【令和4年12月5日判決(大阪地裁令和2年(ワ)第4272号 商標権侵害差止等請求事件(第1事件)、令和3年(ワ)第5999号 不正競争行為差止等請求事件(第2事件)】

【キーワード】

除斥期間経過後の権利濫用の抗弁、エマックス事件、商標法38条2項

第1.本件の概要及び本稿で論じる範囲

 本件は、第1事件原告が、商標権侵害を理由に第1事件被告を訴え(第1事件)、第1事件被告が、第1事件原告の販売代理店の行為は不正競争防止法上の不正行為にあたるとして、当該販売代理店(第2事件被告)を訴えたものである(第2事件)。
 本稿では、第1事件についてのみ論じる。また、以下では、第1事件原告を単に「原告」といい、第1事件被告を単に「被告」という。

第2.本件商標登録について

 原告は、商標登録第5568215号(登録日:平成25年3月22日)商標の商標権者であり、その登録商標は図1のとおりである(以下、当該商標登録を「本件商標登録」、本件商標登録に係る商標権を「本件商標権」、本件商標登録に係る登録商標を「本件商標」という。)。
 また、本件商標登録に係る指定商品は、自転車等である。

図1 本件登録商標

第3.争点

 本件の争点は、
 ①先使用権の成否
 ②権利濫用の成否
  (1)不当な目的による商標権行使に係る権利濫用該当性
  (2)商標法4条1項11号を理由とする権利濫用該当性
 ③損害の発生及び損害額(商標法38条2項の適用可否を含む)
 である。
 本稿では、上記争点のうち②(2)「商標法4条1項11号を理由とする権利濫用該当性」及び③の「商標法38条2項の適用可否」を取り上げる。

第4.商標法4条1項11号を理由とする権利濫用該当性

1.被告の主張の概要

 本件商標は、商標法4条1項11号(先願に係る他人の登録商標)に違反して登録されたものであり、無効事由がある。本件商標は出願から5年(筆者注:「設定登録日から5年」の趣旨?)が経過しているため、無効の抗弁そのものを主張することはできないが、無効事由が存在するような商標に基づく権利行使は権利の濫用に該当する。

2.裁判所の判断(概要)

 裁判所(大阪地裁民事26部、松阿弥裁判長)は、以下のとおり判示し、権利濫用該当性を否定した

本件判決(抜粋)
 ※判決文の一部に下線強調及び筆者注を付した。

 (1) 本件商標は、商標権の設定登録の日から、被告が本件訴訟において商標法4条1項11号該当性の主張をするまでに、同号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま5年を経過している。  商標法47条1項は、商標登録が同法4条1項11号の規定に違反してされたときは、商標権の設定登録の日から5年の除斥期間を経過した後はその商標登録についての無効審判を請求することができない旨を定めており、その趣旨は、同号の規定に違反する商標登録は無効とされるべきものであるが、商標登録の無効審判が請求されることなく除斥期間が経過したときは、商標登録がされたことにより生じた既存の継続的な状態を保護するために、商標登録の有効性を争い得ないものとしたことにあると解される(最高裁平成15年(行ヒ)第353号同17年7月11日第二小法廷判決・裁判集民事217号317頁参照(筆者注:RUDOLPH VALENTINO事件))。そして、商標法39条において準用される特許法104条の3第1項の規定(以下「本件規定」という。)によれば、商標権侵害訴訟において、商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは、商標権者は相手方に対しその権利を行使することができないとされているところ、上記のとおり商標権の設定登録の日から5年を経過した後は商標法47条1項の規定により同法4条1項11号該当を理由とする商標登録の無効審判を請求することができないのであるから、この無効審判が請求されないまま上記の期間を経過した後に商標権侵害訴訟の相手方が商標登録の無効理由の存在を主張しても、同訴訟において商標登録が無効審判により無効にされるべきものと認める余地はない。また、上記の期間経過後であっても商標権侵害訴訟において商標法4条1項11号該当を理由として本件規定に係る抗弁を主張し得ることとすると、商標権者は、商標権侵害訴訟を提起しても、相手方からそのような抗弁を主張されることによって自らの権利を行使することができなくなり、商標登録がされたことによる既存の継続的な状態を保護するものとした同法47条1項の上記趣旨が没却されることとなる。  そうすると、商標法4条1項11号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、本件規定に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である(最高裁平成27年(受)第1876号同29年2月28日第三小法廷判決・民集71巻2号221頁参照(筆者注:エマックス事件))。  同様に、上記の期間(筆者注:設定登録日から5年)経過後であっても商標権侵害訴訟において、登録商標が同号に該当するものとして何人に対しても商標の使用の差止め等を求めることが権利の濫用に当たり許されないものと解すると、同法47条1項の趣旨が没却されることになるから、同法4条1項11号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、商標権侵害訴訟の相手方が同項11号該当性に係る「他人の登録商標」の商標権者であるなどの特段の事情がない限り、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、権利濫用に係る抗弁を主張することが許されないと解するのが相当である。

第5.商標法38条2項の適用可否

1.原告の主張の概要

 原告は、販売代理店(第2事件被告)を通じて、日本国内において、本件商標を付した自転車、自転車フレームその他自転車の部品及び附属品を販売している。
 販売代理店が日本国内において本件商標を付した原告商品の販売を開始したのは、平成30年8月頃であるが、原告は、遅くとも同年5月には販売代理店の注文を受けて本件商標を付した原告商品を販売代理店に向けて輸出した。したがって、原告は、遅くとも同月から日本国内市場に向けた商品の販売を開始していたのであり、同月以降は原被告間に競業関係が成立しており、侵害者の侵害行為による商標権者の損害の発生という商標法38条2項の適用の前提が満たされたというべきである。したがって、本件における商標法38条2項の適用は、遅くとも同月(筆者注:平成30年5月)からの被告が受けた利益に対してされるべきである。

2.被告の主張の概要

 原告は平成30年8月以前には日本国内において原告商品を販売しておらず、平成30年8月以前の行為については同項の適用はないというべきである。

3.裁判所の判断(概要)

 裁判所(大阪地裁民事26部、松阿弥裁判長)は、以下のとおり判示し、販売代理店による原告商品販売時期である平成30年8月ではなく、原告が販売代理店に原告商品を輸出した時期である平成30年5月以降の商標権侵害行為に係る損害について、商標法38条2項の適用があると認めた。

本件判決(抜粋)
 ※判決文の一部に下線強調を付した。

 商標法38条2項は、民法の原則の下では、商標権侵害によって商標権者が被った損害の賠償を求めるためには、商標権者において、損害の発生及び額、これと商標権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を商標権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定であるから、商標権者に、侵害者による商標権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、商標法38条2項の適用が認められると解すべきである。そして、商標権者である原告が日本国内で事業を行っていない場合でも、販売代理店契約を締結した日本の販売事業者である第2事件被告に原告商品を輸出すれば、現実に第2事件被告が日本国内で商品を販売する前であっても、日本国内で販売ないし販売の申出が可能な状態となっており、被告が被告商品を販売することにより、第2事件被告が原告商品を販売することが妨げられ、ひいては原告の利益が損なわれる関係にあるといえるから、前記前提事実のとおり、原告が第2事件被告に原告商品を輸出した同年5月28日以降の商標権侵害行為に係る損害について、商標法38条2項の適用があると認められる。

第6.筆者コメント

1.商標法4条1項11号を理由とする権利濫用該当性について

(1)エマックス事件判決について
 エマックス事件判決においては、除斥期間(商標法47条)の経過後には、除斥期間の対象となる無効事由についての無効の抗弁(商標法39条、特許法104条の3)を主張することは許されないと判示されている。
 ただし、エマックス事件判決は、無効の抗弁の主張が不可能である場合であっても、権利濫用の抗弁が許される場合があると判示した。具体的には、エマックス事件判決は、「商標法4条1項10号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後であっても、当該商標登録が不正競争の目的で受けたものであるか否かにかかわらず、商標権侵害訴訟の相手方は、その登録商標が自己の業務に係る商品等を表示するものとして当該商標登録の出願時において需要者の間に広く認識されている商標又はこれに類似する商標であるために同号に該当することを理由として、自己に対する商標権の行使が権利の濫用に当たることを抗弁として主張することが許される」としている。

(2)本件について
 本件判決においても、エマックス事件判決の流れに沿った判示がなされている。すなわち、本件判決においても、除斥期間の経過後には、除斥期間の対象となる無効事由についての無効の抗弁を主張することは許されないとする一方で、権利濫用の抗弁が許される場合があるとしている。
 具体的には、本件判決は、商標法「4条1項11号該当を理由とする商標登録の無効審判が請求されないまま商標権の設定登録の日から5年を経過した後においては、商標権侵害訴訟の相手方が同項11号該当性に係る「他人の登録商標」の商標権者であるなどの特段の事情がない限り、その登録商標が同号に該当することによる商標登録の無効理由の存在をもって、権利濫用に係る抗弁を主張することが許されない」とした。

(3)小括
 本件判決では、エマックス事件判決と異なり、除斥期間経過後における、商標法4条1項11号を理由とする権利濫用の抗弁に関する判断基準が示されているという点で、本件判決には一定の先例的価値があろうと考える。

2.商標法38条2項の適用可否について

(1)商標法38条2項が適用される基準について
 本件判決では、「商標権者に、侵害者による商標権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、商標法38条2項の適用が認められる」と判示されている。これは、特許法102条2項に関する知財高判平成25年2月1日判決(ごみ貯蔵機器事件大合議判決)における、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められる」との判示内容と同旨の内容と考えられる。

(2)具体的な判断について
 本件判決は、原告が販売代理店に商品を輸出した時点で、「日本国内で販売ないし販売の申出が可能な状態となっており、被告が被告商品を販売することにより、第2事件被告が原告商品を販売することが妨げられ、ひいては原告の利益が損なわれる関係にあるといえる」ことを理由に、販売代理店への輸出が行われた時点から商標法38条2項の適用があると認めた。

(3)小括
 本件判決によれば、日本国内における商品の実際の発売日よりも前の時点から、商標法38条2項の適用があり得ることとなる。

3.まとめ

 以上のとおり、本件判決では、①除斥期間経過後における、商標法4条1項11号を理由とする権利濫用の抗弁に関する判断基準が示されている(エマックス事件は商標法4条1項10号に関するものであり、その点において本件判決と異なる)。
 また、本件判決によれば、②日本国内における商品の実際の発売日よりも前の時点から、商標法38条2項の適用があり得るといえる。
 本件判決については、以上の2点を参考にすることができると考え、ここに紹介する。

以上

弁護士・弁理士 奈良大地