【東京地方裁判所平成30年9月27日平成28年(ワ)第26919号及び第39345号】

【キーワード】
不正競争防止法2条6項、秘密管理性

【判旨】
 原告の本件ノウハウは、「秘密として管理されている」(不競法2条6項)とはいえなから、営業秘密に該当するということはできない。

第1.事案の概要

1.はじめに
 本件は、原告が経営するまつ毛サロンで勤務していた被告A及びB(以下、AとBを「被告ら」と総称します。)が、原告退職後に勤務しているまつ毛サロンで、原告から示された営業秘密(ノウハウ)を、不正に利益を得る目的で使用又は開示していることを理由として、原告が、被告らに対し、不正競争防止法(以下「不競法」といいます。)2条1項7号及び同法3条1項に基づき上記ノウハウの使用又は開示の差止めを求めるとともに、不競法2条1項7号及び同法4条に基づき損害賠償金等の支払を求める事案です。

2.争点
 本件の主な争点は、原告が営業秘密(不競法2条6項)に該当すると主張するノウハウ(以下「本件ノウハウ」といいます。)が「秘密として管理されている」(同項)という要件を充足するか否かです。
 なお、本件ノウハウの具体的な内容は公開されておりませんが、判旨では、原告で施術されるまつ毛パーマ、まつ毛エクステンション及びアイブロウの技術に関する情報とされています。

第2.判旨(-請求棄却-)

 「本件ノウハウについて、原告において秘密として管理するための合理的な措置が講じられていたとは直ちには認められない。また、まつ毛パーマ等に関する技術については一般的なものも含めて様々なものがあることも考慮すると、上記のような状況下で、被告らにおいて、本件ノウハウについて、秘密として管理されていることを認識することができたとは認められない。そうすると、本件ノウハウは、「秘密として管理されている」(不競法2条6項)とはいえないから、その余の要件について判断するまでもなく、営業秘密には該当するということはできない。以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求にはいずれも理由がない。」

第3.説明

1.はじめに
 本件では、原告が本件ノウハウは営業秘密に該当すると主張し、これを根拠として、被告らに差止請求及び損害賠償請求を行ってします。以下では、この営業秘密の要件の一つである秘密管理性について説明した上で、本件では、どのような事実が重視されてこの要件の充足性が否定されたのか等について確認したいと思います。

2.営業秘密
(1)不競法2条6項の内容
 不競法2条6項は、営業秘密について、次のように規定しています。
 「この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。」すなわち、営業秘密とは、①秘密管理性、②有用性及び③非公知性の三要件を充足する情報をいいます。

(2)秘密管理性
 秘密管理性の要件の趣旨は、事業者が秘密として管理しようとしている対象(情報の範囲)が従業員や取引先に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保することにあるとされています。
 係る趣旨からしますと、秘密管理性の要件を充足するためには、営業秘密を保有する事業者が当該情報を秘密であると単に認識しているだけでは十分とは言えません。当該事業者の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、保有者が実施する具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要があります1

3.本件において重視された事実関係等
 本件では、秘密管理性の要件の充足性に関して、次のような事実が考慮されています。
① 原告の就業規則や退職時誓約書には秘密保持の定めが存在したが、具体的にどのような情報が秘密保持の対象になるのかが明らかではなかった。
② 原告では本件ノウハウが対象とする技術が蓄積され、従業員に幅広くトレーニング等で伝えられていたが、本件ノウハウが秘密であることを示す文書は存在せず、従業員が特定の情報を示されてそれが秘密であると告げられたこともなかった。
③ 本件ノウハウについて網羅的に記載された書面は存在せず、従業員もそれが秘密であると告げられていなかった。
④ 原告の前代表者が、本件ノウハウが対象とする技術の一部を自らのブログで公開し、さらに、同ブログに記載された情報以外についても個別に指導を受けることが可能であるかのような記載をしたり、第三者を対象としたスクールを開催していた。
⑤ 原告では、技術等を分類して従業員に対するトレーニングを実施していたが、実際には異なる技術が指導されたり、使用されたりすることがあった。

 以上の①から⑤の各事実からは、営業秘密として情報を管理するために特に注意すべき事項として、次の3点を指摘することができます。
 まず、営業秘密として取り扱いたい情報を文書等に記載する等により、当該情報を具体的に特定した上で、それが秘密であることを示す必要があります(上記①②③及び⑤)。また、就業規則や退職時誓約書の秘密保持条項では、秘密を保持しなければならないとの抽象的な記載では不十分であり、秘密保持の対象を具体的に記載する必要があります(上記①)。さらに、自ら秘密管理性を否定するような行動は避ける必要があります(上記④)。

以上
(文責)弁護士 永島太郎


1 「逐条解説 不正競争防止法‐平成27年改正版‐」経済産業省 知的財産政策室編41 頁