【知財高判平30年9月6日(平成29年(行ケ)10210号)】

【キーワード】
平均分子量、明確性要件

第1 はじめに

 本件は、コンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量の測定方法や定義が明細書中に記載されていない点について、一度は明確性要件違反であるとの判決が出されたものの、その後、差し戻された無効審判において訂正がなされ、明確性要件を満たすと判断された事例である。
 事案の流れとしては、無効2015-800023号において請求不成立審決が出され、審決取消判決(第1次判決)において明確性要件違反により審決が取り消され、その後、審判において訂正請求(以下「本件訂正」)がなされたものの無効審決が出され、当該無効審決の取消を求めて本訴が提起されたというものである。

第2 事案

 1 本件特許発明
  本件特許発明は、請求項1に記載のとおりである。
「【請求項1】
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c)平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)。」

 2 第1次判決の概要(知財高判平成29年1月18日・平成28年(行ケ)第10005号)
・本件特許明細書において、コンドロイチン硫酸ナトリウム以外の化合物は、重量平均分子量が明記されている。
・本件特許明細書にコンドロイチン硫酸ナトリウムの入手先として、マルハ(株)と生化学工業(株)が記載されている。
・マルハ(株)と生化学工業(株)でコンドロイチン硫酸ナトリウム販売を独占していた。
・マルハ(株)は、粘度平均分子量を表記、生化学工業は、重量平均分子量を表記してコンドロイチン硫酸ナトリウムを販売していた。
 以上からすると、平均分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認することはできないとして明確性要件違反で無効と判断。

 3 本件訂正の内容
  本件特許明細書の【0021】の取消線部分を削除した。

 「【0021】
例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)、マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)が利用できる。」

第3 主な争点

 本件特許が明確性要件を満たすか否か。

第4 裁判所の判断

(1) 明確性要件について
 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。
 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) 「平均分子量」の意義
ア 「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等に区分される。そして,同一の高分子化合物であっても,重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等の各数値は必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る。(甲17,27)
イ 本件訂正後の特許請求の範囲及び本件訂正明細書には,コンドロイチン硫酸又はその塩につき単に「平均分子量」と記載されるにとどまり,これが重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
 もっとも,本件訂正明細書に記載された他の高分子化合物については,・・・重量平均分子量の各数値が記載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であった・・・(略)・・・
(3) コンドロイチン硫酸又はその塩について
ア マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。(甲11,12)
イ 生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて
・・・(中略)・・・これによれば,本件出願日当時,生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として同社が提供していたのは重量平均分子量の数値であり,当業者に公然に知られた数値も,重量平均分子量の数値であったと認められる。
ウ マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて
・・・(中略)・・・本件出願日当時,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,当業者に公然に知られた数値は,粘度平均分子量の数値であったものと認められる。
・・・(略)・・・
イ 上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。」

以上
(文責)弁護士 篠田淳郎