【大阪地方裁判所平成30年9月20日(平成27年(ワ)第2570号)】
【キーワード】
舞踊の著作物
【判旨】
本件振付けには,独自な振付けが見られるだけでなく,他の振付けとは有意に異なるアレンジが全体に散りばめられているから,全体として見た場合に原告の個性が表現されており,全体としての著作物性を認めるのが相当である。
事案の概要
本件の事案の概要は,次のとおりです。
ハワイに在住するクムフラ(フラダンスの師匠ないし指導者を意味します。)である原告は,従前,フラダンス教室事業を営む被告と契約を締結し,被告ないし被告が実質的に運営する九州ハワイアン協会やその会員に対するフラダンス等の指導助言を行っていましたが,両者の契約関係は解消されました。
本件において,原告は,被告が,被告の会員に対してフラダンスを指導し,又はフラダンスを上演する各施設において,判決書別紙振付け目録記載の各振付け(以下,番号に従って「本件振付け1」のようにいいます。)を被告代表者自らが上演し,会員等に上演させる行為が,原告が有する本件各振付けについての著作権(上演権)を侵害すると主張して,被告に対し,著作権法112条1項に基づき,本件各振付けの上演の差止め等を請求しています。
本件では複数の争点が存在しますが,以下では,本件の争点のうち,フラダンスの振付けに係る本件振付け6,11,13,15ないし17(以下「本件振付け6等」といいます。)等の著作物性についてとりあげます。
判旨
1.著作物性に係る判断基準等
(1)フラダンスの一般論
「フラダンスの振付けは,ハンドモーションとステップから構成されるところ,このうちハンドモーションについては,特定の言葉に対応する動作(一つとは限らない)が決まっており,このことから,入門書では,フラでは手の動きには一つ一つ意味がある…とか,ハンドモーションはいわば手話のようなもので,手を中心に上半身を使って,歌詞の意味を表現する…とされている。他方,ステップについては,典型的なものが存在しており…,入門書では,覚えたら自由に組み合わせて自分のスタイルを作ることができる…とされている。」
(2)ハンドモーションの著作物性
「ある歌詞に対応する振付けの動作が,歌詞から想定される既定のハンドモーションでも,他の類例に見られるものでも,それらと有意な差異がないものでもない場合には,その動作は,当該歌詞部分の振付けの動作として,当該振付けに独自のものであるか又は既存の動作に有意なアレンジを加えたものいうことができるから,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。」
「歌詞の解釈が独自であり,そのために振付けの動作が他と異なるものとなっている場合には,そのような振付けの動作に至る契機が他の作者には存しないのであるから,当該歌詞部分に当該動作を振り付けたことについて,作者の個性が表れていると認めるのが相当である。」
(3)ステップの著作物性
「ステップについては,基本的にありふれた選択と組合せにすぎないというべきであり,そこに作者の個性が表れていると認めることはできない。しかし,ステップが既存のものと顕著に異なる新規なものである場合には,ステップ自体の表現に作者の個性が表れていると認めるべきである(なお,ステップが何らかの点で既存のものと差異があるというだけで作者の個性を認めると,僅かに異なるだけで個性が認められるステップが乱立することになり,フラダンスの上演に支障を生じかねないから,ステップ自体に作者の個性を認めるためには,既存のものと顕著に異なることを要すると解するのが相当である。)。また,ハンドモーションにステップを組み合わせることにより,歌詞の表現を顕著に増幅したり,舞踊的効果を顕著に高めたりしていると認められる場合には,ハンドモーションとステップを一体のものとして,当該振付けの動作に作者の個性が表れていると認めるのが相当である。」
(4)振付け全体の著作物性
「楽曲の振付けとしてのフラダンスは,そのような作者の個性が表れている部分やそうとは認められない部分が相俟った一連の流れとして成立するものであるから,そのようなひとまとまりとしての動作の流れを対象とする場合には,舞踊として成立するものであり,その中で,作者の個性が表れている部分が一定程度にわたる場合には,そのひとまとまりの流れの全体について舞踊の著作物性を認めるのが相当である。そして,本件では,原告は,楽曲に対する振付けの全体としての著作物性を主張しているから,以上のことを振付け全体を対象として検討すべきである。
そしてまた,このような見地からすれば,フラダンスに舞踊の著作物性が認められる場合に,その侵害が認められるためには,侵害対象とされたひとまとまりの上演内容に,作者の個性が認められる特定の歌詞対応部分の振付けの動作が含まれることが必要なことは当然であるが,それだけでは足りず,作者の個性が表れているとはいえない部分も含めて,当該ひとまとまりの上演内容について,当該フラダンスの一連の流れの動作たる舞踊としての特徴が感得されることを要すると解するのが相当である。」
2.著作物性に関する判断の内容
「本件振付け6には,完全に独自な振付けが見られる…だけでなく,他の振付けとは有意に異なるアレンジが全体に散りばめられている…から,全体として見た場合に原告の個性が表現されており,全体としての著作物性を認めるのが相当である。」
また,本件振付け11,13,15乃至17についても,本件振付け6とほぼ同様の理由により,「全体として見た場合に原告の個性が表現されており,全体としての著作物性を認めるのが相当である」としています。
説明
1.舞踊の著作物
(1)著作権法の規定
著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定され(著作権法2条1項1号。以下単に「法」といいます。)、その例示として、「舞踊の著作物」が挙げられています(法10条1項3号)。これは,人の身体の動作の型を振付けとして表現するものであり,振付自体が著作物です。舞踊行為それ自体は著作物ではなく,実演に該当し,著作隣接権の対象となります。そして,それを公衆に直接見せることを目的として上演する権利(上演権)が,著作権の支分権として定められています(法22条)。
(2)裁判例
文学著作物と比較すると,舞踊の著作物は,振付が何等の媒体に固定されていない限り,自己の著作物の立証が難しく,また侵害者の行為態様の立証も難しいため,事件も多くありません(東京地判平10・11・20知的裁集30巻4号841頁:ペジャ―ル事件,福岡高判平14・12・26:日本舞踊家元事件など)1。
また,これは創作性一般の問題ではありますが,社交ダンスのように,既存のステップの組み合わせが多いようなジャンルの舞踊については,著作権を認めると他の者の行動を縛ることにもなりかねないため,注意すべきとされています2。例えば,東京地判平24・2・28:shall we ダンス事件では,創作性の判断を厳格に行い,著作物性を否定しています3。
2.本判決の内容等
本判決では,上記の判旨引用部分のとおり,フラダンスの動きをハンドモーションとステップに大きく分け,それぞれについて,振付に著作物性が認められるための視点を挙げた上で,本件振付け6等の著作物性を細かく検討しています。
また,本判決でも,上記第3の1(2)の視点から,「個性の発現と認める範囲が不当に拡がることはない」,「ステップが何らかの点で既存のものと差異があるというだけで作者の個性を認めると,僅かに異なるだけで個性が認められるステップが乱立することになり,フラダンスの上演に支障を生じかねないから,ステップ自体に作者の個性を認めるためには,既存のものと顕著に異なることを要すると解する」などと述べられています。
本判決は,事案の少ない舞踊の著作物について,著作物性を認めた珍しい事案であり,今後の実務の参考になるものと思われます。
以上
(文責)弁護士 永島太郎
1 中山信弘「著作権法[第2版]」89頁
2 同上
3 「社交ダンスが,原則として,基本ステップやPVのステップ等の既存のステップを自由に組み合わせて踊られるものであることは前記…のとおりであり,基本ステップやPVのステップ等の既存のステップは,ごく短いものであり,かつ,社交ダンスで一般的に用いられるごくありふれたものであるから,これらに著作物性は認められない。また,基本ステップの諸要素にアレンジを加えることも一般的に行われていることであり,前記のとおり基本ステップがごく短いものでありふれたものであるといえることに照らすと,基本ステップにアレンジを加えたとしても,アレンジの対象となった基本ステップを認識することができるようなものは,基本ステップの範ちゅうに属するありふれたものとして著作物性は認められない。社交ダンスの振り付けにおいて,既存のステップにはない新たなステップや身体の動きを取り入れることがあることは前記…のとおりであるが,このような新しいステップや身体の動きは,既存のステップと組み合わされて社交ダンスの振り付け全体を構成する一部分となる短いものにとどまるということができる。このような短い身体の動き自体に著作物性を認め,特定の者にその独占を認めることは,本来自由であるべき人の身体の動きを過度に制約することになりかねず,妥当でない。」