【東京地裁平成30年11月15日(平成29年(ワ)第22922号)】

【ポイント】
出版権侵害の有無の判断する上で,被告出版物は原告出版物に依拠しかか否かが争点になったが,依拠性を認めなかった裁判例

【キーワード】
著作権法80条,著作権112条
出版権,複製,頒布,依拠

事案

 本件は,原告(出版社)が,ミネソタ多面的人格目録(MMPI)の日本語翻訳版につき出版権を有したところ,被告(出版社)による出版物の出版及び頒布が同出版権を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条1項及び2項に基づき,同書籍等の複製及び頒布の差止め,同書籍等及びその印刷用原版の廃棄を求める事案である。主な時系列は次のとおりである。

 昭和14年 アメリカの心理学者等がミネソタ多面的人格目録(MMPI)考案
 昭和44年 原告が「旧三京房版」(MMPIの質問票の日本語翻訳が掲載)を刊行 
 昭和63年 BらがMMPIの質問票の日本語訳(「Bら新訳」)を完成
 平成4年  Bら新訳が掲載された書籍が出版
 平成5年  原告が「新日本版」(MMPIの質問票の日本語翻訳が掲載)を刊行
 平成29年 被告が「本件出版物」(「Bら新訳」とほぼ同様の日本語訳が掲載)を刊行

 争点として,被告の出版物(「本件出版物」)が原告の出版物(「旧三京房版」,「新日本版」)を依拠したか否かが問題(本件争点)となった。なお,下記判旨のとおり,被告の出版物(「本件出版物」)には,「Bら新訳」とほぼ同様の日本語訳が掲載されており,その「Bら新訳」は昭和63年に完成したと事実認定されている。

本件争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線,改行及び注は筆者)

 ⑶ 以上の事実によれば,Bらは,昭和62年11月7日から昭和63年6月までに間にBら新訳を完成させ,これを前提として,学会での発表を行うと共に標準化作業を進め,平成4年3月25日にBら新訳を掲載した書籍を出版したと認められる。前記前提事実⑵エのとおり,新日本版【注:原告の出版物】は平成5年10月1日に出版されたものであるから,Bらが,Bら新訳を作成した昭和62年から昭和63年当時,新日本版に接し,これを用いてBら新訳を作成することは不可能であったといえる
 これに対し,原告は,昭和63年には既に新日本版の第一段階の質問票は完成しており,Bらがこれを参照した可能性がある旨主張するが,MMPI新日本版研究会が旧三共房版の改訂作業を引き受けたのは平成2年であり,同研究会が「MMPI原版を最も適切と思われる日本語に移」す作業を行ったこと(前記⑵ケ)からすれば,昭和63年の段階で新日本版の質問票の質問と同内容の翻訳が完成していたと認めることは困難であるし,また同翻訳が公表され,Bら一般の研究者が参照し得たと認めるに足りる証拠もない
 そして,本件出版物の質問票の質問は,Bら新訳の質問92が「看護婦になりたいと思います。」から「看護師になりたいと思います。」へと変更された以外は,Bら新訳の質問と同一であるから(甲4の1,乙10,前記⑵ク),本件出版物【注:被告の出版物】の質問票の質問が,新日本版【注:原告の出版物】の質問票の質問に依拠して作成されたと認めることはできない。なお,本件出版物の質問票の質問と新日本版の質問票の質問は,その内容においてほぼ重なるが,これらはいずれもMMPIを翻訳したものでその内容が共通することは当然であり,その重なりによって,本件出版物の質問票が新日本版の質問票に依拠して作成されたと認めることはできない。
 したがって,本件出版物は新日本版を複製したものであるとは認められず,原告主張の出版権侵害は理由がない

原告は,原告が旧三京房版の出版権を有するとも主張するため,本件出版物の質問票が,旧三京房版の質問票を複製したものであるか否かについても検討する。本件出版物の質問票の質問は,その内容において,旧三京房版の質問票の質問と重なるものもあるが(甲3,乙6,10),これらもいずれもMMPIを翻訳したものであるから,このことをもって直ちに本件出版物の質問票が旧三京房版の質問票に依拠してこれを再製したものとはいえない。前記⑵で認定したとおり,Bらは,旧三京房版における質問の翻訳に疑問を持ち,独自にMMPIの英文の翻訳等を行ってBら新訳を完成させたものと認められること,上記各質問票の質問の日本語の表現は同じ英文に対応するものとしてはいずれも相当に違うこと(甲3,乙6,10)などから,本件出版物の質問票の質問が旧三京房版の質問票の質問を複製したものであると認めることはできず,その他,本件出版物が旧三京房版を複製したことを認めるに足りる証拠はない。したがって,本件出版物が旧三京房版を複製したものであるとは認められない

検討

 本件は,被告の出版物が原告の出版物を複製したものであるかの判断において,被告の出版物が原告の出版物を依拠したか否かが争点となった事案である。
 前提として,「著作物の複製とは,既存の著作物に依拠し,その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再生することをいうと解すべき」(最高裁昭和53年9月7日【ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件】)とされており,複製が認められるためには,既存の著作物への依拠が要件となる。
 ここで,依拠については,①被告が原告著作物の表現内容を知っていたか,②原告著作物と被告作品の同一性の程度,③被告の創作過程等の判断要素(間接事実)により判断される。つまり,①被告が原告著作物の表現内容を知っていれば,依拠が肯定される方向に働く。また,②原告著作物と被告作品の同一性が高い程,依拠が肯定される方向に働き,他方で,その同一性が低い程,依拠が否定される方向に働く。そして,③被告の創作過程については,例えば,原告著作物の完成と被告作品の完成の時系列等から,被告が原告著作物に接する機会がなければ,依拠が否定される方向に働く。
 本件においても,これらの判断要素により,依拠について判断している。まず,判旨の上記「⑶」においては,本件出版物(被告出版物)が新日本版(原告出版物①)に依拠したか否かを判断している。ここでは,上記判断要素の③被告の創作過程(時系列)を検討し,被告出版物の質問票は昭和63年に完成していたから,その後(平成5年)に出版された原告出版物①の質問票を物理的時間的に依拠できるわけがない旨を判断して,被告出版物が原告出版物①を依拠したということを認めなかった。
 また,判旨の上記「⑷」においては,本件出版物(被告出版物)が旧三京房版(原告出版物②)に依拠したか否かを判断している。ここでは,上記判断要素の②原告著作物と被告作品の同一性の程度,③被告の創作過程を検討している。まず,②原告著作物と被告作品の同一性の程度については,原告出版物の質問表と被告出版物の質問票が相当程度異なっていると判断している(「上記各質問票の質問の日本語の表現は同じ英文に対応するものとしてはいずれも相当に違う」)。次に,③被告の創作過程については,原告出版物②の質問票の翻訳に疑問を持ち,独自に翻訳を完成させたと判断している(「Bらは,旧三京房版における質問の翻訳に疑問を持ち,独自にMMPIの英文の翻訳等を行ってBら新訳を完成させた」)。そして,これらの判断要素より,両出版物の質問票は相当に異なっていることや被告の創作過程(創作の動機)を勘案して,被告出版物が原告出版物②を複製していない旨を判旨した。
 このように,依拠性が争点になった場合には,①被告が原告著作物の表現内容を知っていたか,②原告著作物と被告作品の同一性の程度,③被告の創作過程等を検討することが得策である。

以上
(筆者)弁護士 山崎臨在