【東京地判平成30年4月26日(平成28年(ワ)第25537号)】

【本稿における要旨】
 職務発明規程について改訂が累次行われている場合において,職務発明の承継について適用されるのは,承継当時に効力を有していた職務発明規程であり,別段の定めのない限り改正後の規程は遡及的に適用されない。

【キーワード】
特許法35条,職務発明規程

事案の概要

 本件は,原告が,被告在勤中に行った発明(2件)に係る特許を受ける権利を被告に承継したにもかかわらず,被告から各承継に係る相当対価額の支払を受けていない旨主張して,被告に対し,特許法35条に基づき,職務発明の相当対価額合計3810万5187円及び遅延損害金の支払を求めた事案である。

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

争点1 特許法に基づく職務発明の相当対価請求権の消滅時効の完成時期。
争点2 職務発明規程について改訂が累次行われている場合における遡及適用の可否。

判旨抜粋(下線は筆者が付した)

第1~第2 ・・・略・・・
第3  争点に対する判断
  事案に鑑み,争点(2)及び争点(3)から先に判断する。
1  争点(2)(相当対価の履行期)及び争点(3)(消滅時効の完成の有無)について
 (1) 相当対価の履行期について,原告は,本件発明1については平成3年9月末日であり,本件発明2については平成12年5月19日である旨主張する(そして,これらの日を相当対価に係る遅延損害金の起算日としている。)。これに対し,被告は,本件発明1については,平成元年規程,昭和55年規程又は平成8年規程のいずれが適用されても,履行期は平成7年10月2日であり(仮に被告の発明考案規程が適用されないならば,昭和63年2月16日となる。),また,仮に本件発明2について特許を受ける権利が発生しているとすれば,履行期は遅くとも平成6年5月頃となる旨主張する。以上のとおり,本件発明1についての相当対価の履行期が遅くとも平成7年10月2日であり,本件発明2についてのそれが遅くとも平成12年5月19日であることについては,当事者間に争いがない。
 (2) そして,特許法35条に基づく相当の対価の支払を受ける権利は,同条により認められた法定の債権であるから,権利を行使することができる時から10年の経過によって消滅すると解される(民法166条1項,167条1項)。そうすると,上記各履行期の10年後である日(本件発明1については遅くとも平成17年10月2日,本件発明2については遅くとも平成22年5月19日)の経過により,消滅時効が完成したものである。 そして,前記第2,1(5)のとおり,被告は,平成28年10月20日の本件第1回口頭弁論期日において,原告の被告に対する相当対価請求権について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。・・・略・・・
 (3)  なお,以下,念のため,相当対価請求権が存在するとした場合の履行期について更に検討しておく。
 ア 従業者等は,契約,勤務規則その他の定めにより,職務発明について特許を受ける権利を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得するから(特許法35条3項),かかる相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効は,特段の事情のない限り,特許を受ける権利を使用者等に承継させた時から進行するが,勤務規則等に使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁判所平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
 イ 被告は,職務発明に関して発明考案規程を設けているところ,弁論の全趣旨によれば,同規程の内容は不合理ではなく,また従業員の間にも周知されていたものと認められるから,本件発明に係る特許を受ける権利の被告への承継に関しても,同規程が適用されるものと解される。被告においては,職務発明規程について改訂が累次行われているが,職務発明の承継について適用されるのは,承継当時に効力を有していた職務発明規程であり,別段の定めのない限り改正後の規程は遡及的に適用されないと解すべきである。・・・略・・・
 この点に関し,被告は,上記の昭和55年規程について,改訂後の規程の内容がいずれも発明者に有利であり(補償金額が増えたこと),また,規程管理規程(乙5)の6条3項において,「旧規程類の条項に新たに制定,改訂された規程類の条項が抵触するときは,特に定めがない限り新規程類の条項を優先し,旧規程類の条項は新規程類の実施と同時に消滅する」旨定められていること等を根拠として,改訂後の平成元年規程が適用される旨主張する。しかし,補償金額の点のみをとらえて,直ちに改訂後の規程が改訂前よりも発明者にとって有利であるとはいえないし,仮にそうであるとしても,直ちに改定後の規程が遡及的に適用されると解すべき根拠とはならない。また,規程管理規程(乙5)における6条3項の定めは,あくまで平成26年6月10日施行版の規程管理規程における定めであって,本件発明1が被告に承継された時点で,上記のような定めがあったことを認めるに足りる証拠はない。したがって,被告の上記主張は採用できない。・・・略・・・

解説

争点1(特許法に基づく職務発明の相当対価請求権の消滅時効の完成時期)について
 上記判旨抜粋のとおり,本件発明1についての相当対価の履行期が遅くとも平成7年10月2日であり,本件発明2についてのそれが遅くとも平成12年5月19日であることについては,当事者間で争いがなかった。また,特許法35条に基づく相当の対価の支払を受ける権利は「権利を行使することができる時から10年の経過によって消滅する」ので,本件では上記各履行期より10年後に消滅時効が完成した(要するに,ここまでの事実について当事者間で争いがなかった)。そして,消滅時効を被告が援用したので,裁判所は相当対価請求権は消滅したと判断したものである。
 上記当事者間で争いがなかった事実は,消滅時効の主張の「主要事実」であったと言えるので,裁判所の判断はこれをそのまま判決の基礎としたもの(弁論主義に則ったもの)であって,妥当なものであると考える。

争点2(職務発明規程について改訂が累次行われている場合における遡及適用の可否)について
 本件は,上記争点1の判断のみで結論を導くことができたが,職務発明規程の遡及適用に関して参考になる判断を示したので,本稿で特に取り上げるものである。
 上記判旨抜粋のとおり,本件では,「被告においては,職務発明規程について改訂が累次行われているが,職務発明の承継について適用されるのは,承継当時に効力を有していた職務発明規程であり,別段の定めのない限り改正後の規程は遡及的に適用されない。」とした。その上で,被告が,規程管理規程(乙5)の6条3項において「旧規程類の条項に新たに制定,改訂された規程類の条項が抵触するときは,特に定めがない限り新規程類の条項を優先し,旧規程類の条項は新規程類の実施と同時に消滅する」旨が定められていると主張したことに関しては,「規程管理規程(乙5)における6条3項の定めは,あくまで平成26年6月10日施行版の規程管理規程における定めであって,本件発明1が被告に承継された時点で,上記のような定めがあったことを認めるに足りる証拠はない」として,当該規程管理規程(乙5)の6条3項があっても改正後の規程の遡及適用を認めなかった。
 この点,特許庁の職務発明ガイドラインの「第3,二,2」には,「職務発明に係る権利が使用者等に帰属した時点で相当の利益の請求権が当該職務発明をした従業者等に発生するため,その時点以後に改定された基準は,改定前に使用者等に帰属した職務発明について,原則として適用されない。ただし,使用者等と従業者等との間で,改定された基準を改定前に使用者等に帰属した職務発明に適用して相当の利益を与えることについて,別途個別に合意している場合には,改定後の基準を実質的に適用することは可能であると考えられる。また,改定後の基準を改定前に使用者等に帰属した職務発明について適用することが従業者にとって不利益とならない場合は,改定前に帰属した職務発明に係る相当の利益について,改定後の基準を適用することは許容されるものと考えられる。」との記載がある。
 上記判旨と上記ガイドラインにおける(共通の)原則的な考え方は,職務発明規程について改訂が累次行われている場合において,職務発明の承継について適用されるのは承継当時に効力を有していた職務発明規程であり,改正後の規程は遡及的に適用されないということであろう。
 一方,原則に対して「例外」を上記ガイドラインでいう「別途個別に合意している」の意味は,上記判旨と整合的に理解するならば,改定前の承継に基づき改定前に生じた事実に対して改定後の規程を遡及的に適用する場合(極端な例を挙げれば,改定により報奨金を減額した場合において,その減額分について遡って従業員に償還を求める場合)には,各従業員との間で「別途個別の合意書」を締結することが必要で,改定後の規程で(いわば)「遡及適用する旨」のフレーズ(上記規程管理規程(乙5)における6条3項の定め)を入れるだけでは足りないということになるであろう。
 もっとも,改定前の承継に基づくものであっても改定後に生じた事実に対して改定後の規程を適用する場合(例えば,改定後に生じた事実に基づく実績報償額について,改定後の規程を適用する場合)は,「改定前に帰属した職務発明に係る相当の利益について,改定後の基準を適用する」旨の規程を改定後の規程に置くことで(そして,当該規程の改定が「不合理性」がなく適切に行われることで),改定後の規程が適用可能になるものと考える。

参考:特許庁の職務発明ガイドライン
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shutugan/shokumu/document/shokumu_guideline/guideline_02.pdf

以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳