【平成30年1月30日判決(東京地裁 平成28年(ワ)第32038号)】

【判旨】
 発明の名称を「光学情報読取装置」とする本件特許(特許第3823487号)に係る特許権を有していた原告が,被告において業として被告製品を製造等する行為は原告の本件特許権を侵害すると主張して,被告製品の製造・販売等の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求めた事案。裁判所は,本件発明が,本件特許出願前から日本国内で販売されていた二次元コードリーダである「IT4400」により実施された公知発明2から容易想到であったといえ,公然実施品により実施された発明から容易想到であるため,本件特許は進歩性を欠き,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとして,原告の請求を棄却した。

【キーワード】
無効論,公然実施,進歩性,29条1項2号,29条2項

1 事案の概要及び争点

 本件特許権の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)の内容は,以下のとおりである。

構成要件 内容
複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと,
前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に,当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと,
該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと,
前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置と,
を備える光学情報読取装置において,
前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し,
前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした
ことを特徴とする光学情報読取装置。

 本発明は,2次元コードなどの読み取り対象に光を照射して反射光により読み取りを行う光学的読取装置に係る発明である。従来の技術では,受光素子に対して光が斜めに入射した場合に,集光レンズの影響で受光素子への集光率が低下し,読み取り感度が低下するという課題があったところ,本発明では読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するよう,絞りの配置を工夫するなどして,光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定することで,光学的センサの周辺部に位置する受光素子にからの出力比を所定値以上とし,対象物を適切に読み取ることを可能としたものである。

※本件明細書【図6(b)】より引用

 本件では,口頭弁論終結時に特許権の存続期間が満了していたことから,損害賠償請求の成否のみが問題となった。本件では,充足論(均等侵害を含む)・無効論に関し多数の争点が存在したが,裁判所は公然実施発明である「2次元コードリーダ(IT4400)」に基づく進歩性違反の無効理由ついてのみ判断を示したため,本稿でもこの点に絞って説明を行う。なお,クレーム中の「相対的に長く設定」「所定値」といった文言の意味するところは必ずしも明確でないことから,被告側からは進歩性違反の無効理由の他に,上記文言に関する明確性違反(36条6項2号)の無効理由も主張されていた。

2 裁判所の判断

(1)本件特許発明の文言解釈
 まず,裁判所は,本発明の技術的意義を上記「1」のように認定した上,「所定値」の文言については,それ自体に技術的ないし限界的な意味はなく,照射光の光量,露光時間などの調整等の結果として,中心部と周辺部のいずれにおいても適切な読取りができるとの本発明の目的が達成できればよいものにすぎないと判示した。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   (2)  本件明細書における上記各記載によれば,本件発明は,2次元コードなどの読み取り対象に光を照射し,その反射光から読み取り対象の画像を読み取る光学的読取装置に係る発明であり,光学的センサの周辺部の受光素子に対する集光レンズによる集光率の低下を極力防止し,適切な読み取りを実現する光学情報読取装置を提供することを目的とするものであり,そのために,読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するよう,絞りを配置することによって,光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し,光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,射出瞳位置を設定することとされている。
  もっとも,本件明細書には,「所定値」に関する具体的な記載がないことによれば,本件発明においては,構成要件Gの「所定値」自体に技術的ないし限界的な意味はなく,上記の出力の比のほか,照射光の光量,露光時間などの調整等の結果として,中心部と周辺部のいずれにおいても適切な読取りができるとの目的が達成できればよいものにすぎないと解すべきである(なお,原告自身も,構成要件Gの「所定値以上」とは,ある「特定の値以上」を示すのではなく,「本件発明の効果が得られる所定レベル以上」であればよいと主張している。 

(2)公然実施の有無
 次に,引用発明である「IT4400」に係る発明(以下「引用発明」という。)が公然実施発明であったことから,本件では引用発明が本当に公然実施されたものであるかという点も争いになったが,裁判所は,「IT4400」が本件特許出願日より前に日本国内で販売されており,分解するなどしてその内部構造等を知ることは可能であったことなどを理由に,引用発明は本件特許出願日前に公然実施されたものであると認定した。

   (1)  認定事実
  証拠(甲13,14,乙43,44,56,65の2,4,5,乙66,77の5,乙79の1,10)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
    ア 米国のウェルチアレン社が製造・販売していた2次元バーコードリーダ(2次元マトリクスコードのバーコードスキャナー)には,第1ないし第3世代のものが存在し,第2世代のものは「IT4400」製品として知られ,1997年(平成9年)から2000年(平成12年)にかけて世界中で販売されていた。
  なお,第2世代のIT4400製品は,青緑色で,カメラレンズの周りに照明LED用の穴を有する輝く反射アレイを含んでおり,第1,第3世代の製品とは,それぞれ視覚的に区別できる。
    イ 第2世代のIT4400 製品は,3枚のレンズと,3枚のレンズ間にある絞りと,CCD イメージセンサとしてのソニー製のICX084AL を搭載していた。なお,第2世代のIT4400 製品は,全て上記の構造を有していた。
    ウ ウェルチアレン社においては,1997年(平成9年)頃,第2世代のIT4400 にユーザーズガイドを添付するのが標準的であった。
  同ユーザーズガイドには,スキャナーについている(商品)ラベルのイラストが含まれているが,同商品ラベルに記載された製造年月日は,必ずしもユーザーズガイドそれ自体の発行日を示すものではない。
    エ ウェルチアレン社が,試作品の写真を撮影して,これを販促資料に使うことがあったが,同写真の撮影後,イメージセンサ,照明システムやプロセッサなどを変更することなく,商品の外観に小規模な変更が加えられることもあった。
    オ ウェルチアレン社は,1997年(平成9年)6月から9月にかけて,「IT4400」のうち型番が「44001」のもの(長距離読取りに適したLR タイプのもの)を日本のアイニックス社に出荷した。なお,上記の出荷台数は,同年6月頃に6台,同年7月頃に20台,同年9月頃に10台であった。
    カ アイニックス社は,同年7月に,日本国内での「IT4400」(LR タイプのもの)の販売を開始した。
  すなわち,アイニックス社は,同年7月頃に,ウェルチアレン社から,上記「IT4400」(LR タイプのもの)を6台購入した上で,同月中に,日本国内で同6台を全て販売した。また,アイニックス社は,同年8月頃にも,ウェルチアレン社から,上記「IT4400」(LR タイプのもの)を20台購入した上で,それ以降,日本国内で,これらを順次販売した。
    キ 被告は,我が国においてIT4400 を購入し,これを,平成29年3月9日,公証人立会の下,分解して調査した(乙56,平成29年第75号公正証書)。
  同調査によると,被告が購入した上記IT4400 は,「WELCH ALLYN, INC.」(ウェルチアレン社)が製造者であり,型番(モデル番号)が「44001」であり,1997年(平成9年)5月に製造されたものであった(乙56,写真2)。このほか,上記IT4400 を分解したところ,「AMI」と記載されたICが搭載された基板のほか,金属製の板状の基板,複数のライトが搭載された基板,レンズユニット,CCD センサ等を含む基板があり,CCD センサには「SONYICX084」と記載され,その裏面には「SONY 647A3KK CX084AL」と記載されていた(乙56,写真1ないし11,31,32,38)。
  このほか,上記IT4400 のCCD センサの表面の中央部分を顕微鏡で拡大したところ,縦横に整列して板状に広がる多数の小さな円形のものが存在し,これをさらに拡大したところ,半円状の凸部分が存在することが確認され,これを3次元解析したところ,断面形状のグラフからも凸部分があることが確認された(乙56,写真39ないし41)。
    ク 乙43(CBR 作成の平成7年7月27日付けのインターネット記事)には,ソニーのCCD エリアセンサ(ICX084AL を含む)に関し,「センサのトップに,センサの開口部を効果的に増加させ,その感度を増加させる,オンチップマイクロレンズが設けられている。」との記載があった。また,乙44(Eugene B.Seneta ほか作成の記事)には,「組み込みCCD は,マイクロレンズが搭載され,…ソニー社製ICX084AL である。」との記載があった。
  このほか,甲13,14(それぞれThe Free Library,PR Newswire 作成の平成7年6月19日付け記事)にも,ICX084AL について「オンチップマイクロレンズは,各ピクセル上に光を集光することにより,優れた光に対する感度を実現します。」との記載があった。
    (2)  本件特許出願前に,「IT4400」により実施された発明(公知発明2)は日本国内で公然実施されていたか
  前記(1)ア,オ,カの事実によれば,「IT4400」は,本件特許出願日(平成9年10月27日)前に日本国内で販売されており,「IT4400」により実施された発明(公知発明2)は,本件特許出願日前に公然実施されていたものと認められる。
  なお,被告が実際に行ったように,「IT4400」を分解するなどして,その内部構造等を知ることは可能であったといえる(乙56参照)。

(3)本件特許発明との対比
 本件特許発明と引用発明の対比において,裁判所は,一致点・相違点を下記のとおり認定した。

   (4)  本件発明と「IT4400」により実施された公知発明2との一致点・相違点
  本件発明と「IT4400」(乙56記載の製品と同じ構造を有するもの)により実施された公知発明2とを対比すると,両者の一致点・相違点は以下のとおりであるといえる。
  (一致点)
  複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取装置に結像させる結像レンズと,前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されるとともに,当該受光素子ごとに集光レンズが設けられた光学的センサと,当該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りとを備える光学情報読取装置である点。
  (相違点1)
  本件発明は,「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」ているのに対して,公知発明2においては,絞りは複数のレンズの間に配置されている点(構成要件F)。
  (相違点2)
  本件発明は,「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしている」のに対し,公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点(構成要件G)。
  (相違点3)
  本件発明は,「前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置」を備えるのに対し,公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点(構成要件D)。

 まず,絞りの配置位置に関する相違点1については,デジタルカメラに関する複数の公開公報に当該相違点が開示されていることから,周知技術との組み合わせにより容易想到であると認定した。原告は,2次元コードリーダーとデジタルカメラとでは課題が異なり,両者の組み合わせる動機づけがないなどと主張したが,裁判所は,両者は同じ原理や技術を採用しており,課題も同じであるから,組み合わせの動機づけはあるとして当該主張を退けた(下記参照)。

   ア 相違点1について
  証拠(乙65の6,甲19)によれば,IT4400 は,2次元コードリーダではあるが,デジタルカメラの原理や技術を採用したものと認められ,デジタルカメラと同じ課題を有するといえる。
  この点に関し,原告は,2次元コードリーダとビデオカメラ(デジタルカメラ)とでは,前者では後者ほどきれいな像は必要とされないが,その代わり,より正確に,より早く周辺部においても2次元コードを読み取ることができるよう,受光素子の周辺部の集光率を低下させないことが必要となるなどの違いがあると主張する。しかし,原告の上記主張からも明らかなとおり,ビデオカメラ(デジタルカメラ)においてきれいな像が必要とされるならば,当然に,受光素子の周辺部の集光率を低下させないことも求められるものであり,この意味で,2次元コードリーダ(IT4400)とビデオカメラ(デジタルカメラ)は,やはり同じ課題を有するものというべきである。
  また,乙11ないし15(それぞれ特開平5-203873号公報,特開平7-168093号公報,特開平5-188284号公報,特開平8-278443号公報,特開平5-40220号公報)は,いずれもデジタルカメラ等の光学系に関する発明に係る公開特許公報(いずれも本件特許出願前に公開されたもの)であるところ,これらの文献には,画像周辺部における光量不足や,射出瞳から像面までの距離の不足といった課題を解決するために「射出瞳を結像面から離した構造として,全てのレンズの前面(読取対象側)に絞りを配置する」構成とすることが記載されており,同技術は,本件特許出願時点で周知であったといえる
  以上によれば,公知発明2に,乙11ないし15に記載されたデジタルカメラ等の光学系に関する上記技術を組み合わせる動機付けはあったといえ,同組合せによれば,相違点1に係る構成は容易想到というべきである。

 次に,相違点2については,上記「(1)」のとおり本件特許発明における「所定値」が特段の技術的意義を有さないことなどを理由に,周知慣用技術にすぎず容易想到であると認定した(下記参照)。

   イ 相違点2について
  前記アのとおり,公知発明2に,乙11ないし15に記載されたデジタルカメラ等の光学系に関する周知技術(絞りの位置に関するもの)を組み合わせることは容易であるところ,その際に,適切な読み取りを実現するために絞りを最適な位置に調整することは,当業者であれば当然に行うことと認められる。
  また,前記1で検討した本件発明の内容を前提とすると,光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が「所定値以上」となることは,本件発明の構成要件Fに係る構成(相違点1に係る構成)を採用し,かつ,適切な読み取りを実現するように絞りの配置を行えば,当然に充たされることにすぎない。
  このほか,前記1で検討した本件発明の内容を前提とすると,露光時間などの調整も,光学情報読取装置において当然に備えるべき手段であるものと認められる。なお,この点は,乙8(米国特許第5331176号明細書),乙9(特開平7-73266号公報),乙25の1及び2(国際公開第96/13798号,特表平10-501360号公報),乙34(特開平7-282178号公報)によっても裏付けられており,本件特許出願時点において周知であったといえる。
  以上のとおり,相違点2に係る構成については,当業者であれば適宜採用できる程度の周知慣用技術にすぎず,容易想到である。

 更に,相違点3についても,出力信号の増幅や2値化は周知技術であるから容易想到と認定し,相違点1~3はいずれも周知または公知技術により容易想到であり,本件特許は進歩性違反により無効と結論付けた(下記参照)。

   ウ 相違点3について
  相違点3に係る構成については,出力信号を増幅する技術(乙8,25ないし31参照),2値化する周知技術(乙5,9等参照)や,2値化された信号の中から所定の周波数成分の検出を行う制御回路を設ける公知技術(乙5,乙24等参照)により容易想到である(この点について,原告は特段争っていない。)。
    エ 以上のとおり,相違点1ないし3は,本件特許出願当時において周知又は公知であった技術によって,いずれも容易想到であったといえる。
   (6)  小括
  以上によれば,本件発明は,本件特許出願前から日本国内で販売されていた「IT4400」(その構成は,乙56記載の製品と同じであった。)により実施された公知発明2から容易想到であったといえる。このように,本件発明は,公然実施品により実施された発明から容易想到であるため,本件特許は進歩性を欠き(特許法29条2項,同条1項2号),特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。
 4  結論
  以上によれば,その余について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

3 検討

 本件は,出願前に販売されていた製品に基づく進歩性違反の無効主張が認められた事案であり,公然実施発明に基づく無効理由が問題となる同種のケースにおいて参考になると考えられる。出願日前に製品が販売された事実が立証できれば,原則として中身を分解して発明の内容を知ることができた(すなわち,公然実施があった)と認定されることが多いが,本件もそのような前例に沿ったものといえる(上記「2」「(2)」後段参照)。
 また,クレーム中に「所定値」などの文言があっても,当該文言の技術的意義が明細書等において具体的に明らかにされていないと,本件のように引用発明との相違点としては認められないことが多い。発明に関するノウハウの秘匿との関係で悩ましいところではあるが,仮に「所定値」を上手く調整することに発明のポイントであるとするならば,将来的に特許の拒絶・無効が問題となった場合に備え,その具体的内容を特定した上で,一定程度は明細書に記載しておくことが望ましいと思われる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸