【令和4年2月10日判決(知財高判 令和2年(行ケ)第10114号)審決取消請求事件】

【要約】
 当事者間における商標の不争義務を認め、商標登録取消審判請求の利益がないとして商標登録取消しを認めた審決を取り消した。

【キーワード】
 商標登録取消審判、不争義務

1 事案

 被告は、原告を商標権者とする商標(以下「本件商標」)について商標登録取消審判を請求した。特許庁は、原告、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかが、審判請求の登録前3年以内に使用した事実が認められないとして、商標登録を取り消す審決(以下「本件審決」)をした。
 本件訴訟は、原告が、本件審決の取消しを求める事案である。
 本件訴訟は、被告が口頭弁論期日に出頭せず、答弁書も提出しなかったため、被告が原告の主張を争わないものとして事実認定がされた(概要は、以下のとおり)。

⑴ 原告及び原告が設立したBoast、 Inc(「ボースト社」。原告と併せて「原告ら」)は、1973年、「BOAST」ブランドに係る事業を立ち上げた。
⑵ 原告らは、2010年、Branded Boast LLC(「ブランデッドボースト社」)に対し、米国内でのBOASTブランドに係る事業を売却し、米国登録商標を譲渡した。他方、原告は、日本、中国、タイ等の国におけるBOASTブランドに係る登録商標を引き続き保有し、これらの国でBOASTに係る事業を行う権利を留保した。
⑶ 原告は、2012年、本件商標の出願をし、2014年、設定登録を受けた。
⑷ その後、原告らとブランデッドボースト社の間で、BOASTブランドに係る事業の取扱いに関して法的紛争が生じた。原告らとブランデッドボースト社は、和解契約(「本件和解契約」)を締結した。本件和解契約には、以下の条項が含まれていた。
 ①原告らは、「BOAST」の商号で「BOAST」商標を付した商品を米国外で自由に販売することができることを確認する旨の条項(12項)
 ②ブランデッドボースト社は、世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原 告らの商号権及び商標権を妨害しない旨の条項(14項)
⑸ 被告は、ブランデッドボースト社の本件和解契約に基づく契約上の地位を承継した。
⑹ 被告は、2018年、本件商標の登録商標について本件審判を請求した。

2 判決

⑴ 本件和解契約締結に至る経緯、本件和解条項12項及び14項の文言に鑑みると、本件和解条項14項の「世界中でボースト社又は原告によるその他の登録により保護される原告らの商号権及び商標権を妨害しない」にいう「妨害しない」との文言は、ブランデッドボースト社が、原告らが有する米国外で商標登録された「BOAST」ブランドに係る商号権及び商標権の有効性を争わない義務(いわゆる不争義務)を負うことを定めた趣旨を含むものと解される。そうすると、ブランデッドボースト社は、本件和解契約に基づき、原告に対し、本件商標の商標権について不争義務を負うものと認められる。
 そして、…被告は…、ブランデッドボースト社の本件和解契約に基づく契約上の地位を承継したのであるから、被告は、原告に対し、本件和解契約に基づいて、本件商標の商標権について不争義務を負うものと認められる。
⑵ 商標法50条1項が、「何人も」、同項所定の商標登録取消審判を請求することができる旨を規定し、請求人適格について制限を設けていないのは、不使用商標の累積により他人の商標選択の幅を狭くする事態を抑制するとともに、請求人を「利害関係人」に限ると定めた場合に必要とされる利害関係の有無の審理のための時間を削減し、審理の迅速を図るという公益的観点によるものと解される。
 一方で、商標権に関する紛争の解決を目的として和解契約が締結され、その和解契約において当事者の一方が他方(商標権者)に対して当該商標権について不争義務を負うことが合意された場合には、そのような当事者間の合意の効力を尊重することは、当該商標権の利用を促進するという効果をもたらすものである。また、このように当事者間の合意の効力を尊重するとしても、第三者が当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは可能であるから、上記公益的観点による利益を損なうものとはいえない。
 したがって、和解契約に基づいて商標権について不争義務を負う者が、当該商標権に係る商標登録について同項所定の商標登録取消審判を請求することは、信義則に反し許されないと解するのが相当である。

3 検討

 本件和解契約において、不争義務が「妨害しない」という文言で定められており、明確な表現ではなかったが、本判決は、経緯を考慮して不争義務が認定した。
 そして、本判決は、商標法50条1項では「何人も」商標登録取消審判を請求することができると規定されていることとの関係については、「利害関係人」に限らないことによる公益的観点を述べた。当事者間で不争義務が合意された場合には、その合意の効力を尊重することが、商標権の利用を促進する効果をもたらすものであり、かつ、第三者が商標登録取消審判を請求することは可能であるため公益的観点による利益も損なわれないとした。
 被告としては、本件和解契約の存在が分かった時点で、第三者による商標登録取消審判請求をすれば足りたと思われる。しかし、第三者による商標登録取消審判請求が認められる以上、契約を締結する際は、不争義務が事実上無力化されることを考慮する必要がある。

以上

弁護士 後藤直之