群を光軸に垂直な方向に移動させることにより像位置の変動(像ブレ)を補正するレンズの技術分野に属するという点で、共通している
 甲3には、「一般的に、望遠ズームレンズは、第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり、フォーカシング時に繰り出されることが多い。このため、第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正光学系にすることは、保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。」(段落【0007】)、及び「開口絞り近くのレンズ群は、各画角の光線束が密に集まっているためレンズ径が比較的小さい。そこで、このような群を光軸に対し変位する補正光学系にすることは、保持機構及び駆動機構の小型化に好都合であり、収差的にも中心部と周辺部の画質の変化に差をつけずに像位置の補正が可能である。」(段落【0008】)と記載されているように、第1レンズ群が大型のレンズ群であることを認識するとともに、大型のレンズ群を光軸に対し変位させるために駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの課題を有していることが記載されているといえる。
 また、甲4にも、「望遠レンズにおいては物体側の第1レンズ群以外の比較的レンズ径の小さな小型軽量の像面側に配置したレンズ群を光軸上移動させてフォーカスを行う所謂内焦式フォーカス方法を用いている場合が多い。」(「従来の技術」欄)、「本発明は内焦式フォーカス方式を用いた撮影レンズにおいて補正レンズ群を偏芯させることにより撮影画像のブレを補正するときに発生する偏芯収差が少なく、特にフォーカスにより物体距離を変化させたときに発生する偏芯収差の少ない、高い光学性能を有した、しかも防振に際しての応答性の良い防振機能を有した撮影レンズの提供を目的とする。」(「発明が解決しようとする問題点」欄)、「そして本実施例では撮影画像のブレを補正する為の補正レンズ群Cをフォーカス用のレンズ群Fよりも像面側に配置するレンズ構成を採ることにより、補正レンズ群Cのレンズ径の縮少化及び軽量化を図っている。これによりレンズ鏡筒の増大化を防止し、補正レンズ群Cを駆動させる駆動系の負担を少なくし、防振の際の応答性の向上を図っている。」(「実施例」欄)と記載されているように、第1レンズ群が大型のレンズ群であることを認識するとともに、第1レンズ群のような大型のレンズ群を撮影画像のブレを補正するために(すなわち、光軸に対し変位させるために)駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの課題を有していること、さらには、撮影レンズにおいて補正レンズ群を偏芯させることにより撮影画像のブレを補正するときに偏芯収差が発生し、特にフォーカスにより物体距離を変化させたときに偏芯収差が発生し、光学性能を低下させることが記載されているといえる。
 したがって、甲3発明と甲4発明は、第1レンズ群が大型のレンズ群であることを認識するとともに、大型のレンズ群を(光軸に対し変位させるために)駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの共通の課題を有しているといえる。
 以上のことを考慮すると、甲3発明において、甲4発明における各レンズ群の配置構成を採用し、「第1レンズ群G1」と「(防振を行う)第4レンズ群G4」の間に配置されたレンズ群、すなわち、「第2レンズ群G2」もしくは「第3レンズ群G3」を光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行う構成とすることは、当業者であれば容易に着想し得ることといえる。
⑹ 阻害要因について
 審決は、相違点1の容易想到性判断に際し、上記(5)の当裁判所の判断と同旨の説示をしておきながら(ただし、「当業者であれば容易に着想し得ること」の部分は「当業者であれば試みたであろう」との表現となっている。37頁1~8行)、続いて「阻害要因について」と題する説示中において次のとおり判断した。

   「しかしながら、本件発明1の構成とすることを妨げる要因、所謂阻害要因があるか否かは、刊行物中の全体の記載を参酌して検討されるべきであるところ、また、レンズ設計の技術分野においては、特許文献の記載に基づいて新たなレンズを設計しようとする場合、通常行われる手順は、当該特許文献に記載された数値実施例の諸元の値のデータを出発点とし、所望の光学性能が得られるように改変していくものであることも考慮すると、甲3発明において第2レンズ群G2もしくは第3レンズ群G3を光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行うことを妨げる要因があるか否かを判断する際には、甲3に記載されている実施例の諸元の値のデータにおいて検討することも必要であると認められる。
 そして、被請求人が主張するように、甲3に記載されている実施例の諸元の値のデータで表されるズームレンズにおいて、第2レンズ群G2もしくは第3レンズ群G3を光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行った場合には実用的な撮影距離が確保できない(その機能を損ねてしまう)点を考慮すれば、当業者は、甲3発明において、そのような実用的でないズームレンズを得るために当該構成とすることは通常行わないものであり、当該構成とすることを妨げる要因が存在するといえる。」(38頁5~21行)

 しかし、本件発明1は、各レンズ群の配置関係や移動関係を特定したものであって、具体的に設計されたズームレンズを数値データとして特定したものではないし、甲3発明も数値データに係る発明として認定されるものではないから、甲3発明に基づく容易想到性を検討する上で、甲3に記載されている実施例の諸元の値のデータは阻害要因となるものでないことは明らかである。審決の上記説示をもって阻害要因とすることはできない。
⑺ 以上のことから、相違点1については、甲3発明及び甲4発明に基づいて、当業者が容易に想到することができたものであるというべきである。
 よって、相違点1が容易想到でないとして、「相違点2について判断するまでもなく、本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない」とした審決の判断には誤りがある。なお、相違点2は、相違点4(本件発明と甲3発明との間のもの)と同一であり、その点については後記4における判断のとおりである。
⑻ 特許権者の主張について
ア 特許権者は、近距離合焦方法には、1群フォーカス方式、インナー・フォーカス方式、リア・フォーカス方式という3通りがあるが、それに応じてレンズの設計は最初から異なってくるから、インナー・フォーカス方式のレンズを設計しようとするなら、インナー・フォーカス方式のレンズの設計例を基にレンズの設計をするのが当業者の通常の設計方法であるから、1群フォーカス方式である甲3発明のレンズ構成を、インナー・フォーカス方式に変更する動機付けがない旨を主張している。
 しかし、甲3において、「一般的に、望遠ズームレンズは、第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり、フォーカシング時に繰り出されることが多い。このため、第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正光学系にすることは、保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。」(段落【0007】)と記載されていることから、第1レンズ群が光軸上移動させて合焦(フォーカシング)を行う1群フォーカス方式が開示されていると解することができるが、特許請求の範囲の請求項1には、フォーカス方式を特定する記載はないから、甲3発明は、1群フォーカス方式以外のフォーカス方式を排除しているとはいえない。
 また、甲4には、「本発明は内焦式フォーカス方式を用いた撮影レンズにおいて補正レンズ群を偏芯させることにより撮影画像のブレを補正するときに発生する偏芯収差が少なく、特にフォーカスにより物体距離を変化させたときに発生する偏芯収差の少ない、高い光学性能を有した、しかも防振に際しての応答性の良い防振機能を有した撮影レンズの提供を目的とする。」(「発明が解決しようとする問題点」欄)と記載されているように、第1レンズ群のような大型のレンズ群を撮影画像のブレを補正するために(すなわち、光軸に対し変位させるために)駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの課題を有していること、さらには、撮影レンズにおいて補正レンズ群を偏芯させることにより撮影画像のブレを補正するときに偏芯収差が発生し、特にフォーカスにより物体距離を変化させたときに偏芯収差が発生し、光学性能を低下させることが記載されているといえる。
 そして、上記⑸で説示したように、甲3発明と甲4発明は、ともに本件発明の属する一部のレンズ群を光軸に垂直な方向に移動させることにより像ブレを補正するレンズの技術分野に属するものであるから、当該技術分野の当業者は、甲3と甲4とに同時に接することができるところ、そのような当業者であれば、1群フォーカス方式の態様を含む甲3発明において、1群フォーカス方式の欠点を解消するとともに、撮影画像の光学性能を著しく低下させることのない防振レンズを構成するとの課題を認識することができるから、その課題を解決するために甲4発明を適用する動機付けがあるというべきである。

また、特許権者は、甲3において、あえて1群フォーカス方式の利点を捨ててまで、インナーフォーカス方式に変更する動機付けはない旨も主張するが、1群フォーカス方式に利点があるとしても欠点もあるのであって、その利点だけを取り上げて動機付けがないと解することはできない。しかも、上記(6)で説示したように、本件発明1は、各レンズ群の配置関係や移動関係を特定したものであって、具体的に設計されたズームレンズを数値データとして特定したものではなく、甲3発明も数値データに係る発明ではないから、甲3発明に基づく容易想到性を検討する上で、特許権者の主張するような動機の有無を検討する必要がないということもできる。
イ 特許権者は、甲3のズームレンズは高倍率化を目的としているのだから、仮に甲3が挙げる従来技術よりも変倍比を大きくできるとしても、甲3の数値実施例で示された諸元データから、敢えて甲3の目的に反する方向に広角端を縮小することは考え難く、また、甲3のズームレンズにおいて、広角端の焦点距離を102mmに縮小した場合、第2レンズ群で、撮影距離2.5mまで合焦した場合、光学性能が大幅に悪化し、実用上可能ではない旨を主張している。
 しかし、上記(6)で説示したように、本件発明1は、各レンズ群の配置関係や移動関係を特定したものであって、具体的に設計されたズームレンズを数値データとして特定したものではなく、甲3発明も数値データに係る発明ではないから、甲3発明に基づく容易想到性を検討する上で、特許権者の主張するような実施例の諸元の値に基づく検討をする必要がないといえる。よって、特許権者の主張は採用できない。
 なお、「高変倍」の効果については、本件明細書【0011】【0012】をみても、本件発明の解決しようとする課題として記載されておらず、【0003】には、「近年、変倍比が2倍を越えるような、いわゆる高変倍ズームレンズが増えてきている。」と記載されていることに照らすと、当該効果は、本件発明の解決しようとする課題ではなく、従来技術において達成された技術的前提にすぎないと解される。
⑼ 本件発明3について
 本件発明1を引用する本件発明3は、本件発明1をさらに減縮したものであるところ、本件発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件発明1が当業者にとって容易に発明することができないことを前提に本件発明3も当業者が容易に発明することができない、とした審決の判断には誤りがある。なお、本件発明2を引用する本件発明3について、審決は甲3発明との間の相違点5を実質的な相違点とし、この相違点に係る上記本件発明3の構成は容易想到とはいえないと判断した。この判断について、請求人は取消事由として構成していないところである。
⑽ 小括
 以上によれば、本件発明1及び3に係る容易想到性に関する審決の判断には誤りがあるから、請求人主張の取消事由3は理由がある。

第5 解説
1 技術の説明

 本件訴訟は、カメラのレンズの発明に関する訴訟であり、レンズについて知識がなければ、本件発明や引例を理解することは困難である。したがって、筆者の理解の範囲内ではあるが、本件訴訟に関係するレンズの知識について簡単に説明したい。

⑴ 望遠レンズと望遠ズームレンズの違い
「望遠ズームレンズ」とは、広角(アップ画像)から望遠(引いた画像)を撮影できるズームレンズのことである。撮影の射程距離が可変的であり、射程内であれば、レンズは一本ですむ。デジカメなどについているレンズは、望遠かどうかはともかくズームレンズであると考えてよい。
他方で、「望遠レンズ」とは、単焦点の長距離撮影用レンズのことであり、ズームできない。つまり、ある程度決まった距離を撮影するためのものであり、従い、異なる距離の撮影のためには、何本もレンズが必要となる。簡単に言えば、使い捨てカメラのレンズは一般的に単焦点レンズである。

⑵ フォーカスの方式
 本件訴訟でも争点となったフォーカスの方式には、①前群(1群)フォーカス方式、②インナー・フォーカス方式、③リア・フォーカス方式の3つの方式がある。本件訴訟に関係のある①前群フォーカス方式、及び、②インナー・フォーカス方式について説明する。
下図のように一般的に望遠ズームレンズや望遠レンズは複数の群のレンズで構成されているところ、①前群(第1群)フォーカス方式の場合、G1を動かしてフォーカスするのであり、②インナー・フォーカス方式の場合、G2、G3又はG4を動かしてフォーカスすることになる。
①前群フォーカス方式は、②インナー・フォーカス方式に比べて、その構造上、全長が長くなるというデメリットがある。

⑶ 補正
 望遠レンズと望遠ズームレンズでは、補正の必要性が異なってくる。
 望遠レンズは、その倍率にもよるが単焦点レンズであることから、望遠レンズに比べて、単純な構造になりやすく、光を取り込みやすい。光を取り込みやすいということは、いつまでもシャッターを開けておく必要がなく、シャッタースピードが速くても撮影可能となる故、手振れの影響を受ける時間が短い。
他方で、望遠ズームレンズの場合、複雑な構造故、光を取り込みにくく、シャッタースピードが遅くなることから、手振れの影響を受ける時間が長い。
 したがって、望遠レンズと望遠ズームレンズを対比した場合、望遠ズームレンズの方が手振れ補正の必要性が高いということになる。

 以上の技術の説明を基に裁判所の判断について考察する。

2 裁判例の判断の概要
 裁判所の判断に対する考察を行うに際し、まずは裁判所の判断の概要について整理する。

⑴ 容易想到性の判断
 裁判所は、相違点1について、甲3発明及び甲4発明に基づき容易想到と判断している。
 すなわち、上記裁判例では、本件発明と甲3発明の相違点1について、
「前記レンズ群GBと最も物体側の第1レンズ群G1との間に配置されたレンズ群GFを光軸に沿って移動させて近距離物体への合焦を行」うものであり、かつ、「変倍時に、前記レンズ群GFと前記レンズ群GBとの光軸上の間隔が変化」するのに対し、甲3発明では、いずれのレンズ群を移動させて近距離物体への合焦を行うものであるのか特定されておらず、それに関連して、変倍時のレンズ群GFとレンズ群GBとの光軸上の間隔が変化するのか不明な点」
と認定したうえで、当該相違点につき、甲4発明に係る
「複数のレンズ群を有し、そのうち物体側の第1レンズ群より後方にある少なくとも1つのレンズ群Fを光軸方向に移動させることによりフォーカスを行うと共に該レンズ群Fよりも像面側に配置したレンズ群Cを偏芯させることにより撮像画像のブレを補正するようにしたことを特徴とする防振機能を有した撮影レンズ。」
という構成から、開示されていると認定したうえで、甲3発明と甲4発明を組み合わせることの動機づけがあると判断したといえる。

⑵ 動機づけの具体的判断
 以下、動機づけについての裁判所の認定及び判断部分を抜粋する。

(ⅰ)技術分野の関連性

 甲3発明は、上記(2)で認定したとおり、(光軸とほぼ直交する方向に移動させて防振する)防振機能を備えた35mm判写真用レンズ、特に望遠ズームレンズの技術に関するものであり、また、甲4発明は、上記(3)で認定したとおり、補正レンズ群を偏芯させる(すなわち、光軸に垂直な方向に移動させる)ことにより振動による撮影画像のブレを補正する機能、所謂防振機能を有した撮影レンズの技術に関するものであるから、甲3発明と甲4発明は、本件発明の属する一部のレンズ群を光軸に垂直な方向に移動させることにより像位置の変動(像ブレ)を補正するレンズの技術分野に属するという点で、共通している
(ⅱ)課題の共通性
 したがって、甲3発明と甲4発明は、第1レンズ群が大型のレンズ群であることを認識するとともに、大型のレンズ群を(光軸に対し変位させるために)駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの共通の課題を有しているといえる。
(ⅲ)動機付けがあること
 そして、上記(5)で説示したように、甲3発明と甲4発明は、ともに本件発明の属する一部のレンズ群を光軸に垂直な方向に移動させることにより像ブレを補正するレンズの技術分野に属するものであるから、当該技術分野の当業者は、甲3と甲4とに同時に接することができるところ、そのような当業者であれば、1群フォーカス方式の態様を含む甲3発明において、1群フォーカス方式の欠点を解消するとともに、撮影画像の光学性能を著しく低下させることのない防振レンズを構成するとの課題を認識することができるから、その課題を解決するために甲4発明を適用する動機付けがあるというべきである。
 また以上に加えて、以下のとおり、阻害要因が認められないことも判断している。

(ⅳ)阻害要因が認められないこと

 しかし、本件発明1は、各レンズ群の配置関係や移動関係を特定したものであって、具体的に設計されたズームレンズを数値データとして特定したものではないし、甲3発明も数値データに係る発明として認定されるものではないから、甲3発明に基づく容易想到性を検討する上で、甲3に記載されている実施例の諸元の値のデータは阻害要因となるものでないことは明らかである。審決の上記説示をもって阻害要因とすることはできない。

3 甲3発明及び甲4発明を組み合わせることについての考察
 上記裁判所の認定及び判断の内、明細書の記載及び技術常識に照らして検討の余地があると考えられる技術分野の関連性及び課題の共通性について考察する。
 以下に述べるとおり、具体的に見た場合、甲3発明と甲4発明の課題は共通しないと考える。
 

⑴ 技術分野の関連性
 甲3は「望遠ズームレンズ」に関する発明であって(【0001】、【0007】)、甲4は「望遠レンズ」に関する発明である。
 甲3発明は望遠ズームレンズについて防振技術に関するものであり、甲4発明は望遠レンズについての防振技術に関するものであって、前述のとおり、望遠ズームレンズと望遠レンズは全く違うものであることに鑑み、両発明の技術分野を具体的に捉えれば、両者は異なるとも考えられる。

 この点、裁判所は、

甲3発明は、上記(2)で認定したとおり、(光軸とほぼ直交する方向に移動させて防振する)防振機能を備えた35mm判写真用レンズ、特に望遠ズームレンズの技術に関するものであり、また、甲4発明は、上記(3)で認定したとおり、補正レンズ群を偏芯させる(すなわち、光軸に垂直な方向に移動させる)ことにより振動による撮影画像のブレを補正する機能、所謂防振機能を有した撮影レンズの技術に関するものであるから、甲3発明と甲4発明は、本件発明の属する一部のレンズ群を光軸に垂直な方向に移動させることにより像位置の変動(像ブレ)を補正するレンズの技術分野に属するという点で、共通している
 と述べているが、上記違いを意識していないと考える。特に、太字部分で示すように「甲3発明は、…特に望遠ズームレンズの技術に関するもの」と述べているにもかかわらず、結局防振技術についてのみ触れており、望遠レンズと望遠ズームレンズの違いを意識していないといえる。
 もっとも、望遠ズームレンズであっても望遠側では望遠レンズと変わらないとも考えられるから、この点についての裁判所の判断は妥当ではないとまではいえないかもしれないから 、両発明は少なくとも技術分野の関連性があるとはいえよう。

⑵ 課題の共通性
ア 甲3発明の具体的課題
 甲3明細書【0003】【発明が解決しようとする課題】には、

「しかしながら上記の如き従来の技術では、一眼レフ用に充分なバックフォーカスを得られないこと、大きなズーム比が実現できない等の欠点を有しており、35mm判写真用の一眼レフ用レンズ、特に小型で高性能な望遠ズームレンズに対して不適であった。」
との記載があり、同【0004】には、
「そこで本発明は、防振機能を備えかつ小型で高性能な望遠ズームレンズの提供を目的としている。」
との記載がある。
 したがって、甲3発明の目的は、防振機能を備えかつ小型で高性能な望遠ズームレンズの提供をする点にあり、甲3発明の課題は、抽象的に捉えれば、「望遠ズームレンズにおいて防振機能を実現しつつも小型化を図る」点にあるといえる。以下、甲3発明の前提を説明し、その後、甲3発明の具体的課題について説明する。

(ア) 甲3発明は、望遠ズームレンズを前提としていること
 甲3明細書【0006】【作用】には、
「本発明は、35mm判写真用の望遠ズームレンズに適するように、基本的には正負負正負の5群構成から成るズームレンズを採用している。以下に、このタイプのズームレンズの特徴及び利点について簡単に説明を行う。本発明は、…望遠ズームレンズが達成できる。このタイプのズームレンズは、全長を短縮でき、特に広角端において全長を短縮することができる。そして多群構成であることから、…ズーム比が大きくても優れた結像性能を得ることができる。特に本発明のような、広角端において全長が短く、望遠端へのズーミングによる変倍時に全長が伸びるタイプのズームレンズは、4群アフォーカルタイプのような従来の望遠ズームレンズと比較して、広角端における全長及びズームレンズ全体の重量を減ずることができる。また、広角端における各レンズ群を通る光線の高さも小さくなるので、各レンズ群における収差の発生が小さくなり、特に広角側の収差補正の際に有利になる。更に、群数が多いため、屈折力配分の選び方の自由度が増し、一眼レフ用に充分なバックフォーカスが容易に得られる。」
との記載があり、かかる記載から、望遠ズームレンズにおいて、広角端(最大ズーム時)における全長の短縮化を解決課題として捉えているとも読める。
 そもそも、広角端という概念は基本的には望遠ズームレンズ特有のものであることに鑑みれば、甲3発明は、望遠レンズではなく、望遠ズームレンズを前提としていることが明らかである。

(イ) 甲3発明は、前群フォーカス方式を前提としていること
甲3明細書【0007】

一般的に、望遠ズームレンズは、第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり、フォーカシング時に繰り出されることが多い。このため、第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正光学系にすることは、保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従って、本発明における正負負正負タイプも同様に、第1レンズ群を防振補正光学系にするのは好ましくない。
との記載からすると、甲3発明は、第1レンズ群がフォーカシング時に繰り出されるが故に、第1レンズ群を防振補正光学系にするのは好ましくないとしていることから、前群フォーカス方式を前提としている。
 この点を補強する記載として、甲3明細書の【0006】【作用】には、
「本発明は、…このタイプのズームレンズは、全長を短縮でき、特に広角端において全長を短縮することができる。そして多群構成であることから、レンズ群の動きかたの自由度を含め、収差補正の自由度が多いためズーム比が大きくても優れた結像性能を得ることができる。
との記載がある。また、同【0012】には、
「条件式(1)はズームレンズの広角端の焦点距離fWと望遠端の焦点距離fT及び第1レンズ群G1の焦点距離f1に関して、適切な範囲を定めたものである。条件式(1)の上限を越えると、望遠端での全長が長くなりコンパクト化に反するのは勿論のこと、望遠端の周辺光量不足や前玉径の増大を招き、好ましくない。」
との記載があり、また、同【0013】
「条件式(2)は、広角端での第3レンズ群G3と第4レンズ群G4との間隔DW3-4を規定する条件である。条件式の説明をするにあたり、便宜のために第5レンズ群G5を一定の状態と考えた場合、条件式(2)の上限を越えると、球面収差とコマ収差が甚大となり、収差補正が難しくなる。更に、第5レンズ群G5のレンズ径が大きく、全長も長くなり不都合である。」
との記載がある。
 すなわち、甲3には、前群フォーカシング方式を前提とするレンズにおいて、様々な工夫(例えば正負負正負のレンズ群とすること)をして全長の短縮化を実現している点が開示されている。もちろん、全長の短縮化というのは、フォーカス方式の違いにかかわらずレンズの一般的な課題といえるが、前述のとおり前群フォーカス方式はその駆動機構ゆえ全長が長くなるため、全長の短縮化は小型化を図る上で重要な要素となる。
 したがって、甲3発明は前群フォーカス方式を前提としていると考えられる。

(ウ) 甲3発明の具体的な課題
 前掲【0007】には、

一般的に、望遠ズームレンズは、第1レンズ群が最も大型のレンズ群であり、フォーカシング時に繰り出されることが多い。このため、第1レンズ群を防振のため光軸に対し変位する補正光学系にすることは、保持機構及び駆動機構が大型化し好ましくない。従って、本発明における正負負正負タイプも同様に、第1レンズ群を防振補正光学系にするのは好ましくない。また本発明の第5レンズ群のように変倍時の光軸方向の移動量の大きいレンズ群も機構が複雑になるため好ましくない。」
と記載されていることからすると、裁判所がいうように、甲3発明は、抽象的には、「大型のレンズ群を光軸に対し変位させるために駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの課題を有している」といえるが、具体的には①望遠ズームレンズの場合第1レンズ群が大型レンズになってしまうため、この第1レンズ群を防振補正光学系とすることができないことの他に、②前群フォーカシング方式を前提としているが故に、フォーカシングレンズ群である第1レンズ群を防振光学系としてしまうと、結局大型化して問題であるとの課題を有していると考える。
イ 甲4発明の課題との共通性
 甲4発明の課題は、望遠レンズにおいて、第1レンズ群が大型のレンズ群であるため第1レンズ群を駆動させることが問題であるとの点にある。しかし、甲4においては、「前群フォーカス方式であるが故に第1レンズ群を駆動させること」が問題だというわけではない。
 すなわち、課題①については、第1レンズ群のレンズが大きくなるのは、望遠ズームレンズが故というより、望遠端での撮影を前提としているからであり、望遠レンズであっても同様である。
 したがって、課題①については、甲3発明と甲4発明共通の課題といえる。

 他方で、課題②については、甲4発明はインナー・フォーカス方式に係るレンズの発明であって前群フォーカス方式に係るレンズの発明ではないことから、甲3発明と甲4発明とでは共通しないと考えられる。

 では、かかる場合に課題の共通性があるといえるのか。
 論理的には、一部が重複するから共通するというようにも考えられるが、実質的に見ると、この2つの課題は主従があると考える。すなわち、共通する課題①は当然の課題であり、発明特有の課題として捉えているものではないのであって、共通しない課題②こそが甲3発明の課題とするところであると考える。つまり、甲3発明では、前群フォーカシング方式を前提としながらも、例えば正負負正負のレンズ群とすることなど様々な工夫をすることで、前群フォーカス方式ならではの課題である全長の短縮化即ち小型化を実現することができるものの、第1群にはフォーカシング機構が故に、第1レンズ群を防振光学系としてしまうと、困難を乗り越えて実現した小型化を結局無意味化してしまう点を問題と捉えているのであって、そのように考えると、前群フォーカス方式以外のフォーカス方式を排除しているといえよう。
これに対して、甲4発明は、前群フォーカス方式に係る発明ではないことから、前群フォーカス方式に限らない一般的な望遠レンズに係る課題を解決課題として捉えており、前群フォーカス方式特有の課題については全く意識していない。
 したがって、甲3発明の課題と甲4発明の課題は、具体的に捉えた場合、共通していないと考える。

 この点、裁判所は、甲3及び甲4の発明の課題について、

第1レンズ群が大型のレンズ群であることを認識するとともに、大型のレンズ群を光軸に対し変位させるために駆動しようとするとその駆動機構が大型化して問題であるとの課題を有していることが記載されているといえる。
 と認定しているが、甲3発明について抽象的にとらえており妥当ではないと考える。

⑶ 小括
 以上のとおり、甲3発明と甲4発明は、技術分野は関連しているといえるかもしれないが、具体的に検討すると、甲3発明は、前群フォーカス方式特有の課題を課題として設定しているのに対して、甲4発明は、インナー・フォーカス方式を前提としており、少なくとも前群フォーカス方式特有の課題については課題と設定していないことから、両者の課題は、共通しないと考える。

第6 まとめ
 以上に述べてきたとおり、各引用文献の背景技術を捉えることで課題を具体的に捉えその相違を検討することが各引用文献記載の課題の共通性を考察する上で重要なことであると考える。逆に、引用発明同士の課題を抽象化して捉えても共通しないように見えても、具体化して捉えた場合に共通するということもあり得よう。
 いずれにせよ、本件事案は、特許実務的にも興味深い論点を含んでいるといえる。今後の展開にも注視したい。

(文責)弁護士 溝田 宗司


1 正確には、「請求項1、3に係る発明についての審判請求は、成り立たない。」との部分が取り消された。したがって、審判に差し戻され、行政事件訴訟法33条1項に規定する拘束力のもとで審理される。
2  後述するように、一部の請求項に係る発明については、ニコンにより訂正審判が請求され、訂正されたが、本件紛争とは関係がないと思われるので割愛している。
3 審決での認定に基づいている。