【令和5年7月26日(東京地裁 令和3年(ワ)第26704号)不正競争行為差止等請求事件】

 

【判旨】

 本件は、原告が「本體九鬼神流棒術」等の商標権を有し、また、「九鬼神流」等の標章が古武道の分野において原告の商品等表示として周知であったところ、被告が販売する武道大会の様子を撮影した動画のDVD 等のケースに「九鬼神流」等の表示をしたこと等が、原告の商標権を侵害し、また、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為にあたるなどと主張して、被告に対し、商品の販売の差止、廃棄、損害賠償等を請求する事案である。裁判所は、被告商標に関し、被告標章の表示が商品等表示としての使用にあたらない、商標権侵害に係る部分についても、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていないとして、これらの部分に係る原告の請求をいずれも棄却した。

 

【キーワード】

商標権、不正競争防止法2条1項1号、商品等表示

 

1 事案の概要及び争点

 原告は、昭和59年11月13日付けで旧師B氏から独立し、同月28日をもって、武道名を「種村匠刀」とし、「玄武館世界忍法武芸連盟」及び「国際柔術連盟」などを組織して、月謝・会費を得、また、免許状を与えるなどして本格的に国内外に教伝等を開始した。原告の主張によれば、「宗家種村匠刀」「九鬼神流」「高木楊心流」「義鑑流」といった商標は、原告による機関誌・書籍・DVD等の発行や、それらの内容が各種メディアで取り上げられたこと等により、いずれも原告の商品等表示として周知となっていた。また、原告は、指定役務に「格闘技の教授」(第41類)、「録画済みDVD」(第9類)等を含む登録商標を複数保有していた(下記)。

※原告の登録商標


商標登録第6327522号
商標登録第6460953号


商標登録第6327523号
商標登録第6504076号


商標登録第5846505号
商標登録第6165242号


商標登録第6170379号


商標登録第6322911号


商標登録第6180203号

 被告は、「気迫の伝統武芸」と題するビデオ(以下「本件大会ビデオ」という。)を制作し有償で頒布すると共に、「秘伝」という名称の月刊誌(以下「本件雑誌」という。)を発行していたところ、本件大会ビデオの中に原告が演武中の映像が含まれていることや、本件大会ビデオ及び本件雑誌に上記各原告商標が使用されていること等を理由として、原告から肖像権侵害、商標権侵害、不正競争防止法違反等を理由として差止・損害賠償請求を受けた。

 

2 裁判所の判断

(1)不正競争防止法違反について

 まず、裁判所は、本件大会ビデオ及び本件雑誌において、原告の各商標はいずれも商品等表示として表示されているとは認められないとして、不正競争防止法違反に基づく原告の請求を全て棄却した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者が付与。以下同じ。)

1  不正競争防止法違反に基づく請求について

  ⑴  請求原因イ(商品等表示としての使用)について

  ア 本件大会ビデオ・DVDについて

  (ア) 本件大会DVDのケース

  甲18によれば、被告がDVD媒体で発売した本件大会DVDについて、それを収納するケースの表紙の中央に縦書きの赤字で大きく「気迫の伝統武芸」と表示され、上部には、横書きで「名高い古流武芸から、幻の伝統武術まで」と記載され、下部には、横書きで「武士道精神を求道する平成の「侍軍団」集結などと記載されている。また、概ね灰色(濃淡がある)の地模様を背景として、上記の「気迫の伝統武芸」という文字よりは小さい文字で、「天真正伝香取神道流兵法」、「無双直伝英信流」、「英信流居合道」、「古流転掌」、「日本伝無限流」、「合気道」、「銃剣道」という様々な武芸の流派名と思われる十数個の名称が白抜き文字で縦書きに配置されている。その中に、他の名称と同様の態様で「九鬼神流」、「高木揚心流」という記載がある。また、ケースの表紙の右側の部分は縦に細長く黒地となっており、そこには上部に「月刊秘伝」との記載があり、その下に、縦書きで「BABジャパン武道・武術DVD」、「気迫の伝統武芸 第7回日本武道国際大会」との白抜き文字が配置されている。
 本件大会DVDのケースの背表紙には、「気迫の伝統武芸 第7回日本武道国際大会」、「主催/日本武道国際連盟」、「BABジャパン」などの記載がある。
 本件大会DVDケースの裏表紙には、「演武出演の各部門」との横書きの記載に続いて、「〇立身流 居合術・立会術・居組・剣術」、「○天真正伝香取神道流兵法 居合術・太刀術・棒術・両刀術・小太刀術・薙刀術・槍術」、「○無双直伝英信流 居合術・奧居合術、大小詰」などと各流派の名称、術名等が横書きでこれらの順に上から列挙されており、上から12番目に「〇九鬼神」、13番目に「〇高木揚心流」との記載があり、また、「第7回記念日本武道国際大会」との横断幕の下で演武をしている様子を示す写真など、2枚の写真が掲載されている。
  これらの記載からすると、本件大会DVDのケースに接した者は、本件大会DVDは、「気迫の伝統武芸」という題名のDVDであって、日本武道国際連盟が主催した第7回日本武道国際大会である本件大会における演武の様子等が収録されたものであり、被告(株式会社ビー・エー・ビー・ジャパン)が販売したものであることを理解するといえる。また、本件大会DVDに収録されている演武は、日本武道国際連盟が主催した本件大会において演じられたものであるところ、そこで演武を行った流派として、「立身流」、「天真正伝香取神道流兵法」、「無双直伝英信流」その他の十数程度の流派があると理解するといえる。
  本件大会DVDケースの表紙や裏表紙には、「九鬼神流」、「九鬼神」、「高木揚心流」との記載があるところ、本件大会DVDケースに接した者は、それらの記載は、上記のとおりの本件大会DVDケースにおける各記載やその使用態様から、いずれについても、本件DVDに収録されて紹介されている、日本武道国際連盟が主催した本件大会で演武がされた十数程度の武道の流派の中の一つの流派の名称として記載されたものと認識するといえる。
  そうすると、本件大会DVDのケースにおける「九鬼神流」、「九鬼神」、「高木揚心流」との表示は、日本武道国際連盟が主催した本件大会における演武を収録した本件大会DVDに収録されている対象に関する説明をするものであり、本件大会DVDの出所を示すものとはいえないから、これらが商品等表示として表示されているとは認められない。

  (イ) 本件大会ビデオ・DVDの映像について

  甲18の4、6によれば、本件大会DVDには、本件大会において演じられた演武の様子が収録されており、その中には、演武をしている者の映像と共に「九鬼神流」、「高木楊心流」とのテロップが表示される場面があり、また、演武がされる場所に立っている原告の映像と共に「宗家 種村匠刀」とのテロップが表示される場面がある。
  もっとも、本件大会DVDは本件大会において演じられた演武を収録したものであり、その映像中の「九鬼神流」、「高木楊心流」とのテロップの表示に接した者は、それらは、テロップが表示されている映像で演じられている演武が本件大会で演武をした複数の流派の中の「九鬼神流」、「高木楊心流」という流派のものであることを示すものであることを理解し、「宗家種村匠刀」とのテロップの表示に接した者は、それがそのテロップが表示されている映像に写っている者が本件大会で演武をした「宗家種村匠刀」であることを示す趣旨で表示されていると理解するといえる。
  そうすると、本件大会DVDの映像における「九鬼神流」、「高木楊心流」、「宗家種村匠刀」といった表示は、本件大会DVDの当該場面に映し出されている対象について説明するものであり、本件大会DVDの出所を示すものとはいえないから、これらが商品等表示として表示されているとは認められない。また、本件大会ビデオの映像も本件大会DVDの映像と同じと推認でき、その映像における「九鬼神流」、「高木楊心流」、「宗家種村匠刀」といった表示は、商品等表示として表示されているとは認められない。

  (ウ) 本件大会ビデオのケースについて

  本件大会ビデオのケースの表紙は、右側の縦に細長い黒地の部分がないほかは、本件大会DVDのケースの表紙と基本的に同様のデザインであると認められる(甲18の2)。
  そして、本件大会ビデオのケースには「九鬼神流」、「九鬼神」、「高木揚心流」との表示があるところ、上記()と同様の理由により、これらは、日本武道国際連盟が主催した本件大会における演武を収録した本件大会ビデオに収録されている対象に関する説明をするものであり、本件大会ビデオの出所を示すものとはいえないから、これらが商品等表示として表示されているとは認められない。

  (エ) 本件雑誌及びウェブサイトにおける本件大会ビデオ・DVDの広告について

  甲18の2によれば、本件雑誌(月刊「秘伝」)において本件大会ビデオである「気迫の伝統武芸」の宣伝がされたところ、その広告には、本件大会ビデオのケースの表紙の画像が掲載されているほか、「ビデオ 武士道精神を求道する平成の「侍軍団」集結! 気迫の伝統武芸」、「名高い古流武芸から、幻の伝統武術まで」、「(第7回日本武道国際大会記録) 主催/日本武道国際連盟」、「収録時間:60分 税込み価格:6,000円 発売;BABジャパン」、「香取神道流、英信流など有名流派から幻の流儀と云われる九鬼神流、更には銃剣道、合気道や実戦空手まで日本武道15流派一挙総出演!」などの記載があり、また、四角の枠で囲まれた中に、いずれも横書きで「立身流(居合術・立会術・居組・剣術)」、「天神正伝香取神道流兵法(居合術・太刀術/棒術・両刀術・小太刀術・薙刀術・槍術)」、「無双直伝英信流(居合術・奧居合術・大小詰)」など13程度の流派の名称等が記載されていて、その複数の流派の名称の記載の中には、他の流派の記載と同程度の大きさで「高木揚心流」、「九鬼神流」との記載がある。
  甲18の3によれば、「月刊 秘伝 WEB SHOP」との名称のウェブサイトにおいて、本件大会DVDのケースの表紙の画像が掲載されるとともに、その商品名が「気迫の伝統武芸」であること、収録時間が60分であることについての記載や、「名高い古流武芸から幻の伝統武術まで日本武道15流派が一挙総出演。」との記載があり、その「収録内容」として、「演武出演の各部門(流派・会派別、順不同)」として、「立身流(居合術・立会術・居組・剣術)」、「天真正伝香取神道流兵法(居合術・太刀術・棒術・両刀術・小太刀術・薙刀術・槍術)」、「無双直伝英信流(居合術・奧居合術・大小詰)」など15程度の流派等の名称が横書きで記載され、その複数の流派の名称の記載の中には、「九鬼神流」、「高木揚心流」といった記載があった。
  これらによれば、本件雑誌及びウェブサイトの本件大会ビデオ・DVDの広告における「九鬼神流」、「高木揚心流」との表示に接した者は、これらは、「気迫の伝統武芸」という、十数程度の武道の流派の者が出演するビデオにおいて、その中の一つの流派の名称として記載されたものと認識するといえる。
  そうすると、本件雑誌及びウェブサイトの本件大会ビデオ・DVDの広告における「九鬼神流」、「高木揚心流」との表示は、「気迫の伝統武芸」という、十数程度の武道の流派の演武の様子を収録するビデオに収録されている対象に関する説明をするものであり、本件大会ビデオ・DVDの出所や広告の出所を示すものとはいえないから、これらの表示が商品等表示として表示されているとは認められない。

  (オ) その他、被告が、本件大会ビデオ・DVDに関連して、「宗家種村匠刀」、「九鬼神流」、「高木揚心流」の表示を、本件大会ビデオ・DVDの出所を示す表示として使用されたことは認められない。

  イ 本件雑誌について

  甲46(1~27頁)によれば、本件雑誌の複数の号において、その記事や広告中に「義鑑流」、「義鑑流骨法術」、「高木揚心流」、「本體高木揚心流柔體術」、「九鬼神流」といった記載があることが認められる。
  しかし、甲5の1、甲46(1~27頁)によれば、本件雑誌は、「月刊 秘伝」という題名で、被告が発行する各種武道を紹介する月刊の専門誌であり、表紙の上部には大きく「月刊 秘伝」と記載され、裏表紙には「発行所/株式会社BABジャパン」との記載があるところ、上記の「義鑑流」、「義鑑流骨法術」、「高木揚心流」、「本體高木揚心流柔體術」、「九鬼神流」との記載は、いずれも、本件雑誌に収録されている記事において、その記事で取り上げている者について、その者が属していたりその者が家元である流派の名称として記載されたものであったり、術を演ずる者の写真に対してそれがどのような流派、術のものであるかを説明するものとして記載されたり、本件雑誌に掲載された、被告が販売する武神館DVDの広告において武神館DVDを指導監修したCの肩書として記載された部分の一部である。
  これによれば、本件雑誌における「義鑑流」、「義鑑流骨法術」、「高木揚心流」、「本體高木揚心流柔體術」、「九鬼神流」との表示は、関係する各記載やその使用態様から、「月刊秘伝」という名称の本件雑誌の記事中の人物や写真を説明するものか、そこで広告されているDVDに関係する者を説明するものと認識するといえる。
  そうすると、本件雑誌における「義鑑流」、「義鑑流骨法術」、「高木揚心流」、「本體高木揚心流柔體術」、「九鬼神流」との記載は、本件雑誌その他の商品の出所を示すものとはいえないから、これらの表示が商品等表示として表示されているとは認められない。

  ウ 武神館DVDについて

  甲46(21、23、25、27、28、29頁)及び弁論の全趣旨によれば、「武神館の武術VOL.1」及び「武神館の武術VOL.2」という題名のDVDである武神館DVDは、Bの武道に関する内容のDVDであって、それらのケースの表紙には、「武神館の武術」という文字が大きく記載され、その横には「Bの秘技継承」との文字等が記載されている。ケースの裏表紙には、「制作・発売/BABジャパン」との記載があり、また、原告が指摘する「本體高木揚心流柔體術」、「義鑑流骨法術」という記載がある。もっとも、同ケースには、武神館DVDを指導監修した者がCであると記載されているところ、同ケースにおける「本體高木揚心流柔體術」、「義鑑流骨法術」との記載は、Cの肩書として「本體高木揚心流柔體術十八代家元」、「義鑑流骨法術十六代家元」と記載された部分の一部であり、これに接した者も、これらを、Cの肩書の一部として理解するといえる。
  そうすると、武神館DVDにおける「本體高木揚心流柔體術」、「義鑑流骨法術」という記載は、武神館DVDの出所を示すものとはいえないから、これらの表示が商品等表示として使用されたとは認められない。

  ⑵  以上のとおり、被告は、原告が主張する各標章を商品等表示として使用したとは認められないから、各標章を商品等表示として使用したことに基づく原告の損害賠償の請求は、その他の点について検討するまでもなく理由がない。また、原告が主張する各標章につき、被告は上記のように使用していて、それらを被告の商品又は営業であることを示すために使用するおそれがあるとは認められないから、不正競争防止法に基づく差止め等の請求にも理由がない。

 

(2)商標権侵害について

 商標権に関しても、裁判所は、上記(1)の不正競争防止法と同様、被告商品における原告商標の使用は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていない(商標的使用でない)として、原告の請求を棄却した。

2  商標権侵害に基づく請求について

  ⑴  請求原因アは当事者間に争いがない。

  ⑵  請求原因イ、ウ及び抗弁⑴(商標的使用)について

  ア 甲18、34~37によれば、本件大会ビデオ・DVDのケースの表紙・裏表紙、本件大会ビデオ・DVDの映像におけるテロップ、本件雑誌に掲載された本件大会ビデオの広告、各種ウェブサイト上の店舗における商品である本件大会DVDのケースの表紙の画像やその説明において、「九鬼神流」、「九鬼神」、「高木揚心流」との記載があることが認められる。
  もっとも、本件大会ビデオ・DVDのケースの表紙・裏表紙における上記「九鬼神流」等の記載の態様は前記1⑴ア(ア)、(ウ)のとおりであり、本件大会ビデオ・DVDの映像におけるテロップにおける「九鬼神流」等の記載の態様は同(イ)のとおりであり、本件雑誌に掲載された本件大会ビデオの広告における上記「九鬼神流」等の記載の態様は同(エ)のとおりである。「月刊 秘伝WEB SHOP」における上記「九鬼神流」等の記載の態様は同(エ)のとおりであり、甲34~37によれば、各種ウェブサイト上の店舗における商品である本件大会DVDの画像は前記1⑴ア(ア)の本件大会DVDのケースの表紙のものであり、また、その説明文は、上記「月刊 秘伝 WEB SHOP」におけるものと同様のものであったと認められる。
  そうすると、前記1と同様の理由により、それらの「九鬼神流」、「九鬼神」、「高木揚心流」との表示は、関係する各記載やその使用態様から、日本武道国際連盟が主催した本件大会における演武を収録した本件大会ビデオ・DVDに収録されている対象に関する説明をするものであり、本件大会ビデオ・DVDの出所を示すものとはいえないから、これらの表示は需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていないものといえる。

  イ 本件雑誌に「義鑑流骨法術」、「義鑑流」、「高木揚心流」、「本體高木揚心流柔體術」という記載があることは当事者間に争いがない。
 もっとも、本件雑誌における上記「義鑑流骨法術」等の記載の態様は、前記1⑴イのとおりである。
  そうすると、前記1⑴イと同様の理由により、「義鑑流骨法術」、「義鑑流」、「高木揚心流」、「本體高木揚心流柔體術」との表示は、関係する各記載やその使用態様によれば、本件雑誌その他の商品の出所を示すものとはいえないから、これらの表示は需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていないものといえる。

  ⑶  以上のとおり、被告は、原告が主張する各標章を表示したが、これらの表示は需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様により使用されていないものといえるから、商標権侵害に基づく原告の損害賠償の請求は、その他の点について検討するまでもなく、理由がない。

 

(3)肖像権侵害について

 肖像権に関して、裁判所は、「人の肖像は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。そして、当該個人の肖像をその承諾なく利用することは、当該個人の社会的地位・活動内容、利用に係る肖像が撮影等されるに至った経緯、肖像の利用の目的、態様、必要性等を総合考慮して、当該個人の人格的利益の侵害が社会生活上の受忍の限度を超える場合に肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法になると解するのが相当である」としつつも、収録されたのは原告が大会で聴衆に披露した演武であり、本件大会ビデオが本件大会における演武の様子等を鑑賞等するためのものであること等に照らせば、受忍限度を超える原告の肖像権の侵害に当たるとは認められないと判示した。
 なお、本件では、被告が原告との間で締結されたビデオ出版契約の債務不履行に基づく損害賠償請求に関し、原告の請求が一部認容されている。

3  肖像権侵害について

  ⑴  原告は、本件大会の原告の演武の様子を収録した本件大会ビデオ・DVDの販売が原告の肖像権を侵害すると主張する。

  ⑵  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

  ア 平成5年6月27日、神奈川県の川崎市産業振興会館ホールにおいて、日本武道国際連盟が主催する、第7回日本武道国際大会である本件大会が開催された。本件大会は日本の古武道の振興、発展、周知のために開催された。
  本件大会では、少なくとも15の日本武道の流派が出場し、それぞれの流派の演武を披露した。本件大会の観客は、多くが出演者その他の本件大会の関係者であった。原告は、本件大会に門人と共に出場し、原告は、半棒術、杖術、六尺棒術、剣術、薙刀術等を披露した。(甲1、18、原告本人、弁論の全趣旨)

  イ 被告は、本件大会の主催者の了承を得た上で本件大会の様子を撮影し、各流派の演武の様子を収録した本件大会ビデオを製作し、小売価格税込6000円で販売した(後にDVD版である本件大会DVDを販売した。)。本件大会ビデオ・DVDの収録時間は60分であり、原告及び門下生の演武は、15の流派のうちの一つの流派の演武として収録されている。原告は、本件大会においてその門下生が演武を披露した後、約2分半にわたって、門下生と共に演武を披露し、最後にそれまでに出演した原告の門下生全員と共に礼をし、本件大会ビデオ・DVDでは、それらの様子が収録されていた。当該部分では原告と門下生が数メートル離れて演武する様子が画面いっぱいに映るようなアングルで撮影されており、原告であることが識別できる態様で収録されていた。(甲1、18、19、弁論の全趣旨)

  ウ 被告は、平成5年10月、原告に対し、次の内容が記載された文書(以下「本件文書」という。)を送付した。(甲31、原告本人)

  「本件大会の様子を収録した気迫の伝統武芸が完成して発売されることになったが、制作、発売に至った経緯について、大会に出場した方々に対して、被告からの連絡不行届によって、若干の認識の行き違いがあったようなので、本書面をもって担当から改めて説明をすることとした。本件大会の記録ビデオの企画は、連盟会長及び被告の、大会で公開される演武の模様を、全国的にも多くの方々に観てもらう目的で実施されたものであり、当面大きな赤字が見込まれるが、その性質上、制作経費は基本的に被告が負担し、利益が出れば経費と宣伝費に当てることを予定しており、それ故に大会の主催者、権利者である国際武道連盟、会長に対しても金銭等での謝礼は行わずに協力してもらっており、その代わりに当該ビデオや被告の媒体を通じて連名及び参加各流派諸先生の活動の宣伝に役立たせていくこととさせていただいた。」

  エ 本件大会時に原告が本件大会ビデオの収録販売を許諾していたことを認めるに足りない。

  被告は上記許諾があった旨を主張し、被告代表者は、被告の従業員に対してビデオの撮影等を指示し、当該従業員が本件大会の主催者(日本武道国際連盟)に対しそれについての許諾を取っていたと思うと供述する。しかし、その供述は、本件大会における演武のビデオを販売することについて原告の許諾があったことを直接述べるものではなく、その他、被告主張の、本件大会時に原告が原告の肖像が利用されている本件大会ビデオの発売を許諾したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

  ⑶  人の肖像は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。そして、当該個人の肖像をその承諾なく利用することは、当該個人の社会的地位・活動内容、利用に係る肖像が撮影等されるに至った経緯、肖像の利用の目的、態様、必要性等を総合考慮して、当該個人の人格的利益の侵害が社会生活上の受忍の限度を超える場合に肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法になると解するのが相当である。
  本件大会ビデオ・DVDに収録された原告の肖像は、日本の古武道の振興、発展、周知を目的とする本件大会において、聴衆に披露するために実施した演武の様子を撮影したものであり、本件大会にいた相当多数の人々に対して観覧されることが前提となっていた。本件大会は一定数の流派が参加する大会であって、本件大会の聴衆は、本件大会の関係者が多かったが、その範囲や人数が特別に限定されていたとは認められない。本件大会ビデオ・DVDにおいて原告と門下生の演武の様子が画面いっぱいに写るようなアングルで撮影されていることからも、本件大会の関係者によって本件大会の演武の様子の撮影がされていたことは演武をしている者にとっても明らかであった。本件大会ビデオ・DVDに収められた原告の肖像は、原告が大会で聴衆に披露した演武の際のものであり、また、本件大会ビデオ・DVDは、その内容、構成等からも本件大会の関係者の関与の下に制作されたもので、本件大会の演武の様子等を鑑賞等するためのものである。このような肖像が撮影された状況や公表の態様等によれば、被告による原告の演武の様子を収録した本件大会ビデオ・DVDの販売が受忍限度を超える原告の肖像権の侵害に当たるとは認められない。なお、本件大会時に原告が原告の肖像が利用される本件大会ビデオ・DVDの発売を許諾したとの事実は認めるに足りないが(前記⑵エ)、原告に対して平成5年に前記⑵ウの書簡が送付された後、原告が本件大会ビデオ・DVDの販売を近時まで問題としたことを認めるに足りる証拠はない。
  本件で、原告は、肖像権の侵害を主張してそれにより発生した損害の賠償を請求するところ、上記のとおり、原告の肖像権が侵害されたとは認められないから、上記請求には理由がない。

 

4 検討

 本件は、古武術に関するビデオ・DVD・書籍といった出版物に関し、商標的使用の有無が争われた事案である。問題となった商品では、商品自体の出所表示(商標)は別途付されており、原告の登録商標はあくまで多数ある流派の1つとして、他の流派と共に並列的に使用されているに過ぎなかったこと等から、商標的使用ではないと判断されたものと考えられる。しかし、使用の態様が異なれば商標権侵害となる場合もあり得るため、事案に応じた慎重な検討が必要である。

以上
弁護士・弁理士 丸山真幸