平成25年10月24日判決(東京地裁 平成24年(行ワ)第5743号、平成24年 (行ワ)第19120号)
【判旨】
別件訴訟において無効理由を有すると判断された本件特許権1から分割された特許権2についても無効理由があると判断された事例
【キーワード】
アトルバスタチン、分割出願、特許法第29条第2項、特許法123条1項2号

【事件の概要】
 本件は,下記1(2)アの特許権(特許権1)(甲事件)及び同エの特許権(特許権2)(乙事件)を有する原告が,被告が輸入,製造及び販売する被告各製品が上記各特許権を侵害している旨主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品1の製造,販売及び販売の申出の差止め並びに被告製品2の輸入差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告製品1についての健康保険法に基づく薬価基準収載品目削除願の提出及び被告各製品の廃棄を求める事案である。
(1) 原告の特許権
 ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権1」という。)を有している。
   特許番号    特許第3296564号
 イ 原告は,次の特許権(以下「本件特許権2」といい,本件特許権1と併せて「本件各特許権」という。)を有している。
   特許番号    特許第4790194号
 ウ 本件特許権2に係る出願は,原出願である本件特許権1に係る出願を分割したものである。
(2) 本件特許1に係る無効審判請求の経緯
 ア 被告は,平成22年12月17日,本件特許1について,特許無効審判を請求したが(無効2010-800235),特許庁は,平成23年11月22日,上記請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。
 イ 被告は,原告に対し,本件審決の取消しを求める訴訟を知的財産高等裁判所に提起した(同庁平成23年(行ケ)第10445号。以下,この訴訟を「別件訴訟」という。)。別件訴訟においては,本件審決に,[1]実施可能要件に係る判断の誤りがあるか否か,[2]乙7の文献(特開平3-58967号公報。以下「乙7文献」といい,他の文献についても同様の例による。)に記載された発明(以下「乙7発明」といい,他の発明についても同様の例による。)を引用例とする進歩性に係る判断の誤りがあるか否かが争われた。
 ウ 知的財産高等裁判所は,平成24年12月5日,[1]本件審決には,実施可能要件に係る判断に誤りがあり,その審理を尽くさせる必要がある,[2]本件発明1は,乙7発明により開示されたアトルバスタチンの結晶性形態について,当業者が通常なし得る範囲の試行錯誤によって得ることができるものというべきであるし,当該結晶性形態の作用効果についても,格別顕著なものとまでいうことはできないから,本件発明1は,乙7発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるとして,本件審決を取り消す旨の判決(以下「別件判決」という。)をした。
 エ 原告は,別件判決を不服として上告受理を申し立てたが,最高裁判所は,平成25年8月21日,上告審として受理しない旨の決定をし(同庁平成25年(行ヒ)第149号),別件判決は確定した。

【争点】
本件各特許に係る無効理由の有無
 イ 乙7文献に基づく進歩性欠如の有無
 争点には、文言侵害又は均等侵害の成否なども争われたが、裁判所が判断したのは乙7文献に基づく進歩性のみであるのであるので、これについて述べる。また、特許権2に基づく差止めが本件においては問題となるので、これについて述べる。

【判旨抜粋】
 本件特許1・・・については,本件発明1・・・に進歩性が認められないとして,本件審決を取り消す旨の別件判決が最高裁判所の決定により確定しているところ,これは,本件特許1・・・に関する判断であるから,これと異なる特許である本件特許2・・・について,直ちに無効理由があることになるなどの直接的効果を及ぼすものではない。
 しかしながら,・・・本件特許権2に係る出願は,原出願である本件特許権1に係る出願を分割してされたものである。そして,本件発明2・・・の構成要件に記載されたアトルバスタチン水和物の結晶性形態が,本件発明1・・・の構成要件に記載されたものと全く同一の結晶性形態を表していることは,これらに記載されたX線粉末回折パターンに係る2θ値及び13C核磁気共鳴スペクトルに係る化学シフトの値が小数点以下の数値まで完全に一致していること・・・,本件各明細書に記載された本件発明1・・・及び本件発明2・・・に係る発明の要約ないし要旨が全く同一のものであること・・・からも明らかである。すなわち,両発明は,これらの数値によって特定される結晶性形態のアトルバスタチン水和物に関する発明である点において全く同一であり,前者がそのアトルバスタチン水和物そのものの発明であるのに対し,後者がそのアトルバスタチン水和物に賦形剤等を混合した医薬組成物の発明である点が異なるにすぎない。
 そうすると,分割出願の元となった原出願の本件発明1・・・に係る結晶性形態のアトルバスタチン水和物が進歩性を欠き,本件特許1・・・が無効とされるべきものであるとの判断が確定した以上,これから分割された出願の本件発明2・・・に係るアトルバスタチン水和物も進歩性を欠くことは明らかであるから,これに賦形剤等を混合して医薬組成物とすること自体に進歩性が認められるなど特段の事情のない限り,本件特許2・・・もまた無効とされるべき筋合いであることは当然の事理というべきである。

【解説】
 本件は、アトルバスタチンの結晶形態に関する特許について、特許無効審判の請求がなされ、当該請求が成り立たないと特許庁が判断した審決についての取消訴訟が確定(平成25年(行ヒ)第149号、最高裁判所決定H25・8・21)し、特許庁において再度審判が行われている際に、特許権者である原告が被告に対して当該特許権(本件特許権1)及び当該特許権から分割された特許権(本件特許権2)によって実施の差止めを求めた事案である。
 本件においては、本件特許権1については、別件判決によって無効理由がある旨判断されているが、本件特許権2については、何らの判断もされておらず、この点が問題となった。
 本件においては、裁判所は、「結晶性形態のアトルバスタチン水和物に関する発明である点において全く同一であり,前者がそのアトルバスタチン水和物そのものの発明であるのに対し,後者がそのアトルバスタチン水和物に賦形剤等を混合した医薬組成物の発明である点が異なるにすぎない」と判断し、このため特段の事情のない限りは、親出願である本件特許権1と同じ無効理由があるとして、無効となると判断した。
 その上で裁判所は本件においては特段の事情が認められないとした。
 本件においては、原告の特許権者は、別件判決確定の日から1週間以内に、特許法(平成23年法律第63号による改正前のもの。)134条の3第1項に基づく,本件特許権1の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正請求をするための期間指定の申立てをしなかったとのことである。本件においては、訂正の余地がなかった可能性もあるが、一般的には、本件特許権1については訂正請求を、分割出芽である本件特許権2については、訂正審判の請求を行うべきであろう。
 本件は、裁判所が親出願に係る特許権について無効理由があると判断されて、特許庁の審判に係属中(確定していない。)である場合において、分割出願に係る特許権について当該判断は直ちに無効理由があることになるなどの直接的効果を及ぼすものではないとしながらも、発明が同一であれば、同様に無効理由が存在すると判断しており、実務上、分割、訂正等を行う際に参考になると考えられ、ここに紹介する。

(文責)弁護士 宅間仁志