【平成30年3月28日判決(平成28年(ワ)第11475号) 特許権侵害差止等請求事件】

【キーワード】充足性、機能的表現、クレーム解釈

【判旨】
 原告は、血友病治療のための抗体治療薬である特許第4313531号の特許権者である。原告は、被告に対し、被告製品の差止め及び損害賠償請求を求めて訴訟を提起した。裁判所は、クレームに記載された「凝血促進活性を増大させる」との文言について、少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えたもののみを技術的範囲に含むものと解釈し、被告製品は技術的範囲に含まれないものと判断した。
クレームに機能的表現が記載されている場合には、その解釈が問題となる。本件では、明細書の実施例で確かめられた効果に基づいてクレームの技術的範囲が限定された。

第1 事案の概要

1 本件発明
  本件特許の請求項1に記載の発明は、以下のとおりである(下線追加)。

  1A 第IX因子または第IXa因子に対する抗体または抗体誘導体であって、 
  1B 凝血促進活性を増大させる、
  1C 抗体または抗体誘導体(ただし、抗体クローンAHIX-5041: Haematologic Technologies社製、抗体クローンHIX-1:SIGMA-ALDRICH社製、抗体クローンES N-2:American Diagnostica社製、および抗体 クローンESN-3:American Diagnostica社製、ならびにそれらの抗体誘導体を除く)。

2 判旨抜粋
 「凝血促進活性を増大させる」との記載の意義については、本件明細書においてこれを定義した記載はない上、「血液凝固障害の処置のための調製物を提供する」(段落【0010】)という本件各発明の目的そのものであり、かつ、本件各発明における抗体又は抗体誘導体の機能又は作用を表現しているのみであって、本件各発明の目的又は効果を達成するために必要な具体的構成を明らかにしているものではない。
 特許権に基づく独占権は、新規で進歩性のある特許発明を公衆に対して開示することの代償として与えられるものであるから、このように特許請求の範囲の記載が機能的、抽象的な表現にとどまっている場合に、当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを、その技術的範囲に含まれると解することは、明細書に開示されていない技術思想に属する構成までを特許発明の技術的範囲に含ましめて特許権に基づく独占権を与えることになりかねないが、そのような解釈は、発明の開示の代償として独占権を付与したという特許制度の趣旨に反することになり許されないというべきである。
 したがって、特許請求の範囲が上記のように抽象的、機能的な表現で記載されている場合においては、その記載のみによって発明の技術的範囲を明らかにすることはできず、上記記載に加えて明細書及び図面の記載を参酌し、そこに開示された具体的な構成に示されている技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきである。ただし、このことは、特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく、明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれるものと解すべきである。

 「凝血促進活性を増大させる」程度については、本件明細書においては、色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が、1.7程度(例えば、段落【0081】・図11において、198/AP1はネガティブコントロールとの比が1.7程度であるが、凝血促進活性を示さないとされている。段落【0067】・図 7A(196/AF2 35μM Pefabloc Xa(登録商標))、段落【0068】・図7B(198/AM1 35μM Pefabloc Xa(登録商標) も同様。)や2程度(段落【0105】・図20において、A1/5はネガティブコントロールとの比が2程度であるが、有意な凝血促進活性はないと評価されている。) の場合においても、「凝血促進活性を増大させる」とは評価されていないのであるから、「凝血促進活性を増大させる」とは、少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超える程度のものでなければならないものと解するのが相当である。そうすると、凝血促進活性の増大がわずかであるものは、「凝血促進活性を増大させる」とは評価できず、その程度は、実質的なものでなければならないのであって、「凝血促進活性を増大させる」とは、少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えており、実質的に凝血促進活性を増大させる程度の増大であることを要するものと解すべきである。

 「凝血促進活性を実質的に増大させる」とは、少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超えるものでなければならないものと解されるところ、前記2において認定したとおり、左右のアームがいずれも被告製品の第IXa因子に結合するアームで構成されたモノスペシフィック抗体(Qhomo)の色素形成アッセイキットによって測定されたネガティブコントロールとの比は、1.36から1.48であったこと(乙38)からすると、Qhomoは第IX a因子の凝血促進活性を実質的に増大させるモノスペシフィック抗体とはいえない。

 そうすると、被告製品は、第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させるものではないモノスペシフィック抗体から、その第IXa因子結合部位を取り出し、特定の第X因子結合部位と組み合わせてバイスペシフィック抗体に変換させることにより、凝血促進活性を増大させる作用をもたらしたものということができるから、「第IXa因子の凝血促進活性を実質的に増大させる第IX因子又は第IXa因子に対するモノクローナル抗体(モノスペシフィック抗体)又はその活性を維持しつつ当該抗体を改変した抗体誘導体」に該当するとは認められない。

第2 検討

 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲(以下「クレーム」という。)に基づいて定められるのが原則である(特許法70条1項)。もっとも、クレームに基づいて技術的範囲を画定するに際しては、明細書の記載及び図面を考慮して、クレーム記載の用語の意義を解釈するものとされている(特許法70条2項)。
 クレームに機能的表現が含まれている場合、その解釈が問題となる。機能は様々な構成によって実現できるものであるため、クレームに記載された機能を実現できる全ての構成が発明の技術的範囲に含まれるのか、それとも明細書に開示された構成に限られるのか、という点が争いとなるためである。米国では、この問題は立法により解決が図られており、米国特許法112条6項により、機能的表現(ミーンズ・プラス・ファンクションクレームと呼ばれる)を用いた場合、その技術的範囲は、明細書に記載の構成及びその均等物に限定される。
 一方、日本では、機能的表現の解釈に関する規範は、特許法70条により明細書及び図面を参酌することを前提として、各裁判官に委ねられており、近年では、明細書の記載から技術思想を抽出し、抽出された技術思想と同一の課題解決手段に基づく態様を技術的範囲に含むと判断する事例が過半を占めていると考えられる(例えば、東京地裁平成16年12月28日判決(平成15年(ワ)第19733号)など)。
 本件は、クレームに記載された機能的表現の解釈が問題となった事案である。もっとも、本件では、クレームの限定要素が「凝血促進活性を増大させる」との要件のみであり、かかる機能的表現の解釈がそのままクレームの範囲を画定するものとなる点、及び、医薬分野の発明であり、機能を達成するための構成が問題となっているのではなく、むしろ機能的表現の意味(つまり、どこまでの効果を奏すれば「機能を有する」と認められるのか)が問題となっている点で、特殊な事案であるということができる。
 本判決は、定立した規範の中で、「ただし、このことは、特許発明の技術的範囲を具体的な実施例に限定するものではなく、明細書及び図面の記載から当業者が実施し得る構成であれば、その技術的範囲に含まれる」と述べた。これは、本件において、機能的表現の意味を解釈するに当たっては、実施例を参考するものではあるが、だからといってクレームが実施例の構成に限定されるものではないことを述べたものであり、従来の裁判例の傾向と一致する。
 次に、機能的表現の意味について、本判決は、「本件明細書においては、色素形成アッセイにおけるネガティブコントロールとの比が、1.7程度…の場合においても、『凝血促進活性を増大させる』とは評価されていないのであるから、『凝血促進活性を増大させる』とは、少なくともネガティブコントロールとの比が2程度を超える程度のものでなければならないものと解するのが相当である」と述べた。これは、機能的表現によって規定されたクレームの技術的範囲を、実施例において確かめられている効果の奏される範囲に限定するものである。
 一般に、実施例において確かめられている効果が存在したとしても、それがクレームに記載された構成要件とは無関係である場合には、クレームの技術的範囲を、ただちに実施例と同等の効果を有するものに限定するということにはならない。また、「凝血促進活性」との用語は技術用語であり、明細書以外の辞書や学術論文に基づいて当業者の技術常識を認定し、これに基づいて用語の意義を理解することも可能であったと思われるところ、そのように用語を理解した場合、ネガティブコントロールとの比が2を超えるものに限定されたとは考えにくい。
 しかるに、本件は、クレームに追加された機能的表現に基づき、クレームを、実施例において効果の確かめられている態様と同等の効果を奏するものに限定解釈した。構成によって発明を特定すると技術的範囲が著しく狭くなることが予想される発明の場合(医薬分野のパイオニア発明に多いと考えられる)、機能的表現(つまり効果)によって発明を限定することを検討せざるを得ないが、その場合、実施例に記載された課題解決手段に限定される可能性だけでなく、実施例において確かめられた効果の範囲に発明が限定されることを十分に理解してドラフティングする必要がある。

以上
(文責)弁護士・弁理士 森下 梓