【令和5年4月27日(東京地裁 令和4年(ワ)第14148号)不正競争行為差止請求事件】

 

【キーワード】

誤認惹起行為、品質誤認、具体的態様の明示義務、侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様網羅的・探索的な提訴、不正競争防止法

【事案の概要】

 本件は、一般消費者向けのヘアドライヤーを製造、輸出及び販売等する競業者間において、「高浸透ナノイーで髪へのうるおい1.9倍」などの被告各表示が誤認惹起行為(不正競争防止法第2条第1項第20号)に該当するとして、原告が被告に対し被告各表示の差止請求を求めた事案である(つまり、原告は、被告に対して損害の賠償請求は求めていない事案である。)。

 主な争点は、被告各表示の誤認惹起行為への該当性である。原告は、被告各表示に関して実験(「原告実験」)を行い、原告実験の報告書(「原告実験報告書」)を証拠として提出したものの、いずれの原告実験報告書も、被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに足りるものとはいえないとして、原告の請求は棄却された。

 本稿では、主な争点であり判旨が詳説した、原告実験の試験条件、比較対象の選定、目視での観察等について取り上げるのではなく、判旨が傍論で言及した「具体的態様の明示義務」(不正競争防止法第6条)について紹介する。

 なぜなら、誤認惹起行為事案においては、相手方の表示(品質等について誤認させるような表示であると疑われる表示)がどのような客観的なデータに基づいてなされている表示なのかについて、競業者において非常に関心が高いところ、本事案において、傍論ではあるものの、「具体的態様の明示義務」の規定を用いても、当該相手方に当該データを開示させることができない可能性が示されたからである。

1.       

被告表示1-1

「高浸透ナノイーで髪へのうるおい1.9倍」

被告表示1-2

毛髪水分増加量に関するグラフを含む表示

2.       

被告表示2-1

「水分発生量従来の18倍」

被告表示2-2

ナノイー及び高浸透ナノイーに関する絵及び説明文を含む表示

3.       

被告表示3-1

「ヘアカラーの色落ちを抑えます」

被告表示3-2

「色が抜けにくい」

被告表示3-3

ヘアカラーの退色抑制効果と題し、グラフを含む表示

4.       

被告表示4

毛髪の拡大写真を含む表示

5.       

被告表示5-1

「摩擦ダメージを抑制」

被告表示5-2

枝毛発生量の差と題し、グラフを含む表示

 

【東京地裁の判断】

 以下、判旨の抜粋である(※略表示、下線、太文字、及び注記表示は、筆者加筆による。)。

 

(略)

6 まとめ

 以上より、被告各表示は、いずれも被告商品の品質につき誤認を生じさせるものとは認められない。したがって、原告は、被告に対し、法 3 条に基づき、被告各表示の差止請求権(同条 1 項)及び抹消請求権(同条 2 項)をいずれも有しない。

 なお、事案に鑑み付言すると、原告は、被告各表示に関する裏付けとなるデータ等を被告が開示しないことにつき、具体的態様の明示義務(法 6 条)及び積極否認の際の理由明示義務(民訴規則 79 条)に違反するものと指摘する

 しかし、「具体的態様」とは、侵害判断のための対比検討が可能な程度に具体的に記載された物の構成又は方法の内容等を意味すると解されるところ、本件においては、被告商品の品質につき誤認を生じさせるものとされる被告各表示に記載された表示内容は、その記載から明確であるといってよく、その基礎となる被告が保有するはずのデータそれ自体及びこれを導く試験条件等につき、被告各表示において開示されたもののほかは開示されていないというに過ぎない。このため、現に原告が各実験により試みているように、本件において主張立証すべき対象は、侵害判断のための対比検討が可能な程度に、被告各表示において既に具体的に示されているといえる。そうすると、本件においては、「侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様」(法 6 条)が明らかでないとは必ずしもいえない(※1)。また、その点を措くとしても、具体的態様の明示義務に基づき相手方に対して具体的態様の明示を求め得るためには、濫用的・探索的な提訴等を抑止する観点から、当該事案の性質・内容等を踏まえつつ、提訴等を一応合理的といい得る程度の裏付けを要すると解される。しかるに、本件においては、上記のとおり対比検討すべき表示内容は明確である上原告実験 15 は、その実験方法が被告各表示の検証・確認実験として不適切であり、また、その結果にはそれぞれ疑義があることを踏まえると上記の程度の裏付けがされているとはいいがたい(※2)。そうである以上、被告の対応をもって具体的態様の明示義務等に違反するものとまではいえない

 

 以上のとおり、東京地裁は、傍論において、「具体的態様」の基準及び具体的態様の明示を求め得る基準を示した上で、本件においては具体的態様の明示義務違反は認められないとした。あわせて、「等」として「積極否認の際の理由明示義務」への違反もないと判示したと解される。

【検討】

⑴    検討対象条文

 具体的態様の明示義務を定める不正競争防止法6条は、以下のとおりである。

 不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟において、不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあると主張する者が侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法の具体的態様を否認するときは、相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない。ただし、相手方において明らかにすることができない相当の理由があるときは、この限りでない。

 

⑵    「不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟」という要件について

 本件においては、上記のとおり、損害賠償請求はなされていない。

 もっとも、差止請求も、「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(不正競争防止法3条)がなすものであることから、差止請求のみの訴訟であっても、当然に、「不正競争による営業上の利益の侵害に係る訴訟」という要件を満たす。

 

⑶    「侵害の行為を組成したものとして主張する物又は方法」について

 本件においては、原告が誤認惹起行為による営業の利益の侵害(のおそれ)があると主張していることから、まず、「侵害の行為」は、誤認惹起行為そのもの、つまり被告各表示を表示する行為であるということになる。

 そうすると、判旨の限りでは、本件においては、被告各表示を表示する行為を組成する「物」、例えば、被告各表示がなされている看板や被告各表示が記録されている媒体[i]が問題となっているわけではないことから、「侵害の行為を組成したものとして主張する…方法」、すなわち、被告各表示の表示行為を組成する方法が問題となっていることがわかる。

 

⑷    「具体的態様」について

 判旨は、「「具体的態様」とは、侵害判断のための対比検討が可能な程度に具体的に記載された物の構成又は方法の内容等を意味すると解される」という基準を示した。

 上記を踏まえ、この基準に照らせば、本件における「具体的態様」とは、品質誤認を生じさせ得るか否かという「侵害判断のための対比検討」に関する「方法の内容」ということになる。

 もっとも、表示行為を組成する方法、または表示行為を組成する方法の内容というものが具体的にどういうものを指すのかということは、判旨において明らかとなっていない。

 しかし、判旨は、大きく次の2つの理由から、具体的態様の明示義務について否定した。

 (a)「(具体的態様を)明らかにしなければならない」という必要性について

 まず、判旨は、不正競争防止法6条の「相手方は、自己の行為の具体的態様を明らかにしなければならない」という要件に着目し、本件においては、すでに「具体的態様」が明らかになっているから、「明らかにしなければならない」という必要性はないと判示した。これが、上記(※1)である。

 その理由は、太下線を引いた部分のとおりであり、被告各表示が被告商品の品質を誤認させるものであることを立証しようとして原告が原告実験をしたことからも明らかなように、「自己の行為」=被告各表示の表示行為自体の具体的態様は、反証のための実験をできるほど明らかになっていたということである。

 よって、反証のための実験をできるほどに被告各表示の表示内容が明らかなのであれば、不正競争防止法6条に基づいて、被告各表示の表示内容自体を裏付けるデータの開示義務を被告に対し課すことができない旨が判示されたと言える。

 

 (b)具体的態様の明示を求め得る場合について

 さらに、判旨は、「その点を措くとしても」と前置きした上で、「具体的態様の明示を求め得るためには…提訴等を一応合理的といい得る程度の裏付けを要する」という基準を示した。

 そして、原告実験報告書はいずれも、被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに足りるものとはいえないとの認定に基づき、「提訴等を一応合理的といい得る程度の裏付け」に至っていないと判示した。これが、上記(※2)である。

 ここから言えることは、仮に、原告実験報告書が被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに足りていた場合には、不正競争防止法6条に基づいて、「具体的態様の明示を求め」ることができたということである。

 そうすると、「提訴等を一応合理的といい得る程度の裏付け」に至っている場合には、被告各表示の表示内容を裏付けるデータの開示義務が被告に課されるようにも読める。

 しかし、「提訴等を一応合理的といい得る程度の裏付け」に至っていた場合に「明示を求め得る」「具体的態様」の内容について、判旨は、一切、詳説していない。

 この点、「上記のとおり対比検討すべき表示内容は明確である上」という事情も理由付けの一つとされていることを踏まえると、仮に、原告実験報告書が被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに至っていた場合であったとしても、結局、「対比検討すべき表示内容は明確である」として、被告各表示の表示内容を裏付けるデータの開示義務は被告に課されなかったとも解され得る。

 他方で、「「具体的態様」とは、侵害判断のための対比検討が可能な程度に具体的に記載された物の構成又は方法の内容等を意味すると解される」との基準を示したことも踏まえると、原告実験報告書が被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに至っていた場合には、品質誤認を生じさせるか否かという侵害判断の対比検討のために、被告に対し、被告各表示の表示行為を組成する方法の内容として、被告各表示の表示内容を裏付けるデータを明示するよう求められていたとも解し得る。

 いずれにせよ、表示行為が不正競争であるとして争われている誤認惹起行為事案における表示行為を組成する「方法の内容」が具体的に明らかにされなかったことから、原告実験報告書が被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに至っていたときにどのような明示義務が課され得るのかについて、判然としないままとなっている。

 

⑸    まとめ

 以上を踏まえると、誤認惹起行為事案のうち表示行為の不正競争該当性が争われている場合であって、争いの対象となっている被告各表示の表示内容自体が明確であるときには、仮に、原告による立証活動が被告各表示が被告商品の品質につき誤認を生じさせるものであることを裏付けるに至ったとしても、判旨のような考え方に従うと、具体的態様の明示義務(不正競争防止法6条)に基づいて被告各表示の表示内容を裏付けるデータの開示義務が被告に課される可能性というのは低いのではないかと思われる。

【おわりに】

 判旨は、一事例における傍論において展開されたものであることから、原被告いずれの立場においても、本事案を踏まえて今後、実務がどのように展開するのか、非常に関心が高まるところである。

 

[i] 「逐条解説 不正競争防止法 令和元年7月1日施行版」は、第3条の解説において、『「侵害の行為を組成した物」とは、他人の商品等表示の付された看板、営業秘密が記録された物件媒体等をいう』(161頁)としている(経済産業省知的財産政策室編(https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/20190701Chikujyou.pdf))。

 

以上

弁護士 阿久津匡美