【東京地判令和5年3月27日(令和4年(ワ)18610号 商標権に基づく差止請求権不存在確認請求事件)】

【キーワード】

商標権、商標権侵害、実質的違法性、並行輸入、不存在確認請求、破産管財人

【事案の概要】

オンキヨーホームエンターテイメント株式会社(以下、「破産会社」又は「オンキヨー」という。)の破産管財人(以下、「本破産管財人」という場合がある。)が、パイオニア株式会(以下、「被告」という場合がある。)が保有する商標権が付され、香港にある倉庫に保有しているスピーカー等の在庫品(以下、「本件在庫商品」という。)を処分しようと、パイオニアに対し、商標権に基づく差止請求権不存在確認請求訴訟を提起した事案である。
結論としては、本破産管財人が敗訴した。このため、本破産管財人は本件在庫商品を処分(販売)することができず、破産財団の増殖を図ることができなかったと言える。

(※判旨及び本破産管財人のウェブサイトに基づき作成)

平成26年11月7日 パイオニア→オンキヨー

本件商標権の通常実施権を許諾する旨の本件使用許諾契約を締結

遵守事項:

  • 製品やサービス、取扱説明書等に本件商標を使用するに当たり、事前に被告の承諾を得なければならないこと
  • 被告がブランド監査の観点から報告、対応、改善等を求めた場合は、これに応じなければならないことなど
令和3年6月21日 本件使用許諾契約を解約(以下、「本件解約合意」という。)

  • ヘッドホン及びイヤホン(DJ用は除く。)は、令和3年11月3日をもって、その他の許諾商品等は同年9月8日をもって解約(以下、両解約日を併せて「本件各解約日」という。)。
  • 本件各解約日以降、許諾商品等に本件商標を使用しない。
  • 本件各解約日から6か月間、本件各解約日時点において現存する在庫を販売するために合理的な範囲内において、本件使用許諾契約に基づき本件商標の使用を継続することができる旨の合意(以下、この期間を「本猶予期間」という。)
令和3年9月8日 オンキヨーは、本件在庫商品を保有
令和3年11月3日 オンキヨーは、本件在庫商品を保有
令和4年5月2日 本件各解約日のうち、ヘッドホン及びイヤホン(DJ用は除く。)について、6ヶ月が経過
令和4年5月13日 オンキヨー:大阪地裁に破産手続開始の申立て

  • 大阪地方裁判所令和4年(フ)第1640号
  • 破産債権の届出期間と破産債権の調査期間が定められていなかった
令和5年2月7日 口頭弁論終結

本破産管財人は、香港にある倉庫に、本件商標を付したままの本件在庫商品を保有

令和5年3月27日 本判決言渡し
令和5年4月6日 債権調査期間の指定
令和5年6月7日 債権調査期間の満了

【東京地裁の判断】

争点は、本破産管財人が本件在庫商品を販売することについて実質的違法性が欠如するかという点であり、本破産管財人(原告)は並行輸入の違法性が争われた判決等を引用して争ったが、東京地裁は、合意解約の成立及び本猶予期間の経過の事実をもって端的かつ画一的に判断し、本破産管財人の請求を棄却した。

【東京地裁の判決を受けての破産事件の帰趨について】

本判決が確定すれば、本破産管財人は、本件在庫商品を処分することができなくなるため、破産財団の増殖を図れなくなる。よって、本破産管財人は、破産財団から本件在庫商品を権利放棄することとなろう(破産法72条2項12号)。その際、本判決があるため、本件在庫商品の廃棄費用も破産財団で負担せざるを得なくなると考えられる。
なお、判旨の限りでは、香港にある倉庫への本件商品在庫の搬入は、(破産申立て前に)オンキヨーが行っていたのか、本破産管財人が行ったのか明らかではないが、一定の範囲の倉庫保管料は財産債権として認められよう(破産法148条1項2号)。

【判旨抜粋】

(※略表示,太字,下線及び墨括弧箇所は,筆者加筆による)

【商標権侵害の成立】

(前略)破産会社は、商標権者である被告との間で、本件商標権の通常使用権を許諾する旨の本件使用許諾契約を締結し、本件在庫商品に本件商標を付したが、その後、被告との間で、本件使用許諾契約を解約し、本件各解約日から6か月間、本件各解約日時点に現存する在庫を販売する限りにおいて、引き続き本件商標を使用することができる旨の本件解約合意を締結し、上記6か月間は既に経過した

したがって、原告が、今後、本件商標を付した本件在庫商品を販売すれば、本件商標を使用することにつき被告の許諾がないから、被告の本件商標権を侵害すると認められる(商標法25条、2条3項2号)

【実質的違法性の有無】

(前略)本件使用許諾契約は既に効力を失っており、在庫商品について例外的に本件商標の使用が許諾された期間も既に経過しているから、本件使用許諾契約が有効である間に本件商標が付された商品であっても、今後、これを販売することは、本件使用許諾契約及び本件解約合意に違反するものである。そうすると、現時点において、通常使用権者であった破産会社の地位を承継した原告が、商標権者である被告に対し、本件商標を付した本件在庫商品を販売することは実質的違法性を欠くなどと主張し得ないことは明らかである。

また、商標法は、商標を使用する者の業務上の信用及び需要者の利益を確保することを目的とするところ(商標法1条参照)、需要者である一般消費者は、登録商標が付された商品を商標権者から直接購入する場合ではなくとも、商標権者の許諾に基づいて登録商標が付された商品を購入しようとする際には、商標権者による技術指導や品質検査等を前提とする商品であると理解し、商標権者が登録商標を付して流通に置いた正規の流通経路によった商品と出所及び品質が同一の商品を購入することができる旨信頼するのが通常であり、その信頼を裏切らないことにより、商標権者の業務上の信用が確保されるというべきである。ところが、(略)のとおり、本件商標を付した本件在庫商品が市場に出回ることは、商標権者である被告の許諾がないことから、正規の流通経路によらないものであるといえるし、本件商標を使用するに当たっての遵守事項を定めた本件使用許諾契約が解約されたことにより、破産会社又は原告がこれに従う法的根拠が失われ、被告は本件在庫商品の品質管理を行い得る立場にないことになる。そうすると、原告が本件商標を付した本件在庫商品を販売することは、本件商標の出所表示機能及び品質保証機能を害するものといえる。

さらに、平成15年最判は、商標権者から商標の使用を許諾された者が使用許諾契約で定める条件に違反して当該商標を付した商品を製造したところ、別の業者が当該商品を海外で仕入れて日本に輸入する行為、いわゆる並行輸入の違法性が争われた事件に関する判断であるのに対して、本件は、かつて商標の使用を許諾されていた者自身の行為の違法性が問われているから、事案を異にする。原告が指摘する他の裁判例についても、同様である。

したがって、原告が本件商標を付した本件在庫商品を販売することについて、商標権侵害の実質的違法性を欠くとはいえない。

【検討】

1.訴訟提起について

本破産管財人が訴訟提起に至った理由について考察するに、おそらく被告側が本件在庫商品の処分の交渉に応じなかったものと推察される。
この場合、破産管財人としては、本件在庫商品について争わずして権利放棄するのか、それとも、訴訟提起をして本件在庫商品を処分できる可能性を探ってみるのか(前例がないため場合によっては勝訴判決を得られるかもしれないし、または、裁判所が仲介することによる訴訟上の和解が期待できるかもしれない)、いずれを選択すべきか、破産裁判所とも協議しつつ判断をする必要がある。

2.猶予期間中の遵守事項について

判旨は、「本件商標を使用するに当たっての遵守事項を定めた本件使用許諾契約が解約されたことにより、破産会社又は原告がこれに従う法的根拠が失われ、被告は本件在庫商品の品質管理を行い得る立場にないことになる」と画一的に判断しているが、「遵守事項」の概要は、判旨を踏まえると、以下の2点である。

  • 製品やサービス、取扱説明書等に本件商標を使用するに当たり、事前に被告の承諾を得なければならないこと
  • 被告がブランド監査の観点から報告、対応、改善等を求めた場合は、これに応じなければならないことなど

このうち、前者については、判決では認定されていないものの(判断に不要な事実関係であったため認定されなかっただけではないかと思われる)、本破産管財人(原告)の主張によれば、「破産会社は、本件使用許諾契約の有効期間中に、同契約の定めに従って、本件商標を付した本件在庫商品を製造した」というのであるから、遵守できていると言えよう。
そうすると、問題は後者となるが、本件合意解約後の各猶予期間中、どれほど実質的にブランド監査が行われたのか、行うことができたのかについて、判旨からは明らかではない。この点、破産管財人が破産財団に属する財産の管理及び処分をする権利を有することを踏まえれば(破産法78条1項)、破産手続期間中に限って本在庫商品の処分を認めて後者の遵守事項を本破産管財人に履行させるという解決策を試みても、何ら問題はなかったように思われる。
すなわち、本事案における本件合意解約の遵守事項の内容を踏まえれば、破産管財人による当該遵守事項の履行可能性が十分に考えられ、なぜ被告が本件在庫商品の処分について許諾をしなかったのか、疑問が残るところである。
この点、破産事件においては迅速処理の要請があるものの、本事案においては、いまだ債権調査期間の指定がなされていない段階での判決言渡となっており、裁判所(※破産裁判所ではなく、本件訴訟の裁判所)においても、和解による終結という選択肢がどれほど試みられたのか、気になるところである。

また、判旨の限りでは、被告がオンキヨーの債権者だったか否かは明らかではないものの、仮に一般債権者であったのであれば、本件在庫商品の廃棄費用が破産財団から捻出され、破産財団がその分、減少してしまうから、本件在庫商品の処分に協力しようとするインセンティブはあったように思われる(もちろん、一般債権者への配当見込みがある場合に限られる。)。
他方、仮に被告が債権者でなかったとか、一般債権者への配当見込みがゼロであったとしても、上記のとおり破産管財人による破産手続期間中の遵守事項の履行可能性を信用して、本件在庫商品を処分させて破産財団を増殖させる方向性に協力してもよかったのではなかろうか(例えば、被告は当該協力をしたことについての対価を得ながら、本破産管財人は本件在庫商品の処分を図る、というウィンウィンな選択肢も考えられるところである。)。
とすると、本件在庫商品を処分させたくないという被告の意向が非常に強かったのではないかと推察される。在庫については、猶予期間の経過後に破産に至らない事案であれば猶予期間中に把握しきれていなかった又は処分できなかった在庫について猶予期間経過後に(追加合意なくして)処分できなくなるということは致し方ないと思われるものの、猶予期間経過直後に破産申立てに至るような事案であれば、猶予期間中に在庫の把握や管理に支障が出ることはやむを得ない可能性もあるため、本件在庫商品の処分について許諾がなされず、破産財団の増殖が図れなかったことが悔やまれる。

3.そのほかの解決策について

判旨によれば、本件在庫商品は、スピーカー、イヤホン、ステレオヘッドホン、ワイヤレスホン及びデジタルオーディオプレイヤーとのことであり、おそらく本件商標権を商品に直接印字したり、エンボス加工したりして付していたものと推察され、本件商標権を剥離してノーブランドの商品として処分するといった選択肢は取り難かったように推察される。

以上

(筆者)弁護士 阿久津匡美