【東京地判平成30年12月14日平成30年(ワ)第5002号】

【キーワード】
商標の類否、商標的使用

【判旨】
 原告商標と被告各標章は、それぞれその一部を抽出するのではなく、全体を比較することが相当であるが、この場合、称呼、観念及び外観のいずれも相違し、取引の実情に関する原告の主張も理由がない。また、被告各標章は、被告らの提供している資格取得コースの名称として記述・説明されているにとどまり、その使用は商標的使用に該当しない。

第1.事案の概要

1.はじめに
 本件は,第1の2に記載の商標(以下「原告商標」)の商標権を有する原告が,被告1がそのウェブサイトに第1の3に記載の標章(以下「被告標章1」)を付し,被告2がそのウェブサイトに第1の3に記載の標章(以下「被告標章2」)を付していることが原告の商標権を侵害すると主張し,被告らに対し,商標法36条1項に基づき上記各標章の使用の差止め,同条2項に基づきウェブサイトから同標章の削除を求めるとともに,損害賠償金等の支払を求める事案です。

2.原告商標
 原告は、次の商標の商標権者です。

項目 内容
商標登録 第5840729号
出願日 平成27年11月18日
登録日 平成28年4月15日
商標
商品及び役務の区分 第41類
指定役務 ストレッチ運動及び,体操の教授

3.被告標章(それぞれ、赤枠部分)

被告標章1

 被告標章2

(裁判所のホームページより引用)

4.本件の争点
 本件の主な争点は、次のとおりです。
①原告商標と被告各標章の類否
②商標的使用の該当性

第2.判旨(-請求棄却-)

1.争点1(原告商標と被告各標章の類否)
「商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用され た場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(…)。
 そして,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出し,この部分のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されないが,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対して商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものということができる(…)。」
「原告商標と被告各標章は,その一部を抽出するのではなく,全体を比較することが相当であると認められるところ,原告商標の称呼は「すとれっちとれーなー」及び「きんしんちょうせじゅつしゃ」であるのに対し,被告標章1は「ぱーそなるすとれっちとれーなー」,被告標章2は「すとれっちとれーなー」であり,称呼は一致していない。また,原告商標は「ストレッチトレーナー」から「ストレッチの指導員」,「【筋伸張施術者】」から「「筋の伸張を施術する者」といった複数の観念が生じるのに対し,被告商標1は「個人的なストレッチの指導員」,被告標章2は「ストレッチの指導員」といった観念が生じ,観念も一致していない。そして,原告商標は結合商標であって,3段組になった文字に加えて全体を四角枠で囲われているのに対し,被告商標1及び2はゴシック体の文字のみであって,外観は異なっている。以上のとおり,原告商標と被告各標章とは,その外観,称呼及び観念において相違しており,取引の実情に関する原告の主張も前記判示のとおり理由がないので,原告商標と被告各標章はいずれも類似しているということはできない。」

2.争点2(商標的使用の該当性)
「被告らのウェブサイトにおける被告各標章は,需要者が何人かの業務に係る役務であることを認識することができる態様により使用されているということはできないので,商標的使用に該当せず,原告商標権の効力は及ばない(商標法26条1項6号)との被告らの主張についても検討する。」
「被告商標1は,被告」2「の提供している資格取得コースの名称として記述・説明されているにとどまることは明らかであり,自らの提供する役務を他の役務と識別し,又はその出所を表示する機能を有する態様で使用されていると認めることはできない。」
「被告標章2の上記記載方法及び内容によれば,同標章は,被告」2「の提供している資格取得コースの名称として記述・説明されているにとどまることは明らかであり,自らの提供する役務を他の役務と識別し,又はその出所を表示する機能を有する態様で使用されていると認めることはできない。」

第3.検討

1.結合商標の類否
(1)一部抽出の可否
 結合商標の類否判定の方法については、最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁(リラ宝塚事件)、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁(SEIKO EYE事件)及び最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁(つつみのおひなっこや事件)といった判例が存在します。
 本事案では、これらの判例の判断枠組みに従った上で、原告商標及び被告各標章のいずれも、その一部を抽出するのではなく、全体を比較するのが相当であると判断しています。
 その理由として、原告商標については、原告商標の下段の「筋伸張施術者」という語は、造語であり、ストレッチの指導をする者又はそのような職種を意味する用語として一般的に使用されているとはいえないこと等から、取引者・需要者に対し,上段の「StretchTrainer」又は中段の「ストレッチトレーナー」との部分と同等又はそれ以上の強い印象を与えるものと認められるという点を挙げています。
 また、被告標章1については、「パーソナル」という語と「ストレッチトレーナー」という語は,いずれも一般的に使用される用語であり,いずれかが取引者・需要者に強く支配的な印象を与えるものではないので,被告標章1から「ストレッチトレーナー」という部分のみを抽出し,これを同標章の要部であるということはできないことを理由として挙げています。

(2)類否判断
 以上を前提とした上で、裁判所は、上記第2の1で引用した理由により、原告商標と被告各標章は類似しないと判断しています。

2.商標的使用
(1)商標的使用に関する考え方
 商標法26条は商標権の効力が及ばない商標について規定しており、同条1項6号は、「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標」と規定しています。
 同号の趣旨は、以下のとおりです。第三者が登録商標と同一又は類似する商標を、指定商品又は指定役務と同一又は類似する商品又は役務に使用する行為は、原則として、商標権侵害を構成します。しかし、商標法が保護しようとする登録商標の本質は、商品又は役務の出所表示機能あるいは出所識別機能にあります。換言すれば、登録商標について、第三者が形式的には商標法2条3項各号に該当する行為を行ったとしても、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることが認識可能な態様で使用されていない場合には、上記登録商標の本質は、何ら侵害されていないと言えます。この場合、商標権侵害を構成するとすべき実質的理由を欠きます。

(2)裁判所の判断
 本件では、裁判所は、被告各標章の記載方法や内容を具体的に検討した上で、商標的使用には当たらないと判断しています。

以上
(文責)弁護士 永島太郎