【平成30年5月31日判決(東京地裁 平成28年(ワ)第41720号)】
【判旨】
発明の名称を「地震到来予知システム」とする特許権を有する原告が,被告(国)の組織の一部である気象庁において行う緊急地震速報が,原告の上記特許権を侵害していると主張して,被告に対し,損害賠償金2億7000万円の一部請求として1000万円の支払を求めると共に,信用回復措置として謝罪広告の新聞掲載を求めた事案。裁判所は,被告(気象庁)が行う緊急地震速報では,地震の観測,データ処理,情報の発表を行うにすぎず,本件発明の構成要件である「受信」行為を行っていないことや,受信機側で「予想震度」や「到達時刻」の演算を行っていないこと,更には「地震の到来方向」の演算も行っていないこと等から,緊急地震速報は原告の特許権を侵害しないと判示し,原告の請求を棄却した。
【キーワード】
充足論,70条1項,70条2項
1 事案の概要と争点
本件特許権(特許第4041941号)の請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)の内容は,以下のとおりである。
発明の名称:地震到来予知システム
構成要件 | 内容 |
(1) | 3箇所以上に配置した検出器であって,地震計を含み,該地震計の出力による震度,位置及び時刻からなる検出データを出力する検出器と, |
(2) | 前記検出器から出力された検出データを受信・データ処理して震源の震度,位置及び時刻からなる地震データを出力する検出センタと, |
(3) | 前記検出センタから出力された地震データを放送局,電話局,データ端末,インターネットなどを介して受信機へ送信する手段と,を備え, |
(4) | 前記受信機は前記地震データ,該受信機の位置,及び時計を用いて受信点における地震の到来方向,予想震度及び到達時刻を演算し, |
(5) | 演算された地震の到来方向,予想震度及び到達時刻を警報・通報する,ことを特徴とした |
(6) | 地震到来予知システム。 |
被告(気象庁)は,平成19年10月1日から,緊急地震速報の発表を行っている。緊急地震速報の構成は,次のとおりである。
構成 | 内容 |
(1) | 1箇所以上に配置され,観測した最大加速度,最大速度,最大変位,検測時刻,震央方位と震央距離,及び観測点番号等からなるデータを出力する地震計と |
(2) | 前記地震計から出力された最大加速度,最大速度,最大変位,検測時刻,震央方位と震央距離,及び観測点番号等からなるデータを受信・解析処理して地震の規模(マグニチュード),震源の位置,地震の発生時刻,強く揺れると予測した地域の名称,各地域の予想震度とその到達予想時刻からなるデータを出力する処理装置と |
(3) | 前記検出手段から出力されたデータを専用回線等のネットワークを通じ,NHKや民放各局のテレビやラジオの各放送局,携帯電話(緊急速報メール)等やエンドユーザーの受信端末へ送信する手段と,を備える |
(4) | 緊急地震速報 |
本件では,①技術的範囲の属否(争点1),②無効理由の存否(争点2),③原告の損害額(争点3),④信用回復措置(謝罪広告掲載)の必要性の4つが大きな争点となったが,裁判所が争点1につき非充足(非侵害)と判断して請求を棄却したことから,残りの争点については判断がされなかった。
争点1では,本件発明の構成要件のうち,特に「前記受信機は前記地震データ,該受信機の位置,及び時計を用いて受信点における地震の到来方向,予想震度及び到達時刻を演算し,」(構成要件(4))及び「演算された地震の到来方向,予想震度及び到達時刻を警報・通報する,ことを特徴とした」(構成要件(5))の充足性が問題となった。
2 裁判所の判断
(1)構成要件(4)及び(5)のクレーム解釈
まず,裁判所は,本件明細書の記載や出願経過における補正書・意見書の記載を引用した上で,構成要件(4)及び(5) における「地震の到来方向,予想震度及び到達時刻」の「警報・通報」とは,個々の受信機において,「地震データ」に加え「該受信機の位置」及び「時計」を用いて,個々の受信機における「地震の到来方向」が「予想震度」及び「到達時刻」とともに「演算」されて,それが「警報・通報」されるものと解すべきであり,それ故に,地震データをそのまま告知に利用するのでは足りないと判示した。
※判決文より引用(下線部は筆者付与。以下同じ。)
(2) 本件特許に係る明細書(甲2)には以下の記載がある。 |
(2)本件への当てはめ
上記のクレーム解釈を前提として,裁判所は,被告(気象庁)の緊急地震速報では,地震の観測,データ処理,情報の発表を行うにすぎず,「受信」行為を行っていないことや,地震データをそのまま告知に利用しており,「地震の到来方向」を「警報・通報」しているものではないこと等を理由に,緊急地震速報が本件発明の構成要件(4)及び(5)を充足しないと判断した。
イ 気象庁では,緊急地震速報(警報)及び緊急地震速報(予報)を広く一般に発表している。 |
3 検討
本件発明は,単に地震データを受信するだけではなく,受信した地震データに基づき端末側で地震の到来方向,予想震度及び到達時刻の演算を行うというものであり,受信機側の上記処理に特徴がある旨を,特許権者も出願経過において積極的に主張していた。気象庁が行っていた緊急地震速報の処理は,上記に掲げた処理の一部のみであったことから,文言上も侵害が認められる可能性は低かった事案と考えられる。一応,間接侵害という法律構成も考えられなくはないが,受信した地震データに基づき端末側でどのような処理を行うかは様々なバリエーションが考えられるため,「のみ」や「不可欠品」の要件を充足することは困難と考えられる。
なお,本件特許の特許公報の表紙には,「特許権者において,実施許諾の用意がある」旨の記載があり,本件特許が最初から第三者へのライセンスを目的として登録されたものであることが分かる。これは,特許庁が平成29年度より開始した「権利譲渡又は実施許諾の用意に関する公報掲載申込み」のサービスに基づくものであり,権利譲渡又は実施許諾をしたい者は,特許庁への申出によりその旨を特許公報・登録実用新案公報・意匠公報に掲載してもらうことができるようになった(下記参照)。
※本件特許公報より抜粋
以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸