【平成30年3月29日(知財高裁平成29年(行ケ)第10097号)】

【要旨】
「システム作動方法」という発明の名称の本件発明についての進歩性を肯定し,本件特許が無効でないと判断した審決を維持した。

【キーワード】
特許法29条2項,進歩性,阻害要因,除くクレーム

【事案の概要】
(特許庁等における手続の経緯)
 被告は,平成6年12月9日,名称を「システム作動方法」とする特許出願を行い,平成14年9月20日,設定登録を受けた(特許第3350773号)。原告は,平成27年4月17日,上記請求項1ないし3に係る発明を無効にすることについて特許無効審判を請求した(以下「本件審判」という。)。これに対し,被告は,上記請求項3に係る発明を削除し,請求項1,2に係る発明を訂正した(以下,「本件訂正」という。)。特許庁は,本件訂正を認めた上で,本件訂正後の請求項1,2に係る発明についての本件審判の請求は成り立たない旨の審決をした(以下「本件審決」という。)。
 そこで,原告は,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。本件訴訟では,本件訂正の適否は争われていない。

【本件訂正後の請求項1】(以下,「本件発明」という。)下線は本件訂正の箇所である(本件訂正が行われた全ての箇所を示したわけではない。本稿の説明に必要な箇所だけ示した。)。
 ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶するとともに所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)を上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって,上記記憶媒体は,少なくとも,所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,
 上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて,ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するためのゲームプログラムおよび/またはデータであり,
 上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,ゲームシステム作動方法。

【争点】(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)
相違点に係る構成に対する容易想到性

【判旨】(下線及び※の記載は筆者が付した)
第1~第4 ・・・略・・・
第5 当裁判所の判断
1 認定事実 ※判旨の概要のみを示す
<公知発明1の内容>
a ファミリーコンピュータとディスクシステムとテレビとから構成され,ディスクを用いてゲームを行うファミコンゲームシステムにおいて,セーブデータなどを記憶可能で,ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶するファミコンゲームシステムの作動中に入れ換え可能なディスクをディスクシステムに挿入して,ファミコンゲームシステムを作動させる方法であって,
b 上記ディスクは, b-1 魔洞戦紀のゲームプログラムおよび/またはデータと,魔洞戦紀にセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報とを包含する魔洞戦紀DDⅠと, b-2 標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて,魔洞戦紀DDⅠから転送されたキャラクタの魔洞戦紀におけるレベルが16以上であるときには,そのキャラクタの勇士の紋章におけるレベルが最初から2となり,神殿で祈ると『ゆうけんしのしそん じゅんくよ。がんばるのだぞ。』とのメッセージが表示され,アイテム『くさのつゆ』及び『しろきのこ』が1つ増えるという動作機能を実行する拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する勇士の紋章DDⅡとが準備されており,
c 拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,標準ゲームプログラムおよび/またはデータに対して,キャラクタのレベルの増加,またはキャラクタのためのアイテムの増加を達成するように形成されたものであり,
d 勇士の紋章DDⅡがディスクシステムに挿入されるとき, d-1 ファミリーコンピュータが,魔洞戦紀DDから,キャラクタのレベルが21,すなわち16以上であることを示す情報を読み込んでいる場合には,標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラムおよび/またはデータと拡張ゲーム機能部分を実行する拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってファミリーコンピュータを作動させ, d-2 ファミリーコンピュータが,魔洞戦紀DDから,キャラクタのレベルが16以上であることを示す情報を読み込んでいない場合には,標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってファミリーコンピュータを作動させる,
 e ファミコンゲームシステム作動方法。

<先行技術発明Aの内容>
 MSX本体に「沙羅曼蛇」ROMと「グラディウス2」ROMを装填した状態で「沙羅曼蛇」のゲームをプレイすると,「グラディウス2」ROMに含まれている所定の情報に基づいて,MSX本体に「沙羅曼蛇」ROMのみを装填してゲームをプレイした場合にはなかったステージX「OPERATION X」が現れるとともに,エンディングが異なったものとなる。

2 取消事由1(相違点1ないし3の判断の誤り)
(1)相違点1ないし3について
 所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体又は一の記憶媒体若しくは二の記憶媒体に関して,本件発明1の記憶媒体は,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」であるのに対して,公知発明1の記憶媒体又は勇士の紋章DDはディスクであり,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」ではない点。
(2)相違点1ないし3の判断について
 前記1・・・の認定事実によれば,本件発明は,ユーザがシリーズ化された一連のゲームソフトを買い揃えるだけで,標準のゲーム内容に加え,拡張されたゲーム内容を楽しむことを可能とすることによって,シリーズ化された後作のゲームの購入を促すという技術思想を有するものと認められる。これに対し,前記1・・・の認定事実によれば,公知発明は,前作と後作との間でストーリーに連続性を持たせた上,後作のゲームにおいても,前作のゲームのキャラクタでプレイをしたり,前作のゲームのプレイ実績により,後作のゲームのプレイを有利にすることによって,前作のゲームをプレイしたユーザに対し,続編である後作のゲームもプレイしたいという欲求を喚起することにより,後作のゲームの購入を促すという技術思想を有するものと認められる。
 そうすると,公知発明は,少なくとも,前作において実際にプレイしたキャラクタをセーブするとともに,前作のゲームにおいてキャラクタのレベルが16以上となるまでプレイしたという実績(以下「プレイ実績」という。)をセーブすることが,その技術思想を実現するための必須条件となる。そのため,前作において実際にプレイしたキャラクタ及びプレイ実績に係る情報をセーブできない記憶媒体を採用した場合には,後作のゲームにおいても,前作のゲームのキャラクタでプレイをしたり,前作のゲームのプレイ実績により,後作のゲームのプレイを有利にすることができなくなる。このことは,前作のゲームをプレイしたユーザに対し,続編のゲームをプレイしたいという欲求を喚起することにより,後作のゲームの購入を促すという公知発明の技術思想に反することになる。
 したがって,当業者は,公知発明1のディスクについて,前作において実際にプレイしたゲームのキャラクタ及びプレイ実績をセーブできない記憶媒体,すなわち,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」に変更しようとする動機付けはなく,かえって,このような記憶媒体を採用することには,公知発明の技術思想に照らし,阻害要因があるというべきである仮に,先行技術発明A等・・・のように,2本のゲームのROMカセットを所有し,ゲーム機のスロットに挿入するのみで拡張されたゲーム内容を楽しめるゲームが周知技術であったとしても,これを公知発明1に対して適用するに当たり,公知発明1のディスクを,ゲームのプレイ実績をセーブできない記憶媒体,すなわち,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」に変更すると,上記のとおり,後作のゲームにおいても,前作のゲームのキャラクタでプレイをしたり,前作のゲームのプレイ実績により,後作のゲームのプレイを有利にすることができなくなるから,前作のゲームをプレイしたユーザに対し,後作のゲームの購入を促すという公知発明の技術思想に反することになる。また,仮に,ゲームに登場するキャラクタをゲームプログラムにプリセットしておき,プレイヤーがキャラクタを適宜選択できるようにすることが,本件特許の出願当時において,技術常識であったとしても,公知発明1の「キャラクタのレベルが16以上である」というゲームのプレイ実績を,プリセットされたキャラクタに係る情報に変えると,後作のゲームにおいても,前作のゲームのキャラクタでプレイをしたり,前作のゲームのプレイ実績により,後作のゲームのプレイを有利にすることができなくなるから,上記と同様に,公知発明の技術思想に反することになる。
 以上によれば,公知発明1において,所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体,一の記憶媒体及び二の記憶媒体を,ディスクから「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」に変更して相違点1ないし3に係る構成とすることは,当業者が容易になし得たことであるとはいえないとした審決の判断に誤りはなく,取消事由1は,理由がない。・・・※以下,省略。

【解説】
 本件は,公知発明から本件発明への容易想到性について阻害要因があるとして,本件発明の進歩性を肯定したものである。
 進歩性に関する「阻害要因」の有無を判断した裁判例は多数存在するが,本件は,本件発明がいわゆる「除くクレーム」である点,本件発明と公知発明(主引用発明)の相違点が当該「除く」部分である点,公知発明(主引用発明)がいわゆる特許公報の類でなく公知品(特許法29条1項1号)である点が特徴と言える。  本件判旨でも述べているように,主引用発明の技術思想に反する組み合わせ(主引用発明の技術思想に反する容易想到性のロジック)は,論理付けを妨げる要因(阻害要因)となり,進歩性が肯定される方向に働く。このことは,特許庁審査基準においても,阻害要因をもたらす副引用発明の例(要するに,相違点に対する容易想到性のロジックの例)として,(i)主引用発明に適用されると,主引用発明がその目的に反するものとなるような副引用発明,(ii)主引用発明に適用されると,主引用発明が機能しなくなる副引用発明,(iii)主引用発明がその適用を排斥しており,採用されることがあり得ないと考えられる副引用発明,(iv)副引用発明を示す刊行物等に副引用発明と他の実施例とが記載又は掲載され,主引用発明が達成しようとする課題に関して,作用効果が他の実施例より劣る例として副引用発明が記載又は掲載されており,当業者が通常は適用を考えない副引用発明,が挙げられている。本件は,上記特許庁審査基準でいう(i)か(ii)の類型に当たりそうである。
 つぎに,本件で「相違点」とされた内容であるが,本件は(ざっくりとした言い方をすれば),本件発明及び公知発明ともに,第1作目のソフトを購入した購入者に対し,第2作目において特別なプレイを提供する(第1作目のソフトを購入していない者ができないプレイを提供する)と言う点で共通しているが,公知発明が「第1作目における実績(例えば,レベルXまで達していること)」を条件とするのに対し,本件発明にはそのような条件がない(第1作目における実績と無関係としている)点で相違する,というものである。そして,この違いが,本件発明の「除くクレーム」の部分である「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」で表現されている(本件訂正による)。
 本件は,公知品(特許法29条1項1号)が主引用発明とされている関係もあり,公知品が採っていない構成については,「公知発明の技術思想に反する」と言いやすい事情があったと言える。公知品は「その構成の全て」をもって公知品の「技術思想」が反映されたものなので(いわば,それ以上でも,それ以下でもないので),どのパーツが欠けても,公知品の技術思想に反すると言い易いように思われる。これに対し,本件発明は,「公知発明の技術思想に反する」構成(公知品にない構成)を「除くクレーム」で作り上げることができた(公知品の構成を除くことができた)。このため,公知品の技術思想に反すると言い易く,阻害要因の枠組みに乗りやすいものであったと言える。「除くクレーム」については,別途「新規事項の追加」に当たらぬように注意しなければならないが,もし,主引用発明の技術思想との関係で,うまく「除くクレーム」を作れることができるとすれば,阻害要因を作り込む手法の一つになるかもしれない。

以 上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳