【平成30年 5月21日判決(知財高裁平29(ネ)10102号)】
【判旨】
控訴人は、発明の名称を「ウォーターサーバー用ボトル」とする特許権に基づき差止請求及び損害賠償請求をしたが、被告容器は、構成要件Hを備えないとして、特許発明の技術的範囲に属さないと判断された。
【キーワード】
充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条、包袋禁反言
1.事案の概要
(1)本件特許
特許番号 特許第5253085号
発明の名称 ウォーターサーバー用ボトル
出願日 平成20年10月17日
優先日 平成20年7月18日
登録日 平成25年4月26日(2)対比表
以下、請求項1記載の発明を「本件発明1」という。
(2)特許発明の内容
【請求項1】
底部と,該底部の周縁から連続する胴部と,該胴部の上端縁から中央部に向かって上向きに傾斜する肩部と,前記中央部に配設する筒状の首部と,からなり,全体がPET樹脂によって形成されており,
前記胴部には,上下方向に伸縮自在な蛇腹部を有し,且つ該蛇腹部と前記底部との間には,底部に近づくに連れて先細りとなる裾絞り部を備え,
内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれる¹ことを特徴とするウォーターサーバー用ボトル。
(3)被告容器
2.争点
構成要件Hの充足性
3.判旨
「(1) 構成要件Hの意義
ア 特許請求の範囲の記載
構成要件Hは,「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」というものである。そして,本件発明1は「ウォーターサーバー用ボトル」(構成要件K)の発明であることから,「内部の液体」とは「ウォーターサーバー用ボトルの内部の液体」を指し,「ボトル内部」とは「ウォーターサーバー用ボトルの内部」を指すものと解される。一方,「ボトル内部に引き込まれること」について,ウォーターサーバー用ボトルの内部にどの程度引き込まれることを意味するのかは,特許請求の範囲の記載からは明らかでない。
イ 本件明細書の記載
前記1(2)のとおり,本件各発明の意義は,充填された液体に臭いが移ることがなく,自立的に形状を維持でき,内部に空気を送り込むことなく,充填された液体のほぼ全量を排出可能なウォーターサーバー用ボトルを提供するという課題を達成するために,本件各発明の構成を採用することにある。すなわち,本件各発明は,全体をPET樹脂によって形成することで,液体を充填した際でも自立的に形状を維持でき,液体に臭いが移ることがないようにし,胴部に上下方向に伸縮自在な蛇腹部を設けることで,潰れやすさを向上させ,さらに,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することで,ボトルが大気圧で押し潰れていく際に,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能を有するようにしたものである。
このような,本件明細書に記載された,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することの技術的意義に鑑みると,構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」とは,ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることを意味するものと解される。
また,かかる解釈は,本件各発明の実施の形態として本件明細書に記載されている唯一の実施例において,内部の液体の排出に伴って【図4】(B),【図5】(A),【図5】(B)と変化することが記載され,【図5】(B)において,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれていることとも整合する。
ウ 以上のとおり,特許請求の範囲の記載,本件明細書の記載及び本件発明1における裾絞り部の技術的意義を総合すれば,構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」とは,ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることを意味するものと解される。
エ 控訴人の主張について
控訴人は,裾絞り部がボトル内部に引き込まれることの効果は,ボトル内の残水を減らすことにあり,これを達するには,裾絞り部がボトル内部の方向に引き込まれれば足り,蛇腹内部に裾絞り部が引き込まれることまで要求されるものではないから,構成要件Hの「裾絞り部がボトル内部に引き込まれる」とは,裾絞り部が蛇腹部の方向,つまり裾絞り部から見てボトル内部の方向に引き込まれることを意味すると解される旨主張する。
しかし,前記イのとおり,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を形成することの技術的意義は,ボトルが大気圧で押し潰れていく際に,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能を有するようにしたことにあるところ,単に裾絞り部がボトル内部の方向に引き込まれるというだけでは,本件明細書に記載された本件各発明の上記効果を奏するものではなく,裾絞り部が蛇腹部の内部まで引き込まれることによって,上記効果を奏するものである。
また,控訴人は,本件特許の出願時の請求項1を特許請求の範囲から削除し,出願時の請求項2に構成要件Hを追加して請求項1とするなどの補正をした際に(乙6),審査官に対し,本件発明1は構成要件FないしHの構成を備えることにより,「ボトルが大気圧で押し潰れていく際,裾絞り部が蛇腹部の方に引き込まれていき,蛇腹部の内部の容積を削減する機能があり(本件明細書【0020】),ボトル内の残水を減らす効果がある。」旨の意見を述べていたものであり(乙7),控訴人の前記主張は,本件特許の出願経過における控訴人の主張とも異なるものである。
したがって,控訴人の上記主張は採用できない。
(2) 被告容器の構成要件Hの充足性の有無
控訴人は,被告容器における湾曲部は構成要件Gの「裾絞り部」に該当する旨主張するところ,証拠(甲18,乙11の1~3)によれば,被告容器における湾曲部の潰れ方は,排水開始時に湾曲部の底部に近い方が容器の内部に引き込まれるに止まり,それ以降は,蛇腹部の収縮に伴い下方へと下降するのみであると認められる。
したがって,仮に,被告容器における湾曲部が構成要件Gの「裾絞り部」に該当するものであるとしても,被告容器は,「ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれる」ものではなく,構成要件Hを充足しない。」
4.検討
本控訴審判決は、構成要件Hの「内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること」について,ウォーターサーバー用ボトルの内部にどの程度引き込まれることを意味するのかは,特許請求の範囲の記載からは明らかでないとした上で、「ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることを意味するものと解される。」と限定解釈をした。その上で、「被告容器における湾曲部は…被告容器における湾曲部の潰れ方は,排水開始時に湾曲部の底部に近い方が容器の内部に引き込まれるに止まり,それ以降は,蛇腹部の収縮に伴い下方へと下降するのみであると認められる。」として、被告容器は、裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれないことを理由に、構成要件Hの充足性を否定した。
構成要件Hを上記のとおり限定解釈することは、裾絞り部の作用として、明細書上、「裾絞り部がボトルの内部に陥没するように変形していく」(【0015】)といった記載など、必ずしも、裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることまで必要ではないかのような記載も見受けられるが、唯一の実施例が裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれるものであり、かつ、拒絶理由通知に対する意見書でも裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれることの効果を主張していたことから、限定解釈されることはやむを得ないと考えられる。仮に、限定解釈がされないようにするためには、「裾絞り部」の技術的意義をより明確に記載されている必要性、また、実施例の裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれる態様には限定されない等と記載されている必要性があったと考えられる。
以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一
¹下線部は補正で追加された事項。