【平成25年8月28日(東京地判平成23年(ワ)第19435号)】

【ポイント】
被告の製造販売するピオグリタゾン製剤について,特許法101条2号に規定する「その発明による課題の解決に不可欠なもの」との要件(以下,「不可欠要件」という。)の該当性が争われた事例において,ピオグリタゾン製剤である被告ら各製剤は,それ自体では,従来技術の問題点を解決するための方法として,本件各発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものに当たるということはできないから,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められないとして,不可欠要件の該当性を否定し,間接侵害の成立を否定した例

【キーワード】
間接侵害,技術的範囲の属否,不可欠要件

【事案の概要】
 原告は,糖尿病又は糖尿病性合併症の予防・治療用医薬にかかる特許権者である。原告は,被告の製造販売するピオグリタゾン製剤が「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(特許法101条2号)に当たると主張して,被告に対し,100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造・販売等の差止め及び廃棄を請求するとともに,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金として,1500万円等の支払を求めた事案である。

【争点】
 被告の製造販売するピオグリタゾン製剤が,不可欠要件(特許法101条2号)に該当するか。

【結論】
 被告の製造販売するピオグリタゾン製剤はいずれも,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。したがって,本件ピオグリタゾン製剤を製造・販売等する行為は,原告の特許権を侵害するものとみなされない(特許法101条2号)。

【判旨抜粋】
 本判決は,「「発明による課題の解決に不可欠なもの」とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成要素(発明特定事項)とは異なる概念で,発明の構成要素以外にも,物の生産に用いられる道具,原料なども含まれ得るが,発明の構成要素であっても,その発明が解決しようとする課題とは無関係に従来から必要とされていたものは,これに当たらない。すなわち,それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるようなもの,言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものが,これに該当すると解するのが相当である。そうであるから,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しない。」と述べた上で,明細書の記載から技術分野,従来技術,課題,解決手段,発明の効果を詳細に認定し,「以上の本件各明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,2型糖尿病に対しては,個々の患者のそのときの症状に最も適した薬剤を選択する必要があるが,個々の薬剤の単独使用においては,症状により十分な効果が得られなかったり,投与量の増大や長期化により副作用が発現する等の問題があり,臨床の場でその選択が困難であったこと,本件各発明は,これを解決するために,インスリン感受性増強剤であり副作用のほとんどないピオグリタゾンと消化酵素を阻害して澱粉や蔗糖の消化を遅延させる作用を有するα-グルコシダーゼ阻害剤(アカルボース,ボグリボース,ミグリトール),嫌気性解糖促進作用等を有するビグアナイド剤(フェンホルミン,メトホルミン,ブホルミン),膵β細胞からのインスリン分泌を促進するSU剤であるグリメピリドのいずれかとを組み合わせ,これにより,薬物の長期投与においても副作用が少なく,かつ多くの2型糖尿病患者に効果的な糖尿病の予防や治療を可能にしたことが認められる。これによると,本件各発明が,個々の薬剤の単独使用における従来技術の問題点を解決するための方法として新たに開示したのは,ピオグリタゾンと本件各併用薬との特定の組合せであると認められる(ピオグリタゾンや本件各併用薬は,それ自体,本件各発明の国内優先権主張日より前から既に存在して2型糖尿病に用いられていたのであり,本件各発明がピオグリタゾンや本件各併用薬自体の構成や成分等を新たに開示したということができないのは当然である。)。そうすると,ピオグリタゾン製剤である被告ら各製剤は,それ自体では,従来技術の問題点を解決するための方法として,本件各発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものに当たるということはできないから,本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。」と判示し,間接侵害の成立を否定した。

【解説】
 特許法101条2号では「その発明による課題の解決に不可欠なもの」(不可欠要件)であることを要件する。不可欠要件については,東京地判平成16・4・23判例時報1892号89頁[プリント基板用治具に用いるクリップ]の示した基準が,裁判例では繰り返し採用されており,学説上も多くの支持を集めており多数説といえる。つまり,前掲[プリント基板用治具に用いるクリップ]は,「それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるような部品,道具,原料等が「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するというべきである。これを言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらす特徴的な部材,原料,道具等が,これに該当すると解するのが相当である。したがって,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当するものではない。」との基準を判示した。
 しかし,上記基準に対しては,知財高判平成17・9・30判時1904号47頁[一太郎(2審)]大合議判決が,上記基準とは異なる条件関係説を採用したと評価されている。
 このような裁判例の状況の中で,本件は,「それを用いることにより初めて「発明の解決しようとする課題」が解決されるようなもの,言い換えれば,従来技術の問題点を解決するための方法として,当該発明が新たに開示する,従来技術に見られない特徴的技術手段について,当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものが,これに該当すると解するのが相当である。そうであるから,特許請求の範囲に記載された部材,成分等であっても,課題解決のために当該発明が新たに開示する特徴的技術手段を直接形成するものに当たらないものは,「発明による課題の解決に不可欠なもの」に該当しない。」と説示し,不可欠要件の該当性を否定した。つまり,条件関係説を採用せず,前掲[プリント基板用治具に用いるクリップ]に沿った判断をなしたものと評価できる。
 本件は,上記のように裁判例に2つの流れが存在する中で,多数説を採用した点に意義を有するものである。不可欠要件については,多数的見解を採用する裁判例が多いものの,前掲[一太郎(2審)]は大合議判決であり,かつ一部これに続く下級審判例も存在することから,今後の裁判例の動向に注意を払う必要があろう。

以上
(文責)弁護士 高橋 正憲