【令和3年9月1日(東京地裁平成30年(ワ)第38585号)】

【判旨】
被告Gが自らを創作者とする入れ歯入れ容器の意匠に係る意匠登録出願をして意匠権の設定登録を受け、本件意匠の実施品である入れ歯入れ容器を販売したことについて,原告が,主位的に,被告Gの上記意匠登録出願は原告が創作した意匠についての冒認出願であり,被告らが本件意匠権の実施品である本件製品を販売した行為は原告の本件意匠の意匠登録を受ける権利を侵害するものであるから,被告らには共同不法行為が成立すると主張して,被告らに対し,民法719条1項前段に基づき,連帯して,意匠登録を受ける権利の対価相当額である2億2800万円等の支払いを求めた事案。裁判所は、本件意匠の創作者は被告Gのみであり、原告は本件意匠の創作者ではないとして、原告の請求を全て棄却した。

【キーワード】
意匠法48条1項3号、冒認出願、創作者

1 事案の概要と争点

被告Gは歯科医であり、自らが考案した入れ歯容器の制作を訴外H化學に委託し、原告は訴外H化學から入れ歯容器の金型の制作を委託された者である。本件意匠(意匠登録第1124884号に係る意匠)の外観は次のようなものであった。

※本件意匠

正面図

蓋を開いた状態の参考図

底面図

原告は、使いやすく衛生的な入れ歯入れ容器の製作を被告Gに打診したのは自分であり、ヒンジ部分の形状を二重構造にするなどの工夫も自らが考案したものであるから、本件意匠の創作者は原告であると主張した。これに対し、被告Gは、入れ歯容器の開発を思い付いたのは自分であり、細かい寸法を含む製品デッサンも自らが作成したものであるから、本件意匠の創作者は自分であると主張した。

2 裁判所の判断

(1) 判断基準

まず、裁判所は、意匠の創作者の判断基準について、以下のように判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   ウ 意匠の創作をした者に関する検討

前記前提事実及び前記アの認定事実を踏まえ,まず,本件意匠の創作者が原告であるか否かを検討する。

(ア) 意匠登録を受けるためには,意匠法3条1項柱書所定の「意匠の創作をした者」に該当する必要があるところ,「意匠の創作をした者」とは,意匠の創作に実質的に関与した者をいい,具体的には,形状の創造,作出の過程にその意思を直接的に反映し,実質上その形状の形成に参画した者をいうが,主体的意思を欠く補助者や,単に課題を指示ないし示唆に止まる命令者はこれに含まれないものと解するのが相当である。

(2) 事実認定と法的評価

その上で、裁判所は、本件意匠の形状を考案したのは被告Gであり、原告は補助者としての立場で関与したに過ぎないから、本件意匠の創作者とは認められないと判示した。

 (イ)a 本件についてこれをみるに,前記ア(ウ),(オ)のとおり,被告Gは,使いやすく,安価で買い替えやすい入れ歯入れ容器を作ることを着想し,歯科医師として患者に対し入れ歯の保管に関する指導をしてきた経験を活かして,当時流通していた入れ歯入れ容器のデザインを参考にし,全体的に丸みを帯びた形状であるなどの特徴を有する本件製品の形状を形成するに至り,もって,同製品により体現された本件意匠を創造,作出したものである。しかも,被告Gは,単に本件製品のデザインのアイデアを提示したのみならず,その設計に際して,周囲の意見を参酌しつつも,詳細な寸法を書き込んだデッサンを自ら作成し,当該デッサンに基づき,原告に対して本件製品の金型の製作を指示しているから,本件製品により体現された本件意匠の創造,作出には,被告Gの意思が直接的に反映されているというべきである。

これに対し,原告は,前記ア(オ)のとおり,被告Gから,入れ歯入れ容器の形状や寸法について指示を受けた上で,これに基づき,製品図面である本件図面(甲1)や金型図面を作成した上,金型を納入したものであるから,原告はいわば補助者としての立場で本件意匠の創造,作出に関与したものにすぎず,上記創造,作出の過程には,原告の意思が直接的に反映されているものとは認め難い。

また、二重構造のヒンジについて、裁判所は、当該部分の設計は原告のものであることを認めつつも、機能的に不可欠の形状であることや美観上の影響が少ない部位であることを理由として、本件意匠の形状の創造、作出には原告の意思が直接的に反映されているとはいえないとした。

  b なお,原告は,前記ア(オ)のとおり,入れ歯入れ容器のヒンジ部分を二重構造のものとすることを被告Gに提案し,同(カ)のとおり,その形状を具体的に設計したものである。

しかし,前記ア(カ)のとおり,入れ歯入れ容器のヒンジ部分の形状は,高齢者でも容器内の水や洗浄液をこぼすことなくスムーズに蓋を開けることができるようにするため,入れ歯入れ容器の蓋を開けるとまず少し開き,更に蓋を開くと120度くらいの角度で止まるように設計されたものである。そうすると,当該部分の形状は,デザイン面から設計されたものではなく,専ら機能的な側面から設計されたものと認めるのが相当である。そして,原告が設計した当該ヒンジの形状は,蓋をスムーズに二段階で開けるのに最適な形状であることからすると(甲23),蓋に上記のような機能を持たせるためには,本件製品が有するヒンジのような形状を採用することが不可欠と認めるのが相当である。したがって,原告が設計した入れ歯入れ容器のヒンジ部分の形状は,そもそも,意匠としては保護されないというべきである。

加えて,入れ歯入れ容器のヒンジ部分が明確に視認できるのは,蓋を大きく開いた際であるところ,別紙1本件意匠公報記載の図面及び本件図面のとおり,当該部分は,蓋を180度まで開いた状態であっても,その縦及び横の長さがいずれも本件製品の奥行及び幅の各6分の1程度であり,本件製品全体の形状のごく一部を占めるにすぎず,本件製品の形状の全体により視覚を通じて起こさせる美感には大きな影響を及ぼさないというべきである。

そうすると,原告が入れ歯入れ容器のヒンジ部分の形状を設計したとしても,本件製品又は本件意匠の形状の創造,作出の過程に原告の意思が直接的に反映されていると認めることはできない。

(ウ) 以上によれば,原告が,本件意匠の創作に実質的に関与した者とは認められず,よって,意匠法3条1項柱書所定の「意匠の創作をした者」に該当するとは認められないというべきである。

エ 前記ウのとおり,原告が本件意匠の創作者であるとは認められないから,本件意匠について意匠登録を受ける権利が原告に帰属していたとは認められない。

3 検討

本件は、意匠の創作者が争点となった事案において、「形状の創造,作出の過程にその意思を直接的に反映し」た者は誰かという観点から具体的な検討が行われた裁判例であり、実務上参考になると思われる。基本的な考え方は特許の場合(発明の特徴部分の創作に具体的に関与した者は誰か)と似ているが、意匠の場合は本件の原告のように、①機能的形状、②視覚を通じて起こさせる美感への影響が少ない形状、の創作に部分的に関与していたとしても、意匠全体の創作者とは認められない場合があることに注意が必要であろう。

以上
弁理士・弁護士 丸山真幸