【平成30年6月14日判決(大阪地裁 平成28年(ワ)第2688号)】

【判旨】
 発明の名称を「ボールボンディング用被覆銅ワイヤ」とする発明に係る本件特許権を有する原告会社が,被告会社の製造,販売等に係る別紙物件目録記載の各ボンディングワイヤ(被告各製品)がいずれも,本件各発明の技術的範囲に属するとして,被告に対し,被告各製品の製造,販売等の差止め及び被告会社の占有に係る被告各製品の廃棄を求めるとともに,損害金11億円の一部として1億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案。裁判所は,被告各製品は,本件発明1の構成要件1C,本件発明2の構成要件2C,本件発明6の構成要件6B,本件発明7の構成要件7B及び本件発明9の構成要件9Bをいずれも充足しないので,本件各発明の技術的範囲に属するとは認められないとして,原告会社の請求を棄却した。

【キーワード】
充足論,限定解釈,70条1項,70条2項

1 事案の概要と争点

 本件特許権(特許第4349641号)の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)の内容は,以下のとおりである。

構成要件 内容
1A 銅(Cu)を主成分とする芯材と、該芯材の上に2種類の被覆層を有するボールボンディング用被覆銅ワイヤであって、
1B 前記芯材が銅(Cu)−1〜500質量ppmリン(P)合金からなり、
1C かつ、前記被覆層がパラジウム(Pd)または白金(Pt)の中間層および金(Au)の表皮層とからなる
1D ことを特徴とするボールボンディング用被覆銅ワイヤ。

 被告は,平成23年頃から,被告製品1(品番EX1pのうち線径が25μmのもの)及び被告製品2(品番EX1pのうち線径が18μmのもの)を業として製造,使用,販売,輸出及び販売の申出をしていた。
 本件では,①技術的範囲の属否(争点1),②無効理由の存否(争点2),③原告の損害額(争点3)の3つが大きな争点となったが,裁判所が争点1につき非充足(非侵害)と判断して請求を棄却したことから,残りの争点については判断がされなかった。
 争点1では,構成要件1Cにおける「金(Au)の表皮層」の充足性が問題となった。「金(Au)の表皮層」とは,金の他に他の金属を含有しても良いのか,仮に含有しても良いとすればどの程度の割合までが権利範囲に含まれるのかが文言上明らかでないところ,被告製品では,中間層のパラジウムが外側の金(Au)の層に熱拡散して,最も金の濃度が高い表面部分でもその濃度は80%程度となる。このため,被告は,「各被告製品には・・・金のみから構成される部分は存在しない」として,各被告製品は「金(Au)の表皮層」の構成要件を充足しないと主張した。

2 裁判所の判断

(1)「金(Au)の表皮層」の文言解釈
 まず,裁判所は,「『金(Au)の表皮層』とは金のみから構成されている層に限られる」との被告の主張に関し,特許請求の範囲には単に「金(Au)の表皮層」とのみ記載されていることから,直ちに金のみから構成されている層に限定されるものではないと判示した(下記参照)。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

3 「金(Au)の表皮層」の意義
(1) 金のみから構成されている層に限られるか否か
 被告は,主位的に,「金(Au)の表皮層」とは金のみから構成されている層に限られると主張する。
ア しかしまず,特許請求の範囲には,「金(Au)の表皮層」とのみあり,この文言から直ちに金のみから構成されている層に限られると解することはできない
 この点について,被告は,特許請求の範囲においては,芯材については「銅(Cu)を主成分とする」とあるのに対して,表皮層については「金(Au)の」とあり,ある部分が1つの元素のみから構成される場合と2つ以上の元素から構成される場合とを明確に書き分けていると主張する。しかし,芯材の場合は,「芯材が銅(Cu)-1~500質量ppmリン(P)合金からなり」とあるように,構成金属として必須の金属が銅及びリンの2種類であるのに対し,表皮層の場合は,構成金属として必須の金属が1種類にすぎない。したがって,上記の特許請求の範囲の記載の差は,必須の構成金属が1つの元素である場合と2つの元素である場合を明確に書き分けているだけであると解することも十分可能であって,これらの文言のみから,表皮層が金のみから構成されている層に限られると解することはできない。

 次に,裁判書は,本件明細書の記載を根拠に,本件各発明は製造工程の最後において熱処理が行うことを想定しており,金属と金属を密着させて熱処理を行うと拡散が生じることは技術常識であることから,本件各発明は,表面の被覆層中に金以外の元素(パラジウム(Pd),白金(Pt))が含まれることを想定していると判示した。

イ そこで,本件明細書の記載を参酌すると,①本件明細書の【発明を実施するための形態】の項には,「表皮層が2種以上の金属からなる複数の層を形成する場合に,複数の異なる金属層をメッキ法,蒸着法,溶融法等により段階的に形成することになる。その際に,異なる金属を全て形成してから熱処理する方法,1層の金属層の形成ごとに熱処理を行い,順次積層していく方法等が有効である。」との記載があり(本件明細書【0024】),②【実施例】の項には,本件各発明の実施例に係る被覆銅ワイヤの製造方法の説明の中で,500μmの線径まで伸線加工した銅ワイヤの表面に,ストライクメッキをしてから通常の方法で電解メッキを行うことにより,パラジウム(Pd)及び/又は白金(Pt)の中間層と金(Au)の表皮層を被覆し,「この被覆銅ワイヤを最終径の25μmまでダイス伸線して,最後に加工歪みを取り除き,伸び値が10%程度になるように熱処理を施した。」との記載がある(同【0025】)。(なお,上記の①の記載には,「表皮層が複数の金属からなる複数の層を形成する場合」とあり,原告は,この記載は「金(Au)の表皮層」が金とそれ以外の金属から構成されることを指し示すものであると主張するが,「複数の層」との記載からすると,この記載は,被覆層が異なる金属からなる複数の層によって形成される場合のことをいうものと解するのが相当である。)。
 このように,本件各発明の被覆銅ワイヤは,その製造工程の最後において熱処理を行うことを想定していると認められるところ,金属と金属を密着させて熱処理を行うと拡散が生じることは技術常識であること(甲11,38及び弁論の全趣旨)を踏まえると,熱処理過程において,熱処理前に金(Au)でメッキ形成した表面の被覆層に隣り合うパラジウム(Pd)又は白金(Pt)でメッキ形成した中間の被覆層の金属が拡散してくることも想定されるから,本件各発明は,表面の被覆層中に金(Au)とパラジウム(Pd)又は白金(Pt)とから構成される部分が含まれることを想定しているといえる。

 一方で,裁判所は,本件明細書の記述を引用しつつ,本件各発明の技術的意義について,「金(Au)の表皮層」が「銅(Cu)を主成分とする芯材」よりも早く融解することにより,先端部に露出した芯材の銅(Cu)を金(Au)が覆うことで溶融ボールの銅(Cu)の酸化を防止することを課題解決原理としたものであると認定した。そして,パラジウムの含有割合が約2%を超えると,その融点が銅固有の融点である約1085℃より高くなり,各金属の融点の高低関係を利用した上記の課題解決原理が妥当しないこととなるから,「金(Au)の表皮層」とは,「パラジウム(Pd)の混入が約2%までの層である必要がある」と判示した。

ウ 前記1のとおり,本各発明は,ホールボンディングに利用される被覆銅ワイヤにおいて,第二ボンディング時に被覆銅ワイヤを引きちぎると先端の切断面に芯材の銅が露出するために,次の第一ボンディングにおける溶融ボール形成時に露出面の銅が酸化する問題点を解決課題としており,その課題を解決する原理として,本件明細書には,①【発明の効果】の項において,「第一ボンディングにおける溶融ボール形成時に,低融点の表皮層元素の金(Au)が中間層元素よりも早く溶融することにより,露出していた芯材の銅の酸化部分にまで表皮層元素が拡がること」と,芯材の銅(Cu)が含有するリン(P)の脱酸素効果により,「溶融ボール形成時に,芯材の銅の酸化部分の影響がないようにすることが出来る。」との記載があり(本件明細書【0011】),②【発明を実施するための形態】の項において,(a)「2種類の被覆層のうち中間層は,パラジウム(Pd)または白金(Pt)あるいはパラジウム(Pd)と白金(Pt)との合金から構成される。パラジウム(Pd)の融点(1554℃)および白金(Pt)の融点(1770℃)は,いずれも銅(Cu)の融点(約1085度)よりも高い。このため芯材の銅(Cu)が球状の溶融ボールを形成していく最初の段階で,パラジウム(Pd)または白金(Pt)が薄皮となって,あるいは,パラジウム(Pd)と白金(Pt)との合金はが薄皮となって溶融ボールの側面からの酸化を防止す遅延させる。」との記載があり(同【0016】),(b)「芯材の銅(Cu)が球状の溶融ボールを形成していく段階で,芯材が露出した部分の酸化を防止する手段が必要となる。このため本発明では,芯材にリン(P)を含有させるほか,2種類の被覆層のうち表皮層に金(Au)を用いた。金(Au)の融点(約1064℃)は,銅(Cu)の融点(約1085度)よりも低いので,銅(Cu)が球状の溶融ボールを形成していく段階で,表皮層の低融点の金(Au)が銅(Cu)よりも早く早期に融解してワイヤ端面をすばやく包み,銅(Cu)の融解を促進する。次いで,銅(Cu)が融解してから,中間層のパラジウム(Pd)または白金(Pt)の薄皮あるいはパラジウム(Pd)と白金(Pt)との合金の薄皮が軟化し,して溶融ボールを形成する。このように銅(Cu)の溶融ボールが形成される過程で,低融点の金(Au)の表皮層が銅(Cu)の融解を促進し,金(Au)の表皮層がない場合にくらべてパラジウム(Pd)または白金(Pt)等の薄皮を溶融銅ボールの内部にいち早く吸収させることによって,先端部に露出した芯材の銅(Cu)を金(Au)が覆うことで溶融(Cu)ボールの銅(Cu)の酸化を防止することができるものと思われる。」との記載がある(同【0018】)。
 これらの記載からすると,本件各発明は,芯材に用いる銅(Cu),中間層に用いるパラジウム(Pd)又は白金(Pt),表皮層に用いる金(Au)の各金属の融点の高低関係を利用して,「金(Au)の表皮層」が「銅(Cu)を主成分とする芯材」よりも早く融解することにより,先端部に露出した芯材の銅(Cu)を金(Au)が覆うことで溶融ボールの銅(Cu)の酸化を防止することを課題解決原理としたものと解される。そうすると,金(Au)で形成した表面の被覆層中に中間の被覆層のパラジウム(Pd)又は白金(Pt)が拡散し,被覆層中に金(Au)のみからなる部分が存在しない場合であっても,金(Au)で形成した表面の被覆層の融点が銅(Cu)を主成分とする芯材の融点よりも低くなっており,かつ,その関係が,銅(Cu)とパラジウム(Pd)又は白金(Pt)と金(Au)の各金属の融点の高低関係を利用したものといえる場合には,なお「金(Au)の表皮層」に当たると解するのが相当である。
 そして,中間の被覆層にパラジウムを用いる場合には,金固有の融点は約1064℃であるのに対し,金とパラジウムの合金の融点は,パラジウムの含有割合が増加するに連れて約1064℃より高くなっていき,パラジウムの含有割合が約2%を超えると銅固有の融点である約1085℃より高くなること(乙15)に照らせば,金(Au)により形成した表面の被覆層に内側の被覆層のパラジウム(Pd)が約2%より多く混入すると,各金属の融点の高低関係を利用した本件各発明の課題解決原理が妥当しないこととなる。他方,パラジウムの混入が約2%以内であれば,金とパラジウムの合金の融点は銅(Cu)の融点よりも低く,かつ,前記のような金とパラジウムの合金の融点は金(Au)とパラジウム(Pd)の各固有の融点が反映したものであるから,各金属の融点の高低関係を利用した本件各発明の課題解決原理が妥当するといえる。したがって,中間の被覆層にパラジウム(Pd)を用いる場合において,「金(Au)の表皮層」たるためには,必ずしも金(Au)のみからなる層である必要はないが,被告が予備的に主張するとおり,パラジウム(Pd)の混入が約2%までの層である必要があると解するのが相当である。

(2)被告製品へのあてはめ
 各被告製品の表皮層における金(Au)の濃度に関し,実験方法の適否やそれに基づく各被告製品の構成の認定については争いがあったが,裁判所は,原告の主張する実験結果を前提としても,被告製品においてパラジウムの濃度が約2%以下となる層部分が存在するとは認められないとして,被告製品は構成要件1Cを充足しないと判断した。

(1) 先に2で認定した原告による分析結果からすると,仮にそこでの分析対象が被告各製品であり,その分析結果が正しいものであるとしても,それによってパラジウムの濃度が約2%以下となる層部分が存在するとは認められず,他に被告各製品においてパラジウムの濃度が約2%以下となる層部分が存在することを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,被告各製品は,「金(Au)の表皮層」に相当する構成を備えているとは認められないから,被告各製品の構成は構成要件1C,2C(6B,7B,9B)を充足しない。

 なお,原告は,本件明細書に記載された製造方法に基づき被覆銅ワイヤを製作し,分析をしたところ,被告各製品と同様の分析結果となった(よって,被告製品は本件特許発明の技術低範囲に属する)との主張も行ったが,裁判所は,当該被覆銅ワイヤの金(Au)の膜厚が本件明細書の実施例よりも薄いことなどを理由に,当該主張については採用しなかった。

(4)  さらに,原告は,本件明細書に記載された製造方法と技術常識に基づいて被覆銅ワイヤを製作し,分析をしたところ,前記2で認定した原告が被告各製品であるとする試料と同様の分析結果となったとして,甲63ないし甲69及び92を指摘する。
 しかし,そこで製造された被覆銅ワイヤは,コベルコ科研の報告では,金(Au)の膜厚が約2nmと約4nmというのである(甲63の資料2及び4)から,本件明細書の表1の実施例よりも薄い膜となっている。そして,金(Au)により形成した表面の被膜が薄ければ,それだけ中間の被覆層を構成するパラジウム(Pd)が最表面付近にまで拡散する可能性が高くなり,したがって,パラジウム(Pd)の混入が2%以下の層が存在しなくなる可能性が高くなるから,上記で原告が採用した被覆銅ワイヤの製造方法が正当なものであるとしても,それによって製造した被覆銅ワイヤの分析結果が前記2で認定した原告が被告各製品であるとする試料と同様の分析結果になったからといって,被告各製品が「金(Au)の表皮層」を備えると認めることはできない。

3 検討

 本件は,クレームの文言上は単に「金(Au)の表皮層」としか記載されていなかった特許発明について,その課題解決原理(作用効果)の観点から,「パラジウム(Pd)の混入が約2%までの層である必要がある」との限定解釈を行い,被告製品は非充足と判断した。
 特許請求の範囲に明確な限定要素が記載されていないにもかかわらず,上記のように権利範囲を限定解釈することは原告(特許権者)にやや酷な感じもするが,当該限定に係る作用効果が明細書中に明記されており,かつ当該限定がないと当該作用効果を奏することができないとの前提の下では,かかる限定解釈も合理的であると思われる。
 特許権者としては,明細書の作成にあたり,不要な限定を招く恐れのある作用効果や,当該作用効果と紐付いた構成要素(本件であればパラジウムの混入割合に係る数値限定)については,極力記載しないか,記載するとしても必須のものとしてではなく任意の(選択的な)構成要素として記載するなどの配慮が必要になると考えられる。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸