【平成10年7月12日判決(東京地裁 平成10年 (ワ) 13353号)】

【判旨】

 原告が、被告らに対し、原告の製造に係る商品の形態を模倣した商品を、輸入、販売した被告らの行為が不正競争防止法2条1項3号に該当すると主張して、損害賠償を請求した事案。裁判所は,原告・被告のそれぞれが、当該商品を市場化するために費用や労力を分担した場合、当該商品は、原告・被告間において相互に、不正競争防止法2条1項3号にいう「他人の商品」に当たらないとして、原告の請求を棄却した。

【キーワード】

不正競争防止法2条1項3号、形態模倣、他人の商品

1 事案の概要及び争点

 本件で問題となった商品は、ネコの恋愛シミュレーションミニゲーム機であり、猫の掌を模した形状を有していた。原告商品と被告商品とは、①前面が、上部に丸い四本の爪を有する猫の掌の形状であること、②後面が、猫の手の甲の形状であること、③前面中央に約二センチメートル四方の液晶画面、前面下部に直径約三ミリメートルのゲーム操作用スイッチが曲線上に三個配置されていること、④全体の模様として、トラ柄、ブチ、三毛の三種類があることなどの基本的な形態が共通し、両者の形態は実質的に同一であることは当事者間に争いがなかった。

※原告・被告各商品の形態

原告商品
被告商品

(2)争点

 本件の争点は,下記のとおりである。本稿では争点①について述べる。

 ① 本件第一商品は、被告らにとって不正競争防止法二条一項三号所定の「他人の商品」に該当するか。

 ② 損害額はいくらか。

2 裁判所の判断

(1)判断基準

 まず,裁判所は,不正競争防止法2条1項3号の制定趣旨を踏まえ、同号による保護を受けられるか否かは、当該商品を商品化して市場に置くに際し、費用や労力を投下した者といえるか否かにより決すべきであるとした。そして、複数の当事者が費用や労力を分担した場合には、第三者の模倣行為に対しては両者とも保護を受けることができる立場にあるが、当事者間においては当該商品が相互に「他人の商品」に当たらないため、相手方の行為を不正競争行為ということはできないと判示した。

※裁判例より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)

 一  争点1(他人の商品)について
    1 不正競争防止法二条一項三号は、「他人の商品」の形態を模倣した商品を譲渡、貸し渡し、輸入する行為等につき不正競争行為とする旨規定する。右規定が設けられた趣旨は、費用、労力を投下して、商品を開発して市場に置いた者が、費用、労力を回収するに必要な期間の間(最初に販売された日から三年)、投下した費用の回収を容易にし、商品化への誘因を高めるために、費用、労力を投下することなく商品の形態を模倣する行為を規制することとしたものである。したがって、同号の保護を受けるべき者に当たるか否かは、当該商品を商品化して、市場に置くに際し、費用や労力を投下した者といえるか否かを吟味することによって決すべきことになる。仮に、甲、乙それぞれが、当該商品を商品化して市場に置くために、費用や労力を分担した場合には、第三者の模倣行為に対しては、両者とも保護を受けることができる立場にあることはいうまでもない。しかし、甲、乙間においては、当該商品が相互に「他人の商品」に当たらないため、当該商品を販売等する行為を不正競争行為ということはできない。
  そこで、右の観点から、被告らが、本件第一商品の商品化について、費用や労力を投下したか否かについて、検討する。

(2)本件へのあてはめ

 そして、裁判所は,原告商品・被告商品の商品化の過程を証拠に基づき認定した上で、原告商品を市場に流通させ、販売することのリスクを専ら負担していたのは被告らであること等を理由として、被告らにとって原告商品は「他人の商品」に該当せず、被告らの行為は不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為には該当しないと判示し、原告の請求を棄却した。

   3  以上認定した事実を前提として、以下検討する。
 右のとおり、①本件第一商品の商品化の過程をみると、確かに、ゲームのシナリオを作成し、ゲーム機の外観を猫の掌の形状にするとの着想を提示したのは原告であるが、その後本件第一商品の外観デザイン、名称、パッケージデザイン及び取扱説明書を作成したのは被告らであり、その後も試作品を作成する過程においても、被告らが、細部にわたり、詳細な指示を与えていたこと、②ゲーム機において、その外観のデザイン、パッケージデザイン、商品の名称は消費者の購買意欲に影響を与え、商品化における重要な要素であるが、内容、形状の最終的な決定は被告らが行ったこと、③本件において、新規商品である本件第一商品一〇万個を市場に流通させ、これを販売することによって費用の回収を図ることができるか否かのリスクを専ら負担していたのは、被告らであったといえること等の事実に照らすならば、被告らは、本件第一商品の商品化に当たり、費用及び労力を投下して、その制作に関与した者と解するのが相当である。
 なお、原告は、ゲームとしてのストーリーや猫の掌を模した形態が原告の発案によるものであることを理由に、本件第一商品は、専ら原告の商品に当たる旨を主張する。しかし、同項三号は、その開発者を模倣者との関係で保護しようとするものであって、そのアイデア自体を保護する趣旨の規定ではないこと、本件第一商品の商品化に当たっての被告らの関与の程度が前記のとおりであることに照らし、右原告の主張は採用できない。
 そうすると、被告らにとって、本件第一商品は「他人の商品」に該当せず、被告らの行為は、不正競争防止法二条一項三号の定める不正競争行為には該当しない。

(3)控訴審

 本事件は控訴され、控訴審(東京高裁平成12年12月5日判決(平成12年(ネ)第4198号)でも同様の点が争点となったが、控訴審も「他人の商品」該当性について原審の判断をほぼ踏襲したため、控訴は棄却された。

3 検討

 本件は、不正競争防止法2条1項3号における「他人の商品」の要件該当性について、具体的な事実に基づく判断過程を示したものであり、実務上参考になると思われる。特に、商品を開発して市場に置くにあたり、複数の当事者間で費用・労力を分担したケースにおいては、互いに「他人の商品」に該当せず同号の不正競争を主張できないとした点は画期的である。

以上
弁護士・弁理士 丸山 真幸