【令和元年6月6日(知財高判 平成30年(ネ)10052号 損害賠償請求等請求控訴事件)】

(原審・東京地方裁判所平成29年(ワ)第32433号)

【キーワード】

著作権侵害,ソフトウェア・プログラムの著作物,ソフトウェア開発委託、成果物の範囲、権利帰属、使用許諾

【事案の概要】

 Xが、Yとの間で、ソフトウェア・プログラム(「新冷蔵庫・社内受発注システム」、以下「本件システム」という)の開発を委託する旨の開発委託契約(以下「本件基本契約」という)を締結した。また、両者間で、本件基本契約に基づき本件システムを開発するための注文書及び個別契約(以下「本件基本契約」と併せて「本件契約」という)が取り交わされた。本件契約では、両者間で次の趣旨の合意がなされていた。

  1. 注文書:

注文明細:本件システム(主に以下のプログラム等により構成される)の開発

①「共通環境設定」

②「冷蔵庫管理システム」

③「社内受発注システム」

 2.本件基本契約

⑴    第21条(成果物の著作権の帰属):

 ①新規に作成された部分:検収完了をもって甲乙間で共有

→互いの承諾なしに自由に実施可

 ②X又はYが従前より有していた部分:それぞれの当事者に帰属

→YはXに対し著作権法に基づく利用を無償で許諾する 

 ③X又はYが従前から有していたプログラムを改変して作成されたプログラム:改変前の著作権者に著作権が帰属

→YはXに対し著作権法に基づく利用を無償で許諾

⑵    第26条(契約終了後の権利義務)

合意解約又は解除により本契約が終了した場合でも、著作権・知的財産権および諸権利の帰属等の規定は有効とする。

 XはYに対し、本件契約に基づく成果物として本件システムを納入し、Yは成果物を検収した上でXに開発委託費を支払った。その後、本件基本契約自体が終了された。なお、成果物のうち前記①「共通環境設定」は、Xの既存のプログラムを改変して作成されたものである。また、本件契約上、成果物として当該①のソースコード自体は明記されておらず、当該ソースコードをコンパイル(改変)して作成された実行形式のファイル(DLLファイル及びEXEファイル)等が納入対象とされた。

 Xは、本件基本契約が終了したにもかかわらず、Yが本件システムに係るプログラムの使用を継続し、また別のサーバに当該プログラムを移行したため、当該Yの行為が違法な複製又は翻案に当たると考えた。そこで、Xは、Yに対し、本件システムに係るプログラムの使用差止め及び損害賠償等を求めて提訴した。

 当該訴訟の第一審は請求棄却となったため、Xは控訴した。

【争点】

本件訴訟に関して、本稿では主に以下の争点を取り上げる。

争点内容
本件システムの移行に伴い、前記①「共通環境設定」プログラムのソースコード(以下「本件ソースコード」という)を複製・翻案することが本件基本契約によって許されるか。

【控訴人の主な主張】
・本件契約上、本件ソースコードは納入の対象とされていない。
・本件ソースコードは、納入対象外とされた経緯(納入の対象とされず、納入・検収の対象にもならなかったこと等)より、「成果物」に含まれない。
【被控訴人の主な主張】
・本件ソースコードは成果物に含まれ、本件基本契約第21条に基づきYが著作権の2分の1を取得している。
・仮にYが著作権を取得しないとしても、本件基本契約第21条の「従前から有していた成果物」に該当するから、Yは、著作権法に基づく利用を無償で許諾されている。
本件基本契約の終了後、前記①「共通環境設定」プログラムを複製・翻案することが、本件基本契約によって許されるか。  
【控訴人の主張】
・本件基本契約が終了した以上、被控訴人は使用権を喪失する。
・本件ソースコードが納入対象外であることから、本件基本契約終了後の複製・翻案ができないことが両者間で前提とされていた。
・本件基本契約第26条の残存条項(著作権の帰属が終了後も有効とする趣旨)は、本件基本契約が更新されずに終了した場合は適用されない。
【被控訴人の主張】
・前記残存条項は,当該契約が終了した後も有効であると定めているから,被控訴人は、同条項に基づき複製等することができる。

【裁判所の判断】(下線部は筆者)

1 裁判所が認定した事実の概要

 本件では、成果物に含まれる「本件共通環境設定」プログラムについて、そのDLLファイル及びEXEファイル(以下「実行ファイル等」という)が納入対象とされていたが、本件契約上、そのソースコード自体の言及がなかった。しかし、裁判所は、以下の事情を踏まえ、プログラムの性質・構成や開発経緯等に照らして、当該ソースコードも成果物の対象に含まれると判断した。

  • 実行ファイル等がソースコードをコンパイル等することで生成されること
  • 実行ファイル等は単体で機能せず、成果物の他のプログラムと一体となって機能すること
  • 他のプログラムと一体となって機能させるには、実行ファイル等を改変する必要があること
  • 実行ファイル等を改変するには、ソースコード自体を改変する必要があること

2 争点(3)について(以下、判決本文を抜粋する)

「(1) 本件ソースコードの成果物該当性について

ア 本件基本契約2条(2)は,「成果物」について「コンピュータプログラム,コンピュータプログラムに関する設計書,仕様書,マニュアル等の資料およびその他甲が作成を委託するコンピュータシステムに関わる有体物又は無形物全般をいう。」と定義している。

 そして,(省略)被控訴人マルイチ産商は,控訴人に対し,コンピュータシステムたる本件新冷蔵庫等システムの開発を委託し,その一環として,本件共通環境設定プログラムの開発を300万円で委託し,控訴人はそれに応じて,控訴人が有していた既存のプログラムのソースコードを本件新冷蔵庫等システムに合わせて改変し,それによって作成された本件ソースコードをコンパイル等して本件共通環境設定プログラムのDLLファイル及びEXEファイルを生成し,その対価として300万円の報酬を得たものと認められる。

 そうすると,本件ソースコードは,上記のように被控訴人マルイチ産商の委託に基づいて作成されたものであるから,本件基本契約2条(2)の「成果物」に該当するというべきである。

イ (省略)

(2) 本件基本契約終了前の本件ソースコードの複製・翻案について

前記(1)のとおり,本件ソースコードは,本件基本契約にいう「成果物」に該当するものである。

そして,本件基本契約21条3項(2)は,控訴人が従前からその著作権を有していた「成果物」についても,被控訴人マルイチ産商が,自ら使用するために必要な範囲で著作権法に基づく利用を無償でできると規定しているところ,旧サーバから新サーバへの移行に伴って,本件ソースコードを複製したり,新サーバ移行に必要な限度で翻案したりすることは,上記自ら使用するために必要な範囲に該当するものといえる。

 したがって,仮に控訴人が主張するとおり,旧サーバから新サーバへの移行に伴って本件ソースコードが複製又は翻案されたとしてもそれが複製権又は翻案権の侵害となることはないというべきである。」

3 争点(4)について(以下、判決本文を抜粋する)

「(1) 本件基本契約26条は,「(契約終了後の権利義務)」との見出しの下,「本契約が合意の解約により終了した場合および解除により終了した場合でも,本契約に定める・・・著作権・知的財産権および諸権利の帰属」についての定めが有効であると定めている。本件基本契約26条の「著作権・知的財産権および諸権利の帰属」との文言は,本件基本契約21条の見出しと同一である。そして,本件基本契約21条3項は,成果物についての著作権の帰属を定めるとともに,著作権が共有となる場合(同項(1))と控訴人のみに帰属する場合(同項(2))とに分けて,著作権の利用範囲をそれぞれ定めているものであるところ,(省略)本件基本契約終了後,著作権等の帰属の定めの部分のみが有効に存続すると解するのは不自然であり,むしろ,本件基本契約26条がいう契約終了後も有効とされる「著作権・知的財産権および諸権利の帰属」の定めとは,本件基本契約21条の定め全体を指し,同条が規定する利用に関する定めも含んでいるものと解釈するのが相当である。

 また,(省略)本件基本契約26条は,本件基本契約が合意解約又は解除により終了した場合でも,同条に定められた各内容が有効であることを明示的に規定するとともに,それ以外の原因によって本件基本契約が終了した場合にも,上記各内容が有効であることを規定したものであると解するのが相当である。

 したがって,本件基本契約26条からすると,本件基本契約の更新しない旨の意思表示による終了後も,本件基本契約21条3項(2)は有効であり,被控訴人マルイチ産商は,上記21条3項(2)に基づき,本件共通環境設定プログラムについて,自ら使用するために必要な範囲内で,著作権法に基づく利用を無償ですることができたものと解される。

 そして,保守管理のために,本件共通環境設定プログラムを複製又は翻案することは,自己使用のために必要な範囲でされるものといえるから,本件基本契約終了後に,控訴人が主張するように被控訴人らが保守管理業務の一環として本件共通環境設定プログラムを複製又は翻案することがあったとしても,それについて複製権又は翻案権の侵害となることはないというべきである。(以下、省略)」

【若干のコメント(委託者の視点から)】

  1. ソフトウェア・プログラム開発において納入対象となる成果物

 ソフトウェア・プログラム開発委託契約の作成の際、納入対象となる成果物を具体的に明記する必要がある。例えば、成果物の著作権が委託者側に譲渡される契約において、成果物として特定のソフトウェア・プログラムの「概要」や「機能」が言及されているとする。しかし、納入対象として「ソースコード」も含まれるかが明記されないと、委託者は、受託者に対しソースコード自体の提供を求める根拠を有さず、プログラムの改修・保守等を行う際に支障が生じる場合がある。当該成果物に係る著作権を譲渡されたからといって、必ずしも当該ソースコード自体を管理支配できるようになるとは限らない。

 裁判所は、前記のとおり、「本件共通環境設定」プログラムの性質・構成や開発経緯等に照らして、そのソースコードも成果物に含まれると判断した。もっとも、契約実務としては、こうした裁判所の判断に期待するのではなく、納入対象にソースコード自体を明記するのが望ましい。

2.成果物の権利帰属、使用権の許諾

 裁判所は、控訴人の既存のソースコードを改変して作成された「本件共通環境設定」プログラムが、本件基本契約に基づき控訴人に権利帰属するとした。そして、当該契約上、著作権法に基づく利用を無償で許諾されていたため、本件基本契約の期間終了後も、成果物の使用のため必要な範囲で当該部分を複製・翻案できると判断した。

 まず、ソフトウェア・プログラムの複製であっても、著作権法第30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)や同第47条の4(電子計算機における著作物の利用に付随する利用等)等が適用されれば、例外的に著作権者の許諾は不要となる。一方、同規定は著作権を例外的に制限するため厳密な要件が定められており、当該複製が「必要と認められる限度」であるか等を検討しなければならない。そのため、解釈の争いを避けるには、受託者側で既存プログラム等の権利が留保される場合であっても、本件基本契約のような使用権の許諾規定を明記しておくべきである。

 そして、委託者は、契約期間終了後も成果物の継続利用(派生物の生成も含む)を望む場合、契約の終了原因を問わず権利帰属(使用権の許諾含む)に係る条項を有効とする残存条項を定めておく必要がある。

 以上の点は、著作権の発生が見込まれないデータ等の利用条件や利用権限を定める場合にも妥当する。

弁護士 藤枝 典明