【平成30年1月22日判決(知財高裁 平成29年(行ケ)第10055号)】

【判旨】
 発明の名称を「オーガ併用鋼矢板圧入工法」とする発明に係る特許権に対し無効審判が請求され、訂正を認めた上で特許を無効とした審決に対する取消訴訟において、原告(特許権者)が複数の取引先に配布したCD-ROMが、特許法第29条1項3号に係る「頒布」の要件を満たすかが争われた事例。裁判所は、「『頒布された刊行物』とは,公衆に対し頒布することにより公開することを目的として複製された文書・図面その他これに類する情報伝達媒体であって,不特定又は特定多数の者に頒布されたものをいう」としつつ、当該CD-ROMの利用目的や配布の態様に鑑みれば「頒布」の要件は満たされると認定し、当該CD-ROMに記録された動画に基づき発明の進歩性を否定した。

【キーワード】
特許法第29条1項3号、頒布、新規性、進歩性充足論

事案の概要と争点

 本件特許権(特許第4653127号)において,訂正後の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)は以下のとおりである。また,本件特許権に係る出願日は平成19年(2007年)2月8日であった。

構成要件 内容
1A 下方に反力掴み装置を配設して既設の鋼矢板上に定置される台座と,該台座上にスライド自在に配備されたスライドベースの上方にあって縦軸を中心として回動自在に立設されたガイドフレームと,該ガイドフレームに昇降自在に装着されて杭圧入引抜シリンダが取り付けられた昇降体と,昇降体の下方に配備された旋回自在な杭掴み装置を具備し,既設杭上を自走する静荷重型杭圧入引抜機を使用して,オーガによる掘削と杭圧入引抜シリンダを併用して鋼矢板を地盤内に圧入するオーガ併用鋼矢板圧入工法において,
1B 杭掴み装置に鋼矢板を装備することなく,オーガケーシングを挿通してチャックし,圧入する鋼矢板の両端部の圧入位置及び近傍の地盤を,オーガによって相互に一定の間隔を空けて2つ先行掘削し,その後,圧入する鋼矢板とオーガケーシングを一体として,杭掴み装置に挿通してチャックし,オーガによる掘削が前記2つの先行掘削した地盤と連続するとともに,前記2つの先行掘削と併せて鋼矢板を圧入する地盤の全域となるようにオーガによる掘削と鋼矢板の圧入を同時に行うことによって,圧入する鋼矢板の地盤の全域を少ない面積で掘削することを特徴とするオーガ併用鋼矢板圧入工法。

 本件における主引例は,「硬質地盤対応広幅型鋼矢板圧入機 TILT PILER CRUSHチルトパイラークラッシュWP100AC」との名称が付されたCD-ROM(以下,このCD-ROMを「甲1媒体」とい。)に収録された動画(動画の最終更新日は「2006年10月21日 16:34:13」)である。以下,甲1媒体に記録された発明を「引用発明1」という。
 被告は,甲1媒体はその配布時期が不明である上,取引先の土木事業者という特定かつ少数の者にのみ配布されたにすぎないから,特許法第29条1項3号における「頒布」の要件を満たさないと主張し,その公知性を争った。

裁判所の判断

(1)甲1媒体の配布時期について
 まず,裁判所は,甲1媒体の配布時期について,データの最終更新日,配布文書における記載,関係者の陳述等に基づき,平成18年(2006年)10月頃に配布されたものであると認定した。

※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)

 甲1媒体は,その表面に「硬質地盤対応広幅型鋼矢板圧入機 TILT PILER CRUSH チルトパイラークラッシュWP100AC」及び「KOWAN」と記載されたCD-ROMであり,WP100ACを使用したオーガ併用鋼矢板圧入工法に関する動画が収録されている(甲1の1・2)。甲1媒体の最終更新日は,2006年(平成18年)10月21日である(甲1の2)。
  また,本件案内文書(甲1の3)には,株式会社コーワンの記名と社印の押捺があり,「平成18年10月吉日」,「各位」,「カタログ及び,WP100ACの試験施工による説明ビデオを同封させていただきますので,ご質問やご不明な点がございましたら,下記までご連絡下さい。」との記載がある。
  本件陳述書(甲10の1・3~6)によれば,株式会社西部工建,北城重機興業有限会社,株式会社伊藤工業及び株式会社石走商会が,いずれも受領日は明らかではないものの,甲1媒体を所持していたこと,勿来建機株式会社が,平成18年の秋から冬にかけて,甲1媒体及び本件案内文書を受領し,その後に原告の営業担当者から説明を受けたことが認められる。
  そして,原告は,本件審判において提出した平成27年12月8日付け答弁書において,「カタログ(WP100AC)2006.10.27」の発送記録があったこと,その記録中の送付先に,株式会社西部工建,北城重機興業有限会社,株式会社伊藤工業,株式会社石走商会及び勿来建機株式会社が含まれていたことを認めている(甲56)。
  以上の事実によれば,甲1媒体は,原告により,平成18年10月頃,株式会社西部工建,北城重機興業有限会社,株式会社伊藤工業,株式会社石走商会及び勿来建機株式会社を含む不特定の土木事業者に対し,本件案内文書とともに配布されたものと認められる。

 これに対し,原告は,関係者の陳述書の大半には,甲1媒体の配布を受けた時期が開示されていないなどとして争ったが,裁判所は,配布先のうち少なくとも4社について平成18年10月頃に配布されたことを裏付ける証拠があることなどから,配布時期に係る原告の主張を退けた。

   イ 原告の主張について
  (ア) 原告は,本件陳述書には,本件発明に係る特許出願の前に甲1媒体の頒布を受けたことの記載はないから,頒布の時期は認定できないと主張する。
  しかしながら,株式会社西部工建,北城重機興業有限会社,株式会社伊藤工業及び株式会社石走商会の陳述書には,いずれも,原告から甲1媒体の配布を受けたとの記載があること,勿来建機株式会社の陳述書には,原告から資料が届けられ,その後に原告の営業担当から説明を受けたことがあり,その時期が「平成18年の秋から冬にかけて」であったとの記載があること,原告が甲1媒体とともに送付した本件案内文書には,「平成18年10月吉日」との記載とともに,甲1媒体とカタログを送付するとの記載があること,原告には「2006.10.27」にカタログを発送したとの記録が存在し,記録上,発送先に株式会社西部工建,北城重機興業有限会社,株式会社伊藤工業,株式会社石走商会及び勿来建機株式会社が含まれていたこと,以上の事実によれば,これら5社に甲1媒体が配布された時期は,平成18年10月頃であったものと推認することができる。

(2)「頒布」の該当性について
 また,甲1媒体が「頒布」されたかどうかという点についても,甲1媒体の作成目的や,案内文書の宛先欄,配布先における秘密保持義務の有無等を総合的に検討した上で,配布の対象が特定の者に限られていたとはいえないとして,「頒布」に該当すると判示した。

 (イ) また,原告は,甲1媒体について,原告による配布の対象は,特定の者に限られていたにすぎず,「多数の土木事業者に配布されたもの」ではないから,「頒布」ではない旨主張する。
  「頒布された刊行物」とは,公衆に対し頒布することにより公開することを目的として複製された文書・図面その他これに類する情報伝達媒体であって,不特定又は特定多数の者に頒布されたものをいう。甲1媒体は,原告の新製品であるWP100ACを宣伝するためのものであるところ,宣伝のためのカタログやビデオ等は,通常,不特定多数の者に配布することを目的とするものであること,本件案内文書の宛先も「各位」とされていること,原告も,甲1媒体の送付先が上記5社のみであったとは主張していないこと,甲1媒体を受け取った上記5社が,引用例1の映像の内容について秘密保持義務を負っていたとは認められないことからすれば,甲1媒体の配布の対象は,特定の者に限られていたとはいえず,「頒布」に当たることは明らかである。

 そして,裁判所は,訂正後の本件発明1が,甲1媒体に記録された発明に周知技術を適用することにより当業者が容易に想到可能なものであるとして,本件発明1の進歩性を否定した。当該判示部分の詳細については本稿で割愛する。

検討(実務上の指針)

 本件は,配布先が取引先の土木事業者という特定の属性の者に限られていたものの,「頒布」の該当性が認められ,自ら配布した資料に基づき発明の進歩性が否定された事案である。本件のような広告宣伝目的の媒体については,通常は不特定多数に配布されるものであるという性質上,「頒布」の該当性は認められやすいと考えられる。
 本件は,広告宣伝媒体の配布前に特許出願を済ませておくか,当該媒体について新規性喪失の例外適用の申請(特許法第30条)を行っておけば防げた事案であることから,特に特許出願が近い時期においては,自社の広告宣伝媒体の内容やその配布時期について十分に注意を払うことが必要であると思われる。

以上
(筆者)弁護士・弁理士 丸山真幸