【知財高判平成30年5月24日・平成29年(行ケ)第10129号】

【キーワード】
サポート要件、食品特許、課題

第1 はじめに

 本件は、異議申立てにおいて、特許庁が、請求項1~4にかかる特許を取り消すとの異議決定をしたところ、当該異議決定の取消しを求めて審決取消訴訟が提起され、異議決定が取り消されたという事案である。異議決定の理由は、特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件違反であった。
 サポート要件の判断規範としては、知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決(偏光フィルム事件大合議判決。以下「大合議判決」という。)が打ち立てた、「(特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,)特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」という規範が用いられるのが一般的である。
 この規範においては、発明の課題が解決できると当業者が認識できるように明細書が記載されているかどうかがポイントとなるところ、本件では、課題の認定手法について興味深い判断がなされた。

第2 事案

 1 特許請求の範囲
 本件特許の特許請求の範囲の記載は以下のとおりである。
「「【請求項1】
米糖化物,及びγ-オリザノールを1~5質量%含有する米油を含有するライスミルクであって,当該米油を0.5~5質量%含有するライスミルク。
【請求項2】
さらにイノシトールを含有する請求項1に記載のライスミルク。
【請求項3】
イノシトールを0.01~0.5質量%含有する請求項2に記載のライスミルク。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のライスミルクを含有する食品。」

 2 異議決定の概要
 特許庁がなした異議決定の概要は、本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでない,すなわち,
①本件明細書の記載からは,γ-オリザノールを1~5質量%含有する米油全てについて,それぞれライスミルクへの含有量が0.5~5質量%の全範囲にわたって,本件発明1の課題を解決できることまでは認識できず,②本件発明1の特定事項を全て含み,米油について新たな限定を付加するものでない本件発明2~4についても同様であるから,本件発明は,特許法36条6項1号の要件(サポート要件)を満たしておらず,本件発明にかかる特許は,特許法113条4号により取り消されるべき、というものである。

第3 主な争点

 本件特許のサポート要件違反の判断規範として、大合議判決が示した規範を用いることが適切かどうか、及び、サポート要件の判断における発明の課題の認定方法。

第4 裁判所の判断

「第5 当裁判所の判断
・・・
 2 取消事由1(判断手法の誤り)について
 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」との要件(サポート要件)に適合するものでなければならないと定めている。その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するから,そのような特許請求の範囲を許容しないとしたものである。
 そうすると,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
 原告は,上記判断基準は「特殊なケース」にのみ当てはまるものであって,本件においては当てはまらない(考慮すべきでない)と主張するが,同判断基準が,原告が主張するような「特殊なケース」にのみ妥当するものではなく,特許発明一般に関するものであることは,上記の立法趣旨からして明らかというべきである。
 したがって,原告の主張は採用できない。
・・・(中略)・・・
3 取消事由2(課題の認定の誤り)及び取消事由3(課題を解決できると認識
できる範囲の判断の誤り)について
(1) 課題の認定について
ア 前記のとおり,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
 また,発明の詳細な説明は,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」その他当業者が発明の意義を理解するために必要な事項の記載が義務付けられているものである(特許法施行規則24条の2)。
 以上を踏まえれば,サポート要件の適否を判断する前提としての当該発明の課題についても,原則として,技術常識を参酌しつつ,発明の詳細な説明の記載に基づいてこれを認定するのが相当である
 かかる観点から本件発明について検討するに,本件明細書の発明の詳細な説明には,米糖化物含有食品であるライスミルクの製造時に各種酵素を制御することなく加えると,プロテアーゼによりアミノ酸,オリゴペプチドが生成し,うまみ調味料様の雑味がついてしまい,用途が限られたこと(【0002】),食感が滑らかで雑味がなくすっきりした味を持つ米糖化液としてアミノ酸濃度が一定範囲である米糖化液が開発されたが,甘味,コク(ミルク感)等の風味は十分に改善されておらず,必ずしも満足できるものではなかったこと,さらに,グラノーラ,パンケーキ等が流行する。
 一方,牛乳アレルギー,大豆アレルギーの人口は増加傾向にあり,風味が改善された牛乳や豆乳の代用品が求められていたこと(【0003】)などが背景技術として記載されている。その上で,発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題として,「本発明は,米糖化物含有食品のコク,甘味,美味しさ等を改善するという課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果見出されたものである。すなわち,本発明は,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することを目的とする。さらに,従来牛乳や大豆を用いて製造又は調理されていた多数の食品を作ることを可能にする食品を提供することも目的とする。」との記載がある(【0006】)。
 これらの記載からすれば,本件発明は,「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」それ自体を課題とするものであることが明確に読み取れるといえる。
 イ これに対し,異議決定は,「本件発明1の課題は,本件特許明細書の『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』(【0006】)との記載及び実施例(【0031】~【0043】)において,『コク(ミルク感)』,『甘み』及び『美味しさ』の各評価項目について評価を行っていることから,『コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること』と認められる。」と,一旦は上記アと同様に本件発明1の課題を認定しながら,最終的なサポート要件の適否判断に際しては,「本件発明1の課題は,上記aのとおり,具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供することであ(る)」とその課題を認定し直し,課題の解決手段についても,「本件発明1が課題を解決できると認識できるためには,…実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有することを認識できることが必要である。」としている(異議決定12頁16~25行)。
 この点について,被告は,発明が解決しようとする課題とは,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,本件発明1の「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」という課題は,本件出願時の技術水準を構成する米糖化物含有食品(具体的には,実施例1-1のライスミルク)に比べて,コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供することであり, したがって,異議決定においては,本件発明1の課題について,「具体的には,実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて優位な差を有するものを提供すること」としたものである(したがって,異議決定の課題の認定に誤りはない)と主張する。
 確かに,発明が解決しようとする課題は,一般的には,出願時の技術水準に照らして未解決であった課題であるから,発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合においては,技術水準から課題を認定するなどしてこれを補うことも全く許されないではないと考えられる。
 しかしながら,記載要件の適否は,特許請求の範囲と発明の詳細な説明の記載に関する問題であるから,その判断は,第一次的にはこれらの記載に基づいてなされるべきであり,課題の認定,抽出に関しても,上記のような例外的な事情がある場合でない限りは同様であるといえる。
したがって,出願時の技術水準等は,飽くまでその記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず,本来的には,課題を抽出するための事項として扱われるべきものではない(換言すれば,サポート要件の適否に関しては,発明の詳細な説明から当該発明の課題が読み取れる以上は,これに従って判断すれば十分なのであって,出願時の技術水準を考慮するなどという名目で,あえて周知技術や公知技術を取り込み,発明の詳細な説明に記載された課題とは異なる課題を認定することは必要でないし,相当でもない。出願時の技術水準等との比較は,行うとすれば進歩性の問題として行うべきものである。)。
 これを本件発明に関していえば,異議決定も一旦は発明の詳細な説明の記載から,その課題を「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供すること」と認定したように,発明の詳細な説明から課題が明確に把握できるのであるから,あえて,「出願時の技術水準」に基づいて,課題を認定し直す(更に限定する)必要性は全くない(さらにいえば,異議決定が技術水準であるとした実施例1-1は,そもそも公知の組成物ではない。)。
 したがって,異議決定が課題を「実施例1-1のライスミルクに比べてコク(ミルク感),甘味及び美味しさについて有意な差を有するものを提供すること」と認定し直したことは,発明の詳細な説明から発明の課題が明確に読み取れるにもかかわらず,その記載を離れて(解決すべき水準を上げて)課題を再設定するものであり,相当でない。
 以上によれば,異議決定における課題の認定は妥当なものとはいえず,被告の主張は採用できない。 ・・・(中略)・・・
エ 以上によれば,本件発明は,いずれも,発明の詳細な説明の記載から「コク,甘味,美味しさ等を有する米糖化物含有食品を提供する」という課題を解決することができると認識可能な範囲のものであるといえる。
・・・(中略)・・・
(4) 小括
 以上のとおり,異議決定は,サポート要件の判断の前提となる課題の認定自体を誤り,その結果,本件発明が発明の詳細な説明の記載から課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについての判断をも誤って,サポート要件違反を理由とする特許取消しの判断を導いたものである。
 したがって,その旨を指摘する取消事由2及び取消事由3は理由がある。
4 結論
 以上のとおり,異議決定には取り消されるべき違法があるから,これを取り
消すこととして,主文のとおり判決する。」

第5 検討

 判決では、まず、大合議判決が打ち立てたサポート要件の判断規範は、パラメータ特許などの特殊なケースについてのみ妥当するものであるという原告主張に対して、大合議判決が打ち立てた規範は、発明一般に妥当すると明言した。これについては、近時の裁判例の傾向に沿うものである。

 次に、サポート要件判断における特許発明の課題の認定手法について、特許発明の課題は、第一次的には、発明の詳細な説明の記載に基づいて認定されるべきであり、出願当時の技術水準は、あくまで発明の詳細な説明の記載内容を理解するために補助的に参酌されるべき事項にすぎず、出願当時の技術水準から発明の課題を認定してよいのは、発明の詳細な説明に,課題に関する記載が全くないといった例外的な事情がある場合に限られる、とした。
 審査等において時折見られるケースとして、明細書の発明の詳細な説明には、発明の解決すべき課題として、ある効果をもたらす構成(物)を提供する、と記載されているところ、実施例・実施態様の一部が公知発明と同様、すなわち新規性を欠くものである場合に、サポート要件における発明の課題が、その公知な構成に比較して優れた効果をもたらす構成を提供する、と認定されることがある。つまり、単純に明細書に記載された効果をもたらすだけでなく、公知の構成になってしまった“もと実施例”に比べて優れた効果をもたらす必要があるという認定である。
 本裁判例は、このようなサポート要件の判断手法に対して、発明の課題はあくまでも、明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて認定するものであると明確に述べた。本裁判例の判示内容は、審査実務に影響を与える可能性がある。たとえば、審査等において、サポート要件における課題が、技術水準と比較して優れた効果をもたらす構成を提供するというように認定され、課題の“ハードル”を上げられてしまった場合に、発明の課題は、あくまでも発明の詳細な説明を記載に認定すべきであるという反論材料として使えるのではないかと考えられる。

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎