【東京地方裁判所平成30年6月19日 平成28年(ワ)第32742号】

【キーワード】
著作権法47条、小冊子

【判旨】
 観賞用の画集や写真集等と同視し得るもの、著作物の解説又は紹介以外を主目的とするもの、また、実際に作品を観覧する者以外に配布されるものは、著作権法47条1項の「小冊子」には該当しない。

第1.事案の概要

1.はじめに
 本件は、原告である故久保田一竹(以下「故一竹」という。)の長男、及び、故一竹の死後、故一竹が開発した「一竹辻が花」という独自の染色技術を継承し、「一竹辻が花」の制作を継続している法人が、同技術を用いた創作着物作品や、その制作工程に関する文章及び写真等について著作権及び著作者人格権を有しているところ、久保田一竹美術館(以下「一竹美術館」という。)を経営する被告が、同美術館において販売している商品等に原告らに無断で上記着物作品等を複製等したことにより、原告らの著作権(複製権、譲渡権、公衆送信権)及び著作者人格権(同一性保持権等)を侵害したと主張して、被告に対し、配布物の複製・頒布の差止め及び被告のウェブサイトにおける文章の自動公衆送信等の差止めを求めるとともに、損害賠償金等の支払を求める事案です。

2.争点
 本件の主な争点は、著作権侵害の成否、損害額等、消滅時効の成否及び差止めの必要性です。本稿では、著作権侵害の成否のうち、著作権法47条の抗弁の成否についてとりあげます。
 なお、本件訴訟では、結論として、原告らの差止請求及び損害賠償請求等の一部を認めています。

第2.判旨

1.論点
 被告は、著作権侵害の主張に対する抗弁として、被告が作成する被告小冊子、被告パンフレット及び被告特別割引券は、いずれも観覧者のために展示された著作物を解説又は紹介することを目的とする小型のカタログ、目録又は図録であり、それ自体が独立して鑑賞の対象となるものではないから、いずれも著作権法47条の「小冊子」に該当し、著作権侵害とはならないと主張しました。
 なお、上記でいう被告パンフレット及び被告特別割引券は、それぞれ次のようなものです(いずれも裁判所ウェブサイト1より引用)。

【被告パンフレット(日本語版)】

【被告特別割引券】

2.判旨
 「著作権法47条の「小冊子」とは、観覧者のために展示作品を解説又は紹介することを目的とする小型のカタログ、目録又は図録等をいい、観覧者に頒布されるものであっても、紙質、装丁、版型、展示作品の複製規模や複製態様、展示作品の複製部分と解説・資料部分の割合等を総合考慮して、観賞用の画集や写真集等と同視し得るものは「小冊子」に当たらないと解するのが相当である。また、同条における「小冊子」は、あくまでも「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする」ものであることを前提としているから、著作物の解説又は紹介以外を主目的とするものや、実際に作品を観覧する者以外に配布されるものは、「小冊子」に当たらないと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、被告小冊子…は、A4程度の大きさの上質紙に、一竹作品22点を印刷しているところ、そのうち4点は1頁サイズ、1点は2/3頁サイズ、1点は1/3頁サイズとなっており、一竹作品の細部を鮮明に鑑賞できるものとなっている一方、解説部分は小さな文字で、わずかに記載されているだけであり、観賞用の作品集である被告作品集…と比較しても、着物作品の掲載の仕方が似ている。また、被告小冊子には、一竹作品のほかにも、一竹美術館の外観や敷地、着物作品以外の展示品等も掲載されており、全体として一竹美術館自体を紹介する要素が強いものと認められる。そうすると、被告小冊子は観賞用の作品集と同視し得る上、著作物の解説又は紹介以外を主目的とするものといえるから、著作権法47条の「小冊子」には当たらない。
 また、被告パンフレット…は、一竹作品を表紙デザインとして使用しているところ、作品についての解説や紹介は一切記載されていない。また、証拠…によれば、被告パンフレットのうち日本語以外のものについては、被告HP上にアップロードされているものと認められ、実際に作品を観覧する者以外に配布されている。そうすると、被告パンフレットは、「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする」ものではないから、著作権法47条の「小冊子」には当たらない。
 さらに、被告特別割引券…は、割引券という性質上、実際に作品を観覧する者か否かにかかわらず、美術館外部で多数人に配布されるものであり、その「お取り扱い店印」欄の記載によれば、現実にも美術館周辺の飲食店等において配布されているものと認められる。そうすると、「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする」ものではないから、著作権法47条の「小冊子」には当たらない。」

第3.説明

1.著作権法47条1項の内容
 本判決の当時、著作権法47条1項(以下「法」と省略します。)は、次のとおり規定していました2
「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる。」

2.条文の趣旨3
 本条は、複製権(法21条)に対する制限規定であり、所有者による複製の対象を観覧者に展示作品の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子に限定することによって、著作権者の複製に係る利益と所有者の展示に係る利益の調整を図るものです。
 すなわち、著作権者は、美術作品等を原作品により公に展示することができますが(展示権。法25条)、原作品の所有者等も、美術作品等の原作品を公に展示することが可能です(法45条1項)。このため、著作権者は、いったん美術作品等の所有権を移転してしまうと、所有者による原作品の展示行為を展示権で規律することがでません4。しかし、この場合でも、著作権者には、観賞用の画集等の複製物の作成を複製権(法21条)で規律することで、経済的利益の回収を図る途が残されています。
 他方で、上記所有者としては、単に購入した美術作品等を展示できるだけでなく、観覧者に展示作品を深く理解してもらい、その鑑賞ないし購入意欲を増進させるために、展示作品の解説等に展示作品を複製して掲載し、これを観覧者に配布することができた方が望ましいといえます。しかし、当該解説等の複製の質が観賞用の画集等と同等であった場合には、消費者はわざわざ市販の画集等を購入する必要がなくなるため、著作権者は上記方法により経済的利益を回収することが困難となります。

3.本判決の内容等
 本判決は、法47条の「小冊子」に該当しない場合として、次のものを挙げています。
① 観覧者に頒布されるものであっても、紙質、装丁、版型、展示作品の複製規模や複製態様、展示作品の複製部分と解説・資料部分の割合等を総合考慮して、観賞用の画集や写真集等と同視し得るもの
② 著作物の解説又は紹介以外を主目的とするもの
③ 実際に作品を観覧する者以外に配布されるもの
 そして、本判決では、実際にも、被告パンフレットの一部が被告のホームページ上にアップロードされていることや、被告特別割引券が美術館周辺の飲食店等、実際に作品を観覧するかどうか分からない者に配布されていることを適示して、これらが法47条の「小冊子」には該当しないと判断しています。

4.本判決からいえること
 被告のように美術館等を運営する者が、その所有する美術作品等について、著作権者から複製権の許諾を受けていない場合に、観覧者用の解説等を作成する場合は、その内容はもとより、それを配布する対象についても注意することが必要です。

以上
(文責)弁護士 永島太郎


1 http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=87871
2 平成30年5月18日に成立した「著作権法の一部を改正する法律」により、現在の同法47条1項は、次のように規定しています。本稿では、この改正前の条文について説明しています。「美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二十五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者(以下この条において「原作品展示者」という。)は、観覧者のためにこれらの展示する著作物(以下この条及び第四十七条の六第二項第一号において「展示著作物」という。)の解説若しくは紹介をすることを目的とする小冊子に当該展示著作物を掲載し、又は次項の規定により当該展示著作物を上映し、若しくは当該展示著作物について自動公衆送信(送信可能化を含む。同項及び同号において同じ。)を行うために必要と認められる限度において、当該展示著作物を複製することができる。ただし、当該展示著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」
3 半田正夫等編「著作権法コンメンタール(第2版)」476~477頁
4 ただし、法45条2項に規定される場合は除外されます。