【平成30年12月6日判決(知財高裁 平成30年(ネ)第10050号)】

【ポイント】
著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為に該当しない行為について一般不法行為の成否の規範を示した事例

【キーワード】
民法709条
不正競争防止法2条
学習塾
問題集
解説
著作権侵害に該当しない行為
不競法上の不正競争行為に該当しない行為
一般不法行為の成否

第1 事案

 被告(被控訴人)が、中学校受験のための学習塾(「SAPIⅩ」)を運営する原告(控訴人)に通う生徒のために、原告(控訴人)の作成したテスト問題を入手し、そのテストの解説のライブ配信や復習教材の作成等を行っていた。その中で、被告(被控訴人)が、ライブ配信した動画等において、原告(控訴人)に関する表示(「SAPIⅩ生のための復習用教材」や「サピックス9月度マンスリーテスト」等)をしていた。
 そこで、原告(控訴人)が、当該行為について、主位的に、需要者の間に広く認識された原告の商品等表示を使用して需要者に混同を生じさせるものであって、不正競争防止法2条1項1号に該当するとして損害賠償及び差止めを求め、予備的に、当該行為は、原告(控訴人)の営業の自由を妨害することを目的とするものであり、自由競争の範囲を逸脱した不公正な行為にあたり、一般不法行為を構成するとして、民法709条に基づき損害賠償の支払を求める訴訟を提起した(第一審:東京地判平成30年5月11日(平成28年(ワ)第30183号))。
 第一審は、主位的請求について、「同号にいう「使用」というためには、単に他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を商品等に付しているのみならず、その表示が商品等の出所を表示し、自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられていることを要するというべきである」との規範を示した上で、各表示の内容等に基づき「本件各表示は、いずれも、その表示が商品等の出所を表示し、自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているということはできないので、不競法2条1項1号の「使用」には該当しない。」等と判断して、主位的請求を認めなかった。
 また、予備的請求についても、「著作物に係る著作権侵害が認められない場合における当該著作物の利用については、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないというべきである(最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁参照)」との規範を示した上で、「当該大手学習塾の授業内容を理解し、又はその実施するテストの成績を向上させるため、当該大手学習塾の問題や教材を入手し、その解説等を行うとのサービスを提供することは、自由競争の範囲を逸脱するものではなく、そのような営業形態が違法ということはできない」等と述べ、一般不法行為は成立しないと判断し、予備的請求も認めなかった。
 本件は、原告(控訴人)が第一審の判断について、予備的請求を棄却した部分を不服として控訴した案件である。

第2 当該争点に関する判旨(裁判所の判断)(*下線等は筆者)

2 争点(1)(一般不法行為の成否)について
(1) 控訴人は、被控訴人が本件各表示をしていることが不競法2条1項1号所定の不正競争行為に当たらないとしても、被控訴人において、控訴人が多額の費用と労力をかけて作成した著作物であり、いわば企業秘密として非常に大きな価値を持つテスト問題について、控訴人に無断でその解説本を出版し、あるいは、ライブ解説を提供する行為は、控訴人の作成したテスト問題等を不正に使用することにより、控訴人の営業の自由を妨害することを目的とするもので、自由競争の範囲を逸脱した不公正な行為であるから、一般不法行為を構成すると主張する。
  控訴人は、著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為の主張をするものではないから、被控訴人の行為が一般不法行為を構成するのは、被控訴人の行為により、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益が侵害されるといえる特段の事情がある場合に限られるというべきであるところ(最高裁判所第1小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁参照)、被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提供が、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害すると直ちにいうことはできないし、控訴人の主張も、そのような利益が存在することを十分に論証しているとはいい難い。
  さらに、控訴人のテスト問題を入手して解説本の出版やライブ解説の提供を行うについての被控訴人の行為が、控訴人の営業を妨害する態様であったこと、又は控訴人に対する害意をもって行われたことをうかがわせる証拠はなく、被控訴人の行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱する不公正な行為であったとも認められない。
  以上のとおりであるから、被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提供が、控訴人に対する一般不法行為に当たるということはできない。
(2) 控訴人の当審における補充主張について
 ア 控訴人は、大手学習塾である控訴人学習塾での成績を向上させるため、被控訴人が控訴人において多大な時間と労力をかけて作成したテスト問題の解説を行うという被控訴人学習塾の営業は、控訴人のノウハウにただ乗りするものであって、自由競争の範囲を逸脱し、一般不法行為を構成すると主張する。
  しかし、大手学習塾が、自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから、大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ、他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべきである。そして、控訴人が主張する、中学校受験生を対象とする学習塾同士が熾烈な競争下にある中で、控訴人がその教育方針に従い、そのノウハウに基づいてテスト問題を作問していること、被控訴人による解説は控訴人による事前の審査を経ておらず、その内容が受験テクニックに偏ったもので、控訴人の出題意図や教育方針に反することといった事情があったとしても、このことから直ちに、被控訴人による解説本の出版やライブ解説の提供が社会通念上自由競争の範囲を逸脱するということはできない。
 イ 控訴人は、被控訴人が、〈1〉控訴人学習塾の生徒をターゲットに控訴人学習塾での成績アップを宣伝文句として生徒を集め、〈2〉控訴人学習塾のテスト問題を中心にライブ解説の提供及び解説本の出版をし、〈3〉控訴人学習塾の大規模校の周辺を中心に被控訴人の学習塾を展開し、〈4〉合格率の高い控訴人学習塾の生徒を集客することにより、被控訴人の実績を誇示していることからすれば、被控訴人には、控訴人の信用を害してプリバートに入室する生徒を奪う意図があったと推認されると主張する。
  しかし、控訴人学習塾の生徒が被控訴人学習塾を選択し、プリバートに入室しなかったとしても、それが社会通念上自由競争の範囲を逸脱するものではないのは上記(1)に説示したところから明らかである。そして、上記〈1〉~〈4〉の事情があることにより控訴人の信用が害されるとする根拠は不明であり、これらの事情から、被控訴人に、控訴人の信用を害してプリバートに入室する生徒を奪う意図があったことが推認されるという控訴人の主張は採用できない。
(3) 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の一般不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

第3 検討

 本件は、著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為に該当しない行為について一般不法行為の成否の規範および具体的判断を示した事例である。
 本判決は、著作権侵害や不正競争防止法違反が認められない場合における一般不法行為の成否について、「控訴人は、著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為の主張をするものではないから、被控訴人の行為が一般不法行為を構成するのは、被控訴人の行為により、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益が侵害されるといえる特段の事情がある場合に限られるというべきであるところ(最高裁判所第1小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁参照)」との規範を示した。この記載にあるように、同規範は、「最高裁判所第1小法廷平成23年12月8日判決、民集65巻9号3275頁」(以下「最高裁判決」という。)が参照されている。
 この点、最高裁判決は、「同条(注:著作権法6条)各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象となる著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」と述べたところ、「著作権法6条各号に該当しない著作物の利用行為」における規範であった。他方で、本判決は、「著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為」に該当しない場合の行為についても、最高裁判決と同様の規範を示しており、この点で大きな意義がある。
 次に、本判決は、「著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益を侵害すると直ちにいうことはできないし」、「被控訴人の行為が社会通念上自由競争の範囲を逸脱する不公正な行為であったとも認められない」ことを理由に、「被控訴人の行為により、著作権法や不競法が規律の対象とする利益とは異なる法的に保護された利益が侵害されるといえる特段の事情」がないとし、不法行為は成立しないと判断した。その主な判断理由としては、「大手学習塾が、自ら作問したテスト問題の解説を提供するという営業一般を独占する法的権利を有するわけではないから、大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ、他の学習塾が業として大手学習塾の補習を行うことそれ自体は自由競争の範囲内の行為というべき」である点、また、被控訴人に、控訴人の信用を害して控訴人の生徒を奪う意図があったとは認められないという点にある。
 以上のように、本判決は、著作権侵害ないし不競法上の不正競争行為に該当しない場合の一般不法行為の成否の規範とあてはめが論じられた事案であり、実務上参考になる。

以上

弁護士 山崎臨在