【平成30年7月6日判決(東京地裁 平成29年(ワ)第13005号)】

【判旨】
 本判決は,本件発明の内容およびイ号物件の構成を認定し,構成要件充足性に争いはあるものの,技術思想は共通するとして,無償実施の許諾の有無の判断を先行させた上で,原告がイ号物件の開発・製造に当初から関与し,具体的構成等についても指示を与えていたことや,原告が本件特許の特許権者である法人の代表者と親族関係にあることなどを認定し,イ号物件の製造・販売について特許権者の黙示の許諾が認められると判断し,原告の請求をいずれも棄却した。

事案の概要(下線筆者)

1 本件は,名称を「リング式多段岩盤変動測定装置」とする特許権(請求項の数8。以下「本件特許権」又は「本件特許」といい,特許請求の範囲における請求項1の発明を「本件発明」という。)を有する原告が,被告が平成19年に製造,販売したデジタル式2連地殻活動総合観測装置は,本件発明の技術的範囲に属するところ,被告は実施料を支払うことなく上記装置を販売したことにより,法律上の原因なく実施料相当額の利得を得たと主張して,被告に対し,民法703条に基づく不当利得金1800万円及び民法704条前段所定の法定利息702万円の合計2502万円のうち100万円及びこれに対する催告の後である平成28年10月21日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。なお,本判決を通じ,証拠を摘示する場合には,特に断らない限り,枝番を含むものとする。)
(1) 当事者等
 原告は,平成20年3月31日に退職するまで,X大学地震火山・防災研究センター(以下「本件研究センター」という。)の准教授であり,地震予知に関わる研究や観測装置の開発に携わってきた。(乙27)
 有限会社Y(以下「Y」という。)は,平成8年2月14日に設立され,医薬品の製造,販売,食品の販売,地盤変形計測器の製造,販売等を目的とする法人であり,同年6月から原告の兄であるZが代表取締役を務めている。(乙16)
 被告は,磁気センサー,磁気スケール,磁気カードリーダー等,磁気応用機器の開発,製造,販売を目的とする株式会社である。
(2) 原告の有する特許権
 ア Yは,以下の本件特許権を有していた(以下,本件特許に係る明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。なお,本件特許権の発明者は原告である。(甲1)
                            登録番号:特許第3256880号
                            出願日:平成8年9月6日
                            優先日:平成8年5月8日
                            優先権主張国:米国
                            登録日:平成13年12月7日
                            発明の名称:リング式多段岩盤変動測定装置
 イ Yは,平成23年11月3日,原告に対し,本件特許権の持分2分の1を,平成28年8月4日にその余の2分の1を,いずれも無償で譲渡した。(甲9,10)
(3) 本件発明の特許請求の範囲
 本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである。
 「被測定物内のボーリング孔を利用して被測定物のひずみを測定する装置において,被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体と変位を検出する手段より構成され,リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的な変位を検出する手段を,ボーリング孔の内面に配置し,装置中央部分を空洞にしたことを特徴とするリング式多段岩盤変動測定装置」
(4) 本件発明の構成要件
 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A           被測定物内のボーリング孔を利用して被測定物のひずみを測定する装置において,
B           被測定物に接する装置の内側側面に取り付けた少なくとも1つのリング状構造体と
C           変位を検出する手段より構成され,
D           リング状構造体と装置の内側側面の別の位置との相対的な変位を検出する手段を,ボーリング孔の内面に配置し,
E           装置中央部分を空洞にしたことを特徴とする
F           リング式多段岩盤変動測定装置
(5) 被告の行為
 ア 本件研究センターは,E県内のF観測施設において,地殻活動の観測を行っていたところ,平成16年頃,E県G事務所(以下「G事務所」という。)が実施する県道の拡幅・整備工事により,F観測点の観測機能に障害が生じることとなった。このため,G事務所は,その補償措置として,下記の移設工事(以下「本件工事」という。)を実施することとなり,入札の結果,H株式会社(以下「H」という。)が観測機能の維持に必要な観測機器の納入を受注した。
名称:F観測施設 大深度ボアホール観測装置(デジタル式2連地殻活動総合観測装置)設置観測井掘削工事
時期:平成19年2月21日
移設場所:E県F市立I小学校敷地内
実施者:G事務所
 イ 被告は,Hから受注して上記観測機器(デジタル式2連地殻活動総合観測装置〔型式HR-4200-02〕。以下「イ号物件」という。)を製造の上,納入した。

判旨抜粋

第4 当裁判所の判断

1 本件発明の内容
中略
(3)イ号物件の構成等
 イ号物件の構成は別紙のとおりであるところ,同物件は,円筒状のケースの内部に計測器等を格納した計測器であり,ケース全体をモルタルによりボーリング孔に固定した上で,同孔の直径の変位を検出する手段を備えたものであり,その中心部分を空洞にすることにより,同孔の孔底部にもう一つの測定装置を設置し,一つの孔の複数地点で測定することを可能にするものであると認められる(甲4,5,乙18,19)。
 そうすると,イ号物件は,本件発明の構成要件全てを充足するかどうかについては当事者間に争いがあるものの,その技術思想は共通するということができる。

2 争点(3)(特許権者による無償実施の許諾の有無)について
 以上のとおり,本件発明とイ号物件とは少なくともその技術思想を共通にすることを踏まえ,また,事案の性質に鑑み,まず,争点(3)について判断する。
(1) 認定事実
 前記第2,2の前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば, 次の各事実が認められる。
 ア イ号物件の開発,製造における原告の関与
 (ア) 前記のとおり,平成16年頃,県道の拡幅・整備工事に伴い,G事務所による観測装置の移設工事(本件工事)が行われることとなり,被告が新たな観測施設に設置されるイ号物件の製作を請け負った。原告は, 本件研究センター長からの指示を受けて,イ号物件の開発,製造に関与することとなった。(甲6,原告本人)
 (イ) 原告,被告及びHの担当者らは,平成16年10月21日,本件工事に係るF観測点に設置する観測機器について打合せを行った。上記打合せにおいて,観測機器は地下500メートルと400メートルに設置する2連式とされ,地下400メートルに設置する装置は被告製で中空構造とし,地下500メートルに設置する装置は有限会社K(以下「K」という。)が製造するとされた。(乙9)
 (ウ) 原告は,平成17年5月30日,被告に対し,イ号物件の仕様書案のうち「観測機器の製作」等の部分について補充をするよう指示した。これを受け,被告は,仕様書の補充を行い,同月31日,これを原告に送付して確認を求めた。(甲14,乙10)
 原告は,被告から送られてきた仕様書案を見て,イ号物件が本件発明の構成要件を充足し,本件特許の実施に当たると認識した。(原告本人)
 (エ) 原告は,被告に対し,F観測点に設置する歪計,傾斜計については新型センサーユニットを採用し,当該センサーユニットを装着できる歪計ユニットをKに製作させ,部品レベルで被告に納入させることなどを指示した。これを受け,被告は,「F観測点向け総合観測装置製作の件」と題する平成18年4月3日付け書面をKに送付し,対応を依頼した。(乙6)
 (オ) 原告,被告,G事務所及びHの担当者らは,平成18年4月27日,X大学において,F観測点向け「デジタル式2連地殻活動総合観測装置」について打合せを行った。上記打合せにおいて,原告は,データロガーのデータを転送する場合,電波若しくは光通信で切り離しておいてほしいなどと依頼した。(乙5の7)
 (カ) 原告は,被告L工場において平成18年5月26日に行われたF観測点向け「デジタル式2連地殻活動総合観測装置」の立会テストに立ち会った。その際,原告は,測定機器に関し,センサヘッドケーブルのDサブコネクタ接続をせず,センサケーブルごとにコネクタ接続する方式としてほしいと要望した。(乙5の8,乙8の1の資料1)
 (キ) 被告は,原告から依頼を受けて,平成18年6月2日,原告に対し「デジタル式2連地殻活動総合観測装置 構想図」と題する図面を送付し,確認するように依頼した。(甲2,3)
 (ク) 被告及びHは,平成18年6月頃,F観測井向け模擬試験を行った。
  原告は,同試験の項目について指示を与え,同試験にも立ち会い,試験結果についても意見を述べた。(乙8の1)
 (ケ) 被告及びHは,平成18年9月27日から同年10月3日にかけて,2回目の模擬試験を行い,原告もこれに立ち会った。同試験の実施に当たっては,使用予定の中空ベーラの製作が遅れたが,原告が代替品として特殊ベーラを使用することを承認したため,予定どおり試験が実施された。(乙8の2)
 (コ) 原告は,平成18年12月13日及び同月20日に行われたF観測点向け「デジタル式2連地殻活動総合観測装置」の中間検査に立ち会った。(乙5の13・14)
 (サ) イ号物件は,平成19年2月21日,原告,被告及びHの担当者らの立会いの下,F観測点に埋設された。(乙5の17)
 イ 原告とYの関係等
 (ア) Y及び被告は,平成13年1月31日,本件特許権とは別の特許権について,Yが被告に通常実施権を許諾する旨の契約を締結したところ,原告は,その契約書原案を作成し,被告に交付した。(乙1〔17頁〕, 11~13)
 (イ) 原告は,被告に対し,平成21年1月22日付け通告書を送付し,本件特許等の特許権者であるYの代理人として,被告が本件特許を権利者の許諾なく使用している旨通告した。(甲8,乙15の1)
 (ウ) Yは,被告に対し,平成22年1月6日,「特許権の侵害に関わる連絡」と題する書面を送付し,Yが有する本件特許権等に関する問題は原告に委任しており,今後は原告に連絡するよう伝えた。(乙14)
(2) 検討
 前提事実及び上記認定事実に照らし,本件特許の権利者であるYが,被告に対し,本件特許の実施を黙示に許諾したかどうかについて検討する。
 ア 前記(1)ア(ア)ないし(サ)のとおり,原告は,イ号物件の開発,製造に当初から関与し,その仕様書,図面について確認するとともに,その具体的な構成等についても指示を与え,各種の検査や試験にも立ち会っているとの事実が認められる。これによれば,原告は,イ号物件の開発,製造に主導的に関与し,イ号物件の構成を熟知していたということができるところ,原告は,仕様書の確認をした平成17年5月の時点において,イ号物件が本件発明の構成要件を充足すると認識したと供述している(原告本人〔5 頁〕)。
 原告は,本件特許の発明者であり,本件特許の特許権者であるYの代表者と兄弟の関係にあるので,イ号物件が本件特許権の侵害に当たると原告が認識した場合には,その製造の中止や実施料の支払を求めることが可能であったと考えられる。しかし,原告は,平成17年5月以降も各種検査や試験に立ち会い,イ号物件の図面を確認したり,その構成等に意見を述べるなどして,同物件の製造に積極的に協力しており,原告が,同物件の納入後の平成21年1月に至るまでの間に,イ号物件の製造の中止や実施料の支払を求めるなどの行動に及んだことをうかがわせる証拠はない。 これに加えて,原告が発明者であり,Y等が特許権者となっている特許権は,本件特許の他にも複数あり(乙17),原告は,平成13年に本件特許権とは別の特許権について通常実施権の許諾に係る契約書原案を作成しているとの事実も認められる(前記(1)イ(ア))。これによれば,原告は,特許権の取得や行使について十分な知識・経験を有していたというべきであり,原告自身も別事件の証拠として提出された陳述書(乙27〔4頁〕) において,自らの技術を特許化して関連する企業をコントロールできる状態にしておく必要性を意識している旨記載している。
 このように特許権の取得,行使の必要性を自覚している原告が,本件においては,平成17年5月の時点においてイ号物件が本件発明の構成要件を充足すると認識していながら,その後もイ号物件の製造に主導的に関与し,平成19年2月に同物件が完成し,納入された後までその製造の中止や実施料の支払を求めていないことによれば,原告は被告が本件特許を実施することについて黙示に許諾していたと認めるのが相当である。
 イ 次に,イ号物件の開発,製造当時の本件特許権の権利者であるYが本件特許を被告が実施することについて黙示に許諾していたかどうかについて検討する。
 前記のとおり,イ号物件の開発,製造に主導的に関与していたのは原告であり,Yが同物件の開発,製造に主導的に関与したことはうかがわれないが,①Yの代表者は,イ号物件の製造当時においても,原告の実兄であること,②原告は平成13年頃にYの有する他の特許権の通常実施権の許諾に係る契約に関与しており,この当時からYは原告にその有する特許権の行使を委ねていたことがうかがわれること,③原告が,被告に対し,イ号物件が本件特許権を侵害する旨の平成21年1月22日付け通告書(甲8,乙15の1)を送った際も,Yの代理人である旨を明示していること,④Yも,被告に対し,平成22年1月6日付け書面(乙14)において, 本件特許権等に関する問題は原告に委任しており,今後は原告に連絡するよう求めていることなどに照らすと,Yは,イ号物件の製造当時において, 本件特許の実施に関する意思決定を原告に包括的に委ねていたものと認めるのが相当である。
 そうすると,原告がイ号物件の製造,販売について,本件特許を無償で実施することを許諾していた以上,当時の特許権者であるYも当然に無償で許諾していたものと認めるのが相当である。
 ウ 原告は,本件研究センター長の指示によりイ号物件の開発に関与していたにすぎず,イ号物件の構成について指導を求められたことはなく,その図面も見たことがないと主張するが,原告がイ号物件の開発,製造に主導的に関与し,その仕様書や図面を確認し,その構成等について指示していると認められることは前記判示のとおりである。
 また,原告は,本件特許の権利者ではないのであるから,被告にその実施料の支払を請求する立場になく,Yは被告がイ号物件を製造,販売することを知らなかったと主張するが,前記イ①ないし④によれば,Yは,イ号物件の製造当時において,本件特許の実施に関する意思決定を原告に包括的に委ねていたものと認められるのであるから,原告は本件特許権の実施料の支払を請求し得る立場にあったというべきであり,Yがイ号物件の製造,販売の詳細について知らなかったとしても上記結論を左右するものではない。
 エ したがって,本件特許権の権利者であるYは本件特許を被告が実施することについて黙示に許諾していたと認められるので,原告の被告に対する本件特許権の侵害を理由とする不当利得返還請求は理由がない。

3 争点(4)(Yから原告への不当利得返還請求権の譲渡の有無)について
 被告がイ号物件を製造,販売した当時の特許権者はYであることから,原告が被告に対して特許権侵害に基づく不当利得返還請求をするためには,原告がYから同請求権の譲渡を受けるなどする必要があるところ,原告は,遅くとも平成21年1月22日には,Yから被告に対する不当利得返還請求権の譲渡を受けたと主張する。
 しかし,原告がその根拠として挙げる証拠(甲9)はYから本件特許権の持分の譲渡を受けたことを示すものであり,原告が明示又は黙示に不当利得返還請求権の譲渡を受けたと認めるに足りる証拠はない。
 したがって,原告の被告に対する不当利得返還請求は理由がない。

4 結論
 以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

解説

 特許権は,対象となる特許発明を独占的排他的に使用・収益・処分する権利であるが,特許発明は,特許権者の意思により他者に実施させることができる。この場合に実施を許された者の権利が,許諾による実施権であり,この許諾は明示的な許諾に限らず,黙示的な許諾でもよい。本件は,特許権者ではない原告による黙示の実施許諾が認定された例である。
 判決では,まず,下記のような理由から,被告が本件特許を実施することを,原告が黙示的に許諾していたと認定している。
 ・原告は,本件特許権とは別の特許権に関して契約書の作成などを行った経験があり特許権の取得,行使の必要性を自覚していたこと
 ・本件においては,原告は,平成17年5月の時点においてイ号物件が本件発明の構成要件を充足すると認識していながら,その後もイ号物件の製造に主導的に関与していたこと
 ・原告は,平成19年2月に同物件が完成し,納入された後までその製造の中止や実施料の支払を求めていないこと
 上記のとおり,原告の黙示的な許諾があったとしても,原告はイ号物件の開発,製造当時の本件特許権の権利者ではないため,権利者のYが本件特許を被告が実施することについて黙示に許諾していたかどうかについては,別途検討する必要がある。
 この点については,判決は,イ号物件の開発,製造に主導的に関与していたのは原告であり,権利者であるYが同物件の開発,製造に主導的に関与したことはうかがわれないとしながらも,
 ①Yの代表者は,イ号物件の製造当時においても,原告の実兄であること
 ②原告は平成13年頃にYの有する他の特許権の通常実施権の許諾に係る契約に関与しており,この当時からYは原告にその有する特許権の行使を委ねていたことがうかがわれること
 ③原告が,被告に対し,イ号物件が本件特許権を侵害する旨の平成21年1月22日付け通告書(甲8,乙15の1)を送った際も,Yの代理人である旨を明示していること
 ④Yも,被告に対し,平成22年1月6日付け書面(乙14)において, 本件特許権等に関する問題は原告に委任しており,今後は原告に連絡するよう求めていること
から,Yは,イ号物件の製造当時において, 本件特許の実施に関する意思決定を原告に包括的に委ねていたもの,と認定している。
 そして,Yと原告の関係が前記のようであったならば,原告がイ号物件の製造,販売について,本件特許を無償で実施することを許諾していた以上,当時の特許権者であるYも当然に無償で許諾していたものと認めるのが相当である,と判示した。
 黙示の実施許諾は,その性質上,その許諾が推認される事実を積み重ねて立証することが必要とされる。さらに,本件では,Yが本件特許の実施に関する意思決定を包括的に原告に委ねていたという理由で,特許権者ではない原告の許諾をもって,当然に特許権者も許諾していたものと認めている。判決で認定されている事実を前提とすれば,黙示の実施許諾という評価がなされたことは正当と考えられるが,どのような事実をもとに,黙示の実施許諾および意思決定を包括的に委ねた,という評価がされたのか,参考になると考え取り上げた次第である。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂