知的財産高等裁判所平成25年2月14日判決 平成24年(ネ)10081号 職務発明対価請求控訴事件
原審東京地方裁判所平成24年9月28日判決 平成23年(ワ)6904号 職務発明対価請求事件
【判旨】
使用者等が特許権を譲渡した場合には、特許権の残期間に対応する法定通常実施権の部分を譲渡しているから、使用者等が受けるべき利益(超過利益)の計算においては、譲渡金額からこの部分を控除する必要がある。
【キーワード】
特許法25条、職務発明、対価、平成16年改正、譲渡、超過売上高、超過利益、東京地方裁判所平成24年9月28日判決

【事案の概要】
1 従業者の請求
被告Y(株式会社サンエスオプテック)の元従業員であるA は、Yに対し、下記の本件特許権に係る本件発明をし、その特許を受ける権利をYに承継させたと主張して、特許法35条3項及び5項に基づく職務発明対価(9467万9479円)の一部請求として850万円の支払を求める本件訴訟を提起したが、平成23年12月9日に死亡した。そこで、亡Aの相続人である原告Xらが訴訟を承継し、相続割合に応じて、X1は425万円、X2及びX3は各212万5000円の支払を求めた。

2 本件特許権
特許番号 第4334013号
発明の名称 LED照明装置
出願日 平成20年9月29日
登録日 平成21年7月3日
【請求項1】
  複数のLEDと、前記複数のLEDを支持する基板と、前記基板を覆うように配設される導光カバーとを有し、前記導光カバーは、円筒形に形成するとともに、その一端から他端までの軸直角方向における内壁の断面形状を、前記複数のLEDが発する光の等光照射強度形状に従って成型された楕円形状としたことを特徴とするLED照明装置。

Yは、平成22年5月25日、O株式会社(以下「O」という。)に対し、本件特許権を2500万円で譲渡した。

3 Yにおける職務発明規程
本件特許権に適用される条文は平成16年改正後の特許法35条となる。Yにおける就業規則である「正社員就業規則」(乙2)には職務発明に関する規定があり、その内容は次のとおりである(以下「本件職務発明規定」という。)。「従業員が会社における自己の現在又は過去における職務に関連して発明、考案をした場合で会社の要求があれば、特許法、実用新案法、意匠法等により特許、登録を受ける権利又はその他の権利は、発明者及び会社が協議のうえ定めた額を会社が発明者である従業員に支払うことにより、会社に譲渡又は継承されるものとする。」 
亡Xは、Yを退職するに当たって職務発明の対価を請求し、これに対しYは、解決金の趣旨で20万円を支払うことを提案したが、亡Xが承諾しなかったため、本件職務発明規定に定める「協議」は調っていない。

【東京地裁の判旨】
1 Yにおける職務発明規定
本件職務発明規定においては、職務発明の対価については発明者と会社が協議の上定めるとの文言があるものの、亡XとY間で協議が調っていない。したがって、YがXらに対して支払うべき特許法35条3項に規定する職務発明の相当な対価の額を定めるに当たっては、「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」(同条5項)を算定する必要がある。
 「「使用者等が受けるべき利益」とは、職務発明の対象となる発明を実施することによって得られた利益の全てを指すのではなく、使用者等は職務発明に係る特許発明について無償の法定通常実施権を有する(同法35条1項)ことから、この通常実施権を超えたものの承継により得た法的独占権に由来する利益(以下「独占の利益」という。)を意味すると解されるところ、職務発明に係る特許発明の実施を許諾した場合の実施料収入は、当該特許発明の排他権の結果得られた利益と評価し得るから、実施料収入は、原則として、上記独占の利益に該当するというべきである。」

2 製造委託先P(伊藤忠プラスチックス株式会社)及びQ(島根三洋電機株式会社)への実施許諾
「Yの平成20年度の事業年度(平成20年6月1日から平成21年5月31日まで)の損益計算書において、「売上高」という勘定科目で2465万3944円と記載されている一方、「ロイヤリティ売上高」という勘定科目で943万2000円と記載されている」「Yの上記損益計算書における「ロイヤリティ売上高」という勘定科目及び同事業年度の残高試算表に記載されている943万2000円のうち、その20パーセントに当たる額である188万6400円をもって本件発明の実施料収入と認めるのが相当である。」

3 自己実施の場合の算出方法
「特許権者が他社に実施許諾をせずに、職務発明の対象となる特許発明を自ら実施している場合における独占の利益は、他社に対して職務発明の実施を禁止できることにより、他社に実施許諾していた場合に予想される売上高と比較して、これを上回る売上高(超過売上げ)を得たことに基づく利益(超過利益)をいうものと解される。
 ここで超過売上げとは、仮に第三者に実施許諾された事態を想定した場合に使用者が得たであろう仮想の売上高(法定通常実施権に基づく売上げ)と現実に使用者が得た売上高とを比較して算出された差額に相当するものというべきであるが、具体的には、職務発明対象特許の価値、ライセンスポリシー、ライセンス契約の有無、市場占有率、市場における代替技術の存在等の諸般の事情を考慮して定められる独占的地位に起因する一定の割合(超過売上げの割合)を乗じて算出すべきである。
 そして、超過利益は、上記方法により算出された超過売上高に、仮想実施料率を乗じて算出するのが相当である。」

4 自己実施分の超過売上高の割合
「平成21年6月から本件特許権譲渡より前である平成22年4月までの間のY製品の売上高は、1億75万8500円であると認められる。」
本件発明の実施品であるY製品は、本件発明を採用することによってLED照明装置であるにもかかわらず蛍光灯と同等の特性、照度分布を実現しているという有意な特性を有すること、しかし、蛍光灯と同等の特性、照度分布を実現しているLED照明装置はY製品に限られず、競合他社の同種の製品が複数存在すること、それにもかかわらず、Y製品が上記のような売上高を上げているのは、Y製品が消費電力が少なく、かつ信頼性が高いとされるS製のLEDを使用している点が主要な要因であると認められること、以上の事実を総合すると、本件における超過売上げの割合は30パーセントであると認めるのが相当である。」

5 自己実施分の仮想実施料率
 「甲8(発明協会研究センター編「実施料率」[第5版])によれば、本件発明の属する技術分野である民生用電気機械・電球・照明器具製造技術分野における平成4年度から平成10年度における実施料率の平均値は、イニシャル・ペイメント条件無しで4.6%であり、過去に比べて僅かに上昇傾向にあることが認められる。そうすると、仮想実施料率はこれを5パーセントと認めるのが相当である。」

6 本件特許権を譲渡した場合における独占の利益
Yは、平成22年5月25日、Oに対し、本件特許権を2500万円で譲渡した。
「譲渡契約書(乙8)において、平成22年5月21日から平成23年5月20日までの1年間の非独占的な実施許諾期間が経過した後であっても、Yにおいて引き続き通常実施権の行使ができると解する根拠となる規定は見当たらない。
 そうすると、Yは、Oに対し、上記特許権譲渡にあたって、留保された平成22年5月21日から平成23年5月20日までの1年間の非独占的な実施権のほかは、平成40年9月29日までの本件特許の存続期間における上記法定通常実施権の部分をも譲渡しているといわざるを得ない。
 そこで、上記譲渡価格2500万円のうち上記独占の利益の部分に該当する金額を算定するためには、上記2500万円から上記通常実施権の部分を控除する必要があるところ、1年間の許諾期間の後は17年あまりの間通常実施権が行使できなくなること、同1年間の許諾期間である平成22年5月から平成23年5月までの間、Y製品はある程度の売上高(2097万円)があったことなどの諸事情を考慮すれば、本件特許権譲渡における独占の利益は800万円と認めるのが相当である。」

7 Yの貢献度
「Yは、Cの開発したLED照明を製造販売する会社として平成19年6月1日に設立された会社であること、YにおいてはS製のLED素子を製品に使用していたが、同社製のLED素子は信頼性が高いものの照射角が狭かったため、蛍光灯のように光を拡散させるためにその照射角をいかに広げるかがYにおける重要な研究課題となっていたこと、Cは、この課題を解決するため研究を続け、平成19年3月2日、同課題を解決する手段に関する特許出願(乙26)を、さらに、同年5月30日、同様の実用新案登録出願(乙27)を行い、その具体的な手段として、LED照明装置のカバーに中空部を設けて二重構造にし、レンズ効果で光の拡散を図ることを提示していたこと、Cはこの二重構造のアイデアを基に研究を続け、平成19年11月、アクリルカバーに関する発注を行い(乙31)、さらに、平成20年5月頃、これを改良した部品の発注を行ったが、ここにおいて、既にカバーの内側を楕円形状にすることで光を拡散するという発想が示されていたこと、亡Xは、こうしたCの先行研究を基に本件発明を完成させたものであり、その研究のための場所、費用、機器及び資材はYが提供したこと、本件発明の完成後、亡XとY代表者は、特許事務所との協議や特許庁の審査官面接に出席し、特許の手続費用はYが負担したこと、以上の事実が認められる。
  上記事実によれば、亡XがYの従業員として本件発明を完成させ権利化するに当たっては、Cの相当程度の貢献があったというべきであって、これにYにおける営業努力(甲7)等の本件における一切の事情を考慮すると、Yの貢献度を95パーセントと認めるのが相当である。」

7 相当対価の額
「亡Xが職務発明について本件特許を受ける権利をYに承継させたことに対する相当の対価として支払を受けるべき額は、次のとおり、56万9888円と認められる。
  188万6400円×(1-0.95)=9万4320円
  1億0075万8500円×0.3(超過売上率)×0.05(仮想実施料率)×(1-0.95)=7万5568円
  800万円×(1-0.95)=40万円
  9万4320円+7万5568円+40万円=56万9888円」

【知財高裁の判旨】
1 総括
「当裁判所も、〈1〉Yが平成20年6月1日から平成21年5月31日までの間に本件発明の実施によって受けた実施許諾の対価は、188万6400円であり、〈2〉本件特許権の譲渡より前の期間における、Yが本件特許を自ら実施したことにより受けるべき超過利益に関して、超過売上げの割合は30%、仮想実施料率は5%であり、〈3〉Yが本件特許権を譲渡したことにより受けるべき利益の額は800万円であり、〈4〉Yの貢献度は95%である、と認める」

2 超過売上の割合について
「Xらは、Y作成の対比表(乙4)によっても、平成21年当時、Y製品以外に蛍光灯と同様の光拡散性を有する製品は存在していないことは明らかであること、日亜化学工業製のLEDを使用するために本件発明の実施が不可欠であることから、超過売上げの割合を30%と認定するのは誤りであると主張する。
 しかしながら、乙4の対比表に記載された他社製品の一部については、光拡散性がない旨の積極的な記載はなく、「製品としては完成」などと記載されている製品もあることなどに照らすと、乙4の記載が、Y製品以外に蛍光灯と同様の光拡散性を有する製品が存在するとの認定を妨げるものとはいえない。また、日亜化学工業製のLEDを使用するために本件発明の実施が不可欠であるとしても、原判決25頁6行目から15行目までに説示された事情を併せ考慮すれば、超過売上げの割合は30%と認定するのが相当であり、この点は、上記1の判断を左右しない。」

3 仮想実施料率について
「Yは、乙41の文献に記載されたデータに照らすと、本件特許の仮想実施料率は、せいぜい4%にとどまると主張する。
 しかしながら、乙41の文献には、照明又は加熱の技術分野における実施料率について、平均では3.9%とされているものの、最大では9.5%、最小では1.5%と記載されており、ばらつきが大きいこと、また、甲8の文献に記載された平均的な実施料率4.6%と比較して著しい差はないこと、その他、本件に表れた諸事情を総合すると、乙41の文献の記載を考慮してもなお、本件特許に係る仮想実施料率を5%と認定することも相当というべきであり、Yの上記主張は採用することができない。」

4 本件特許権の譲渡により受けるべき利益の額について
原告らは、特許権者が特許権を譲渡する場合は、自社による実施を放棄したものといえるから、特許権者の法定通常実施権に相当する分を譲渡価格から控除するのは相当ではない旨主張する。
 しかしながら、特許権者が、自ら特許発明を実施する意思を有していないとしても、これによって当然に法定通常実施権を放棄したことになるものではなく、原告らの上記主張は採用することができない。
 また、原告らは、被告の法定通常実施権に相当する分を控除するとしても、その控除額は591万0394円にとどまると主張するが、原告らの主張を斟酌したとしてもなお、その他本件に表れた諸事情を総合すると、本件特許権の譲渡における独占の利益は800万円と認めるのが相当であって、原告らの主張は、上記認定を動かすものではない
。」

【解説】
1 平成16年特許法改正後における「相当の対価」の計算方法
本件は、平成16年に改正された特許法35条が適用された事案である。「契約、勤務規則その他の定め」に関し、Yの就業規則には発明者及び会社が協議のうえ定める旨の規定が置かれていたが、協議が調っていなかった。それゆえ同条5項により、裁判所が相当な対価(35条3項)を算定することになった。
一審の東京地裁は、平成16年改正前の特許法下における裁判例と同じ計算式によって相当な対価の計算を行った。知財高裁もこれを是認した。裁判所は、平成16年の特許法改正後も従来の判例の射程が及ぶことを明らかにしている。
2 特許権を譲渡した場合における法定通常実施権に相当する部分の控除の要否
Yは、平成22年5月25日、本件特許権をOへ2500万円で譲渡している。譲渡の際、譲渡後1年間はYが非独占的な通常実施権を有する旨合意され、Yは実施品を販売したが、平成23年1月ころから本件特許を使用しない新製品の販売を開始した。
一審の東京地裁は、Yは「本件特許の存続期間における上記法定通常実施権の部分をも譲渡している」と述べて、Yが受けた超過利益を算定する際に、譲渡価格2500万円から、Yが有する法定通常実施権の部分を控除する必要があるとした。そしてYが受けるべき利益の額として800万円を認定した。
しかし、本件のように特許権を譲渡した場合には、Yの法定通常実施権に相当する部分を控除することは不要と思われる。裁判例の考え方によれば、自己実施せず、第三者へ実施許諾した場合は、受領した実施料の金額をYが受けるべき利益(超過利益)の額と認めてきている(法定通常実施権の部分を控除することがない。)。上記のとおり譲渡後1年間はYが通常実施権を有するとされたが、2年目以降はあえてそのような合意はなされなかった。少なくとも2年目以降は第三者へ単純に実施許諾をした場合の計算式こそ妥当すると思われる。
特許権の譲渡は、特許権者が自己実施のための権利を留保しない場合には、実質的には将来の実施料を一括して前払いを受けるようなものである。本件のように特許権を譲渡した場合、原則的には譲渡金額をそのままYが受けるべき利益の額(超過利益)として計算すべきであった。一審判決は、2年目以降についても、Yが法定通常実施権に基づく実施ができなくなったことの対価を譲渡金額から差し引いているように見えるが、このような計算方法は合理的ではないと思われる。
                                            

以上
(文責)弁護士 山口建章