【東京地判平成30年10月5日(平成29年(ワ)第22884号)】

【判旨】
 発明の名称を「加熱調理器」とする発明に係る本件特許権を有する原告が,被告が業として被告製品を製造,販売等する行為は本件特許権を侵害すると主張して,被告製品の製造,販売の差止め,被告製品の廃棄等を求めるとともに,損害賠償金4億1700万円の支払を求めた事案。裁判書は,本件発明は,本件出願日前に被告が製造・販売することで公然実施されていた製品(公然実施品1)に公知の構成を適用して,容易に発明をすることができたものと認められるから,進歩性違反により無効とすべきものであるとして,原告の請求を棄却した。

【キーワード】
無効論,29条2項

事案の概要と争点

 本件特許権(特許第3895311号)の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の内容は,以下のとおりである。なお,本件発明は,本訴訟提起前に行われた訂正審判に基づく訂正後のものである(下線部が訂正箇所)。

構成要件 内容
誘導加熱をする第1及び第2の加熱器を左右に内設した本体ケースと,この本体ケースの上面に設けられたトッププレートと,前記トッププレートの周囲に設けられたサッシュとを具備し,被組込家具に組み込まれる加熱調理器において,
前記トッププレートの幅を前記本体ケースの幅より大きくし,
前記第1及び第2の加熱器の各中心部を,前記本体ケースの左右に等分した両側部の各中心部より外側であって,前記トッププレートの左右に等分した両側部の各中心部より中央側に配置すると共に,
前記トッププレートの本体ケース外方に位置する部分の下方であって直下に前記被組込家具が位置する箇所に,前記サッシュとは別部材に構成され,かつ前記サッシュに当接させた,金属板から成る補強板を設け,
この補強板と前記トッププレートとの間,又は補強板の下方に断熱層を形成したこと
を特徴とする加熱調理器。

 本件の争点は,「補強板」(構成要件D),「断熱層」(構成要件E),「トッププレート」「サッシュ」及び「補強板」(構成要件A~E)に係る充足性と,無効理由の有無(新規性及び進歩性違反,サポート要件違反,明確性要件違反,実施可能要件違反)並びに損害額である。判決では新規性及び進歩性違反に係る点のみ判断されたため,本稿でもこの点にのみ言及する。

裁判所の判断

(1)本件発明の技術的意義
 まず,裁判所は,本件明細書の記載を適宜引用しつつ,加熱調理器に係る本件発明の技術的意義(特徴部分)について,トッププレートの幅を本体ケースの幅より大きくし,その大きくした部分の下方に補強板を設けた点などにあると認定した(下記参照)。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   ⑵  本件発明の概要
  前記第2の2前提事実⑵ウの特許請求の範囲の記載及び前記⑴の本件明細書等の記載によれば,本件発明の概要は,次のとおりであると認められる。
    ア 本件発明は,誘導加熱をする第1及び第2の加熱器を左右に内設した本体ケースの上面にトッププレートを有する加熱調理器に関する(【0001】)。
    イ 従来の加熱調理器においては,①第1及び第2の加熱器の間隔が小さいため,トッププレート上に大きな鍋や鉄板等の調理器具を載せて加熱することができない,②調理器具同士が近接する状況にあると,共鳴して可聴領域の共鳴音が大きくなる(【0004】),③第1及び第2の加熱器上の位置に載せた調理器具とトッププレートの最外周縁との間にはスペースの余裕が少ないため,調理器具から調理材料の吹きこぼれや飛び散りがあると,それらが器外に容易に達する,④それらの問題を解決する方法として加熱調理器全体を大きくした場合,全体の設置性が損なわれる(【0005】)という課題があったところ,本件発明は,前記トッププレートの幅を前記本体ケースの幅より大きくし,前記第1及び第2の加熱器の各中心部を,前記本体ケースの左右に等分した両側部の各中心部より外側であって,前記トッププレートの左右に等分した両側部の各中心部より中央側に配置すると共に,前記トッププレートの本体ケース外方に位置する部分の下方に補強板を設け,この補強板と前記トッププレートとの間,又は補強板の下方に断熱層を形成したこと(【0007】)によって,(ア)トッププレートの第1及び第2の加熱器上の位置に大きな鍋や鉄板等の調理器具を載せて加熱することができるようになり,(イ)電磁振動の共鳴音の発生を防止できるようになり,(ウ)トッププレートの第1及び第2の加熱器上の位置に載せた調理器具とトッププレートの最外周縁との間のスペースの余裕が大きくなり,調理器具から調理材料の吹きこぼれや飛び散りがあっても,それらが器外に容易に達しないようにできるようになり,(エ)全体の設置性は損なわれないようにできる(【0011】~【0013】)という効果を得ることができるようにしたものである。

(2)主引用発明(公然実施品1)との対比
 次に,裁判所は,本件出願日前に被告により製造,販売されていた公然実施品1の構成を下記「ア」~「キ」のとおり認定した上で,本件発明はこれらの構成を全て備えている(公然実施品1と一致する)としつつ,補強板がサッシュ(トッププレートの周囲に設けられた金属製の枠部分)と別部材であるか否かという点が相違すると認定した(下記参照)。

   ⑴  公然実施品1の構成
  証拠(乙2,3)によれば,被告は,遅くとも本件出願日前である平成13年10月に,公然実施品1を製造し,販売していたこと及び公然実施品1は以下のアないしカの構成を有することが認められる。
    ア 誘導加熱をする右ヒータ及び左ヒータを左右に内設した本体ケースと,この本体ケースの上面に設けられたトッププレートと,前記トッププレートの周囲に設けられたサッシュとを具備し,被組込家具に組み込まれる加熱調理器において,
    イ 前記トッププレートの幅を前記本体ケースの幅より大きくし,
    ウ 前記右ヒータ及び左ヒータの各中心部を,前記本体ケースの左右に等分した両側部の各中心部より外側であって,前記トッププレートの左右に等分した両側部の各中心部より中央側に配置すると共に,
    エ 前記トッププレートの本体ケース外方に位置する部分の下方であって直下に被組込家具が位置する箇所に補強板を設け,
    オ この補強板と前記トッププレートとの間,及び補強板の下方に断熱層を形成したこと
    カ を特徴とする加熱調理器
    ⑵  本件発明と公然実施品1との対比
    ア 一致点
  本件発明と公然実施品1とは,前記アないしカの点において一致する。
    イ 相違点
  本件発明と公然実施品1とは,被告が主張する相違点1-2’が存する,すなわち,本件発明は,サッシュとは別部材に構成され,かつサッシュに当接させた,金属板から成る補強板を有するのに対し,公然実施品1はサッシュ自体が補強板となっており,サッシュとは別部材に構成され,かつサッシュに当接させた,金属板から成る補強板は有しない点において相違する。 

 なお,原告は,本件発明ではトッププレートの幅を本体ケースの幅より大きくしているのに対し,公然実施品1ではトッププレートの幅と本体ケースの幅はほぼ同じである点において相違すると主張したが,クレーム上は単に「前記トッププレートの幅を前記本体ケースの幅より大きくし」と規定されているにすぎず,トッププレートの幅が本体ケースの幅とほぼ同じ場合を除く旨の記載等がないことから,かかる主張は採用されなかった。
 また,原告は,公然実施品1のサッシュは「補強板」の機能を有しないとして,当該見解を前提とする相違点の主張も行ったが,裁判所は,公然実施品1のサッシュは接着部を介してトッププレートの荷重を支えており,トッププレートの強度を補って強くする板であるとして,かかる主張を退けた。

(3)相違点の検討
 裁判所は,上記(2)で認定された相違点(本件発明は,サッシュとは別部材に構成され,かつサッシュに当接させた,金属板から成る補強板を有するのに対し,公然実施品1はサッシュ自体が補強板となっている点)に関し,実質的相違点ではないとする被告の主張を退け,新規性の方は肯定したものの,当該相違点は乙13公報に開示されているとして,本件発明は進歩性違反であると判断した。

   ⑶  乙13公報について
  本件出願日前に頒布された刊行物である乙13公報は,加熱調理器に関する発明を開示しており,同公報の【図3】(別紙6記載の図3)のL字金具9は,断面凸形状9aにおいてトッププレート1をトッププレートの端部よりも内側で支持しているから,調理器具の落下衝撃等に対する強度を強くする効果を有するといえる。
  よって,乙13公報は,誘導加熱調理器において,サッシュとは別部材により構成され,かつサッシュに当接させてねじで接合した,金属板からなる補強板という構成を開示していると認められる。
・・・(中略)・・・
   ⑷  相違点の検討
    ア 新規性について
  まず,本件発明と公然実施品1には,相違点1-2’があり,これが実質的相違点でないと認めるに足りる証拠はないから,本件発明と公然実施品1が同一であると認めることはできない。よって,本件発明が新規性を欠くという被告の主張は採用できない。
    イ 容易想到性について
  前記⑶に認定のとおり,乙13公報には,誘導加熱調理器においてサッシュと本体ケース連結金属板とを別部材により構成して両者を当接させてねじで接合することが記載されているから,補強板とサッシュを別部材にすることは,本件出願当時,公知の構成であったといえる。
  そして,弁論の全趣旨によれば,公然実施品1のサッシュは,複雑な形状であり,金属ブロックから切削加工や鋳造加工等によって製造せざるを得ず,金属板からプレス加工によって簡単に低コストで製造することはできないものであることが認められ,このような部品に接した当業者においては,製造コストが高い機械加工により製造した部品を,製造コストが安い機械加工であるプレス加工により製造するために金属板部品に置き換える動機付けがあると認められる。よって,公然実施品1に接した当業者において,公然実施品1に前記公知の構成を適用して,相違点1-2’に係る本件発明の構成とすることは,本件出願日当時,容易に想到し得たことというべきである。

 なお,原告は,公然実施品1と乙13に組み合わせの動機付けがないことや,公然実施品1が補強板を有しないこと等を理由に容易想到性がない旨の反論を行ったが,いずれも裁判所の認定と異なる相違点の存在を前提とするものであることを理由に採用されなかった。

検討

 本件は,被告が特許出願前に製造・販売していた公然実施品1に基づき,原告の特許が無効と判断され,請求が棄却された事案である。公然実施品1の詳細な構成は不明であるが,仮に裁判所が認定したとおり本件発明に近いものだったとすると,相違点に係る容易想到性の判断を含め,全体として妥当な判決と思われる。
 原告として特許権侵害訴訟を提起する際には,訴えの対象となる製品(イ号製品)につき,特許出願前に公然実施(製造・販売)されていた先行製品がないかを調査する必要がある。仮に,先行製品が存在する場合には,当該製品に基づく特許無効の抗弁や先使用の抗弁で提出されることを前提に,それらの抗弁に耐え得る再反論(または訂正)が可能か否かについて,慎重な検討が必要である。
 一般論として,イ号製品と先行製品との間に,機能面・設計面においてそれほど大きな差がない場合には,特許無効の抗弁や先使用の抗弁が認められる可能性が高いため,注意が必要である。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸