平成25年10月17日判決(知財高裁 平成24年(ワ)第3276号)
【判旨】  
少なくとも均等第3要件を欠くから、被告製品が、本件特許の均等の範囲にあるということもできない。
【キーワード】
文言侵害、均等侵害、第3要件、角度調整金具、特許法70条、大阪地裁第21民事部判決

【事案の概要】
 本件は、角度調整金具(例えば座椅子のヒンジ部分に使用される金具(下図の部材A))に関する特許権(分割出願が特許権として成立したもの)について専用実施権を有する原告が、被告の製造する製品が原告の特許の技術的範囲に属するとして、特許法100条1項により侵害の停止、予防を求め、同2項により、当該製品及び金型の廃棄を求めるとともに、不法行為(民法709条)に基づき、被告の受けた利益相当の損害(特許法102条2項)及び弁護士費用相当の損害の賠償を求めた事案である。

本件特許の明細書の図1(座椅子)

 本件訴訟の争点は、
(1) 被告製品が、本件特許の構成要件Cを充足するか
(2) 被告製品が、本件特許の構成要件F、G、Iを充足するか
(3) 被告製品が、本件特許の均等侵害となるか。
(4) 本件特許が、原出願に包含されない発明を内容とするものであるかどうか(分割要件違反の有無)
(5) 原告の被った損害額及び差止請求の可否
であるが、裁判所は、争点(1)、(3)、(4)を判断し、原告の請求は棄却されるべきものであるから、その余の争点(争点(2)、(5))の判断はしなかった。

以下、争点(1)、(3)、(4)に関連して本件特許の構成要件Cについて説明する。構成要件Cは、

「さらに、上記第1軸心(C1)を中心側とした場合に上記ギア部(4)の外周歯面より外方側位置に、上記外周歯面との間にくさび形の空間部を形成するくさび面(8)を、上記第1アーム(1)側に於て形成し、」

という内容である。ポイントは、外周歯面との間にくさび形の空間部を形成するくさび面(8)を第1アーム(1)側に形成するという点にある(下図参照)。

本件特許の明細書の図8、図12(b)

 他方、被告製品(イ号物件は4種類あるが基本構造は同一)の構成cは、

「上記第1アーム1 は、平行に配置された2枚の外壁部17、17 を有し、上記第1アーム1 の2枚の外壁部17、17 の内側に上記第2アーム2 の2枚のギア板部45、45 が配設され、両ギア板上方に中本体A(受け部材1b)及び第1アーム1 の2枚の外壁部17、17 の内側でかつギア板部45、45 の中間に中板B(保持板1c)が配置され、上記中本体A の左右方向中央部をなす受圧部A1(受け板部1b)の内側面は、回転軸心C1 を中心側とした場合に上記ギア部4 の外周歯面より外方側位置に、上記ギア部4 の外周歯面との間にくさび形の空間部S を形成し、」

という内容(裁判所が上記内容を認定)である。ポイントは、くさび形の空間部は、中本体Aの受圧部A1の内面側とギア部4の外周歯面との間に形成されているところ、中本体Aが第1アームとは異なる部材となっている点にある(下図参照)。

被告製品の側面図と分解図

 以下の判旨抜粋では、争点(1)、(3)、(4)についての裁判所の判示を紹介する。

【判旨抜粋】
2 争点(1)(被告製品が、構成要件Cを充足するか)について
(1) 出願(分割出願)経過
・・・(中略)・・・
(2) 上記を踏まえた構成要件Cの意義
 上記検討した原出願の内容、本件明細書の記載及び出願経過を参酌すると、原出願は、くさび形窓部を第1アームのケース部に形成することで、くさび効果による押圧力で揺動を抑制する構成が開示され、その分割出願である本件特許発明において「くさび形窓部」が「くさび形空間部」にやや上位概念化されたと認められるから、構成要件Cは、第1アームのケース部自体にくさび形空間部を設けることを意味するものと解すべきであり、このように解する限りにおいて、本件特許の分割出願は適法と認められる(争点(4))。
 原告が主張するように、構成要件Cについて、第1アーム側にくさび形空間部が形成されていればよく、その具体的構成は問わない(あらゆるくさび形の空間部の形成方法が包含される)との意義であるとすると、原出願との関係において新たな技術的事項を導入するものというべきであって、分割出願である本件特許の構成要件Cの解釈として、取り得ないところと言わなければならない。
(3) 被告構成について
 被告構成cについては、前記1(3)のとおりであるところ、第2アーム2 の2枚のギア板部45、45 による部分は、構成要件Cと同じであるものの、くさび形空間部の形成は、平行に配置された2枚の外壁部17、17 の内部に、連結壁A2、A2 を付属させた中本体(受け部材)A と、中板B(保持板1c)によって形成されており、第1アームのケース部自体に形成されるくさび形空間部によってはおらず、これとは異なる技術的手段によりくさび形の空間部を形成したものと認められるから、前記(2)のとおりに解される構成要件Cを充足しないものというべきである。
(4) まとめ
 以上の次第で、被告構成cは、構成要件Cを充足しない。

 3 争点(3)(被告製品が、本件特許の均等侵害となるか)について
(1) 本件特許発明と被告製品の相違点
 上記・・・説示したところによると、本件特許発明と被告製品の相違点は、本件特許発明は、くさび形の空間部を、第1アームのケース部自体に形成して構成しており、その結果、くさび形金具が第1アームから脱落するのを防止するためのカバー(橋絡壁をもって橋絡される左右側壁 (34)(34) )を必要とするのに対し、被告製品は、これを、連結壁A2、A2 を付属させた中本体A と、中板B(保持板1c)によって構成し、かつ同構成によってくさび形金具の脱落防止も達成している点にある。
(2) 上記相違点の評価
 上記相違点は、いずれの構成も、くさび形金具との当接によるくさび作用をもたらし、角度調整金具を多段化、小型化することに資する構成であって、同一の作用効果を発揮するものである(均等第2要件充足)。しかし、くさび作用をもたらすくさび形空間部の具体的構成方法が、発明の本質的部分に関するものでない(均等第1要件関係)かどうかはともかく、本件特許発明が、くさび形空間部を第1アームに設けられたくさび形窓部に形成することに主眼を置いた説明をしているのに対し、被告製品は、その構成から解放され、中本体(受け部材)と中板をもってくさび作用をもたらすくさび形空間部を具体的に形成するという別の技術的構成を採用し、これによって、くさび形金具とくさび面の当接面積が増大する、あるいは、構造材である中本体がくさび形金具の動きを案内し、脱落防止のための部材も別途要しなくなるといった付加的な作用効果も生じているから、このような構成に想到することが、被告製品の製造当初において、当業者にとって容易であったとは認められない(これを明らかにする証拠の提出もない)。この点につき、原告は、単なる部品の組換えであるとして、その想到容易性を主張するが、上記説示に照らし、採用することはできない。
(3) まとめ
 以上の次第で、少なくとも均等第3要件を欠くから、被告製品が、本件特許の均等の範囲にあるということもできない。

 第4 結論
 以上の次第で、被告製品は、本件特許の技術的範囲(均等の範囲を含む)に属しないから、争点(2)(5)を判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(下線は筆者が付した。)

【解説】
 均等論の第3要件は、「右のように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた(置換容易性)」とされている(最高裁平成10年2月24日判決:ボールスプライン事件)。
 ここで「容易に想到することができた」の意義については、裁判例は、

「・・・右③の点が均等認定の要件とされるのは、特許権の効力の及ぶ客観的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定められるべきものであるところ、特許請求の範囲に記載された構成を対象製品が具備しない場合であっても、特許請求の範囲を当業者が技術的知識をもって読めば、対象製品の当該構成を採用しても特許発明と同じ作用効果を奏し、目的を達成することが容易に想到できれば、実質的に、対象製品の対応する構成が、特許請求の範囲に記載されているものと認められるからである。
 したがって、その想到の容易さの程度は、特許法二九条二項所定の、公知の発明に基づいて『容易に発明をすることができた』という場合とは異なり、当業者であれば誰もが、特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さと解すべきである。」

と判示する(東京地裁平成10年10月7日判決(負荷装置システム事件):下線は筆者が付した。)。
 また、学説は、

 「当該特許請求の範囲を当業者が見れば、格別の努力をしなくても当該置換を容易になし得ること、すなわち、対象製品の構成を採用しても、特許発明と同一の作用効果を奏することが、容易に相当できることを意味する。ここで判断の対象とされる当業者は、平均的技術者である。」

とする考え方や(中山信弘「特許法[第2版]」438頁、髙部眞規子「実務詳説 特許関係訴訟[第2版]」171頁)、

 「置換が『容易』であるとはどの程度の容易性をいうか。置換容易性のレベルが高く設定されると、クレームから距離のある同効材も均等範囲に取り込まれ保護範囲は広くなる。一方、このレベルが低いと、均等侵害が成立する範囲は狭くなる。この点に関して大雑把に分けると次の2つの見解がある。
(A)審査基準において発明の同一性の概念とみなされる『単なる慣用手段の付加、転換、削除、単なる材料の変換』等、特許請求の範囲から当業者に自明の範囲(実質的同一の範囲)に限られる・・・。
(B)実質的同一ほど狭くはない(置換自明よりは広い)が進歩性がある置換技術まで均等範囲を広げるべきではない・・・。」

とする考え方がある(中山信弘・小泉直樹編「新・注解 特許法【上巻】」1099~1100頁(著者:岩坪 哲))。

 以上のように、均等侵害の第3要件の「容易想到性」は、当業者(平均的技術者)が特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度の容易さをいうと解され、その範囲は決して広くないと考える。実際に、上記「新・注解 特許法【上巻】」1100頁には、

 「置換容易性を裏付ける証拠はイ号物件等の置換構成を具体的に表すものでなければならず、その一部(クレームの構成要件と対比して表現される部分)のみに関するものでは足りない。」

と記載され、第3要件が満たされるためには、ある程度強い証拠が必要であるとしている。
 本件においては、裁判所は「本件特許発明が、くさび形空間部を第1アームに設けられたくさび形窓部に形成することに主眼を置いた説明をしているのに対し、被告製品は、その構成から解放され、中本体(受け部材)と中板をもってくさび作用をもたらすくさび形空間部を具体的に形成するという別の技術的構成を採用し、これによって、くさび形金具とくさび面の当接面積が増大する、あるいは、構造材である中本体がくさび形金具の動きを案内し、脱落防止のための部材も別途要しなくなるといった付加的な作用効果も生じている」と判示し、被告製品は、本件特許発明の技術的思想の範囲内にはないと判断したものと解釈される。この判示の考え方は、第1要件(異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと)にも通じるものがあると考えられるが、裁判所は、「くさび作用をもたらすくさび形空間部の具体的構成方法が、発明の本質的部分に関するものでない(均等第1要件関係)かどうかはともかく」と判示し、第1要件の判断には立ち入っていない(第3要件で均等論の適用を排除した方がより分かりやすいと裁判所は判断したと推測される。)。
 原告は「単なる部品の組換えであるとして、その想到容易性を主張」したが、証拠が十分でなかったためか、当該主張は排斥されている。上記「新・注解 特許法【上巻】」1100頁での岩坪先生の指摘も考慮しつつ、裁判において提出すべき証拠の内容の選別の重要性について改めて考えさせられる。
 本件は、第3要件の判断のみで均等論の適用を排除するものであって比較的珍しく、また第3要件の「容易想到性」の事例を考える上で参考になると考え、紹介する次第である。

(文責)弁護士 柳下彰彦