【平成30年9月6日(知財高裁 平成29年(行ケ)第10219号、平成29年(行ケ)第10221号)】

1 事案の概要(説明のため事案を簡略化している)

 本件は、原告(無効審判請求人)が、特許第445566号(発明の名称「ユーザー認証方法及び認証システム」、以下「本件特許」という。)に対する無効審判を請求したところ、特許庁は本件特許の請求項1~9について、①請求項1~7の発明を甲1発明と同一であるとして特許法29条の2に違反しているとして無効とし、②請求項8~9は甲1と同一であるとはいえないとして特許を無効とすることができないと、原告が②に対して、被告(特許権者)が②に対して、審決の取消しを求めた事案である。
 この点、被告は、審判段階で、甲1発明(願書に記載された発明者はQ)は、実際にはP(本件特許の願書に記載された発明者)が「単独で」発明したものであるから、特許法29条の2の適用を受けない旨主張し、「甲1発明の発明者が誰か」が争点となっていた。特許庁は、この被告主張を受け入れなかったが、同主張は審決取消訴訟においても争点とされた。 

2 本件の争点

 本件の争点は、発明の同一性の認定の誤り等複数あるが、本稿では上記で言及した「甲1発明の発明者は誰か」、すなわち「発明者の同一性」について検討する。
 本件特許は、ユーザーの操作性に関わる内容であるから、ビジネスモデル関連発明に近いものといえる。
 このような発明において、被告は、

本件発明はいわゆるソフトウェアの技術分野に属するところ、このような分野においては、課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され、技術に関する思想として概念化されたものが着想として把握されることも少なくなく、また、新しい着想を具体化することが、当業者にとってみれば自明のことである場合は、着想者のみ・・が発明者と認められ、これを単に具体化した者は発明者たり得ないというべきである。

 と一般論を述べた。

3 争点に対する裁判所の判断

 裁判所は、まず、特許法29条の2の適用において先願の発明者が願書の記載と異なるかどうかは、「異なる主張を行う被告において、甲1発明の真の発明者が後願である本件発明の発明者と同じPであるという点について具体的に主張立証を行う必要があるというべきである。」とした。
 その上で、以下のように判示し、甲1発明の発明者がPのみであることを認定できないとして、被告(特許権者)の主張は認められないとした(下線部及び傍点は執筆者が付した。)。

 この点、甲1発明の従来技術に対する課題は、携帯電話機のように画面が小さく、入力方法に制限があっても、簡単にパスワード導出パターンを登録できるようにすることにあり、同発明の特徴的部分は、主として、①携帯電話(iモード)の限られた画面で操作できるように、マトリックスを4×16から4×12とした点、②マトリックス表の個々の升目に表示される数字を1桁とした点、及び③1回の入力ではワンタイムパスワードを確定できないことから、2回の入力により、ユーザが選択したランダムパスワードの複数の位置情報を確定するものとした点にあると認められるところ…、B社のRの陳述書…によれば、少なくとも、上記①及び②の点に関しては、同人の積極的な関与(具体的な提案等)が認められるというべきであるし、上記③の点に関しても、同陳述書に「私の方からパスワード導出パターンについて数字の入力を2回繰り返すことで登録することが可能か、S社に打診した」とあることからすると、やはり同人の関与がうかがわれる(少なくとも、これらの関与が事実に反するとして完全に否定できるだけの証拠はない。)。  また、甲1発明は、そもそも、N社のサービスであるモバイルコネクトサービスのユーザ認証システムの開発プロジェクトにおいて着想及び具体化されたものであるところ、同社のQにおいて、携帯電話(iモード)の画面でも一見してパスワードの位置が記憶しやすいものとする、簡単で分かりやすい操作で登録できるようにするとの要件定義をし、これが同社のプロジェクトチームのメンバーからB社及びセキュア社(被告)に対して提示された上で、個々の検討が進められていたものと認められる…。  以上によれば、甲1発明に関しては、N社のQによる上記要件定義の下、B社のRや被告のPを含む上記プロジェクトチームのメンバーが互いに知恵を出し合い、協力し合って開発に当たっていたことが容易に推察できる一方で、同発明がPの単独発明であること(上記①ないし③の提案等、着想及び具体化・・・を行ったのが同人のみであって、プロジェクトチームの他のメンバーが実質的に関与していないこと)を認めるに足りる的確な証拠(客観的かつ具体的な証拠)は存在しない。  したがって、甲1発明の発明者がPである(甲1発明の着想及び具体化・・・を行ったのがPのみである)と認めるには足りないというべきであり、これと同旨をいう審決の認定判断に誤りがあるものとは認められない。

4 若干のコメント

 特許法上の発明者とは、一般的に、「当該発明について、その具体的な技術手段を完成させた者を指す」(中山信弘『特許法(第4版)』45頁(弘文堂、2019年))といわれている。発明者の認定については、技術分野によっても具体的な認定アプローチは異なってくると言われている(例えば、東京地裁平成18年1月31日(平成17年(ワ)第2538号)は、化学分野の発明者の認定に関し、一般論として「化学関連の分野についての発明においては,一般的に,着想を具体化した結果を事前に予測することが容易とはいえないため,着想がそのまま当業者が実施可能な発明の成立に結び付くものとはいえず,実験を繰り返してその有用性を確認し,有用性のある範囲のものを確認することによって技術的思想が完成する場合がある。したがって,このような場合には,着想を示したのみでは,技術的思想の創作行為に現実に加担したとはいえないから,着想を示した者をもって真の発明者ということはできない。」と判示する。)。

 ビジネス関連発明(ビジネスモデルに関連する発明)とは、「ビジネス方法がICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)を利用して実現された発明」と説明される(特許庁ウェブサイト:https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/sesaku/biz_pat.html)。例えば、アプリの新しい機能について着想を得た場合、その着想自体がある一定の効果(ユーザービリティ―)をもたらしており、その機能自体のソフトウェア的な実現はそれほど困難ではないと考えられるときには、当該機能の着想者が発明者と認定されるケースも多いものと考えられる。そして、ケースによっては、着想の具体化作業がほぼ機械的な作業にすぎない場合もあり、そのような場合には着想者のみが発明者となり得ることも考えられる。

  本件において、被告は、「新しい着想を具体化することが、当業者にとってみれば自明のことである場合は、着想者のみが発明者と認められ、これを単に具体化した者は発明者たり得ないというべきである。」と主張した。ここでいう「自明」というのが、どのような範囲のものを指すのかは不明であるが、被告主張に従うと、かなり数のビジネス関連発明において発明者が着想者のみとなり、それを実現するためのソフトウェア開発に携わった者は発明者ではないと判断されることになりそうである。

  いずれにしても、被告は、このような観点から、甲1発明の発明者は着想者であるPのみであり、Pの着想を具体化した作業に関わった者は発明者ではないという主張を展開したものと思われる。

  この点、裁判所は、ビジネス関連発明における発明者の認定基準に関して一般論を述べることはしないものの、随所に甲1発明の「着想及び具体化・・・」に関わった者が同発明の発明者であることを前提とした判示を行っている。すなわち、裁判所は、甲1発明における発明者の認定に関して、着想者のみが発明者であって具体化に携わった者は発明者ではないとの立場を採用していないことが推察される。敷衍すると、ビジネス関連発明というだけで、直ちに着想者のみが発明者となり、具体化に携わった者が発明者から除外されるということにはならないことを意味している。この点、要件定義を行う行為について、着想の具体化行為の一環として捉えていることは参考になろう。

  本件は発明者の認定に関して画期的な判断を示したというものではないと考えられるが、ビジネス関連発明の発明者を検討するに当たっては、一つの参考事例となると思われる。

以上

弁護士 藤田 達郎