【東京地裁平成30年5月11日判決(平成28年(ワ)第30183号)】

事案の概要

 本件は,中学校受験のための学習塾等を運営する原告が,同様に学習塾を経営する被告に対し,被告がそのホームページやインターネット上で配信している動画等に別紙原告商品等表示目録記載の表示(以下「原告表示」という。)と類似する表示を付する行為は,需要者の間に広く認識された原告の商品等表示を使用して需要者に混同を生じさせるものであって,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号に該当するとして,同法3条1項に基づき「SAPIX」又は「サピックス」の文字を含む表示の使用の差止めを求めるとともに,同法4条に基づき合計6300万円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の後の日である平成28年9月14日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 また,原告は,被告に対し,予備的に,原告の作成したテスト問題を被告が不正に使用する行為は一般不法行為を構成するとして,民法709条に基づき,損害賠償金として4348万円の支払を求めている。

判旨抜粋(下線筆者)

2 争点(1)(不競法違反の成否)について
(1)商品等表示の「使用」の有無について
 原告は,不競法2条1項1号にいう「使用」の意義について,自他識別力のある使用といえるかどうかは独立の要件ではなく,営業主体の混同のおそれの有無の判断において考慮すべき要素にすぎないと主張する。しかし,同号は,人の業務に係る商品又は営業(以下「商品等」という。)の表示について,その商品等の出所を表示して自他商品等を識別する機能,その品質を保証する機能及びその顧客吸引力を保護し,事業者間の公正な競争を確保することを趣旨とするものであるから,同号にいう「使用」というためには,単に他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を商品等に付しているのみならず,その表示が商品等の出所を表示し,自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられていることを要するというべきである。
ア 本件表示1~3
 これを前提として,被告のホームページ上の本件表示1~3について検討するに,前記認定のとおり,被告のホームページには,そのヘッダー部に被告学習塾の名称が表示され,またメインコンテンツ部には「中学受験ドクターのプロ講師による」との記載があるのであるから,同ホームページに掲載されたサービスの提供主体が被告であることは明らかである。また,メインコンテンツ部の最上部の囲み枠に「塾別!今週の戦略ポイント」「SAPIX・日能研・四谷早稲アカの授業の要点を毎週解説!」などと記載されていることによれば,被告が原告学習塾のみならず他の大手学習塾の授業の解説を行っていることは容易に理解し得る。
その上で,本件表示1~3をみると,本件表示1(「SAPIX8月マンスリー」)は,その表示がされたバナー内の他の記載と併せ考慮すると,被告の行うライブ解説の対象が原告学習塾のマンスリーテストであると理解し得るのであり,その解説の主体が原告又はその子会社等であることを表示するものではなく,またそのように誤認されるおそれがあるとは認められない。
 次に,本件表示2(「SAPIX生のための復習用教材」)についても,原告学習塾に通う生徒のための復習教材を被告が販売していると理解し得るのであり,その教材の販売主体が原告又はその子会社等であることを表示するものではなく,またそのように誤認されるおそれがあるとは認められない。
さらに,本件表示3(「SAPIX今週の戦略ポイント Daily Support」)についても,解説等の対象が原告学習塾の教材であることを意味するにすぎず,その教材の販売主体が原告又はその子会社等であることを表示するものではなく,またそのように誤認されるおそれがあるとは認められない。
以上によれば,本件表示1~3は,いずれも,商品等の出所を表示し,自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているものということはできない。
イ 本件表示4~10について
 本件表示4~10は,前記認定のとおり,いずれも,被告が行ったインターネット上でのライブ配信の画面の下に表示されているものであるところ,これらのライブ配信の主体が被告であることは,本件表示4~10に被告の名称が表示されていることからも明らかである。本件表示4~10は,動画によって解説をされる対象である原告学習塾のテスト等であることを明らかにするものにすぎず,同配信の主体が原告又はその子会社等であることを表示するものではなく,またそのように誤認されるおそれがあるとは認められない。
以上によれば,本件表示4~10は,いずれも,商品等の出所を表示し,自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているものということはできない。
ウ したがって,本件各表示は,いずれも,その表示が商品等の出所を表示し,自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているということはできないので,不競法2条1項1号の「使用」には該当しない
(2) 誤認混同のおそれについて
ア 前記1(1)ないし(3)によれば,本件各表示に係る需要者は中学校受験を目指す生徒及び保護者であるものと認められるところ,上記(1)で判示するとおり,本件各表示は,いずれも,その表示が商品等の出所を表示し,自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているということはできないので,同各表示に接した需要者が,被告の行っているライブ配信による問題解説や復習用教材の作成の主体が原告又は原告の子会社等であると誤認混同をするとは考え難い
また,中学校受験を目指す生徒及び保護者は,塾により教授法や合格実績が異なることから,いずれの塾を選択するかという観点から,学習塾の授業,テスト等の提供主体について強い関心を有するのが一般的である。さらに,志望校に合格するためには,大手学習塾においてより上位の組に所属し,また当該学習塾の実施するテスト等において上位の成績をとることが望ましいことから,大手学習塾の問題や教材を補習するサービスを提供する学習塾が被告のほかにも存在しており(乙9~11),保護者等もそのような学習塾が存在することを認識していたと考えられる。このような中学校受験のための学習塾の営業実態に照らしても,本件各表示に接した生徒又はその保護者は,被告の行っている問題の解説や復習用教材の作成の主体が原告又はその子会社等であると誤認混同するとは考えられない
イ これに対し,原告は,①原告と被告の営業内容は類似していること,②被告学習塾の通塾生の約半数は原告学習塾の生徒であること,③原告の問題,教材等は原告又は原告から使用許諾を受けている系列会社しか入手できない情報であることなどに基づき,中学校の受験生及びその保護者は, その主体が原告又は原告の子会社等であると誤認混同するおそれがあると主張する。
 しかし,上記①については,中学校受験のための学習塾の経営という点で原告と被告の営業内容に共通する点があるとしても,原告が大手学習塾であるのに対し,被告は,大手学習塾の問題や教材の解説を主とする点で,そのサービスの内容については相違しており,また,前記判示のとおりの被告ホームページの表示内容及びインターネット上でのライブ配信の画面の表示によれば,その需要者が営業主体を誤認混同するとは考え難い。 また,上記②については,被告が原告学習塾以外の大手学習塾の問題等の解説も行っていることは,そのホームページ上から明らかであり,被告学習塾の通塾生の約半数は原告学習塾の生徒であることをもって,被告の行っているサービスの主体が原告又は原告の子会社等であると誤認混同するおそれがあるということはできない。上記③については,原告の実施する問題や教材は原告学習塾の生徒に配布されるのであるから,需要者は,被告が原告学習塾の問題や教材の解説を求める保護者や生徒から任意の提供を受けて解説を行っていると理解するのが自然であり,これらの問題等が非売品であることから,本件各表示に接した保護者又は生徒が営業主体を誤認混同するとは考えられない。
 さらに,原告は,匿名の手紙(甲13)に基づき,実際に営業主体の誤認混同が生じていると主張するが,その内容は被告学習塾を原告又は原告の子会社等であると誤認混同したものではなく,同証拠をもって,そのような誤認混同が需要者の間に生じていると認めることはできない。
ウ 以上によれば,本件各表示に接した需要者が,被告の行っている問題解説等のサービスの主体が原告又は原告の子会社等であると誤認混同するおそれがあるということはできない
(3) したがって,不競法2条1項1号に基づく原告の請求には理由がない。
2 争点(2)(一般不法行為の成否)について
 原告は,本件における被告の行為は,原告の作成したテスト問題等を不正に使用することにより原告の営業の自由を妨害することを目的とするものであり,自由競争の範囲を逸脱した不公正な行為に当たるので,一般不法行為を構成すると主張する。
 本件においては,被告が原告の著作権を侵害したと認めるに足る証拠はないところ,著作物に係る著作権侵害が認められない場合における当該著作物の利用については,著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り,不法行為を構成するものではないというべきである(最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁参照)。
 本件についてみるに,原告は,被告が原告作成に係る問題等を入手し,ライブ配信などの方法でその解説をするのは原告のノウハウにただ乗りするものであると主張するが,大手学習塾に通う生徒やその保護者の求めに応じ,他の学習塾 が業としてその補習を行うこと,すなわち,当該大手学習塾の授業内容を理解し,又はその実施するテストの成績を向上させるため,当該大手学習塾の問題や教材を入手し,その解説等を行うとのサービスを提供することは,自由競争の範囲を逸脱するものではなく,そのような営業形態が違法ということはできない
 また,原告は,被告の行為は原告の営業の自由を妨害し,原告の顧客を奪取することを目的とするものであると主張するが, 被告がそのような主観的な意図を有していたことをうかがわせる証拠はない。加えて,被告が原告学習塾の生徒に提供するサービスは,原告学習塾における理解の深化や成績向上等を目的としているのであるから,被告学習塾に通塾する原告学習塾の生徒は原告学習塾における学習を継続することを前提としているものと考えられる。そして,仮に被告の行為により原告のプリバード(個別指導塾)の受講者が減少したとしても,それは大手学習塾の教材や問題の補習というサービス分野における自由競争の範囲内であるというべきである。
 さらに,原告の作成した問題の入手方法,ライブ解説の配信方法等についても,原告の営業を妨害するような態様で行われていたと認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,本件における被告の行為については,不法行為の成立が認められるべき特段の事情は存在しないというべきである。

解説

 本件は、大手中学受験塾を運営する原告が、その大手受験塾のテストや教材の解説を行う他の塾を経営する被告に対し、被告が配信している動画等に原告表示と類似する表示を付する行為は需要者に混同を生じさせるものであって、不競法2条1項1号に該当するとして、表示の使用の差し止めと損害賠償を求めた事案である。
また、原告は、被告に対して、予備的に、原告の作成したテスト問題を被告が不正に使用する行為は一般不法行為を構成するとして、損害賠償金の支払いを求めている。
 判示では、不競法2条1項1号の「使用」の意義について、「単に他人の周知の商品等表示と同一又は類似の表示を商品等に付しているのみならず、その表示が商品等の出所を表示し、自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられていることを要する」、という従来通りの解釈を採用して、原告の主張する、自他識別力のある使用といえるかどうかは独立の要件ではなく、営業主体の混同のおそれの有無の判断において考慮すべき要素にすぎない、との意義を退けている。
その上で、被告のホームページ上の表示はいずれも、当該表示が付されている解説の主体や教材の販売主体が原告又はその子会社等を表示するものではなく、また、被告が行ったインターネット上でのライブ配信の画面の下の表示もその配信の主体が原告又はその子会社等を表示するものではないので、不競法2条1項1号の「使用」には該当しないとした。
 さらに、本件で問題となった各表示が、いずれもその表示が商品等の出所を表示し、自他商品等を識別する機能を果たす態様で用いられているということはできないので、各表示に接した需要者である中学校受験を目指す生徒や保護者が、被告の各表示の主体が原告又は原告の子会社等であると誤認混同をするとは考えにくい、と示した。また、大手学習塾の問題や教材を補習するサービスを提供する学習塾は、被告の他にも存在していることから、需要者はそのようなサービスの存在を認識していて、その点からも被告の各表示の主体が原告又は原告の子会社等であると誤認混同をするとは考えられない、とした。
被告のように大手学習塾の問題や教材を補習するサービスを提供する学習塾は、中学校受験においては数多く存在していることからも、また、問題となる各表示に対する判断からも、本判決は正当であると考える。
 予備的請求の一般不法行為に関しては、著作権侵害が認められない場合における当該著作物の利用については、著作権法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない、という最高裁判例(最一小判平成23年12月8日)の規範を採用し、大手学習塾の問題や教材を入手し、その解説等を行うとのサービスを提供することは、自由競争の範囲を逸脱するものではなく、そのような営業形態が違法ということはできない、として、特段の事情は認められず、一般不法行為の成立を否定した。著作権侵害が認められない場合の最高裁判例の規範を採用した場合、本件で一般不法行為が認められないという判断は正当なものといえる。本件では、被告の著作権侵害に基づく損害賠償を求めるものではない、と原告が主張している。原告が著作権侵害を主張しなかった理由は不明であるが、被告が解説の対象とした原告のテスト問題には、一般には著作物性が認められること、被告の解説は営利目的であるから、著作権法35条の学校その他の教育機関における複製等の例外条項には該当しないこと、から、著作権侵害で争った場合には別の結論になった可能性も考えられる。

原告商品等表示目録

以上
(筆者)弁護士 石橋茂