【東京地方裁判所平成30年6月28日平成29年(ワ)第12058号】
【キーワード】
商標法4条1項19号、不正の目的
【判旨】
原告の登録商標は、他人の業務に係る商品を表示するものして韓国国内における需要者の間に広く認識されている第三者の商標と同一または類似の商標であって、不正の目的をもって使用するものであるから、商標法4条1項19号に該当する。
第1.事案の概要
1.はじめに
本件は、「KCP」の文字からなる商標(以下「本件商標」といいます。)につき商標権を有する原告が、被告Y及び被告会社(以下「被告ら」といいます。)による被告標章(以下の3で定義しています。)が付された名刺の使用、被告標章が付されたコンクリートポンプ車の販売、及び被告標章のウェブページへの掲載が上記商標権を侵害すると主張して、被告らに対し、①被告標章を付したコンクリートポンプ車等の販売及び同販売に係る営業活動等の差止め、並びにコンクリートポンプ車等の廃棄、②ウェブページ上の本件商標及びこれに類似する商標の削除、③新聞及びウェブページにおける謝罪広告の掲載、④損害賠償金2140万円等の支払を求める事案です。
2.当事者
原告は、車両系建設機械の販売等を目的とする株式会社です。
被告会社は、コンクリートポンプ車の製造、販売等を目的とする株式会社です。
KCPジャパン株式会社(以下「KCPジャパン社」といいます。)は、コンクリートポンプ打設機械並びにその付属品及び部品の開発、製造、販売及び修理業務、同製品の輸出及び輸入業務等を目的とする株式会社であり、平成27年7月22日に設立されました。
被告Yは、同社の設立時から同年9月30日まで、同社の代表取締役の地位にあった者です。
株式会社KCP重工業(以下「KCP社」といいます。)は、コンクリートポンプ車の生産、販売、コンクリートポンプ車の附属品の製造・販売等を目的とする大韓民国(以下「韓国」といいます。)の法人です。
3.本件商標及び被告標章
(1)本件商標
本件商標の内容は、次のとおりです。本件商標の指定商品には、「コンクリートポンプ車」(以下「本件指定商品」といいます。)が含まれています。
項目 | 内容 |
(1)登録番号 | 第5779610号 |
(2)出願日 | 平成27年2月18日 |
(3)登録日 | 平成27年7月17日 |
(4)登録商標 | (標準文字)KCP |
(5)商品及び役務の区分 | 第12類 |
(6)指定商品 | コンクリートポンプ車、コンクリートミキサー車、その他の自動車並びにその部品及び附属品、陸上の乗物用の動力機械(その部品を除く。)、陸上の乗物用の機械要素、タイヤ又はチューブの修繕用ゴムはり付け片 |
(2)被告標章
被告会社は、次の被告標章目録1から5記載の各標章(以下「被告標章1」などといいます。)について、これらの標章が付されたコンクリートポンプ車の販売等を行いました。
被告標章目録1 | 被告標章目録2 | 被告標章目録3 |
被告標章目録4 | 被告標章目録5 | |
4.争点
本件の主な争点は、本件商標と被告標章5の類否及び本件商標の無効理由の存否などです。なお、被告らは、本件指定商品であるコンクリートポンプ車と被告会社が販売するコンクリートポンプ車が同一ないし類似すること及び本件商標と被告標章1ないし4が類似することを争っていません。
以下では、主に、本件商標の無効理由の存否の点について、取り上げます。
第2.判旨(-請求棄却-)
1.本件商標と被告標章5の類否
「本件商標と被告標章5とは、その外観において、3文字中の1番目の文字が相違する上、被告標章5は「P」の文字の一部が欠けるという特徴を有しており、いずれも両者の外観上の相違を看者に印象 づけるものといえる。また、称呼についても、語頭の発音が子音及び清濁の点で明らかに異なることにより、全体としても相当程度異なった印象を与える上、両者ともに特定の観念を生じさせない。これらを総合して判断すれば、本件商標と被告標章5は類似するとは認められない。」
2.本件商標の無効理由の存否
(1)外国における周知性
「KCP社は、平成14年5月15日の設立以来、14年程度の比較的長期間にわたり、同社の商号の一部ともいえるKCP社商標(※筆者注「「KCP」という文字からなる標章」をいいます。)を同社の製品に付すなどして継続的に使用するとともに、同社製品の販売台数及び売上げを徐々に伸ばし、平成24年以降、コンクリートポンプ車の韓国国内の市場において、同社の製品の占有率は3割から4割を維持し、1位であったと認められる。そうすると、KCP社商標は、本件商標の商標登録出願日(平成27年2月18日)当時において、韓国のコンクリート圧送業者等の需要者の間において、KCP社の商品を示すものとして広く認識されていたと認められる。…したがって、KCP社商標は、「外国における需要者の間に広く認識されている商標」に当たる。」
(2)本件商標とKCP社商標の同一性
「本件商標は「KCP」とのアルファベットを標準文字で横書きしたものであるのに対し、KCP社商標もまた「KCP」とのアルファベットを横書きしたものであるから、両商標は同一または類似の商標といえる。」
(3)不正の目的
「原告代表者は、KCP社が日本に進出しようとしていることを知ると、未だKCP社商標が商標登録されていないことを奇貨として、同社の日本国内参入を阻止・困難にするとともに、同社に対し本件商標を買い取らせ、あるいは原告との販売代理店契約の締結を強制するなどの不正の目的のために、KCP社商標と同一又は類似する本件商標を登録出願し、設定登録を受けたものと推認せざるを得ない。したがって、原告は、「不正の目的」をもって本件商標を使用するものと認めることができる。」
(4)結論
「本件商標は、他人の業務に係る商品を表示するものとして韓国国内における需要者の間に広く認識されているKCP社商標と同一または類似の商標であって、不正の目的をもって使用するものであるから、商標法4条1項19号に該当する。したがって、本件商標は、商標登録無効審判により無効とされるべきものと認められ、原告は、被告らに対し、その権利を行使することができない(商標法39条、特許法104条の3)。」
第3.説明
1.商標法4条1項19号の内容
(1)商標法4条1項19号の規定
商標法4条1項19号は、次のように規定しています。
「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして…外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)」
出願時及び査定時において同号に該当する商標については、商標登録を受けることができません(同号1項柱書、同条3項)。
(2)商標法4条1項19号の趣旨
商標法4条1項19号は、主として、外国で周知な商標について外国の保有者に無断で不正の目的をもってなされる出願及び登録を排除すること、さらには、全国的に周知な商標について出所の混同のおそれがなくても出所表示機能の稀釈化から保護することを目的とするものです。
2.本件における「不正の目的」の有無
(1)不正の目的の意義
商標法4条1項19号の「不正の目的」が認められる具体例として、次のようなものが想定されています。①周知商標が我が国において登録されていないことを奇貨として、高額で買い取らせる目的で先取り的に出願した場合、②周知商標が我が国において出願されていないことを奇貨として、国内代理店契約を強制する目的で、先取り的に出願した場合、③その他、日本国内又は外国で周知著名な商標について信義則に反する不正の目的で出願した場合。
(2)本件の事実関係
裁判所は、不正の目的を基礎づける事実関係として、原告代表者が、①過去に日本国内においてKCP社製品であるコンクリートポンプ車等の宣伝・販売を行っていたこと、②KCP社が日本への進出を計画していること等を知るや、直ちに本件商標の登録出願を行ったこと、③KCP社に対し、本件商標を無償で譲渡等することはできないと述べたこと、④被告Yに対し、本件商標の使用には原告の日本におけるこれまでの営業活動に対する見返りが必要である旨等の発言を行ったこと、⑤原告以外の販売店等がKCP社商標の付されたコンクリートポンプ車を販売することが商標権侵害に当たることを警告するパンフレットを作成等したこと、及び、⑥KCPジャパン社及び被告会社に対し、KCP社商標の使用停止と削除を求める文書を送付したこと、などを挙げていいます。
これらの事実は、商標法4条1項19号における「不正の目的」の有無を判断するに当たって、今後の参考になるものと思われます。
以上
(文責)弁護士 永島太郎