【知財高判平成30年6月19日平29(ネ)10096号[アメーバピグ事件・控訴審]】

【要旨】
 本判決は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、特許権者が敗訴した事例である。

【キーワード】
ソフトウェア特許、充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1 事実関係等

原審である東京地判平成29年10月30日平29(ワ)35182号[アメーバピグ事件・第一審]を参照。

2 判旨

 控訴審では、原審と同様の判断をし、控訴を棄却したが、均等の第1要件に関する判断が、原審と若干異なったことから、均等の第1要件に関する判旨を以下に、引用する。

(エ) もっとも,本件の場合,本件明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは,以下のとおり,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分なものと認められる。
a キャラクター選択の幅について
 本件特許出願日以前に,携帯端末へ毎日異なるキャラクタ画面を配信するiモード上でのサービスとして「いつでもキャラっぱ!」が公知であったことが認められる(乙6)。このことに鑑みれば,本件特許出願日において「携帯端末自体のメモリーに保存してあるキャラクター画像情報のなかから気に入ったものを選択するので,キャラクター選択にあまり選択の幅がなく」「ユーザーに十分な満足感を与え得るものではなかった。」(本件明細書【0003】)との課題,及び「携帯端末自体にキャラクター画像情報を保存するので,」「サービス提供者にとっても,」「キャラクター画像情報を更新するには,携帯端末自体を改めて販売するしかない」(【0003】)との課題が未解決のままであったとは認められない。
b キャラクターの形成とその利用について
 本件特許出願日以前に,「ハビタット」という名称のサービスがパソコン通信ネットワークを通じて一般公衆向けに提供され,公知となっていたところ,当該サービスは,仮想空間内の店舗で購入したパーツを組み合わせることにより,ユーザーがその好み等に従い「アバター」と呼ばれるキャラクターを作成し,このアバターが仮想空間内を歩き回るなどあたかも生活しているかのように活動することができ,これを通じてユーザーが仮想世界で生活しているような気分を感じることができるものと認められる(乙8)。このことに鑑みれば,「種々のパーツを組み合わせてキャラクターを創作するというゲーム感覚の遊びをすることができ」(本件明細書【0006】)るという意味での「十分な満足感」及び「さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で,その仮想モール内に出店された店に入り,パーツという商品を購入することで,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替えて,楽しむことができ」(【0006】)るという意味での「十分な満足感」を得ることは,本件特許出願日において既に解決されている課題であったといわざるを得ない。
c キャラクター画像情報に対する課金方法について
 本件特許出願日以前に,キャラクター画像情報に対する課金方法として,携帯端末自体を改めて販売する態様ではないもの,すなわち,毎月100円を支払うことにより携帯電話機へ毎日異なるキャラクタ画面データを配信するiモード上での上記サービス「いつでもキャラっぱ!」が公知であったこと(乙6),及びiモードにおいてはコンテンツプロバイダー(情報提供者)がコンテンツの情報料をNTTドコモから携帯電話の通信料と合わせて課金し得るシステムが採用されていたこと(乙9)が認められる。このことに鑑みれば,本件特許出願日において,「サービス提供者にとっても,…キャラクター画像情報を更新するには,携帯端末自体を改めて販売するしかない」ため「キャラクター画像情報により効率良く利益を得るのは困難であった。」(本件明細書【0003】)との課題が未解決のままであったとは認められない。
d しかるに,本件明細書には,乙6,8及び9記載の上記技術についての記載はない。したがって,本件明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは,本件特許出願日における従来技術に照らして客観的に見て不十分なものと認められる。
 そうすると,本件発明の本質的部分は,本件明細書の記載に加えて,乙6,8及び9記載の前記技術も参酌して認定されるべきである。
(オ) そして,本件明細書の記載並びに乙6,8及び9記載の前記技術によれば,キャラクター選択・変更等の態様に関する構成(前記①並びに②及び③の組合せ)について,本件明細書は,複数のパーツを組み合わせて気に入ったキャラクターを創作決定すること(前記②及び③)を携帯端末サービスシステムで提供する(前記①)という発想自体を開示するにとどまり,このようなシステムの実装における未解決の技術的困難性を具体的に指摘し,かつ,その困難性を克服するための具体的手段を開示するものではないので,従来技術に対する本件発明の貢献の程度は小さいというべきである。
 キャラクターの選択等に対する課金に関する構成(前記②及び③並びに④の組合せ)についても,本件明細書は,複数のパーツを組み合わせて気に入ったキャラクターを創作決定し(前記②及び③),当該決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する(前記④)という発想自体を開示するにとどまり,このような課金方法の実装における未解決の技術的困難性を具体的に指摘し,かつ,その困難性を克服するための具体的手段を開示するものではないので,従来技術に対する本件発明の貢献の程度は小さいというべきである。
 そうすると,本件発明の本質的部分については,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定するのが相当である。
ウ 被告システムの均等の第1要件の非充足
 他方,被告システムは,前記のとおり構成要件C,F及びGを備えていない。したがって,被告システムが本件発明の本質的部分を備えているということはできず,本件発明と被告システムとは本質的部分において相違すると認められる。
 以上より,被告システムは,均等の第1要件を充足しない。
エ 控訴人の主張についてこの点につき,控訴人は,構成要件Cは非本質的部分であり,構成要件F及びGも本質的部分ではなく,本件発明の本質的部分は構成要件E,F’(「創作決定手段に,表示部に基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターを表示させ」)及びG’(「基本キャラクターが,店にてパーツを購入することにより,パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える」)であり,被告システムはこれらを備えているから,第1要件を充足する旨主張する。
 しかし,構成要件E,F’及びG’は乙8に示される従来技術に開示されているものであり(上記イ(エ)b),構成要件E,F’及びG’の組合せは,それのみでは本件発明の本質的部分を構成し得ない。
 したがって,この点に関する控訴人の主張は採用し得ない。

3 検討

 知財高裁平成27年(ネ)第10014号同28年3月25日特別部判決・判時2306号87頁は、均等の第1要件における本質的部分の認定に関し、、「特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、(1)従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定され(後記ウ及びエのとおり、訂正発明はそのような例である。)、(2)従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定される」と判示した。
 本判決では、従来技術を参酌した上で、「このような課金方法の実装における未解決の技術的困難性を具体的に指摘し,かつ,その困難性を克服するための具体的手段を開示するものではないので,従来技術に対する本件発明の貢献の程度は小さいというべきである。そうすると,本件発明の本質的部分については,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定するのが相当である。」と判示した。かかる判断は、前記大合議判決における「従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定される」に基づきなされたものであるが、「特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定」されてしまうと、結果的には、相違部分があっても、均等論の要件を満たさない結論に直結することとなる。
 ソフトウェア特許の場合、他の技術分野と比べ、従来技術として、非特許文献として、本件発明と類似する機能を備えた製品が存在することが多い事情があることから、従来技術に対する本件発明の貢献の程度が小さいことも多く見受けられる。したがって、ソフトウェア特許における均等論の成立は容易でないことを再確認できる事例といえる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一