【令和5年11月9日(東京地裁 令和5年(ネ)第10048号不正競争行為差止等請求事件)】

【判旨】

本件は、「黄色のウェルトステッチ」等で有名な「ドクターマーチン」のブーツに関し、その製造・販売者である原告が、被告が被告商品を製造または販売する行為は原告の商標権を侵害し、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に該当すると主張して、被告商品の販売等の差止及び廃棄等を求めた事案である。原審(東京地裁)は、被告商品1について商標権に基づく請求を、被告商品2について不正競争防止法2条1項1号に基づく請求を認容し、原告による差止請求を認めたため、被告が控訴したが、控訴審でも結論は覆らなかた。

【キーワード】

商標権、不正競争防止法2条1項1号、商品等表示

1 事案の概要及び争点

被控訴人(原告)は、「Dr.Martens」又は「ドクターマーチン」のブランド名を用いて、靴商品や服飾品のデザイン、企画並びにこれらの商品の製造及び販売を業とする英国法人であり、控訴人(被告)は、靴の輸入業及び卸売業並びに小売業等を目的とする株式会社である。被控訴人商品と控訴人商品の対比は以下のとおりである。本件の争点は、①商標権侵害の成否(特に、商標の類否の点)、②不正競争防止法2条1項1号の成否(特に、商品等表示該当性の点)、③差止等の必要性、の3点に大別されるが、本稿では主に②の点について述べることとする。

被控訴人商品 (原告)
控訴人商品 (被告)

2 控訴人(被告)の主張

 不正競争防止法2条1項1号の点に関し、控訴人は、原審が被控訴人商品の形態を各要素に分解し、その中で「黄色のウェルトステッチ」のみについて「商品等表示」該当性を認めたことについて、弁論主義に反するものであるなどと主張した。

※裁判例より抜粋(下線部は筆者が付加。以下同じ。)

 【当審における控訴人の補充的主張】
  (1) 被控訴人商品の形態の周知の商品等表示該当性(争点2-1)関係
   ア 原判決は、被控訴人商品の形態を形態(ア)~(ク)の各要素に分解する形で商品等表示該当性を検討・判断しているが、被控訴人の本来の主張内容は、上記各要素が組み合わさった全体の形態をもって商品等表示性が認められるというものであって、原審の判断とは齟齬がある。これは弁論主義に反するものというべきである
   イ 原判決は、被控訴人商品の「黄色のウェルトステッチ」のみについて特別顕著性と周知性を肯定して「商品等表示」該当性を認めたが、まず、特別顕著性については、黒を含む暗色系のウェルトと明るい色合いの縫合糸との組み合わせによって明暗のコントラストを演出する靴製品は、国内外の各靴製造業者が長年にわたって販売してきており(新たに提出する証拠として乙32、33)、そこにさしたる個性や特異性はなく、特別顕著性は認められない。
 周知性についても、原判決が根拠とする国内の過去の流通状況は証拠上不明であり、長期的な視点に立った経時的観察をすべきである。原判決は、周知性の否定につながるアンケート結果である本件控訴人調査(乙15~18)について、「認識の主体」(需要者)の想定に関し、「革靴及びブーツの購入及び使用に関心のある一般消費者」に絞り込まれていないからとして排斥したが、控訴人各商品及び被控訴人商品のいずれも履物(靴製品)という一般的な消費財であるから、本件控訴人調査のとおり、需要者は広く一般消費者とすべきである。
  (2) 控訴人各商品に係る混同惹起行為該当性(争点2-4、5)関係
 原判決は、控訴人商品2の販売等が被控訴人商品との混同を生じさせるとしたが、被控訴人が「黄色のウェルトステッチ」の形態を継続的独占的に使用していたと証拠上認定することはできない。しかも、控訴人各商品は5000円程度、被控訴人商品は2万6000円程度であり、両商品の価格帯から想定される購買層には大きな違いがある。また、被控訴人商品は天然皮革等の高級な素材が用いられ、縫製等の作りも丁寧な仕事によってなされており、重厚感があり一見して上等上質な商品であることが明白であるのに対し、控訴人各商品は安価な合成皮革が用いられ、縫製等も粗雑な感が否めず、両者の混同が生じるとは考えられない。

3 裁判所の判断

(1)特別顕著性について

 これに対し、裁判所は、控訴人商品の形態上の特徴(ア~ク)を組み合わせて全体的に観察した結果、特別顕著性が認められると判示した。原審の判断については、個別の要素のみについて特別顕著性・周知性を認めたことは弁論主義に違反するものであったとしつつ、その瑕疵は治癒されているが、実体判断として採用できないと判示した。

 当裁判所は、形態(ア)~(ク)を全て備える被控訴人商品の全体の形態が周知の商品等表示(不競法2条1項1号)に該当するという理由により、同法3条1項及び2項に基づく控訴人各商品に係る差止請求及び廃棄請求を全部認容すべきものと判断する。その理由は次のとおりである。
 1 認定事実
 認定事実は、原判決の第2の2(3頁~)及び第3の1(29頁~)に記載のとおりであるから、これを引用する。
 2 被控訴人商品の形態の周知の商品等表示該当性その1(いわゆる特別顕著性の有無)について
  (1) 上記認定事実のとおり、被控訴人のブランド「ドクターマーチン」の商品として我が国で販売されている「1460 8ホールブーツ」(革製のブーツ)は、その大半のモデルにおいて、黄色のウェルトステッチ(形態(ア))、ソールエッジ(形態(イ))、ヒールループ(形態(ウ))、ソールパターン(形態(エ))、アウトソール踵部分の傾斜(形態(オ))、丸みを帯びた靴の前部(形態(カ))、ピューリタンステッチ(形態(キ))及び8ホール(形態(ク))という形態上の特徴を備えていると認められる。
 その個別的な特徴は、原判決の第3の3(2)ア~ク(41頁~)のとおりであると認められる(ただし、①ア~クの各項中の「(ウ) 周知性について」及び「(エ) 小括」の各小項目部分は除く。また、②ア~クの各項中の「(イ)特別顕著性について」の表題を、いずれも「(イ) 個別要素としての顕著な特徴について」に改め、③ア~ウの各(イ)中の「他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有していたものと認められる/認めることができる。」を、いずれも「被控訴人商品全体の特別顕著性を基礎づける個別要素としての顕著な特徴を有していたものと認められる。」に改め、④エ、カ~クの各(イ)中の「本件全証拠によっても、特別顕著性を基礎付ける事実を認めることはできない。」及びオ(イ)中の「原告商品の形態(オ)が他の同種商品とは異なる顕著な特徴であるとまでは認められないというべきであり、他に特別顕著性を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。」を、いずれも「これだけを独立してみれば、さほど特徴的な形態とまではいえないものの、他の特徴的な形態との組合せにより商品全体の特別顕著性を導く一つの要素にはなり得るものと解される。」に改める。)。
  (2) 以上のとおり、被控訴人商品は、特に形態(ア)(黄色のウェルトステッチ)、形態(イ)(ソールエッジ)及び形態(ウ)(ヒールループ)の3点において、他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有し、強い出所識別力を発揮していると認められる。さらに、個別にみればさほど特徴的な形態とまではいえない形態(エ)~形態(ク)とも組み合わせて全体的に観察すれば、他の同種商品(ブーツ)には全く見られない顕著な特徴を有するものといえる。
 すなわち、上記の形態(ア)~(ク)の特徴を全て備える被控訴人商品は、いわゆる特別顕著性を備えるものと認められる
  (3) これに対し、控訴人は、黒を含む暗色系のウェルトと明るい色合いの縫合糸との組合せによって明暗のコントラストを演出する靴製品にさしたる個性や特異性はない旨主張する。確かに「黒色のウェルトと明るい黄色の糸のステッチ」という形態だけを単独で取り上げれば、靴製品のパーツ(ウェルト、ステッチ糸)において普通に使用されることが想定される、ありふれた色彩のうちの任意の組合せにとどまるものであり、それだけから特別顕著性を認めることは、過剰な独占を認める結果になり相当でない。黒と明るい黄色とのコントラストによってウェルトステッチが明瞭に視認できるという効果があるにしても、控訴人の主張するとおり、これに類する明暗のコントラストが採用されている靴製品は他にも普通に見受けられるところ(乙32、33)である。
 しかし、本件において、被控訴人は、被控訴人商品を「被控訴人主張形態(ア)ないし(ク)の形態的特徴を全て有するもの」として定義し(原判決別紙「原告商品目録」)、これらの「形態上の特徴を全て備える被控訴人商品の全体の形態」が被控訴人の周知の商品等表示であるとして、不競法2条1項1号の不正競争に係る請求を組み立てているところである(原判決15頁23行目~24行目)。
 当裁判所は、被控訴人のこの主張を前提に、黄色のウェルトステッチ(形態(ア))だけでなく、形態(ア)~(ク)を全て備える被控訴人商品の全体の形態が商品等表示に該当するかどうかを検討し、そのような観点から、被控訴人商品の特別顕著性を肯定したものである。控訴人の主張は、黄色のウェルトステッチ(形態(ア))だけに着目した議論としては首肯できるにしても、当裁判所の上記判断を左右するものではない。
  (4) なお、これに関連して、原審の判断について付言しておく。
 原審は、被控訴人商品が備える形態のうち、黄色のウェルトステッチ(形態(ア))だけを取り上げて、これが周知の商品等表示に当たると判断しているところ、この判断は、控訴人が控訴理由で批判しているとおり、弁論主義に反するものであったといわざるを得ない。もっとも、被控訴人は、当審において、原審の判断は被控訴人の主張と異なるものではないとの趣旨を述べているから、その瑕疵は治癒されていると解されるが、実体判断として採用できないことは上述のとおりである

(2)周知性について

 周知性について、裁判所は、被控訴人商品の販売実績や宣伝広告、メディア等で控訴人商品が取り上げられる際に形態ア(黄色のウェルトステッチ)への言及が多いことや、アンケート調査において30%を超える高い認知率を有していること等を根拠として、被控訴人商品の形態が需要者の間で広く認知されていると結論づけた。控訴人も独自のアンケート結果を提出したものの、被控訴人商品の一部のみの写真を示すなど設問が適切でないことや、調査対象の母集団が広すぎること(革靴又はブーツに関心のある消費者という属性でない)等を理由として、当該証拠に基づく主張は採用されなかった。

 3 被控訴人商品の形態の周知の商品等表示該当性その2(周知性の有無)について   (1) 上記1の認定事実のとおり、被控訴人商品を含む「1460 8ホールブーツ」は、昭和60年以降現在に至るまで、被控訴人の日本子会社であるドクターマーチンジャパンを通じて我が国において販売されていること、その販売チャンネルは、同社の運営する実店舗72店舗及び公式オンラインストアのほか、靴小売りチェーン、セレクトショップ等の正規取扱店が含まれること、「1460」シリーズの売上げは、令和3年度だけで10万足近く、販売額で14億円余りに上ること、ドクターマーチンジャパンは、ファッション雑誌を中心に「ドクターマーチン」の広告を継続的に掲出しており、被控訴人商品の写真が掲載されたものもあること、被控訴人商品は、雑誌等メディアにも再三取り上げられており、その中には、「一目でドクターマーチンだとわかる黄色のウェルトステッチやロゴ入りのヒールループなど…も特徴」、「ドクターマーチンのトレードマークともいえるイエローステッチ」など、特に形態(ア)に具体的に言及し、これがドクターマーチンのブーツの最大の特徴であるとの趣旨のコメントをするものが多いことが認められる。
 さらに、被控訴人の依頼により行われたアンケート調査(本件被控訴人調査)では、「店舗、通信販売サイト、雑誌等で革靴やブーツを見たり、過去1年以内に革靴やブーツを購入した15歳から59歳までの全国の男女」を対象に(1019人から回答)、被控訴人商品の写真を示した上で、当該写真のように靴の外周に沿って黄色のステッチのある革靴やブーツはどこのブランドの商品だと思うかと質問したところ、「ドクターマーチン」を想起できた者は、30.7%(自由回答式)~37.6%(選択式)であったというのである(前記引用に係る認定事実)。
 以上によれば、形態(ア)~(ウ)の特徴を備える被控訴人商品の形態は、需要者の間に広く認識されており、周知の商品等表示に該当するものと優に認められる。
  (2) これに対し、アンケートの対象者を「15歳から69歳までの全国の男女」とする本件控訴人調査の結果では、アンケートで示された写真から「ドクターマーチン」を想起できた者は全回答者の5.47%などとされている(乙15~18)ところ、控訴人は、これは周知性を否定するものであり、アンケートの対象者として、控訴人各商品及び被控訴人商品の需要者である一般消費者を広く対象とする本件控訴人調査の結果を採用すべきであると主張する。
 しかし、本件控訴人調査は、被控訴人商品の全体の形態を示すことなく、ウェルト、黄色のウェルトステッチ及びアウトソールが写っている部分のみを切り取った写真を示して質問が行われている(乙15の2〔2頁〕)ところ、被控訴人商品全体の形態の周知性が問題となっている本件において、適切な質問方法とはいえない。また、需要者の範囲に関しても、革靴又はブーツに関心のある消費者という属性を求めるのが適切というべきであり、この点、本件被控訴人調査の対象者はやや絞りすぎ(特に「過去1 年以内」の要件)のきらいはあるものの、本件控訴人調査よりは、実際の需要者に近い対象者の選定になっていると評価できる。
 よって、本件控訴人調査の結果を採用すべき旨をいう控訴人の主張は理由がない。

(3)類似性及び混同の有無について

 商品形態の類似性について、裁判所は、控訴人商品1はほぼデッドコピー品であり、控訴人商品2もヒールループの形態が僅かに異なるのみで、いずれも最大の特徴である形態ア(黄色のウェルトステッチ)を含んでいるから、被控訴人商品と類似するものであると判示した。混同のおそれについても肯定し、結果として原告の主張を全て認容した原審の判断を維持した。

 4 被控訴人商品と控訴人各商品の形態の類似性について
  (1) 被控訴人商品は、形態(ア)~(ク)の特徴を全て備えるものとして周知の商品等表示該当性が認められるものであるが、被疑侵害商品が上記の特徴を全て備えていない場合であっても、同一性はともかく類似性が当然に否定されるものではない。その類否の判断に当たっては、被控訴人商品の形態の最大の特徴というべき形態(ア)(黄色のウェルトステッチ)がいわば要部となり、最も重視されるべきであるが、それ以外の形態も含めた総合的な判断が求められると解される。
  (2) このような観点から検討するに、まず控訴人商品1については、証拠(甲44)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人商品1は、前記認定(引用に係る原判決の第3の1(1)イ〔30頁~〕)の被控訴人商品の形態(ア)~(ク)の特徴を全て備えていることが認められる(原判決別紙「商品対比表1」参照)。控訴人商品1は、被控訴人商品のデッドコピーに等しいものといわなければならず、両者の形態が類似することは明らかである。
 控訴人は、両者の形態の細部の相違(ウェルトステッチの実際の色合いがオレンジ色に近い、ヒールループの文字の一部が縫い込まれて読み取れないなど)について様々な主張をするが、需要者の注意を引くのは、被控訴人主張形態(ア)~(ク)の特徴、中でも同(ア)であり、これらの特徴を全て備えた上での細部の違いは、両者の類似性の判断に影響を及ぼすものとはいえない。
  (3) 次に、控訴人商品2については、ヒールループ(形態(ウ))を除く部分は控訴人商品1と同様であるが、被控訴人商品のヒールループには被控訴人標章が刺繍のように織り込まれているのに対し、控訴人商品2のヒールループは、黒っぽい無地の素材が使用され、長さも被控訴人商品のものの半分程度である点で異なっている。
 しかし、このような違いはあっても、ブーツの履き口の踵側に、上方に向けて立ち上がるヒールループが設けられているという基本的な形態においては共通しており、上記の違いは、需要者において、同じシリーズ商品の異なる型番商品の細部のデザインの違いと認識する程度のものと解される
 そして、上記の相違点のほか、控訴人商品2が被控訴人商品の形態(ア)、(イ)、(エ)~(ク))の特徴を全て備えること、特に被控訴人商品の最大の特徴と考えられる黄色のウェルトステッチ(形態(ア))において共通の特徴があることを踏まえて総合的に検討すれば、控訴人商品2の形態も被控訴人商品の形態と類似するものと認められる。
 5 控訴人各商品に係る混同惹起該当性について  上記認定の被控訴人商品の形態に係る商品等表示の周知性、当該商品形態と控訴人各商品の形態との類似性に照らせば、控訴人が控訴人各商品を販売した場合、被控訴人の商品との誤認混同を生じさせるものと認められる。
 これに対し、控訴人は、①控訴人各商品と被控訴人商品との価格差から、購買層に大きな違いがある、②一見して上等上質な被控訴人商品と、安価な素材で縫製も粗雑な控訴人各商品の違いから混同は生じないなどと主張する。しかし、控訴人の主張するような価格差があること(被控訴人商品の真正品は5000円程度では買えないこと)を知っている需要者ばかりとはいえないこと、需要者において、購入しようとしている商品(ブーツ)が被控訴人商品の本来備える品質を備えているかどうかを的確に判断できるとは限らないことを考えると、控訴人の上記主張は採用できない

4 検討

 本件は、不正競争防止法2条1項1号に基づく商品形態の保護について、原審の判断が結論において維持されたものの、商品形態の個別の要素のみを取り上げて特別顕著性・周知性を判断するのではなく、各要素の組み合わせを総合的に考慮すべきとした点において、原審とは異なる判断枠組みが示されている。他方で、類否判断においては、各要素のうち最も重要な要素である「黄色のウェルトステッチ」の点を中止として判断がされ、その他の細かい相違点は結論に影響しないと判断するなど、事実上は原審と同様、個別的な要素の共通性のみを根拠として判断を行っているようにも見える。不正競争防止法2条1項1号に基づく商品形態の保護を考えるにあたり、実務上参考になる裁判例であると思われる。

以上

弁護士 丸山真幸