【東京地裁平成30年4月27日(平成29年(ワ)第9779号)】

【判旨】
 外観は横書きの「白砂青松」という標準文字からなる原告商標権を有する原告が、被告が原告商標と類似する被告標章を付して日本酒を販売していること等が原告の商標権を侵害すると主張し、被告に対し、「白砂青松」の標章を付した商品の販売等の差止めを求めるとともに、同標章を付した同商品の宣伝用ポスター、チラシ、パンフレット、包装等の廃棄及びウェブサイトから同標章の削除を求めた事案。裁判所は,被告の非類似の主張及び先使用権の抗弁を共に退けた上で,原告の請求を全て認めた。

【キーワード】
商標の類似,先使用権

1 事案の概要及び争点

(1)事案の概要
 原告は,茨城県内にて酒類の製造・販売等を業とする商人であり,被告は,同じく茨城県内にて酒類の製造・販売等を業とする株式会社である。
 原告は,「白砂青松」という標準文字からなる商標権を有していたところ,被告が「白砂青松」の文字を含む下記商標を商品(日本酒)に付して販売していたことから,被告に対し,商標法36条1項に基づき「白砂青松」の標章を付した商品の販売等の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき同標章を付した同商品の宣伝用ポスター,チラシ,パンフレット,包装等の廃棄及びウェブサイト目録記載のウェブサイトから同標章の削除を求めた。なお,原告の登録商標では,酒類が指定商品に含まれている。

※被告標章の態様

ラベル① ラベル②

(2)争点
 本件の争点は,下記のとおりである。
① 原告商標と被告標章の類否
② 先使用権の有無
③ 権利濫用の抗弁の成否
 本稿では,①②について採り上げる。

2 裁判所の判断

(1)原告商標と被告標章の類否
 原告は,原告商標と被告標章が,外観において類似し,称呼(ハクサセーショー),観念(白い砂と青々とした松)について同一であると主張したのに対し,被告は,被告標章が「大観」及び「白砂青松」の文字部分と,横山大観の色彩付き日本画とが結合した結合標章であるなどとして,外観・称呼・観念のいずれにおいても類似しないと主張した。また,被告は,取引の実情について,原告商品と被告商品とは販路・価格・味(熟成度)の点などにおいて異なり,これらを考慮すれば両商標は類似しないと主張した。
 上記の点に関し,裁判所は,結合商標の類否判断における判例の基準を示した上で,被告製品の外箱には絵柄が付されていないこと等から,自他商品の識別標識としての機能を有するのは文字部分であると認定し,更に「白砂青松」と「大観」の字体や大きさの違いに鑑みれば,需要者に対して強く支配的な印象を与えるのは「白砂青松」の文字部分であるなどとして,両商標は外観・称呼・観念において類似すると結論付けた(下記参照)。

※裁判例より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)

(1) 商標の類否の判断基準
 商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁判所昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁判所平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
 この点に関し,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対して商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものということができる(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。

(2)  原告商標と被告標章の対比
ア 原告商標
 原告商標は,別紙商標目録記載のとおり,「白砂青松」の標準文字から成り,「ハクサセイショウ」との称呼が生じる。「白砂青松」は,「白い砂浜と青い松」といった観念が生じるものと認められる。
イ 被告標章
 前記認定のとおり,被告商品に貼付されたラベルには,その中央上方に「白砂青松」の各文字が,上部左側に「大観」の各文字が配されているが,「白砂青松」と「大観」は同じ毛筆体でも異なる字体であり,文字の大きさは明らかに「白砂青松」の各文字の方が大きく,文字間の間隔についても「白砂青松」の文字の方が広い。そして,同ラベルの下方には横山大観の日本画の絵柄が付されている。
 上記ラベルの下部に配された絵柄については,被告製品を収める外箱には付されておらず(乙11,41),被告商品の商品名も「大観 白砂青松」として販売されていること(乙3~7)に照らすと,商品に貼付されたラベルのデザインというべきものであり,自他識別標識としての機能を有するものではないというべきである。また,同絵柄が上記各文字部分と一体となって被告商品の出所を示すものとして需要者に認識されていたことをうかがわせる証拠もない。そうすると,上記ラベルのうち,被告標章として自他商品の識別標識としての機能を有するのは「大観」及び「白砂青松」の各文字部分であると認められる。
ウ 対比
 そこで,原告商標と,被告標章として自他商品の識別標識としての機能を有する「大観」及び「白砂青松」の各文字部分を対比する。
 前記のとおり,被告商品に貼付されたラベルにおいて,「白砂青松」と「大観」の各文字部分は,文字の大きさ,字体などが異なり,視覚上,両部分は一体不可分のものではなく,分離して看取することができる。そして,「白砂青松」と「大観」の各文字部分を比較すると,「白砂青松」を構成する各文字の方が大きく,中央に記載されており,各文字間の間隔も「白砂青松」の方が広いことは明らかである。
 また,被告商品を納める外箱においても,「白砂青松」と「大観」の各文字部分は容易に分離して看取することができ,「白砂青松」を構成する各文字の方が相当程度大きく,中央に記載されており,各文字間の間隔も「白砂青松」の方が広い。
 そうすると,被告標章において,需要者に対して商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるのは,「白砂青松」の文字部分であるということができる。
 そこで,原告商標と被告標章の「白砂青松」との文字部分を対比すると,いずれもその称呼は「ハクサセイショウ」であり,「白い砂と青い松」との観念が生じる。また,その文字の字体は異なるが,構成される文字は同一であることから,その外観も類似する。

 また,裁判所は,取引の実情についても,販売地域が共通していること等から,被告標章を被告商品に付した場合には誤認混同の生ずるおそれがあると判示した。

エ 取引の実情
 被告は,原告商品と被告商品とは,販売地域,販売価格,日本酒としての味,熟成度等が相違することから,需要者が商品の出所を誤認混同するおそれはないと主張する。
 しかし,前記認定事実のとおり,原告商品と被告商品は,いずれも日本酒であり,その販売地域が主として茨城県内であることで共通しており,両商品の販売価格や日本酒としての味等の差違をもって,商品の出所についての需要者等の認識に大きな影響を及ぼすものとみることはできない。
 そうすると,被告標章を被告商品に付した場合には,その出所について需要者等に誤認混同が生じるおそれがあるというべきである。

 また,被告は,「○○鬼ごろし」のように,頭冠部を異にすることで非類似と判断された登録商標が存在することを主張したが,かかる主張も受け入れられず,被告標章の使用は原告商標権を侵害するものであるとされた。

オ 被告の主張について
 被告は,清酒においては「○○鬼ごろし」のように,共通した部分があっても頭冠部を異にすることにより非類似の商標として登録されるのが通例であり,被告標章についても同様に考えるべきであると主張する。
 しかし,商標の類否判断は,当該商標の外観,観念,称呼,取引の実情に照らして個別的に判断されるべきものであり,清酒に関する過去の登録例は上記判断を左右するものではない。
カ 小括
 以上によれば,原告商標と被告標章は類似しているものと認められ,被告が被告標章を付して被告商品を製造販売する行為は原告商標の商標権を侵害するということができる。

(2)先使用権の有無
 被告は,平成11年10月から被告標章を付して被告商品を製造,販売しており,新聞や雑誌にも取り上げられるなどしていたことから,被告標章は原告商標の登録出願時に周知であったと主張した。しかし,裁判所は,本件における被告商品の販売本数や新聞・雑誌への掲載回数では,被告標章が出願時に周知であったと認めることはできないと判示した。

3 争点(2)(先使用権の有無)について
 被告は,原告商標の登録出願時において,被告標章は被告の商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたのであるから,被告は被告標章について先使用権を有すると主張する。
(1) しかし,被告商品の販売数については,上記1(2)アのとおり,取引記録の残っている平成22年10月1日から平成27年9月30日までの5年間で720ミリリットル瓶について年間平均1580本,1.8リットル瓶について829本であると認められ,原告商標の登録出願時の販売数もほぼ同様であったと推認することが相当である。同販売数は,被告標章が需要者の間で周知であったと認めるに足りるに十分なものということはできない。
 また,原告登録の出願時の販売地域は主として茨城県内であったと認められるのであり,同時点において茨城県及びその周辺地域においてその市場占有率が特に高かったという事情や同地域の飲食店等の多くで被告商品が提供されていたことをうかがわせる証拠も存在しない。
 さらに,被告は,その取引先に対して取引実績に関する照会をしているが(乙39),証拠として提出されたその回答(乙42~51)は10件にとどまり,その中には被告商品の購入がない又は購入数が確認できないとするものも少なからず含まれるのであり,同回答は,被告標章が原告商標の登録出願時に周知であったことを裏付けるに足りるものではない。
 なお,被告は,平成11年から平成18年までの間の被告商品の販売数について注文したラベルや木箱の数値に基づいて主張するが,ラベルや木箱は不足分がないようにあらかじめ一定数を注文するものであって,その仕入数は実際の販売数を示すものではない。また,仮に,被告の主張するような販売数が認められるにしても,被告標章が需要者の間で周知であったと認めるに足りるに十分なものということはできない。

(2) 被告は,新聞や雑誌に被告商品が紹介されたことなどをもって,被告標章は原告商標の登録出願時に周知であったと主張する。
 しかし,被告商品の販売開始(平成11年10月)から原告商標の登録出願時(平成18年4月)までの間に被告商品が新聞,雑誌等で取り上げられたのは合計4回にすぎず,これをもって,原告商標の登録出願時において被告標章が周知であったと認めることはできない(なお,被告商品が日本を代表する商材500の一つに選定されたのは原告商標の出願後である。)。
 また,被告は,そのホームページ上に被告商品を掲載し,広報を行ったとも主張するが,前記のとおり,被告がホームページを開設した時期を客観的に示す証拠はなく,仮に,その開始時期が原告商標の登録出願前であったとしても,ホームページ上に商品を掲載したことから直ちに被告標章が同時点において周知であったと認めることはできない。

(3)  以上によれば,被告標章は,原告商標の登録出願時において,茨城県及びその周辺地域の需要者の間で広く知られていたということはできない。したがって,先使用権が認められるためには一定地域内で広く知られていれば足りるとの被告の主張を前提としても,被告が先使用権を有すると認めることはできない。

3 検討

 まず,商標の類否について,被告標章のような結合商標では,「分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合」には一体的に対比されるものの,本件のように「白砂青松」部分と「大観」部分の字体や大きさが異なる場合には,その一部である「白砂青松」のみを抽出して対比されることも許される。被告としては,「大観白砂青松」の6文字が一体的にまとまりよく表示されたデザインを採用するか,外箱を含め常に絵柄と一体で使用するようにしていれば,原告商標との関係において非類似と判断されたかもしれない。
 先使用権については,年間平均1580本というそれなりの販売本数が認定されたにも関わらず,その成立が否定されており,やや被告にとって厳しい認定であったようにも思われる。この点は,取引先への照会に係る証拠が必ずしも肯定的に評価されていなかったり,ホームページの開設時期が立証できていないなど,やや立証に不十分な点があったことが伺われ,もう少し周知性の根拠となる証拠類が充実していれば,結論が変わった可能性もあるのではないかと思われる。
 被告としては,原告の商標登録出願以前から被告標章を付した商品を販売していたのであるから,当該標章について商標登録出願を行っておけば,今回の事態を避けられた可能性が高い。商標登録のコストは1区分であればそれほど高いものではないので,少なくとも自社の主力商品については早急に商標登録を取得しておくべきであろう。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸