【平成30年3月14日判決(知財高裁 平成29年(ネ)第10059号/平成29年(ネ)第10075号)】
【判旨】
補助参加人は、倒産後であったために対外的にヤマト商工の名義を使用していたものの、自らの判断により水産加工機械を開発、製造、販売し、原材料は補助参加人の指示によりヤマト商工が一旦費用を負担して購入するが、水産加工機械が販売できれば、販売代金の中から原材料代等相当額を支払うことによって精算されており、平成22年4月頃には、その未払額を分割で支払うことを約し、支払っていること、補助参加人は、水産加工機械の販売代金から原材料代等を除いた部分の半分を自らの取り分として受領していたこと、本件製品との関係では、七宝商事がヤマト商工に支払ったのは、本件製品の原材料代等であり、補助参加人に支払われたものは、「管理費」名目であるが本件製品の販売による補助参加人の取り分であると解されることからすると、本件製品の製造販売の主体は補助参加人と認めることが相当であり、ヤマト商工の名義使用は、補助参加人が倒産による責任追及を免れるための方便にすぎなかったものというべきである。
このように、補助参加人は本件製品の製造販売の主体であるということができるから、本件製品については、本件特許権の共有者である補助参加人が自己実施したと評価することができる。しかし、本件専売契約の、水産加工機械の製造は補助参加人が担当し、販売は被控訴人が専ら担当する旨の合意は、特許法73条2項の「別段の定」に該当するから、本件製品の販売時に本件専売契約が存続していれば、本件製品の補助参加人による実施により本件特許権が消尽したとはいえない。
平成21年6月には、補助参加人が被控訴人に対して通知を行うことによって、本件専売契約終了の意思を明らかにしている。したがって、平成21年6月頃には、両者とも本件専売契約に拘束される意思を放棄したものとして、本件専売契約を解約する旨の合意が成立していたものと認められる。
したがって、本件製品の販売時には、本件専売契約は消滅しているから、被控訴人は控訴人に対し、本件製品の使用につき、本件特許権侵害を主張することができない。本件各通告は、本件特許権侵害の事実がないのにこれをあると告知したものであって、違法である。
事案の概要(下線筆者)
1(1) 控訴人(原審本訴原告)は、ふぐを仕入れて、皮をはぎ、これをスライスし、刺身として販売する事業(原告事業)を営んでいた者であり、本件製品1台を本件リース契約1により取得し、これを業として使用していた。
被控訴人(原審本訴被告)は、本件特許権を補助参加人と共に共有する者である。
被控訴人は、平成25年7月16日付け本件通告書1及び同月17日付け本件通告書2により、控訴人に対し、本件製品が本件特許に抵触している旨主張して、本件製品の使用の停止、本件製品の廃棄及び損害賠償を求めるとともに、本件通告書1及び同2の到達後2週間以内に回答するよう求めた。
控訴人は、控訴人による本件製品の使用が本件特許権の侵害となるものではなく、したがって、被控訴人がした本件各通告は、控訴人に対する不法行為(民法709条)となる旨主張して、本訴請求をしている。
他方、被控訴人は、控訴人が本件製品を使用したことにより本件特許権が侵害され、また、現在も本件特許権が侵害されるおそれがある旨主張して、反訴請求をしている。
(2) 本訴は、控訴人が、被控訴人に対し、控訴人による本件製品の使用は本件特許権の侵害とならないから、本件各通告は違法であるところ、被控訴人には故意又は過失があり、控訴人は、本件各通告を受けたことにより本件製品の使用を停止せざるを得なくなって、原告事業からの撤退を余儀なくされるとともに、本件各通告への対応を迫られ、その結果、本件製品その他原告事業のため使用していた機器の残リース料相当額518万0700円、弁護士費用・弁理士費用相当額200万円、記録謄写費用相当額2万3595円及び出張費用相当額9万7160円の損害を被ったなどと主張して、不法行為による損害賠償の支払を求める事案である。
(3) 反訴は、被控訴人が、控訴人に対し、本件製品は本件各発明の技術的範囲に属するから、控訴人による本件製品の使用等は、本件特許権の侵害であるところ、控訴人は本件製品を使用等するおそれがあるとして、特許法100条1項に基づき本件製品の使用等の差止めを、同条2項に基づき本件製品の廃棄をそれぞれ求めるとともに、控訴人による本件製品の使用について、特許権侵害の不法行為による損害賠償の支払を求める事案である。
(4) 原審は、〈1〉本件製品は本件各発明の技術的範囲に含まれ、本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものであるとはいえず、〈2〉本件製品を控訴人に販売したのはヤマト商工であって、補助参加人ではないから、補助参加人が本件製品を製造販売したことによる消尽は成立せず、被控訴人が本件製品をヤマト商工が製造販売することを容認したとはいえず、本件製品が本件特許権の登録前に販売されたことにより消尽が成立することはなく、〈3〉被控訴人の控訴人に対する本件特許権の行使は権利濫用又は信義則違反といえないとして、本訴請求を棄却した。また、原審は、〈1〉本件製品は本件各発明の技術的範囲に含まれ、被控訴人が控訴人に対し本件特許権を行使することができないとすべき事由があるということはできないから、控訴人による本件製品の使用等は本件特許権の侵害となる、〈2〉被控訴人は控訴人に対し、特許法100条に基づき本件製品の使用等の差止め及び本件製品の廃棄を求めることができ、〈3〉控訴人について過失推定の覆滅は認められないから、不法行為による損害賠償金16万3354円及びこれに対する侵害行為の末日である平成25年7月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるとして、反訴請求を上記の限度で認容した。
判旨抜粋(下線筆者)
第3 当裁判所の判断
当裁判所は、控訴人の本訴請求を一部認容し、被控訴人の反訴請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 本訴請求について
(1) 争点(1)ア(本件各通告は違法か)について
ア 争点(1)ア(ウ)(本件製品を補助参加人が製造販売したことにより消尽が成立するか)について
事案に鑑み、上記争点から判断する。
(ア) 認定事実
証拠(各項に掲記の書証、乙3、丙14、25、証人Z〔原審〕)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
a 補助参加人は、平成8年頃、自己が経営していたFBエンジニアリング株式会社が倒産したことから、部品の仕入れ関係の取引があり懇意にしていたヤマト商工(訴外)の代表者であった亡Cを頼ることにした。
ヤマト商工は、高知市布師田3061番地に建設された工場建屋を借り受け、補助参加人は、この工場に製造機械や設備、設計図面を持ち込み、同年4月頃から、同工場で水産加工機械の開発及び製造に携わるようになった。
補助参加人は、ヤマト商工の指示を受けることなく、補助参加人自身で水産加工機械を開発、製造、販売した。水産加工機械の製造に必要な原材料は、ヤマト商工が一旦費用を負担して仕入れた。水産加工機械の販売は、補助参加人が倒産後であったため、ヤマト商工の名義を使用していたが、ヤマト商工が営業・販売活動に関与することはなかった。
補助参加人は、ヤマト商工から、生活費に充てるという趣旨で、当初月額80万円、後に月額50万円を受領していた。
b 補助参加人とD(後に被控訴人を設立)とは、平成16年5月18日、補助参加人の関係する水産加工機械の製造と販売につき、補助参加人は水産加工機械の製造、開発を行い、Dは総販売元として販売事業を行う旨の、契約期間8年間とする本件専売契約を締結した(甲10)。Dは、当時、補助参加人がヤマト商工の名を使って商売をしていたことは知っていた(甲11、28)。
また、補助参加人とDとは、本件専売契約の締結に当たり、上記契約書には記載しなかったものの、同契約に基づき水産加工機械を販売した代金については、販売代金から原材料代等の機械製造に要した費用を仕入代金として控除した粗利益を、双方で折半して取得する旨合意し、その後、合意に従った分配がされた(甲12、13、28、39)。
c Dは、同年8月6日、被控訴人を設立し、これに伴い、本件専売契約上のDの地位は被控訴人が承継した。
d 補助参加人は、水産加工機械の原材料代等を、水産加工機械の販売代金のうち、原材料代等に相当する額を販売先からヤマト商工に直接支払う方法で清算していた。
水産加工機械の販売に際しては、補助参加人が出張することもあったが、出張に要する交通費及び出張手当をヤマト商工から支払ってもらうことがあった(乙33)。
e 補助参加人は、平成17年夏頃以降、被控訴人が補助参加人製作の刺身用機械を販売しなくなったこと、補助参加人の資金繰りや事業計画が立たないため被控訴人に対して売上予定や販売計画を明らかにするよう求めたにもかかわらず、被控訴人がこれに応じないこと、被控訴人が水産加工機械の一部機種を他の製造業者名で販売しようとしたことなどに不満を持っており、平成18年5月頃以降、被控訴人に対して苦情を申し入れ善処を求めるなどしたことがあった。また、被控訴人が必ずしも正確な販売代金額を補助参加人に明らかにしていないのではないかとの疑念を抱くようにもなった。
他方、被控訴人は、平成20年夏頃、補助参加人が被控訴人を通さずに水産加工機械を販売しているとの情報を得たとして、E弁護士を通じ、同年9月25日頃、補助参加人に対し、本件専売契約に反する販売を止めるよう警告するとともに協議を申し入れる文書を送付した。
これを受けて、補助参加人は、交通費を被控訴人に負担させて平成21年1月7日に松山市内のE弁護士の事務所を訪ね、Dと協議をしたが、解決には至らなかった(甲52)。
そこで、被控訴人は、同月末日限りで、本件専売契約に基づく補助参加人への利益分配金の支払を止めた(甲16、51)。
被控訴人は、平成21年以降、本件専売契約に基づく水産加工機械の販売を行わなくなった。
f 被控訴人は、補助参加人に対し、本件専売契約を更に発展させるためとして、平成21年2月18日付けで契約書案を送付して検討するよう求めた。これに対し、補助参加人は、同年4月10日頃、同契約書案が被控訴人に有利であって不平等であるとして、本件専売契約を破棄することを確認した上で、被控訴人に対し、別の契約書案を送付した。被控訴人は、同年5月6日付けで補助参加人の提案する契約書案を拒否するとともに、同月11日までに上記の被控訴人案による契約の諾否を回答するよう求めた。補助参加人は、同年5月8日、上記案に対する疑問点を問う書面を被控訴人に送付したが、それ以上新たな契約の締結に向けての協議は進展しなかった。(甲13)
g 補助参加人は、平成21年6月4日、Dに対し、補助参加人が平成18年5月頃にDの債務不履行を理由として本件専売契約を解除したこと、Dとの今後の取引は、新たに補助参加人から提案する契約を締結することが前提であることを通知した(乙10、丙24)。しかし、D又は被控訴人からの回答がなかったため、補助参加人は、平成21年6月末日をもって被控訴人との取引を打ち切った。
補助参加人は、被控訴人に対し、同年6月10日頃、同月25日及び同年8月5日頃に、本件専売契約に基づく利益分配金が支払われていないとして請求書を送付したが、被控訴人から支払を受けることができず、補助参加人は、さらに、同年10月20日にも被控訴人に対し上記利益分配金の支払を請求したが、やはり支払を受けることができなかった(丙1)。
h 被控訴人とヤマト商工とは、平成21年7月、被控訴人が販売した水産加工機械の保守につき、ヤマト商工が責任をもって対処する旨の契約を締結した(乙40)。しかし、ヤマト商工が、同契約に基づき、水産加工機械の保守・メンテナンスを行ったことはない。
i 控訴人は、北銀リースとの間で、平成21年9月3日に本件フリーザー、同年9月29日に本件皮むき機、同年11月27日に本件製品のリース契約を締結した(甲2~4)。本件製品は、当初七宝商事に対して販売され、七宝商事から北銀リースに対して販売されたものである。本件製品の七宝商事に対する仮納品書は、代金額310万円として、補助参加人の指示により、ヤマト商工の名義で発行された(丙4)。補助参加人は、「エフビック」の名義で、七宝商事に対し、本件製品の管理費の名目で42万円(税込み)を請求した(丙6)。七宝商事は、本件製品に関し、41万9160円を補助参加人名義の銀行口座に振り込んで支払い、325万5000円(税込み)をヤマト商工に対して支払った(甲34~38、丙3、5)。
本件製品のチラシには、本件製品の名称は「エフビックスライサー」、開発・製造元は「ヤマト商工有限会社第二工場」、担当者は「エフビックスライサー事業部」の補助参加人と記載されており(甲5)、本件製品には、〈1〉「製造元 エフビック」のほか、〈2〉「高知市布師田3061番地」の住所と電話番号及び、担当者として補助参加人の名前と携帯電話番号が記載されたシール、〈2〉「製造元 理工エンジニアリング エフビックスライサー事業部」のほか、上記住所と電話番号及び、担当者として補助参加人の名前と携帯電話番号が記載されたシールが貼付されている(甲24)。このうち、「製造元 理工エンジニアリング」と記載されたシールは、控訴人が本件製品の納入を受けた後、平成22年1月頃に、補助参加人から依頼を受けて貼付したものである(甲26)。
j 被控訴人は、平成22年2月27日、ヤマト商工に働きかけて、補助参加人が販売した水産加工機械の取引の詳細について情報提供を受け、補助参加人が被控訴人を経ないで水産加工機械を販売していたことや取引金額の詳細についての証拠を得た(乙4、5)。
k 補助参加人は、平成22年4月頃、個人事業として「理工エンジニアリング」の商号で水産加工機械などの産業機械の設計、開発、製造を行うようになり、平成23年12月にはこれを法人化して代表取締役に就任した。
ヤマト商工と補助参加人は、平成22年4月頃、水産加工機械の原材料代等のうち、補助参加人が未払のものがあることを確認し、補助参加人及び理工エンジニアリングは、その後、ヤマト商工に対し、これを分割して支払っている(丙7、8)。
(イ) 本件製品の製造販売主体について
a 上記(ア)の事実関係によると、〈1〉補助参加人は、倒産後であったために対外的にヤマト商工の名義を使用していたものの、自らの判断により水産加工機械を開発、製造、販売し、原材料は補助参加人の指示によりヤマト商工が一旦費用を負担して購入するが、水産加工機械が販売できれば、販売代金の中から原材料代等相当額を支払うことによって精算されており、平成22年4月頃には、その未払額を分割で支払うことを約し、支払っていること、〈2〉補助参加人は、水産加工機械の販売代金から原材料代等を除いた部分の半分を自らの取り分として受領していたこと、〈3〉本件製品との関係では、七宝商事がヤマト商工に支払ったのは、本件製品の原材料代等であり、補助参加人に支払われたものは、「管理費」名目であるが本件製品の販売による補助参加人の取り分であると解されることからすると、本件製品の製造販売の主体は補助参加人と認めることが相当であり、ヤマト商工の名義使用は、補助参加人が倒産による責任追及を免れるための方便にすぎなかったものというべきである。補助参加人がヤマト商工から毎月一定額を受領していたことや出張費をヤマト商工に支払ってもらっていたことがあるとしても、既に判示したところに照らすと、本件製品の製造販売主体についての上記判断を左右するものではない。
b 被控訴人の主張について
被控訴人は、〈1〉ヤマト商工は会社として支出する以上はその根拠等を判断しており、会社としての管理、指揮命令が存する、〈2〉本件製品販売当時には、補助参加人はヤマト商工との間で月々仕入れをし、支払をするという取引はなかったのであり、補助参加人がヤマト商工に対して分割払いをしているのは、材料代金の精算ではなく、横領・背任行為についての損害賠償金である、〈3〉補助参加人は、1製品当たり40万円の収入では大幅な赤字である、〈4〉B(ヤマト商工の代表者の妻)は補助参加人から弁済を受けなければならないから、利害関係があり、その陳述書(丙25)には信用性がない、〈5〉補助参加人は、「エフビック」を名乗るときには「高知市布師田3061」の所在地を出さず(丙26)、ファクシミリ文書(甲12)でも「ヤマトで制作した」「ヤマトで管理」と述べているから、本件製品の製造販売主体は、ヤマト商工であると主張する。
しかし、〈1〉前記(ア)aのとおり、ヤマト商工と補助参加人とは、水産加工機械に関しては、補助参加人の指示に基づき、ヤマト商工が一旦原材料代等を立て替える旨合意していたものであるから、ヤマト商工が原材料代等を支出したことが、本件製品の製造販売の主体がヤマト商工であることを根拠付けるものではない。〈2〉前記(ア)kのとおり、補助参加人が、平成22年4月頃以降、ヤマト商工に対して月々支払をしているのは、それより前において製品が売れれば精算されるはずであった原材料代等が、精算されずに残っていたためであって、同月より前には補助参加人が原材料代等を負担していなかったものではないし、横領・背任の損害賠償金の支払でもない。〈3〉前記(ア)iのとおり、補助参加人が本件製品について受領したのは、41万9160円であるが、これは、自らの取り分であって、原材料代等は含まれていないから、赤字になっているということはできない。〈4〉Bが補助参加人から原材料代等の精算金を受領する関係にあることが、虚偽の事実を述べる動機になるとはいえず、その陳述書(丙25)の内容に疑わしい点はない。〈5〉前記(ア)iのとおり、「エフビック」とともに「高知市布師田3061番地」の表記が用いられているものがあり、また、被控訴人が指摘するファクシミリ文書(甲12)には、利益分配は「エフビック1/2」とも記載されており、ヤマト商工が補助参加人から独立した製造販売主体となることが前提となっているとはいえない。
(ウ) 本件専売契約の終了時期について
a 前記(イ)のとおり、補助参加人は本件製品の製造販売の主体であるということができるから、本件製品については、本件特許権の共有者である補助参加人が自己実施したと評価することができる。しかし、本件専売契約の、水産加工機械の製造は補助参加人が担当し、販売は被控訴人が専ら担当する旨の合意は、特許法73条2項の「別段の定」に該当するから、本件製品の販売時に本件専売契約が存続していれば、本件製品の補助参加人による実施により本件特許権が消尽したとはいえない。そこで、本件専売契約の終了時期について検討する。
b 本件専売契約は、被控訴人が水産加工機械を専ら販売し、その利益を補助参加人と被控訴人とで折半するという内容のものであるから、被控訴人が水産加工機械の販売をやめれば補助参加人は利益を得ることができなくなるので、被控訴人が販売継続することを前提としているといえる。上記(ア)e~gで認定したとおり、被控訴人は、補助参加人が被控訴人を介さずに水産加工機械を販売しているとして、弁護士を通じて協議を申し入れたものの、平成21年1月の補助参加人との協議においても本件専売契約に関する問題が解決しなかったことから、同年1月末限りで本件専売契約に基づく補助参加人への利益分配金の支払を止め、同年以降の水産加工機械を販売しなくなり、2月には新たな契約書案を補助参加人に送付して検討を求め、これに対して、補助参加人は、提案をし、疑問点を問うなどしたものの、被控訴人は、補助参加人の提案を拒否し、同年6月頃には、新たな契約交渉は打ち切られたものである。このように、被控訴人は、平成21年以降水産加工機械を販売しなくなり、新たな契約交渉も打ち切られたのであるから、平成21年6月頃には、被控訴人は、本件専売契約を継続する意思を失い、そのことを黙示的に表示したということができる。そして、前記(ア)gで認定したとおり、平成21年6月には、補助参加人が被控訴人に対して通知を行うことによって、本件専売契約終了の意思を明らかにしている。したがって、平成21年6月頃には、両者とも本件専売契約に拘束される意思を放棄したものとして、本件専売契約を解約する旨の合意が成立していたものと認められる。
以上のとおり、本件製品の販売時には、本件専売契約は消滅しているから、被控訴人は控訴人に対し、本件製品の使用につき、本件特許権侵害を主張することができない。
c 被控訴人の主張について
被控訴人は、控訴人は、本件製品が七宝商事に対して売却された平成21年11月25日当時、本件専売契約の効力が存続する旨を主張していたから、この点において既に自白が成立しており、自白撤回の要件も満たさない、と主張する。
しかし、原審において、本件専売契約の存続は、ヤマト商工による本件製品の製造販売には本件専売契約による許諾が及んでいたことの根拠として主張されていた(原審における控訴人第5準備書面2頁以下)。したがって、本件専売契約の効力が存続する旨の主張は、その事実に基づく法律効果が控訴人に不利な訴訟行為に当たらないから、自白とはいえない。また、仮に自白に当たるとしても、真実に反し錯誤に基づくものと認められるから、撤回することができる。
被控訴人は、被控訴人及び補助参加人間で、取引が存在しなかったのは、不信感が生じていたことを示すにすぎない、と主張する。しかし、前記bのとおり、本件専売契約は被控訴人が水産加工機械の販売を継続することを前提としたものであり、不信感から取引が中断したとしても、水産加工機械の販売が行われず、新たな契約交渉も打ち切られたのであるから、被控訴人は、平成21年6月頃には、本件専売契約を継続する意思を失っていたものと認められる。
被控訴人は、補助参加人が平成18年5月頃に解除の意思表示をしたという事実はなく、解除事由もない、と主張する。しかし、前記(ア)gのとおり、補助参加人は、平成21年6月4日に、Dに通知をしており、平成18年5月頃に解除の意思表示がされたかどうかやその効力いかんにかかわらず、上記通知により、補助参加人の、本件専売契約が終了したとの認識が表示されているものと認められる。
イ 以上より、本件各通告は、本件特許権侵害の事実がないのにこれをあると告知したものであって、違法である。
(2) 争点(1)イ(被控訴人に故意又は過失があるか)について
ア 被控訴人の故意又は過失について
前記(1)ア(ア)bのとおり、被控訴人は、補助参加人がヤマト商工の名を使って商売を行っていることを知っていたのであり、また、証拠(甲16、48)によると、被控訴人は、別件地裁訴訟においては、補助参加人が水産加工機械の製造販売の主体である旨主張、立証をしていたことが認められるから、補助参加人が本件製品について製造販売の主体であることを認識し又は認識することができたと認められる。
また、被控訴人は、本件専売契約の当事者であり、前記(1)ア(ウ)bのとおり、本件専売契約を終了する旨の黙示の意思表示をしたのであるから、本件専売契約の終了を認識し又は認識することができたと認められる。
したがって、被控訴人は、補助参加人による本件製品の製造販売が自己実施に該当し、控訴人の本件製品の使用が本件特許権の侵害に当たらず、本件各通告が虚偽の事実を告知するものであることにつき、故意又は過失があったということができる。
イ 被控訴人の主張について
被控訴人は、控訴人が、事業中止による損害を被控訴人に転嫁するために、被控訴人に本件各通告をさせ、被控訴人を陥れようとしたと主張する。しかし、被控訴人が述べるその根拠は不合理なものであって、被控訴人の主張を採用することはできない。
(3) 争点(1)ウ(控訴人の損害及びその額)について
中略
2 反訴請求について
前記1(1)アのとおり、被控訴人は控訴人に対して本件特許権を行使することができないから、反訴請求には、理由がない。
第4 結論
以上の次第で、控訴人の本訴請求は、284万8755円及びうち37万0755円に対する平成27年1月25日から、うち247万8000円に対する平成28年12月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の反訴請求は理由がないからこれを棄却するのが相当である。よって、本件控訴に基づき原判決を上記のとおり変更するとともに、本件附帯控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
第2部
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 永田早苗 裁判官 古庄研)
解説
本件の原審では、本件製品は本件特許権の技術的範囲にあり本件特許権に無効理由はなく、かつ本件製品の製造主体は訴外ヤマト商工であるから、控訴人(原審原告)が主張する本件特許権の消尽は認められないという判断がされ、控訴人による本件特許権の侵害が認められた。そのため、被控訴人(原審被告)が控訴人に対して行った本件各通告は違法ではないという判断がされた。
これに対して、本件では、本件製品の製造主体が補助参加人であるか、訴外ヤマト商工であるかが主な争点となり、補助参加人(本件特許権の共有者)であるとの判断がなされたため、本件特許権は消尽し、控訴人による本件特許権の侵害は認められなかった。
本件製品の製造主体に関しては、原審と控訴審では正反対の判断となっている。原審では、共有に係る特許権の規定である特許法73条の趣旨に鑑みて、「共有に係る特許権の共有者が自ら特許発明の実施をしているか否かは、実施行為を形式的、物理的に担っている者が誰かではなく、当該実施行為の法的な帰属主体が誰であるかを規範的に判断すべきものといえる。そして、実施行為の法的な帰属主体であるというためには、通常、当該実施行為を自己の名義及び計算により行っていることが必要であるというべきである。」という規範を示した。そして、①本件製品を含む水産加工機械の製造に要する原材料は、ヤマト商工の名義および計算により仕入れられていたこと、②補助参加人はヤマト商工から固定額の金銭を受領していて水産加工機械の販売実績によってその金銭の額が左右されなかったこと、③顧客に対しても、本件製品の販売に伴う責任を負う主体としてヤマト商工の名が表示されていたこと、④本件製品の買主からヤマト商工に支払われたのは本件製品の代金であり、補助参加人に支払われた「管理費」名目の約40万円は本件製品のメンテナンス料であったこと、をそれぞれ指摘した上で、本件製品の製造販売はヤマト商工の名義および計算で行われたものであるから、本件製品の製造主体はヤマト商工であるとの判断がされた。
これに対して、控訴審では、(1)補助参加人は、倒産後であったために対外的にヤマト商工の名義を使用していたものの、自らの判断により水産加工機械を開発、製造、販売し、原材料は補助参加人の指示によりヤマト商工が一旦費用を負担して購入するが、水産加工機械が販売できれば、販売代金の中から原材料代等相当額を支払うことによって精算されており、平成22年4月頃には、その未払額を分割で支払うことを約し、支払っていること(2)補助参加人は、水産加工機械の販売代金から原材料代等を除いた部分の半分を自らの取り分として受領していたこと、(3)本件製品との関係では、七宝商事がヤマト商工に支払ったのは、本件製品の原材料代等であり、補助参加人に支払われたものは、「管理費」名目であるが本件製品の販売による補助参加人の取り分であると解されること、を根拠として、本件製品の製造販売の主体は補助参加人と認めることが相当であり、ヤマト商工の名義使用は、補助参加人が倒産による責任追及を免れるための方便にすぎなかった、判断を示した。控訴審では、製造販売の主体の判断に関して明確な規範は示さなかったものの、上記の判断からは、原審とは異なり、名義や計算ではなく、実質的な製造販売を行う者が製造販売の主体であるとの判断基準を用いたものと考えられる。
本件製品の製造主体が補助参加人であったとしても、補助参加人と被控訴人との間の本件専売契約が存続していれば、特許法73条2項の「別段の定」に該当する。この場合は、本件製品の補助参加人による実施により本件特許権が消尽したとはいえなくなるので、本件専売契約の終了時期についても検討された。ここでも本件製品の販売時には本件専売契約は消滅していたとの控訴人の主張が認められた。この争点では、控訴人が本件製品の販売時に本件専売契約の効力が存続する旨を主張していたから、この点において自白が成立し、自白撤回の要件も満たさないとの被控訴人の主張を退けている。その理由は、原審で控訴人が本件専売契約の存続を主張したのは、ヤマト商工による本件製品の製造販売に本件専売契約による許諾が及んでいたことの根拠としたためであり、その事実に基づく法律効果が控訴人に不利な訴訟行為に当たらないから、自白とはいえないためである。また、仮に自白にあたるとしても、真実に反し錯誤に基づくものと認められるから、撤回することができるとされている。
被控訴人に、本件各通告が虚偽の事実を告知するものであることにつき故意又は過失も認められ(この際、別件訴訟では、水産加工機械の製造主体が補助参加人であると、被控訴人が主張・立証していたことに言及されている。)、結局本件各通告は、本件特許権侵害の事実がないのにこれをあると告知したものであって、違法である、との判断がされている。
本件は、本件製造主体に関して、同じ事実関係を基にした判断が原審と控訴審で正反対となってしまった例といえるが、判断基準に関しては、名義や計算により判断する原審よりも、実質的に判断する控訴審の方が実態により即した結論になると考えられる。
以上
(文責)弁護士 石橋 茂